書籍詳細
極上御曹司の執着溺愛~愛人だと思っていたら妻に望まれ妊娠しました~
あらすじ
「君を子どもごと愛させてくれ」イケメン御曹司と愛され妊婦ライフ♥
オーストラリアのカフェで働く由依夏は、御曹司の柊也と運命的に出会い恋に落ちる。「抱いても抱いても、君が欲しくなる」――情熱的に求められ、身も心も柊也に捧げるが、世界中を飛び回る彼とは月に一度しか会えない。そんなある日、柊也の婚約者が現れ身を引くよう迫られる。傷心のまま帰国した由依夏だけど、そのお腹には新しい命が宿っていて…!?
キャラクター紹介
成瀬由依夏(なるせゆいか)
ワーキングホリデーでオーストラリアに滞在。日本でカフェを開くことが夢。
氷室柊也(ひむろしゅうや)
巨大財閥の御曹司で、オークション会社の社長。世界中を飛び回っている。
試し読み
土曜日の十六時、すでに氷室さんはシドニー国際空港を出たとのことで、彼と初めて出会った場所で待ち合わせをすることになった。
季節は春になり、昼間だと二十度近くになる。オージー(現地人)などは日中、半袖でいる人も多い。
急いで待ち合わせ場所に向かうと、氷室さんは薄手のコートのポケットに両手を入れて、あの日のように海を見つめていた。彼の整った横顔に心臓がドクンと高鳴る。
通りすぎる観光客だろうか、数人の女性グループにじろじろと氷室さんは見られているけど、ちらりとも興味を示さない。彼女たちが名残惜しそうに立ち去ってから、私は彼に近づいた。
「氷室さんっ!」
彼との距離が縮むほどに、心臓の高鳴りが激しくなる。
私の声に氷室さんは、ゆっくりと振り返る。その顔は美麗な微笑みを浮かべていた。
「由依夏」
彼の前に立った私は、激しい鼓動を気にしないようにしてにっこり笑う。
「おつかれさまです。これ」
持っていたカフェのショッパーバッグを顔の横に上げる。
「氷室さんに飲んでもらいたくて、カフェで淹れてきたんです」
以前飲んで美味しいと言ってくれたブレンドを淹れてきたのだ。
「ありがとう。嬉しいよ。ちょうど飲みたいと思っていたんだ」
「よかった」
ショッパーバッグからカップをひとつ取って氷室さんに手渡す。それから自分のカフェオレの入ったカップを手にした。
氷室さんはひと口飲んで、満足げに微笑む。
「美味しいよ」
「私のも飲んでみますか? カフェオレなんですが」
まだ口をつけていないカップを差し出した。
すると、氷室さんは大きな手で私の頬をひと撫でし、そのまま顎を上向かせる。
「カフェオレよりもこっちがいい」
え? と、思っている間に、氷室さんの顔が近づいてきて私の唇が優しく塞がれた。
突然のキスに驚きすぎて、カップを落とさないでいるのが精いっぱいだ。
彼の唇は、私が呆気に取られている間に離れていく。
「ずっとこうしたかった」
そう言われて、呼吸が苦しくなるほど嬉しくなる。だけど恥ずかしさもあって、ごまかすように俯くと、カフェオレをコクッと喉に流し込んだ。
先月別れた時のままの甘い氷室さんで、ホッと安堵している。
「……私もです」
小さく伝えると、氷室さんはカップを持っていない方の私の手を握って歩き始めた。
「ずいぶん暖かくなったな」
「はい。過ごしやすくなりました」
彼に手を引かれて歩きながら、私はアルバイト先の土産店の話をした。氷室さんはパリから飛んできたと言う。
「パリかぁ~、いいですね」
一度はヨーロッパを巡りたいと思っている。
「土産がある。このあと、部屋に来てくれないか?」
「お土産?」
「そう。君に似合うワンピースを手に入れたんだ。それを着て夕食に行こう。ディナーに招待したい」
「……はいっ」
