書籍詳細
冷徹社長がかりそめ旦那様になったら、溺愛猛獣に豹変しました
あらすじ
「俺のものになる覚悟を決めろ」不愛想アンドロイドな社長に政略結婚を迫られてます
輸入菓子会社に勤める美都は、社長の高虎から突然「お前と結婚する」と迫られて!?美都の祖父が作るアップルパイのレシピ提供の条件として、政略結婚を勝手に決められていたのだ。訳がわからないまま、不愛想アンドロイドと噂される冷徹で強引な高虎と同居することになったが、自宅での彼は極甘に豹変。既成事実を作ろうと甘い毒牙を向けてきて…!?
キャラクター紹介
岡村美都(おかむらみんと)
輸入菓子会社に勤めている会社員。両親を亡くし、ケーキ屋を営む祖父母に育てられた。
旗江高虎(はたえたかとら)
美都の会社の社長。超絶美形ながら、社員からは不愛想アンドロイドと呼ばれている。
試し読み
五時まで働いたあと、母屋のほうに挨拶に行っていた高虎を迎えに行き、美都オススメの、商店街の端にある中国人親子がやっている小さな中華料理店に入った。顔見知りの店なので男性と一緒にいることを冷やかされ慌ててしまったが、高虎は平然としていて、なんだかひとりで照れている自分のほうが恥ずかしくなってしまった。
明日には商店街中に広まっていそうでもある。
食事を済ませ、店を出たあとは、タクシーを拾ってマンションに帰宅する。
「おいしかったでしょう?」
「ああ」
「水餃子と春巻きがほんと絶品で」
コーヒーと『OKAMURA』のベリーパイを食べたあと、先ほど食べた春巻がいかに手が込んでいるのかを、食器を片付けながら、風呂上がりの高虎に説明する。
「自分で作ると、具沢山でカラッと揚げるのは難しいんですよね~」
作ったわけでもないのに、自分の手柄のように自慢をする美都を見て、高虎はフッと笑った。
「お前、食い物の話をしている時が、いちばん幸せそうだな」
「なっ……まぁ、そうですけど。食いしん坊なのは自覚してますけど」
高虎に、食い意地ばかりはっていると思われるのは恥ずかしかったので、言い訳のように口にする。
「でも、作るのも好きです。うちもそうですけど、今日行った中華屋さんみたいに、家族でお店やってるの見たら、素敵だなって思いますし」
「――俺は嫌だ」
「え?」
何が嫌なのかわからなくて、首をかしげた。
髪をタオルで拭いていた高虎は、自分に向けられる美都の視線にハッとしたように目を見開いた。
「いや……その……俺は死ぬほど不器用だから。無理と、言いたかった」
「あ、そうなんですね」
美都は笑ってうなずいたが、一瞬自分たちの間に流れた空気は、いったいなんだったのだろうと、首をひねる。
(二人でお店をするって思ったのかな? さすがの私も、そんなことは全く考えてないけど……)
おかしいなと思いつつ、高虎に説明する。
「店を持ちたいとかそういう具体的なことじゃなくて、楽しい時も、そうじゃない時も、ふたりで支え合って生きる、そういう家庭が、いいなって……思うんです」
「……そうか」
ベッドに腰を下ろした高虎は、やはり美都の言葉を聞いているような、いないような無表情だった。
(やっぱりなにか、変な感じする……)
ここのひっかかりを適当に流してしまったら、あとあと後悔する気がした。
「あの……」
「風呂、入ってこいよ」
唐突に、美都の言葉を遮るように高虎が顔を上げ、まっすぐに美都を見つめる。
射貫(いぬ)くような熱っぽい瞳に、心臓がドキッと跳ね上がった。
高虎が男の目をして自分を見ている。
「お前が欲しい」
そしてストレートに美都を誘惑している。
「え、あの……」
心臓が信じられないくらい、早鐘を打つ。全身の血が駆け巡って、美都の体温を上げていく。
耳や頬のあたりが熱くなって、うまく息が吸えなくなった。
「そのつもりで、いてくれ」
高虎が念押しのようにはっきりと口にする。
(そ、そのつもり……その、つもり……?)
全身にありえない速度で血が回る。けれど高虎は目を逸らさない。
美都がなにを考えているのか、探ろうとする、強い目をしていた。
(そっ、そんな目で見ないでーっ!)
