書籍詳細
極上御曹司とお見合い婚~お試し恋愛始めます~
あらすじ
「僕は君を愛してる」
初めて会ったはずなのに……!? 情熱的な求愛から逃げられない
祖母の頼みでお見合いをすることになった果穂。断る予定のはずが、お見合い相手である不動産会社の御曹司・蓮井拓己に「三ヶ月お試しで付き合ってほしい」と迫られ、お付き合いが始まってしまう。出会って間もないのに一途でまっすぐな愛情を向けられ、ときめく心が抑えられない。そんな時、一人の女性が果穂の前に現れ、幸せな日々に波乱が訪れて!?
キャラクター紹介
志倉果穂(しくら かほ)
ギャラリーの従業員。祖母に見合いをしてほしいと頼まれる。争い事が苦手で、感情を抑えることが多い。
蓮井拓己(はすい たくみ)
不動産会社の御曹司で、果穗のお見合い相手。寛容で優しく、相手を尊重する性格。
試し読み
──数十分後。拓己は、初めて果穂とデートをした時と同じ高層ビルの地下駐車場に車を停めた。
懐かしいなと思いつつ、拓己にエレベーターホールへ促され、共にエレベーターに乗った。それは一気に上昇して、すぐに目的の階に到着する。
扉が開くと、拓己が果穂の背に手を添えて歩き出した。
「さあ、行こう」
拓己に頷いた果穂は、彼と一緒に展示場の入り口へ向かった。
そこには浮世絵が描かれた巨大なパネルがあり、ほとんどの人たちが展示場を目指して歩いている。
波は途切れず、次々にドアの向こうへ消えていった。
正直、年配の方が多いのかなと思っていたが、実際は若い人たちも多く、年齢や性別関係なく訪れているみたいだ。
人気ぶりを示すかの如く、パネルには特別協賛から後援までたくさんの会社の名が連なっている。
「凄い人気なんですね」
「今週末で会期が終了するっていうのも理由かもしれない」
そう言った直後、拓己が招待状を取り出す。パンフレットをもらったあと、果穂たちは照明が落とされた薄暗い展示場へ入った。
ライトで照らされた浮世絵が、すぐに果穂の目に飛び込む。
とても繊細で綺麗なのだが、なんというか現代版漫画の一コマみたいで、見れば見るほど口元が緩んでいった。
興味を惹かれた一点は、唐傘を差した女性が清水の舞台から飛び降りる浮世絵だ。
しっかり両手で傘の柄を持っているため、振り袖が蝶のようにひるがえり、とても躍動的に描かれている。
もう一点は、温公のかめ割りと呼ばれる浮世絵だ。
かめに落ちた友達を助けるために、子どもが外から大きなかめを割ると、水と共に友達が外へ流れ出てきたというものだった。
「こういう日常生活を描いたコミカルな絵を見たのって初めてです。私のイメージでは、浮世絵といえば見返り美人などなので」
「だからこそ、面白い?」
果穂は目を輝かせて頷き、恋人たちや家族との暮らしを描いた浮世絵の一画へ移動した。
その時代の一部を切り抜いた光景が、いくつも並べられてある。
まだ少年少女に見える男女が塀越しに愛を囁き合ったり、子どもをあやす母親だったりと、どれも今と変わらない情景に、目が吸い寄せられた。
次は江戸の四季へ移り、印象深い美人画へと続く。
「お茶屋の看板娘から吉原の花魁まで描かれている。今でいうアイドルといった感じだね」
「これまで見たものも素敵でしたけど、女性の着ている着物が華やかですよね。色使いや柄もそうですけど、色の合わせ方も斬新で……まるでファッション雑誌みたい」
「美人画は気軽に手に入れられたって話だから、そういう楽しみ方もあったんじゃないかな」
時間をかけて浮世絵展を楽しんだ二人は、ゆっくり展示場を出た。
ところが、暗い場所から明るいホールに出た拍子に目がくらみ、果穂は堪らず瞼を閉じた。
「大丈夫?」
「はい。ちょっと眩しかっただけで……」
そう告げた直後、拓己が咄嗟に動いて果穂に近づくのが気配でわかった。
果穂はおもむろに目を開ける。大きな窓から燦々と射し込む太陽の光を遮るように、彼が立っていた。
心優しい気遣いに、果穂は感謝の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
「展示室は暗かったからね」
拓己の言葉に素直に頷き、彼と一緒に来た道を戻り始める。そうしながら、広いフロアに目を走らせた。
窓際にはいくつもの長椅子が置いてあり、鑑賞を終えた女性グループや家族たちが座って休憩している。高層からの景色を楽しむカップルたちもいた。
「ここのビルの上階に来たことはなかったですけど、意外と広くていいですね。ちょっとした休憩もできますし」
「展示場に入るための行列ができても、混乱が起きない程度に通路も確保しているからね。そうだ、いいところに連れて行ってあげる。こっちに来て」
エレベーターホールを目指していたが急に方向転換し、脇へ入る通路へ果穂を促す。
徐々に人が少なくなってきたのを感じた時、通路の行き止まりにたどり着いた。
そこには大きな窓がはめ込まれており、外の景色が眺められるようになっている。
