書籍詳細
雇われ婚約者~御曹司からのご褒美はとろ甘な蜜事でした~
あらすじ
激しく乱されるかりそめ同棲生活!?偽装婚約のはずが、初めての愛を刻まれて…
俺様な鬼上司・蒼に、秘密の副業がバレてしまった美咲。クビを覚悟するも、彼から「会社を辞めたくないなら、俺の婚約者になれ」と、報酬付きの偽装婚約を持ちかけられて…!?しぶしぶ承諾すると、本物の新婚夫婦のような同棲がスタート。二人の間に愛はないはずなのに、彼から日夜注がれる甘い刺激や誘惑の嵐に、ウブな美咲は熱を煽られてしまい…!
キャラクター紹介
日高美咲(ひだかみさき)
大手お菓子メーカーの新入社員。家計を支えるため、蒼の偽りの婚約者として期間限定で雇われることに。
榊原蒼(さかきばらそう)
美咲の会社の御曹司であり、直属の上司。時に優しく、時に情欲を孕んだ言動で、美咲を翻弄する。
試し読み
「とりあえず荷物を置いて部屋を出ろ。一通り家の中を案内する」
「わかりました。えーっと……部長、あの、私、床で寝るってことでいいでしょうか?」
壁紙も家具もオーダーメイドしてもらい、感動はしたけれど、肝心の寝る場所であるベッドがどこを探しても見当たらない。
「お前のベッドはここにはない」
「……は……い? あの……私はどこで寝るのでしょうか……」
「寝室だ」
「寝室……私だけの寝室ですか?」
「そこまで贅沢をさせるわけがないだろう。俺たち二人の寝室だ」
「……っ!」
あまりの衝撃に段ボール箱を絨毯に落としてしまい、部屋の壁まで勢いよく後ずさりをする。
「そ、そんなこと聞いてません! 一緒に寝るってことですか!」
「ああ、そうだ。これから婚約者としての口裏合わせをするとはいえ、いつどこでボロが出るかわからないからな。俺の両親に紹介するまで、徹底的に婚約者としての生活を全うしてもらう」
彼の徹底ぶりに全身から血の気が引き、足がすくんでしまいそうになる。
だって、榊原部長とこれから半年間一緒のベッドで寝るとか、絶対に緊張で眠れない!
「おっしゃっていることはわかりますが、や、やりすぎかと……!」
「やりすぎじゃない。いくらカナコスが同族経営とはいえ、両親とも人を見る目があるのは確かだ。少しでも違和感が発生すれば、途端に怪しまれるぞ」
「ならば、やはり偽りの婚約者はやめてしまえば……」
「いいのか? やめてしまえば困るのはお前だぞ」
「ぐっ……」
部長お得意の余裕のある表情で見下ろされ、言葉に詰まる私。そんな私に一歩近づいて、彼は両腕を組む。
「それに、これは――」
「業務命令ですよね。わかってますってば。もう逃げられないってことも」
「ふっ。臨機応変に対応できる能力はマーケティング部では役に立つぞ。いい経験だと思え」
「こんな経験、この先一生できないと思うので、やれるだけやってみます。でも、お願いが……」
「なんだ、言ってみろ」
「一緒に寝るのだけは嫌です」
どう考えても、こんな人の隣で熟睡できる自信はない。それに爆睡している顔を見られるかと思うと、全身から火が噴き出しそうになるくらい恥ずかしい。
「どうしてだ。俺のことが嫌いか?」
「そ、そういう意味ではなく……! やはり、本物の恋人ではない男女が同じベッドで眠るのは抵抗があるというか!」
「じゃあお前は、俺が両親の前で美咲の手を繋ごうが、肩を抱こうが、動揺しない自信があるんだな」
「うっ……」
「婚約者として紹介するんだ。それなりに密着はしてもらうぞ。それに自然に対応できないと困る」
さらに一歩二歩と近寄られ、榊原部長の影が私にかかる。
圧に負け、顔を右に向けて視線を逸らすけれど、彼の手が伸びてきて頬を掴まれ、強引に顔を戻された。
「うう……それ……は……」
「自信がないのなら、普段からスキンシップに慣れておくことだ。それに……」
