書籍詳細
幼馴染み御曹司とシークレットベビー婚で結ばれました
あらすじ
永遠に、愛を契る 御曹司は赤ちゃんとママを抱きしめて離さない
愛を告げられた夜、桃花はずっと憧れていた幼馴染みの瑞輝に熱く愛され幸せと赤ちゃんを授かった。だが、家同士の因縁と瑞輝の将来を思い、独りで赤ちゃんを産み育てることに。ある日、更に凛々しく頼もしくなった瑞輝が現れ、頑なな桃花に「もう二度と離さない」と囁き、赤ちゃんと一緒に甘く抱きしめられる。全てを蕩かす彼の情熱に桃花は抗えず…!
キャラクター紹介
遠野桃花(とおのももか)
周りを思いやる優しく可憐な25歳。瑞輝と赤ちゃんのために運命に立ち向かう強さも持つ。
山邑瑞輝(やまむらみずき)
世界的ホテルを経営する一族の御曹司。27歳。突然連絡を絶った愛する桃花を捜し続ける。
試し読み
密(ひそ)やかなシーツの隙間で、彼の優しい指先が頬から喉元、そしてその下へと滑り落ちていく。
焦らすように、探るように。敏感な部分に刺激を与えられ、堪え切れず漏れてしまう甘ったるい声が、彼の湿(しめ)った息と唇に飲み込まれる。
「ん……」
息継ぎを求めて開いた唇に、彼の抜け目ない舌が忍び込んだ。
柔らかくて熱い塊(かたまり)が反射的に逃れようとした私のそれを捉え、食(は)むように優しく絡みつく。
とろとろと蕩(とろ)けていくような感覚に、身体の奥底から甘い痺れが溢れて、爪の先まで広がっていく。
未知の感覚に翻弄(ほんろう)されるのが怖いのに、同じくらい欲しがっている。
そんな自分自身に、速まっていく鼓動を抑え切れない。
私はまるで水槽に囚(とら)われた金魚のように、酸素を求めて肩を震わせる。
するとそれまで執拗に口内を弄(まさぐ)っていた彼の唇が離れた。
追い立てられるような口づけに気圧されてしまうのに、彼と離れてしまうのが寂しい。
思わず縋(すが)りつくように身体を摺り寄せ、甘えるように鼻を鳴らす。
彼はそんな私を見つめると、感極まったようにまたキスを落とした。
「……好きだ」
私も、と言おうとした言葉がまた塞がれた。
今度はもっと深く、濃く。
味わうように深く重なる唇は、やがて頬やまぶた、耳元から首筋へと下りていく。
壊れ物を扱うように優しいのに、時折見せられる急(せ)くような仕草が愛しい。
彼に求められている喜びが、私の身体を瑞々(みずみず)しく潤していく。
「……怖い?」
今にも壊れてしまいそうな心臓に息を上げると、動きを止めた彼がささやいた。
暗闇でも煌(きら)めいて見える宝石のような瞳が、情欲に妖しく揺らめく。
普段は紳士的な彼の熱に身も心も捕えられ、答えの代わりに、手を伸ばして引き寄せた。
血の通った唇が触れ合うと、またすぐに堰(せき)を切ったように絡み合う。
夜はまだ長いのにと、窓から覗(のぞ)く月が呆れたように青白くふたりを照らしていた。
初恋の人
水をかき分ける腕が思うように動かず、息が苦しい。重力の支配を失った身体が、頼りなく水中に漂う。
息継ぎをするために顔を上げたところで、プールサイドから拓斗(たくと)君が私に声を掛ける。
「桃花(ももか)! 無理ならもう止めとけ!」
父方の従兄弟の拓斗君はふたつ年上の小学六年生。
勉強も運動もできる、ついでに言えば容姿だって整った私の自慢の従兄弟だ。
私が通っていた小学校では、毎年夏休みに四年生全員で千メートルを泳ぎ切る大会がある。
傍らに六年生が付き添い、指導をしてくれるのもまた毎年の恒例だ。
この夏の行事は私たちの通う学校の古くからの伝統で、もっと以前は海で遠泳が行われていたらしい。
さすがにもうそれはなくなったけれど、それでも十歳を迎える年に行われる水泳大会は、今でも長い歴史を持つ母校の伝統行事だ。
この日は本番に向けて最後の練習会だった。
大会はひとチーム十人ほどが等間隔で規則正しく泳ぐのが決まりだが、水泳が苦手な私はその列の最後尾につき、みんなについて行くのに必死だ。
プールサイドから声を掛けてくれる拓斗君に「大丈夫」と答えようとしたところで大量に水を飲んでしまい、私は咳き込みながら水中に沈む。
「桃花!」
するととっさにプールに飛び込んだ拓斗君が私を助けてくれた。
プールサイドに引き上げられ、ひどく咳き込む私の背中をさすってくれる。
「お前さ、もう当日見学にしろよ。喘息の持病もあるんだし、先生に言えば許してもらえると思うぞ」
「え……でも……」
「祖父(じい)ちゃんにも『桃花に無理をさせるな』って言われてるんだ。お前が泳ぎたいって気持ちも分かるけど、このままじゃチームのみんなにも迷惑だろ。大人しく見てる方が安心だしな」