ゴクリと息を飲んで、美都はするすると後ずさり、そのまま無言でバスルームへと飛び込んでいた。
「どうしよう……どうしよう」
だが、髪を洗い、体を洗い、すべての工程を意識してゆっくり行ったとしても、気がつけば一時間で終わってしまっていて。かといって、バスルームから出ると、準備が整ったと思われるわけで。そうなれば決断しなければならない。
(私、どうしたいの……)
半泣きになりながら、鏡の中の自分を見つめた。
無駄に時間をかけてブローした髪はツヤツヤサラサラで、しっとりと輝いている。湯上りの肌はほんのり桜色で、ピカピカしていた。
(逆になんかこう……気合入れてるみたいになってしまった……)
はぁ、とため息をつくと同時に、
「おい」
「ひっ!」
脱衣所のドアの外から声がかかった。思わず悲鳴を上げてしまったが、次の瞬間、容赦なくドアが開く。
「きゃー!」
一応素肌にバスローブは身につけているが、いきなり脱衣所のドアを開けるなんて破廉恥極まりなさすぎる行為だ。ひどいと抗議の声を上げようとした瞬間、
「なんだ、溺れてるのかと思った」
と、高虎がホッとしたように目を細めて美都を見下ろす。
(あ、そうか……私がなかなか出てこないから、心配してくれたんだ)
早合点した自分が恥ずかしい。少し照れながらうなずきバスローブの前をぎゅっとつかむ。
「だっ、大丈夫です」
「ああ、そうみたいだな」
そして高虎は脱衣所に足を踏み入れ、しゃがみ込んだかと思ったら、美都の膝裏に手を入れ、軽々と抱き上げた。視界が急に高くなって体が宙に浮く。
「えっ、ちょっと!」
「暴れるな」
高虎は美都をお姫様抱っこの要領でベッドまで運び、そのままシーツの上に押し倒してしまった。
「ちょ、あの、あのですねっ……」
この期に及んでまだすべてを受け入れる決心ができない自分を情けなく思いながら、美都は高虎を見上げる。
「なんだよ、美都」
のしかかってくる高虎の大きな手が、美都の額に触れ、髪をかき上げる。そしてさらさらと通っていく指通りに、心地よさそうに微笑むと、前髪の生え際に口づけを落とす。
「俺に触られるのが嫌か」
彼が身じろぎするたびに、ギシ、とスプリングがきしむ。
「い、いや、じゃ、ないですけどっ……」
そう、だから困っているのだ。嫌じゃない。嫌いじゃない。むしろだんだんふたりでいることに心地よさを覚えているから、悩んでしまうのだ。
こんなに早く彼の胸に飛び込んで大丈夫なのかと、不安になる。
「……私」
「ん?」
美都を容赦なく押し倒しておきながら、その声は案外優しかった。
「私で、いいんですか……」
すると高虎はフッと笑って、
「俺こそ聞きたい。お前、相変わらず俺に抱かれたくないのか」
と、尋ねる。
「それは、その……」
自分でいいのかと尋ねるなんて今更だった。安心したくて、彼に私でいいと言ってもらいたいだけなのだ。そのことに気がついて顔が羞恥に染まる。
「むしろ最初から俺はやる気満々だろう。疑われるいわれはない」
「そ、そうでしたね……」
社長室に呼び出されて、いきなりキスされて。その後の態度も一貫している。
(すぐキスしようとするし、実際するし……)
確かにやる気満々と言われれば、そうなのだろうとしか言いようがなかい。
「言えよ」
高虎は迫り、ささやく。
熱に浮かされたような声で。
「俺に抱かれたいって、言え」
彼の声は低く、相変わらず他人を威圧するような迫力があったけれど、自分に向けられたその命令はとても『甘かった』。彼から懇願されている気がした。
その瞬間、美都の心に火が灯る。
「……抱かれたい……です」
高虎の命令に応えたその瞬間、興奮で全身に例えようのない震えが走った。
(そうだ。そうなんだ。私、この人に抱きしめられたい。強く、ギュッと抱きしめてほしいんだ)
「だよな……」
高虎は色っぽく微笑み、上半身を起こすと、首の後ろをつかんで着ていたTシャツを引っ張り上げて脱ぎ捨てる。
そして美都の着ていたバスローブに手をかけた。
「いっ、いきなり脱がせるの!?」
「脱がなきゃやれないだろ」
「そうですけど……」
やはり自分の裸を見られるのは恥ずかしい。
なのに高虎ときたら、
「そういうのが好みなら、今度社長室でやってもいいが、基本俺は裸でベッドの上がいい」
と、頓珍漢な返事をよこしてきた。
どうやら着衣でそういうことをしたいと、思われたようだ。
「なっ、なにそれ……そんなわけないじゃないですか……いや、それ以前に、神聖な職場をそんな風に使わないで……フフッ……えっちなビデオじゃあるまいしっ……ふふっ……あはは」
思わず美都は笑ってしまった。
自然と肩から力が抜ける。
すると高虎はそんな美都を愛おし気に目を細めて見つめたあと――。
足を撫で、そして持ち上げると、膝小僧にやわらかくキスを落とした。
「……っ、あ……」
美都がビクンと体を揺らすと、今度は太ももの内側に歯を立てた。
柔らかい部分に噛みつく高虎は、獲物を前にした獣だ。
「ちょ、あの……」
身悶(みもだ)えして足を降ろそうとしても、しっかりと膝裏に入った高虎の手がそれを許さない。そして熱い舌が、唇が、音を立てながら美都の足の間に、深く入っていく。
「や、め、……」
思わず高虎の髪をつかむ。けれど彼は髪をつかまれたまま、顔を上げ不敵に微笑んだ。
「お前……毎日毎日、俺のこと煽(あお)りまくって、無事に朝が迎えられると思うなよ……」
その瞬間、美都はまるで大きな渦に飲み込まれたような気がした。