「それ……に?」
「朝、起きたときにお前の顔が隣にあったら嬉しい」
甘すぎる言葉を発しながら、榊原部長の大きな手は私の頬を優しく撫でる。
私は瞳が乾燥するくらい瞬きを忘れて、目を見開いていた。
「な、何を……!」
「というような甘い言葉を、本命の恋人にはよく言う設定にするからな。お前も両親に聞かれたときは、普段の俺は自分を甘やかしてくれる優しい男だと、そう言え」
パッと手を離され、彼の手は元の位置に戻る。今のが演技だったことに気づくと、私の全身の力が抜けた。
確かに、こんなことを当たり前のようにする設定ならば、いちいち反応していては怪しまれるだろう。
「なる、ほど……」
そう納得するしかなかった。
「この件はこれでいいな。普段から俺に慣れてもらうために、一緒のベッドに入ってもらうぞ」
「ぐっ……わかりました……が、ひ、一つだけ! あの、絶対に手を出さないって約束してください」
手を伸ばして距離を取ると、彼は途端に面白くなさそうな表情になった。そして眉間に皺を寄せて苦々しく言う。
「俺は嫌がる女を抱く趣味はない」
きっぱりと言われ、胸を撫で下ろす。榊原部長ほどの男性だと、自分から迫らなくても女性から言い寄ってきそう。だから言っていることは本当だろう。
「まあ……女性に困ってなさそうですもんね」
「それでも、来るもの拒まずじゃないぞ。本気で好きになった女にしか欲情はしない」
「欲情とか言わないでくださいよ。なんかいやらしいです」
「そんな想像をしたのはお前が先だろう」
「うう……」
言い負かされ、悔しいやら情けないやらで惨めな感情をさらけ出す私を見て、榊原部長は吹き出して笑っていた。
「ハハッ。やっぱりお前は面白いな。本当、いい暇潰しになる」
自宅でも私のおもちゃ扱いは続くらしい。でも、本物の恋人のような甘い雰囲気をいつでも出されるよりも、この方が私も居心地がいい。
仕方なく、私はおもちゃ扱いを受け入れることを前向きに考えた。
「じゃあ今度こそ部屋の中を案内する。ついてこい」
「はい」
部屋を出て榊原部長が次に案内したのは、向かいのドアを開けた先の洗面台が二つあるパウダールームだ。リネン庫などの収納もあり、かなり広い。
そして次はうちのお風呂と同じくらいの広さのトイレに、ガラス張りのバスルーム。置き型の浴槽があり、それを見て私は小さな叫び声を上げた。
「安心しろ。シャワーカーテンをつけてある。風呂に入るときはカーテンを引っ張ればいい」と言い、榊原部長は白黒のスクエア柄のカーテンを指差す。
あからさまにホッとした私の顔を見て、彼はまた笑っていた。
それから二十畳ほどの広いリビングルームに案内される。モデルルームのように完璧に片づけられたリビングで、度肝を抜かれた。
「部長、綺麗好きなんですか?」
こんなに綺麗に片づけられている部屋を見ることは、そうないだろう。
私も片づけ下手ではないけれど、この状態を毎日維持できる自信は全くない。
仕事をしながら、部長に満足してもらえるような掃除をちゃんとできるかな……と今から不安だ。
「いや。掃除は平日の昼間、週に三回ほどハウスキーパーに頼んでいる。俺は仕事を中心に動きたいからな。これからも掃除はハウスキーパーに頼むぞ。その代わり料理は……してもらえたら助かるんだが」
珍しく口ごもる榊原部長の方を見上げると、少し耳の辺りが赤かった。
もしかして部長は、料理や掃除などは苦手なのかもしれない……とキッチンに視線を移すと、そこは新品かと思うほど綺麗な状態を保っており、料理をした形跡は一切なかった。
「部長、料理とかしないんですか?」
「する時間がないし、ハッキリ言ってやったこともない。掃除はハウスキーパーに頼むし、食事はほぼ外食だ。洗濯もずっとクリーニングを利用している」