拓斗君にそう言われ、私は何も言えずに黙り込む。
するとその時、少し離れた場所にいた先生が拓斗君を呼んだ。
拓斗君は持っていたタオルを私に向かって放り投げると、「ちょっと休んどけ」と言い残して行ってしまう。
一人残された私は、プールサイドの隅っこに座ってぼんやりと水面を眺めた。
すぐ手前のレーンでは、等間隔に並んだクラスメートたちが、力強い平泳ぎで次々と目の前を通り過ぎていく。
(みんな泳ぐの上手だな。どうして私はあんな風にできないんだろう)
小児喘息を患(わずら)っていた私は肺活量が少ないらしく、長い距離を泳ぐためにはみんなより頻繁(ひんぱん)に息継ぎをしなくてはならない。
もともと体力がない上に人より無駄な動きをしているせいか、後半には手も足も動かせないくらい疲れてしまい、ゴールより十五メートルほど手前でいつも足をついてしまう。
(あとちょっとなのに、何で沈んじゃうんだろ……)
自分だけできないことが情けない。
それに身体が丈夫ではない私を祖父が心配して、当日は欠席させろと言っていることも母から聞いていた。
(やっぱり、参加しない方がみんな喜ぶのかな)
老舗旅館を経営する祖父は気難しく厳しい人だが、その辛辣(しんらつ)な言葉の裏側にはいつも私を思う気持ちがある。
祖父は私が無理をして体調を崩すのが嫌なのだろう。
そう分かってはいるのに、できもしないことを繰り返す自分は我がままだと思う。
でも本当はもう少し頑張ってみたい。
水泳はあまり得意ではなかったけれど、みんなで力を合わせてやり遂(と)げられたら、きっととても気持ちがいいだろう。
それに、クラスのみんなも頑張っている私を応援してくれている。
(でもお祖父ちゃんも拓斗君も、私が泳ぐのを反対してるんだよね……)
大好きな家族が嫌がることはしたくない。でもクラスメートたちの期待も裏切りたくない。
私は自分の気持ちが分からなくなって、滲(にじ)んでくる涙をバスタオルで拭った。
するとその時、軽やかに現れた長身の男の子が私の隣に座った。
色素の薄い髪と瞳。どこにいても目立つ端整な顔立ちの彼は、ふたつ年上の幼稚園の頃から女子に圧倒的に人気がある王子様だ。
もちろん私だって、時々友達とこっそり校庭で遊んでいる彼の姿を見ることがある。
誰にでも優しく何でもできる、そこにいるだけできらきらと輝いているような男の子。そんな彼が私に何の用だろう。
ドキドキしながら顔を盗み見ると、彼はその綺麗な瞳で私をジッと見つめている。
急に恥ずかしくなり、赤くなった頬をタオルで隠した。
「桃花ちゃんはたぶん息継ぎの仕方がよくないと思うんだ」
「えっ……」
「無理に顔だけを上げようとするから身体が沈むし、疲れちゃうんだと思う。平泳ぎで息継ぎをする時は、両方の手のひらで水を抱え込むみたいな感覚で。……分かる?」
彼は大真面目な顔でそう言うと、長い両腕を宙に円を描くように動かして見せる。
「それさえちゃんとできれば、大丈夫だと思うよ。端っこのレーンが空いてるから、今から練習してみる? 俺が教えてあげる。桃花ちゃん、泳ぎたいんだろう?」
さらりと言い放って力強い眼差しを向ける彼に、心をぎゅっと掴まれた気がした。
この人はどうして私の気持ちが分かるんだろう。自分にどこまでできるか、本当は挑戦してみたい私の気持ちを。
何も言えずただ彼を見つめる私に、彼の綺麗な瞳が確信めいた光を放つ。
「俺と一緒に頑張ろう。絶対できるよ」
「うん!」
差し伸べられた手を取り、彼に手を引かれた幼かったあの日。
その後、私は大会で無事に千メートルを泳ぎ切ることができた。
とても苦しくて大変だったけれど、プールサイドから叫ぶ彼の声にずっと励まされていたから。
――桃花ちゃん、諦めちゃだめだ。絶対にできるから――。
その後また体調を崩してしまい、結局祖父には叱られてしまったけれど、それから瑞輝(みずき)は私にとって特別な人になったのだ。
軽やかに私の目の前に現れ、恋に落ちたあの日から、今日までずっと。
カーテンの陰で、秘密のキス
卒業式を終えた校内はしんと静まり返って、何だか呆気ないほどだ。
早春の光が差し込む廊下の窓から外をそっと覗くと、さっきまで記念写真を撮る生徒で賑(にぎ)わっていた校庭にはもう誰もいない。
私は長い渡り廊下を進んで階段を上(のぼ)り、特別棟の四階にある美術教室の扉を開けた。
デッサン用の石膏像が後方に積み上げられた教室の床には、長年先輩たちが落としていった油絵の具が塗り重ねられ、独特の色彩と匂いを放っている。
無造作に散らかった画材と、質量のある白いカーテン。
