書籍詳細
かりそめ婚約宣言~過保護なエリート弁護士の溺愛包囲網~
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あらすじ
逆プロポーズからの婚約者!?
法律事務所で働く花蓮は、同じ職場の幼馴染・京志郎に幼い頃から片想い中。イケメン敏腕弁護士の彼は女性に言い寄られることも多く、花蓮は長年の恋心を募らせていた。そんなある日、花蓮に見合い話が持ち上がり、とっさに「婚約者がいる」と宣言してしまう。罪悪感から嘘をついたことを謝ろうとしたとき、京志郎が自分が婚約者だと名乗り出て……!?
キャラクター紹介
森野花蓮(もりの かれん)
幼馴染の京志郎が経営する事務所で働いている。初恋は継続中。童顔で穏やかな性格。
高藤 京志郎(たかふじ きょうしろう)
「高藤法律事務所」の経営者で敏腕弁護士。仕事一筋で女性を寄せ付けない真面目な和風男子。
試し読み
「私、もっと役に立てるよう頑張る! もっともっとみんなのサポートができるように……。特に、京志郎ちゃんの役に立てるように、いろいろと頑張る……ふふっ」
カクテルを二杯も飲んだせいか、話しながら、ふわふわと気持ちが浮き立ってきた。
メインの料理が終わり、デザートの甘夏の氷菓子が目の前に置かれた。オレンジ色が目にも美味しくて、自分でも気づかないうちに満面の笑みを浮かべていたみたいだ。
「花蓮は美味しいものを食べている時、本当に嬉しそうな顔するよな」
「うふふっ、そうかな? だって、本当に美味しいんだもの。それに、こんなふうに、お兄ちゃん以外の男の人と二人きりで食事するのって、はじめてだし」
「ふぅん、そうか」
京志郎が、言葉少なに返事をした。そして、しばらくの間考え込むようなそぶりを見せて、また口を開く。
「花蓮は真面目でいい子だし、男性と付き合うならよくよく考えて、本当の意味でいい奴と付き合ってほしいと思うよ」
京志郎が、いつになく真剣な顔をしてそう言った。その顔をじっと見つめているうちに、自然とため息が零れる。
「京志郎ちゃんこそ、真面目でいい人だよ。うちのおばあちゃんもそう言ってるし、私だってそう思う。京志郎ちゃんの彼女になる人は幸せだろうなぁ……。将来、どんな人が京志郎ちゃんのお嫁さんになるんだろうね」
少し酔いが回ったのか、頭の中がシャボン玉に包まれているようになり、いくぶん視界がぼんやりする。
「そういえば、私がまだ幼稚園だった頃、京志郎ちゃんに『お嫁さんにして』って頼んだことがあったんだよね。……今思えば、ずいぶんませてたし、怖いもの知らずのチャレンジャーだったなって思うよ」
花蓮がまた笑い声を漏らすと、京志郎も一緒になって笑った。
「ああ、その時のことならよく覚えてるよ。当時、俺はまだ中三だったな」
「えっ? 覚えてるって……。ほんとに?」
まさか、彼が覚えているなんて! 花蓮は驚きのあまり目を見開いて、椅子から腰を浮かせた。
「うん、ほんとに。あの時の花蓮は本当に可愛かったなぁ。ものすごくまっすぐな澄んだ目で言われて、自然に『いいよ』って言ってしまったのも覚えてるよ」
「え……じゃあ……もしかして、〝誓いの儀式〟をしたことも?」
「ああ、花蓮が『約束だよ』って言って、ほっぺたにキスしてくれたことか?」
「そ、そんなことまで覚えてるの? うわぁ……」
いくら昔のこととはいえ、さすがに恥ずかしくなって小さくなる。けれど、同時に彼があの時のことを覚えてくれているのを心底嬉しいと感じた。
「だって、京志郎ちゃんは私の初恋の人なんだもの」
舞い上がる気持ちを抑えきれず、気がつけばそう口にしていた。あわてて掌で口を押さえたが、もうあとの祭りだ。
「あっ……私ったら、急に何を言い出すんだろうね? あはは……」
花蓮は、すっかり動転して手で顔を扇いだ。
「そうなのか? 嬉しいよ、ありがとう」
見ると、京志郎が少し照れたような表情を浮かべている。花蓮は何とかこの場を取り繕おうとして、とりあえず口を開いた。
「えっと……そ、そういえば、『お嫁さんにして』なんて言ったのは、初恋の件をお兄ちゃんに知られたのがきっかけだったの。お兄ちゃんに『好きなら告白しなきゃダメだ』って言われて……でも、何をどう言っていいかわからなくて、結局口をついて出たのが『お嫁さんにして』だったんだと思う。お兄ちゃんったら、そのあと『よくやった』って褒めてくれて」
思いつくままに話したはいいが、話せば話すほど墓穴を掘っているような気がする。
一方の京志郎は、ふと、昔を懐かしむように目を細めた。
「翔は花蓮ラブだからなぁ。昔から、自分が知らない男に可愛い妹を任せられないって言ってるし、今もそうだ。前に翔から聞いたけど、高校生の頃、何度か花蓮に近づこうとした男を蹴散らしたことがあるんだって?」
「ああ……そんなこともあったかな。でも、別に近づこうとしたわけじゃなくて、ただ単に同じ部活だったり、塾が一緒だったってだけなんだよ」