「な、なんてもったいない! やります! 私が全部やります!」
毎日当たり前のようにこなしていた家事を、外食、ハウスキーパー、クリーニングの利用など、お金に計算したらいったいどれだけかかるのか……ちょっと計算しただけで鳥肌が立ちそうだ。
そんな私を珍しそうに、でもほんの少し期待した瞳で榊原部長は見ていた。
「料理と洗濯はやってくれるのか?」
「もちろんです! 掃除もやりますから……その、こんなに綺麗にできるかどうかは、自信はありませんが」
不安げな目で榊原部長を見上げ、視線が合うと、彼は何かに気づき申し訳なさそうな表情をした。そして私の前に手のひらを出し、抑制する。
「いや……平日の掃除まで美咲にさせるわけにはいかない。お前が今やるべきことは家の掃除じゃなく、カナコスのマーケティング部で一人前になることだ。ハウスキーパーなど利用できるものは利用して、できる範囲で家のことをやってほしい」
部長に冷静に諭され、熱が入っていた感情が一気に落ち着いた。
そうだ、私は部長の身の回りのお世話をしに来たんじゃない。ここには偽りの婚約者を演じるためにやってきたのだから。
「あっ、そうですね……私、仕事もまだまだ半人前なのに、偉そうにすみません」
「謝るな。負担をかけることを頼んでいるのは俺の方だったな。すまん、料理や洗濯だけで充分すぎるほどだ。お前のやる気に、つい願望が口に出てしまった」
部長の本音らしき言葉を聞き、ポッと頬が熱くなる。
「それに、俺の世話を買って出るなんて、本当の恋人みたいで嬉しかったぞ」
さらにそんなことを言われ、耳まで一気に熱くなった。
「こ、これも業務の一環ですから!」
「ハハッ、確かに。じゃあさっそく働いてもらうぞ。すぐに生活ができるように荷解きをしてこい」
「了解です!」
赤くなる顔を隠したかったから、一人になれる作業を与えられてホッとした。
その後、夕方には三箱あった段ボール箱は全て空になり、贅沢すぎる一人部屋ができ上がった。
「はっ! 夕食……!」
気づいたらもう十八時になっていて、今から夕食の買い物に行き、料理を始めるとなると凝ったメニューは作れないかもしれない。
初日から失敗した……!と焦りながら部屋を出ると、リビングで榊原部長がノートパソコンを真剣に見つめていた。
その視線はまっすぐでとても厳しい。私、この顔を知っている。仕事中に榊原部長が見せる真剣な顔だ。
現在、部長が関わっている業務として、私が入社したときの新商品のキャンディーの件は終わり、今は全く新しいチョコレート菓子の企画が進行中だ。
その企画を考えているのだとすぐに気づき、声をかけようか迷うけれど、やはり仕事の邪魔をしてはいけないだろう。
買い物ができるスーパーの場所はエントランスにいるコンシェルジュに聞こう、と玄関に向かおうとしたら、榊原部長が私に気づいた。
「荷解きはもう終わったのか?」
「はい。そんなに荷物は多くなかったのでもう終わりました。なので、夕食のお買い物に行こうかと……」
「今日は行かなくていい」
彼はノートパソコンを閉じてソファから立ち上がり、キッチンの方へ向かう。そして両開きになる海外製の冷蔵庫の前に立った。
「えっ。でも夕食はどうするんですか?」
「頼んでおいたものだが、俺が用意した。文句は言わせないぞ」
冷蔵庫の扉を開けて榊原部長が数々の料理のプレートを取り出し、キッチンカウンターに並べていく。
そこに書かれてあるレストランの名前を見て驚いた。誰もが知っている都心の高級ホテルのレストラン。そこのテイクアウト料理だ。
見たことがないくらいの大きなステーキ肉には季節の焼き野菜が添えられ、新鮮なグリーンサラダ、真っ赤なトマトとチーズたっぷりのピザ、丸いパイ生地に包まれたオニオンスープ、さらにフルーツたっぷりのタルトまである。