知る人ぞ知る穴場スポットなのだろう。
でも、拓己さんはどうしてここに私を? ──と不思議な思いで窓際に近寄ると、果穂の目に思いも寄らない景色が飛び込んできた。
「すごい!」
ビル群のはるか向こうに、かすかに望めるのは富士山だ。スカイツリーから見える角度とは全然違っていて、こちらもまた素晴らしい。
果穂は窓に手を置き、もっと近くで見ようと顔を近づける。
「まさかここからも眺められるなんて……」
「今日は空気中の塵や埃が少ないせいか、綺麗に見えてる」
「浮世絵を見たあとだから特にそう思うのかもしれませんけど、どの時代でも、富士山って日本のシンボルなんですね」
背後にいた拓己が、果穂に覆いかぶさるように窓に手を置き、軀を寄せてきた。
背中から伝わってくる拓己の体温を意識してしまい、果穂の心臓が激しく打つ。
「果穂を誘って本当に良かったよ」
感情の籠もった拓己の囁きを耳の傍で聞き、熱い吐息を頰で感じて、果穂は我知らず足元から力が抜けてその場にへたり込んでしまいそうになる。
なんとか気持ちを切り換えようと視線を彷徨わせ、果穂の華奢な手の傍にある、大きくて骨張った拓己の手を目で捉えた。
初めてまじまじと見る、拓己の男らしい手。
この手が果穂に触れたのだ。着物姿で転びそうになった果穂の腰に腕を回し、手を握り、指を絡めて……。
途端、二人の間に漂う空気が甘く濃厚なものに変化していくような錯覚に囚われる。雰囲気に呑み込まれるのを防ごうと思うのに、感情のコントロールができない。
「季節によって富士山の見え方も変わっていく。これからも、いろいろなイベントが開かれるだろう。それに合わせてまた一緒に来よう」
再び吐息で耳孔の奥をくすぐられて、たまらず声を上げそうになる。
でも、それを嚙み殺した時、彼が最後に放った言葉に気付いて息を呑んだ。
私たちは、必ず夏以降も会うという意味? 拓己さんは、そうすると宣言している? ──その答えを知りたくて、果穂はゆっくり顔を動かして顎を上げた。
拓己は軽く上体を屈め、果穂を守るかのように両腕の中にすっぽり包み込んでいた。でも軀を押し付けるのではなく、ほんの僅かだけ距離を取っている。
不用意に触れないところに、拓己の果穂への想いが表れていた。
「拓己さん……」
思わず囁いた果穂の声が、感情的にかすれてしまう。
拓己の視線が果穂の唇に落ちたのを目にして、自然と甘い息が零れ、呼吸のリズムも弾んでいった。
「果穂は本当に、僕の心を満たしてくれる」
果穂を見つめながら幸せそうに口元をほころばせるが、拓己の目線がそっと脇に逸れた。
「うん? いつから付いてたのかな?」
拓己が果穂の髪に手を伸ばした。
突然のことにぎょっとし、果穂は拓己を押し返すように彼の腕を掴む。
「な、なんですか!?」
「大丈夫。……じっとしてて」
果穂は言うとおりにするも、拓己が何をするつもりなのかわからないため、恐怖が湧き上がってくる。
それを抑えられず、たまらず拓己の腕を強く握った。
次の瞬間、拓己が果穂の髪の毛に触れた。かすかに触れただけなのに、果穂は背筋に甘い疼きが走るのを覚えて、彼に擦り寄ってしまう。
喘いでしまいそうになるのを必死に堪えていると、拓己がおもむろに頰を緩めた。
キスができそうな至近距離だというのに、柔らかく笑ったままの彼から目を逸らせなくなる。
「取れたよ。風で飛んできたのかな? 糸くずが付いていたみたいだ」
「い、糸くず? ……あの、ありがとうございます」
即座にお礼を言うが、果穂の声は震えていた。
拓己の優しさに触れ、果穂の心がざわめいたからだ。しかもそこを中心に、熱いものも生まれていく。
そんな果穂を見る拓己の瞳に浮かぶのは、目の前の女性を愛おしく想う熱情。
その迸る感情を受け止めるうちに、拓己を求めて果穂の軀が震え上がった。
果穂たちは言葉を交わさず、ただ相手しか目に入らないとばかりに見つめ合う。
私、もっと拓己さんを知っていきたい──そう思った瞬間、果穂はハッとなる。
果穂の心の深奥で燻っていた拓己への想いが、一気に膨らんでいったからだ。
いつの間に、こんなにも拓己を好きになっていたのだろうか。
どうにかして拓己と距離を取ろうと考えていたのに……。
でもそうなっても不思議ではない。拓己は会うたびに果穂を思いやり、愛情をもって接してくれたのだから。
拓己の全てに心を打たれた果穂は、初めて自らの意思で拓己の背に両腕を回し、想いを告げるように抱きしめた。
すると、拓己が果穂の耳元で大きく息を呑んだ。
わかっているのだろう。果穂が自分の意思で拓己に身を任せているということを。
果穂が惹かれるまま拓己の肩に顔を埋めると、彼は壊れものでも扱うかのように、心持ち腕に力を込める。
そして二人の間に隙間ができるのを防ぐように、果穂の髪に手を滑り込ませて彼の方へ引き寄せた。
「果穂……?」
愛しげに果穂の名を囁く拓己。そこに込められた想いに感極まりながら、果穂は目を閉じたのだった。