「そういえば、俺も一度、花蓮が男の子と一緒に歩いているところを見かけたことがあったよな」
「あ、それ覚えてる!」
高校二年生の頃、町中で偶然京志郎に会った。その時の花蓮は、学園祭の準備のせいで遅くまで学校に居残り、たまたま同じ方向だった男子生徒に家まで送ってもらっている途中だった。
「あの時、急に京志郎ちゃんが声をかけてきたから、びっくりしちゃった。まるでお兄ちゃんがするみたいに怖い顔で『花蓮、帰るぞ』って。次の日、その時の男子から『あの人ってお前のお兄さんか? めちゃくちゃ怖いな』って言われて、可笑しかったなぁ」
偶然起きた出来事だったけれど、その時の記憶は今も鮮明に残っている。
思えば、あれがはじめて二人きりで歩いた時間だった。
(懐かしいな……っていうか、京志郎ちゃん、そんなことまで覚えていてくれたんだ……)
またしても嬉しさが込み上げてきて、花蓮はそれまで以上に、機嫌よく話し続けた。デザートを食べ終えて店を出ると、もう午後九時を少し過ぎている。
約束通り自宅まで車で送ってくれることになり、車の助手席に乗り込んだ。
「今日は本当にありがとう! 美味しかったし、いろいろと話せて楽しかった」
「俺も楽しかったよ。花蓮が喜んでくれて嬉しいし、連れてきてよかった」
車が動き出し、さっき店で聞いたのと同じような静かな音楽が流れ始めた。
「途中でガソリンを入れるから、ちょっとだけ寄り道するぞ。眠かったら寝てもいいよ。歩き回って疲れただろ?」
「うん、ありがとう」
花蓮はシートに背中を預け、満足そうに深呼吸をする。
せっかく二人きりでこうしているのに、寝るなんてもったいない!
花蓮は今の時間をめいっぱい楽しもうと、意識して目を見開いて窓の外を眺めた。
曲がり角に差しかかるたびに、身体がゆらゆらと心地よく揺れる。満腹なのも相まって、なんだか眠気が襲ってきた。何かしゃべっていないと、うっかり眠ってしまいそうだ。
前方からやってきた対向車のヘッドライトがやけに眩しい。思わず目を閉じて、それをやり過ごす――。
きっと、知らない間に眠ってしまったのだと思う。
気がつけば身体がふわふわと浮いており、心地よい安堵感に包まれている。まだ半分寝ているのか、頭はぼんやりとしたままだ。
微かに祖母の声が聞こえたような気がする。
だとしたら、もうここは自宅ではないだろうか?
上下に揺れている感覚。背中と膝裏に当たる硬いものは、もしや人間の腕?
(えっ!? ……ま、まさか、私、京志郎ちゃんに抱っこされてる!?)
そこまで思い至った時、花蓮は完全に意識を取り戻して固まる。
「じゃあ、このまま寝かせますね」
「ごめんね、お願いするわね」
今度の会話は、はっきりと聞き取れた。それからすぐに背中に柔らかいものが当たり、自分が布団の上に下ろされたらしいことに気づく。ちょうどその時、家の電話が鳴り、祖母が立ち去る足音が聞こえてきた。いったい、何が起こっているのだろう?
花蓮は、どうしたらいいのか迷いながら寝たふりを続ける。
「花蓮……」
思い切って目蓋を上げようとした時、ごく間近で名前を呼ばれ、ドキリと心臓が跳ねた。目を開けるタイミングを摑めなくなり、引き続き寝たふりを決め込む。
そうしているうちに、左の頰に大きくて温かな掌が触れたのがわかった。そのまま、そっとすくい上げるように顎を持ち上げられ、指先で目の下を撫でられる。それがあまりに心地よくて、身体中の力がすーっと抜けていった。
「花蓮……」
今度の呼びかけは、さっきよりもずいぶん控えめで、ほとんど囁くような声だ。それは、まるで呼んではいるものの、本当に目を開けられると困るといった様子で――。
(え……?)
唇が何か柔らかなものに塞がれ、離れる時に小さな水音を立てた。
驚きすぎて、それまで靄がかかっていた頭の中が一気に覚醒する。だけど、今さら目を開けるわけにもいかず、引き続き目を閉じたまま息を潜めてじっとしていた。
(今の、何……?)
しばらくすると、居間のほうから京志郎を呼ぶ祖母の声が聞こえてきた。それからすぐに襖が閉まり、目蓋の向こうが真っ暗になる。
(もしかして、キス……? ううん、もしかしなくても、キスだったよね?)
花蓮はぱっちりと目を開け、即座に自分の唇の位置を指先で確かめてみた。電気が消された部屋の中は、真っ暗で何も見えない。しばらくの間、じっと暗闇に目を凝らし続けていると、今起きた出来事が実際にあったのかどうかわからなくなってしまう。
(……もしかして、夢だったのかな?)
そう思えばそうとしか思えない。だけど、唇には確かにキスの感触が残っている。
そうは言っても、花蓮はこれまで一度もキスをしたことがなかった。だとしたら、単なる気のせいという可能性もありうる。
花蓮は、もう一度唇に指先を当ててみた。けれど、果たしてどれが正解なのか、いくら考えてもわからずじまいだった。