「す、すごいごちそう……! 部長、いつもこんな贅沢な夕食を召し上がっているんですか?」
「馬鹿を言うな。今日はお前のために持ってこさせたんだ。一応、引っ越し祝いだ。それに、そのやせ細った身体に体力をつけるため、全部食べろ」
榊原部長はステーキ肉をオーブンで温め直しながら、このボリュームのある料理を全部食べろと言う。いくらなんでも業務命令とはいえ、無理がありすぎる。
「お祝いは嬉しいですが、さすがに全部は食べられません……!」
「じゃあ、できるだけ食え。そして少しでも肉をつけろ。今のままじゃ骨と皮のようで抱き心地が悪そうだからな」
「私は抱き枕じゃありませんよ! それに手は出さないって約束したじゃないですか!」
両腕で自身の身体を抱きしめ、榊原部長から距離を取って離れた。
私の動作一つ一つが彼のツボにハマるらしく、また肩を震わせて笑われる。
「わかったわかった。お前を抱き枕にすることは諦めよう。でも、せっかく用意したんだ。気が済むまで食べてくれると嬉しい」
本当はこんな豪華な料理、貧乏生活になってから一口だって口にしたことがない。
今だって、懐かしいステーキ肉の味が口の中で広がり始め、昔の記憶が蘇ってくるようだ。
まだ幼稚園児だった頃、運動会のリレーで一位になったとき、お祝いで大きなステーキを食べさせてもらったことを思い出す。あのときは家族みんな笑顔だった。
「どうした? 感激で言葉を失ったか?」
榊原部長はきっと、私が昔を思い出したことに気づきはしないだろう。だって私が昔、社長令嬢だったとは、言ったことがないもの。
でも楽しかった過去を思い出し、感激していたのは事実だ。私は思いきり微笑み返した。
「はい! とっても嬉しいです」
満面の笑みを浮かべると、榊原部長も温かく微笑んでくれた。
「喜んでもらえて何よりだ」
そう呟いた彼が自らテーブルセッティングをしてくれて、二人きりで初めての夕食の時間がスタートした。
「じゃあ、これからのことを一通り確認していこうか」
シャンパングラスで乾杯をして、料理を半分くらい食べ進めたとき、榊原部長がグラスをテーブルに静かに置いて口を開いた。
生活費は私のスマホに決まった金額を毎週送金するから、キャッシュレス機能を使用したらいい、母親の身の回りのものも全てそこから出していいと言われた。
そして婚約者としての報酬は、成功報酬として、以前言っていたように私の年収分、もしくは私が希望する金額を半年後に用意してくれるという。
あまりにもこちらばかりが都合のいい条件を提示され、何度も首を横に振った。
しかし榊原部長は「俺の言う通りにしろ」と、断固として条件を変えてくれなかった。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、私はそれを受け入れ、確認作業を続ける。
「同居生活は半年間ってことでいいんですよね?」
「ああ。紹介してから半年間は婚約者を装ってもらい、その後破局しよう。紹介した後すぐに契約を解除すると、婚約は嘘だったのかと見破られるかもしれないからな」
「そう……ですね」
破局の言葉に胸がチクッとなるのは、あまりいい響きじゃない言葉だからだと思いたい。
半年後、榊原部長に今以上の感情を持っているとは思わない。それでも別れという状況は、父との別居を思い出すから苦手だ。
私の複雑な表情を見抜いたのか、榊原部長は前のめりになって私の顔を覗き込む。
「まあ、お前が嫌じゃなかったら、そのまま同棲生活を続けてもいいんだぞ?」
「わ、私には、こんなタワーマンション住まいは似合いませんから……!」
冗談だとわかっていても、意味深な問いかけに戸惑ってしまう。そんな私を見て榊原部長は首を横に振り、頬杖をついた。