氷室さんが選んでくれたワンピースがどんなのか楽しみでもあったが、似合わなかったらどうしようと不安もある。
だけど、氷室さんと一緒にいたい気持ちには逆らえなかった。
連れて来られたのは、前回と同じスイートルームだった。
リビングのソファ前にあるローテーブルには、大小の箱が数個置かれていた。
「開けてみて」
氷室さんは私をソファに座らせて、目の前の大きな箱を開けるように言う。
おそるおそる平たい白い箱を開けてみる。薄紙をめくった瞬間、目に入った美しいワンピースに息を呑んだ。
箱からワンピースを慎重に取り出す。
黒のオーガンジーとレースのワンピースは、ホルターネックの鎖骨から肩までが露出しているデザインで、シースルーの袖は長く手首にはパールのボタンが数個並び、ウエストから膝下ほどの長さのスカート部分はふんわりしている。とてもゴージャスでキュートなワンピースだ。
「とっても素敵! 氷室さん、ありがとうございます」
「喜んでもらえてよかった。こっちの箱も見て」
彼が差し出したのは、黒いエナメルのハイヒールだった。よくよく見たら、ワンピースもハイヒールも、私には手の届かないハイブランドのもので困惑してしまう。
「……こんなに高いもの、いただいていいんでしょうか」
「もちろんだ。由依夏のために選んだものだ」
氷室さんはもうひとつ、一番小さな箱を自ら開けてそれを私に見せる。同じハイブランドのシュシュだった。連なるパールがリボンの形になっている。
「可愛い……」
「パウダールームで着替えてきて。これを着た由依夏が見たい」
「はい」
プレゼントされたものを抱えてパウダールームへ向かうと、着ていた服を脱いでワンピースを身につける。
鏡に映る私は、今まで見たことがない姿に変身していた。
これが私……?
氷室さんの見立ては完璧で、普段九号を着ている服のサイズもピッタリだった。
ショルダーバッグからポーチを取り出し、メイクを軽く直してリップを塗る。髪の毛をサイドから少し取ってシュシュで結び、ハーフアップにした。最後に七センチはありそうなヒールを履いて支度は終わった。
数歩下がって鏡に全身を映す。
本当に、これで大丈夫?
不安になってしまうほど、いつもの私と様変わりしていた。
ショルダーバッグだけを持って氷室さんの元へ向かう足取りは、初めてのヒールに慣れずに不安定だ。
なんとかリビングに戻ると、黒のスーツに着替え終わっていた氷室さんは、窓辺に立ってオペラハウスの方向を見ていた。
「氷室さん……」
私の声で振り返った彼は、ジャケットの下にベストも着ていて、完璧な姿だった。ネクタイは光沢のある薄紫で、そのかっこよさに感嘆のため息が漏れる。
「由依夏、よく似合っている。とても綺麗だ」
笑みを浮かべながら、氷室さんは私の元へやって来る。
「こういうワンピースを着るのは初めてで……恥ずかしいです」
「恥ずかしがる必要なんてない。よく似合っているから自信を持っていいよ」
そう言った彼から、ゴールドのチェーンの赤いショルダーバッグを渡される。
「これは……」
「バッグの中身を移し替えるといい」
「氷室さん……」
「そんな顔をするなよ。俺の自己満足だ。由依夏はただ楽しめばいい」
困惑した私の頭を彼はそっと撫でる。
今まで知らなかった世界を見せてくれる氷室さん。彼にとって私は赤子のようなものだろう。
彼に似合う女性になりたい。でも、どうしたらいいのかわからなかった。
ホテル一階のレストランはウォーターフロントにあり、対岸にあるオペラハウスがよく見えた。
窓辺のテーブル席に着座して、すぐにスパークリングワインが運ばれてくる。
「由依夏、あの日君と別れてから今日まで、時間が経つのがとてつもなく遅く感じられたよ。語学学校修了おめでとう」
