書籍詳細
身ごもり同棲~一途な社長に甘やかな愛を刻まれました~
あらすじ
「子どもごと必ず幸せにする」家を追い出されたら極上社長に拾われて!?
婚約破棄され、同棲中の家を追い出された紗彩。途方に暮れる中、部屋が余っているからと同居を持ちかけられる。相手はオンラインゲームで親しくなった「ハルカ」。女性同士なら安心だと教えられた豪邸に向かうと…ハルカの正体はイケメン社長・悠大で!?彼に愛を刻まれる生活に、紗彩は戸惑いつつ惹かれていく。しかもその矢先、妊娠が発覚し…!
キャラクター紹介
森崎紗彩(もりさきさあや)
元カフェ店員。仕事を失い、彼氏の浮気が発覚したため家を出ることに。座右の銘は『因果応報』。
河岡悠大(かわおかゆうだい)
紗彩の働いていたカフェを経営する『リバーヒルズプランニング株式会社』の代表取締役。
試し読み
ハルカさんと過ごす二度目の週末を迎えた。
彼はたとえ忙しくても必ず土日のどちらかは丸一日休むと決めているらしく、その日は起床時間を決めないらしい。
今週は土曜日――今日が彼の休日だと聞いたので、私も普段より一時間長めに寝かせてもらった。
とはいえ、昨日はその分二十四時過ぎまで『FU』を堪能してしまったため、トータルの睡眠時間は普段と変わらない。むしろ少なくなっているのかも。
平日の一時間遅れで朝の準備を済ませ、八時前にキッチンに到着。一日のスタートは朝食作りから始めるのが習慣になっているけれど、まだハルカさんは起きてこないみたいだ。なら、今日は天気もよさそうだし洗濯から片付けよう。そう決めてしまうと、ランドリールームに向かった。
ランドリールームのスペースは四畳程度。扉の先には大きな窓が備え付けられている。その付近に物干し金具が二本渡してあって、窓から入り込む陽の光で洗濯物が乾きやすくなっているのだ。
部屋の隅に設置されているドラム式の洗濯機の上に、洗濯物を入れるためのカゴが置かれている。私は中身を種類別に分け、場合によっては部分用の洗剤を塗布してから、細かいものやデリケートなものは洗濯ネットに入れ、洗剤や柔軟剤とともに洗濯機のなかへセットし、スイッチを入れた。
今回洗うのはハルカさんの衣類だけ。私のはひとりの時間の多い平日に、二、三日に一度くらいのペースでまとめて洗濯することにしている。
お手伝いをしている立場としては、家主であるハルカさんの衣類と一緒に洗うのは悪い気がするし、洗濯物のなかには当然下着類もあるわけで、万が一干している間に彼の目に触れたら恥ずかしいからという理由もある。
洗濯物が仕上がる間に、一階の掃除をすればちょうどいいか。なにせ、三階建ての河岡家は部屋数が多く広々としているので掃除に時間がかかる。生活の拠点である一階を彼が起きるより先に終えてしまえば効率もよさそうだ。
この部屋には様々な掃除用具が収納されているキャビネットがある。そこからフロアワイパーを取り出して、早速リビングへ向かった。
リビング、キッチン、応接室を終えて、次はパウダールームだ。ワイパーを片手に、扉を開けた――ら。
「はっ……ハルカさんっ……!」
今まさに、パジャマの上着を脱いだばかりであろうハルカさんと遭遇した。驚きのあまり、ともすれば手にしたワイパーを手放してしまいそうになる。
えっ、上だけ裸っ!? なんで?