「そう謙遜するな。お前のそんな態度を両親が見れば、俺が選んだ女はひどくつまらない、魅力のない人間だと映るぞ」
「あっ……そうですね。私、これから榊原部長の婚約者という立場になるんですよね」
「お前はもっと自信を持て。美咲は決して謙遜していいような女じゃない。家族のために身を粉にして働ける、とても優しくて強い女だ。もし俺が結婚するとなったら、きっと美咲みたいな女を選ぶだろう」
「えっ……」
一瞬、空耳かと思った。だけどそれは聞き逃せない言葉で、私は今、榊原部長が言ったことを何度も思い返す。
だって彼は今、もし結婚するのなら、私みたいな女性を選ぶと言った。そんなことを言われて意識しない人はいるだろうか。
まだ誰とも付き合ったことがない私は、思っている以上にその言葉を意識してしまう。
「だが、今は偽りの婚約者だ。その証としてこれを贈っておく」
でも、こんな私の意識を現実に引き戻せたのは、彼がダイニングテーブルの真ん中に置いた小さくて真っ白な小箱に視線が集中したからだ。
それは誰が見てもわかるリングケースだ。榊原部長が自身の手でケースを開けると、小さなピンクダイヤモンドが明かりの下でキラリと光り、小ぶりで美しい輝きを放っていた。
「指輪……」
「婚約指輪だ」
「い、いつ用意していたんですか?」
驚愕し、私は両手で自分の口を覆う。視線はますます指輪から離せなくなって、彼がどんな顔をしているのか見るのも忘れていた。
「今まで美咲の左手を何度かなぞったことがあっただろう。そのときにおおよそのサイズを測り、作らせた。シンプルなデザインが好みかと思ったが、よかったか?」
「はい。とっても素敵です」
私はアクセサリーを普段から全くつけていない。
それは、そんなものを買う余裕が家になかったという理由もあるけれど、私自身が自分を着飾ることが苦手だから。
ジュエリーもこういったシンプルで上品なものの方が好みで、彼が選んでくれたピンクダイヤモンドの指輪は可愛さの中にも上品さがあり、一目で気に入った。
「気に入ってもらえてよかった。半年間だけだが、よろしく頼むぞ。奥さん」
榊原部長はそう言いながら立ち上がると、指輪をケースから外し、私のそばまでやってきて、しゃがんで私の左手をそっと持つ。
そのまま左手の薬指に指輪をはめると、左手を優しく握った。
上目遣いで私を見つめ、返事を待っている。私は唇をキュッと噛みしめ、俯きながら答えた。
「はい……旦那、様」
精いっぱいの勇気を出して返事をすると、クスクスと笑い声が耳に聞こえてくる。
よくできました、というように私の後頭部をポンポンと叩くと、榊原部長は腕を組んで立ち上がり、私を見下ろす。
「旦那様もいいが、そろそろ名前で呼び合おうか」
「えっ……」
「会社では役職名でもいいが、家の中では婚約者として俺の名前を呼んでほしい」
「あっ、は、はい……」
そういえば、榊原部長はいとも簡単に私の名前を呼び捨てで呼び始めていた。
会社とは違う状況を改めて実感すると、こそばゆい感覚に両肩が上がり、頬が緩んでしまいそう。
それに、部長もはにかみながら首を傾け、私の言葉を待っている。
「え……っと、蒼……さん」
私が名前を呼ぶと、彼は満足げに微笑む。その表情を見て、私の心は喜んでしまう。ほわほわと柔らかく温かい、そしてこそばゆい感覚がずっと私を襲い、じっとしていられない。
両手で両腕をさすって我慢をしていると、榊原部長はまたしゃがんで私の顔を覗き込んだ。
「よし、これからプライベートではそう呼び合う。わかったな」
「は、はい」
至近距離で見つめ合うことに照れが生じ、パッと視線を逸らした。
その先には、婚約指輪としてプレゼントされたピンクダイヤモンドの指輪が、キラリと輝いていた。