一風変わっているけれど、ここは美術部に所属する私にとって中等部の頃から慣れ親しんだ心落ち着く空間だ。
(……やっぱり先輩と話せなかった)
用意していたプレゼントもお祝いの言葉も届けられなかった相手は、物心ついた時から想い続けていた初恋の人。
卒業後は海外に留学するという彼と最後にほんの少しでも言葉を交わしたい。
今朝はそんな気持ちで家を出てきたけれど、願いは叶えられなかった。
人気者の彼の周りにはいつも人が絶えず、人見知りな私には近寄ることができない。
それに私と先輩の間には、気安く話せない事情もある。
長年のわだかまりを持つ双方の実家の事情は、この街に住む人なら誰もが知っていることだ。
遠くから眺めることしかできなかった彼の隣には、相変わらず桜子(さくらこ)――綾小路(あやのこうじ)桜子ちゃんがぴったり寄り添っていたから、恐らくもう弓道部のメンバーと帰ってしまったのだろう。
同じクラスの桜子ちゃんは彼や私と同じく幼稚園からこの学園で過ごした幼馴染みだ。今朝ホームルームで、『今日は瑞輝先輩たちとホテルのスイートルームで卒業パーティをするのよ』と嬉しそうに騒いでいたから、きっと今も彼と一緒にいるのだろう。
桜子ちゃんは先輩と同じ弓道部。
美術部に属している私と違って、先輩と一緒に過ごすことが多かった彼女は、彼への好意を隠そうともしない。
茶道の家元だという桜子ちゃんの両親も含めて、彼の実家と家族ぐるみの付き合いをしているという噂だから、人目も気にせず親しげに振る舞うことにも納得がいく。
この後しばらくの間海外へ行ってしまう先輩と、少しでも一緒にいたい。
そう思うのは彼に好意を抱く女の子ならみな同じだろう。
私は美術教室の窓を開け、そっと階下に視線を落とした。
美術教室や理科教室などがあるこの特別棟の隣には、我が校自慢の弓道場がある。
だから放課後はいつもここから弓道部の練習風景をこっそり見ていたけれど、卒業式の今日は誰もいない。
(明日から、もう先輩はいないんだ……)
中等部の頃からずっと、ここは私の特等席だった。
弓を構え、的(まと)を狙い、射る。その一連の動作は誰しもに共通していることだけれど、人によってその間合いは様々だ。
目に見えない何かに急かされるように射る人もいれば、気迫を込めてゆっくりと狙いを定める人もいる。けれど、瑞輝先輩の弓は、他の誰とも違っていた。
静かに時を待ち、心を決めたら迷わずに射る。
優しげな風貌の中に秘めたとても激しいもの。とても美しくて、尊いもの。
誰にも、何にも左右されない揺るぎない動きはまるで先輩そのもののように思えて、目を逸らすことができないほど惹(ひ)かれた。憧れずにはいられなかったのだ。
私は小さなため息をついて、視線を彼方に向ける。
高台にあるこの学校からは、私たちが育った街とその遥か向こうに広がる海を見通すことができる。
海と山とが隣接するこの街は、全国的に有名な観光地でもある。
しばらく離れることになる生まれ育った海辺の街を、先輩はどんな気持ちで眺めていたのだろう。
弓道場で、教室で。思案気に目を細める端整な横顔が脳裏に浮かび、彼の思い出の片隅にでも自分がいればいいのにと身のほど知らずな想いが胸を刺す。
(……最後に、ひと言でもいいから話したかった)
彼のことを胸の内で想った瞬間、突然背後に優しい気配を感じた。
ハッと我に返り、振り返った視線の先に佇(たたず)む人影に思わず息が止まる。
「桃花、やっぱりここにいたのか」
高い身長にすらりと長い手足。細身だけれどしっかりした肩幅と厚い胸は、長年弓を引いて鍛錬(たんれん)した賜物だろうか。
そんな男らしさを優雅に彩る淡い髪と瞳は、日本人離れしたアッシュ・ブラウン。合わせて、彫りが深く整った顔立ちは息を呑むほどの美貌だ。
「瑞輝先輩……」
教室の入り口に立っていたのは、私が幼い日からずっと姿を追っていたその人、瑞輝先輩だった。
不意を衝(つ)かれて呆然と立ち尽くす私に、瑞輝先輩は優しい微笑みを浮かべながら歩み寄る。
「よかった。探しても見つからないから、一之瀬(いちのせ)たちともう帰っちゃったんじゃないかってちょっと焦った」
「えっ……」
「本当はもっと早く君と話したいと思っていたんだ。でも今日はみんながお別れを言いに来てくれてね。なかなか離してもらえなくて、ようやく逃げ出せたと思ったら、今度は君がいなくて」
私を探してくれていたなんて、少しくすぐったい気分だ。だけどいったい何の用だろう。
戸惑う私に、先輩が少し身体を屈(かが)めて「こんなとこに隠れてたのか」なんて悪戯(いたずら)っぽく笑うから、その一瞬で顔が火照(ほて)った。