「私も同じです。でもようやく会えたのに、あっという間に時間が過ぎようとしていて……花束は思いもよらなくて、とても嬉しかったです。ありがとうございました」
今回はどのくらい一緒にいられるのだろうか。そんなことばかり考えてしまう。
氷室さんはスパークリングワインの入ったグラスを掲げて乾杯の仕草をする。私もグラスを手にして、彼の方に傾けてから金色のスパークリングワインを口にする。フルーティーで甘さもあり、とても飲みやすい。
すぐに魚介類の前菜が運ばれてきて、その美味しさに目を見張る。
「これはマスタードかな……こんな繊細なお料理は初めてです」
ホタテやサーモンにピッタリなソースだった。
「君は料理を作るのも好きなのか?」
「好きですが得意ではないです。でも日本でカフェを経営するなら、軽食も出したいなって」
語学学校も終わったので、帰国をしようと思えばできる。日本へ帰ってカフェ経営の夢を実現させたい気持ちもある。
けれど、今は氷室さんと一緒に過ごしたいし、この街で自由を謳歌したい気持ちの方が上回っている。
「世界には美味しいものがたくさんあるから、君にも食べさせてあげたい」
「今日はパリからいらしたんですよね? パリのクロワッサンは本当に美味しいんですか?」
「ああ。うまいよ。今度パリからここへ来る時があれば持ってこよう」
黒トリュフのパスタや口の中へ入れてすぐに溶けるステーキ、皮をカリッと焼いた真鯛のポワレ、料理に合ったワインも堪能して最高のディナーの時間だった。
食事が終わって、レストランの外にある遊歩道へ出る。
氷室さんは自分のジャケットを私の肩に羽織らせてくれる。だいぶ暖かくなったとはいえ、夜はまだ冷える。
「あなたが寒く……」
「俺は平気だ。季節が過ごしやすくなったな」
「はい。日本の九月はまだ暑いですよね。パリはどうなんですか?」
「パリは秋に入って、そうだな。ここと気温は変わらないな」
海風を受けながら、他愛ない会話を楽しみゆっくり歩く。
素敵なワンピースに極上のお酒と食事、そしてロマンティックな散歩。
私にはとても贅沢な時だった。
氷室さんのスイートルームに戻ってきた私は、ディナーで飲んだお酒の力もあって、最高に楽しい気分が続いている。これから着替えて元の自分に戻るのだ。
「ジャケット、ありがとうございました」
羽織っていたジャケットを返そうとしたところで、ポケットが振動していることに気づいた。
「氷室さん、ポケットにスマートフォンが?」
「ああ。まだ飲むだろう? ソファに座ってて」
ジャケットを受け取った彼は、スマートフォンを出して中国語で話し始めた。
私は窓辺へ行き、心地よい彼の声を聞きながらオペラハウスを眺める。こうしていても氷室さんを意識してしまっている。
ふと彼が通話をしながら私の後ろに立った。
ピカピカに磨かれた窓ガラスに氷室さんの姿が映ったのだ。振り返ったところで彼は電話を終わらせ、ソファの上にスマートフォンを放った。
「すまない。仕事の電話だった」
「いいえ。私──」
「由依夏」
着替えると口にしようとしたが、氷室さんが真剣な眼差しで遮った。熱を帯びた瞳と視線が絡む。
「俺のものになってくれるか?」
彼の言葉に、ドクンと心臓が激しい鼓動を打った。
「氷室さん……」
「決心がつかなければかまわない。由依夏の気持ちが大切だからな」
彼の手が私の頬にそっと触れる。
私は視線を逸らせないまま、首を左右にゆっくり振った。
先月の別れの時、思いは決まっていた。望まれるのであれば、彼に抱かれると。
この会えなかった日々、私はずっと熱に浮かされたように氷室さんが恋しかった。今日を待ち焦がれていたのだ。