「――すみませんっ、まさか起きてらっしゃったとは思わなくて」
ワイパーを両手で握りしめながら、反射的に扉の外に出て喚いた。まだ起き抜けでぼんやりしていた脳が、瞬時に回転を速める。
「おはようございます、サーヤさん」
慌てる私に対し、彼のほうは上半身の裸を見られたことなどまったく気にしていない様子で、扉越しに挨拶を投げてくれる。
「私こそすみません。寝汗をかいてしまって気持ち悪かったので、さっぱりしたくて」
「そ、そうでしたか」
一緒に暮らすうちに、ハルカさんが暑がりであると知った。なにかの折に、夏の熱帯夜の翌朝はシャワーを浴びることも多いと話していたことが頭を過る。
うわずる声で相槌を打ちながら、私はドキドキと高鳴る左胸にそっと触れた。
ほんの一瞬だけ見えたハルカさんの身体は、ラインの割りには胸板が厚く、ほどよく引き締まっていた。帰宅してからは一歩も外に出ないはずなのに、定期的に鍛えている人のようにも思える。
……だめだ。思い出したらますますドキドキしてきた。平常心、平常心。
「なにかここに用事だったんですよね? 服を着ましたので大丈夫です」
「すみません、ありがとうございます」
改めて扉を潜ると、パジャマに身を包んだハルカさんに頭を下げた。
「まだ寝てるかなと思ったので、先に掃除を終わらせようと思ったんです。すぐに済ませますね」
「ありがとうございます。助かります。……でも、土日ぐらいサーヤさんも自由に過ごしてくださいね。平日しっかり働いて頂いているので、休みの日くらいは好きなことをして身体を休めてほしいです」
「はい。でも、なんども言ってるように動いているほうが性に合うみたいなので、本当に気にしないでください」
私の身体を気遣ってくれる彼にそう言いながら、パウダールーム全域にフロアワイパーをかける。シンクの傍には、髪の毛が落ちていがちなので、取り逃しがないようにしなければ。
「シャワーから出たら朝食が出せるようにしますね。今朝はパンでもいいですか?」
「もちろんです。ありがとうございます。……あ、サーヤさん、ストップ」
「え?」
なにかに気付いたようにハルカさんが私に言う。私は彼に言われるがまま、ぴたりと動きを止めた。
「そのまま、動かないでくださいね」
ハルカさんが対面に回り込んできて、私の前髪を一房掬いあげる。
「……っ」
手を伸ばせば触れられそうな至近距離。目線の先には、第二ボタンまでを外し、少しはだけたパジャマの胸元が飛び込んできた。
私は自分の頰がカッと熱くなるのを感じた。さきほど意図せず見てしまった光景と勝手にリンクして、忘れようとしたドキドキが蘇る。
先日、彼に想いを告げられてからというもの、情けないことに、必要以上に彼を異性として意識してしまっている。彼からの優し気な眼差しを感じたり、今みたいにふとしたときに距離が縮まったりしたとき、心臓が一際忙しくリズムを刻むのだ。
もちろん、彼が男性であるのを承知で家に置いてもらっているわけだから、なにを今さらという感じでもあるのだけれど……まさか彼が私をそんな風に想ってくれているなんて知らなかったし、小牧さんの代わりをするようになってからは、お手伝いという立場で接していたから、異性という認識がほとんど念頭になかったのだ。
「髪にホコリが。……はい、取れましたよ」
親指と人差し指でホコリを払うと、ハルカさんが優しく笑った。前髪に温かな吐息がかかるほど接近しているのだと思うと、とてつもなく恥ずかしくなってくる。
「あ、ありがとうございますっ……」
「どういたしまして」
どうにかお礼を言い終えたところで、彼は私の頭を優しくぽんぽんと叩いて言う。
――そんなの反則っ。すらりとした長い指先の感触に、変な声が出そうになった。
「あっ、えっと……それじゃ、ここの掃除終わりましたのでっ……シャワー、ごゆっくりどうぞっ」
私は逃げるように扉の外へ出ると、ワイパーを廊下の壁に立てかけるようにして置いてから、もう一度左胸に手を当てて大きく息を吐いた。左胸は全力疾走したときみたいに小刻みに脈打っている。
慌てて部屋を出たりして、あからさまに動揺しているのがバレたかもしれないと思うとさらに恥ずかしかったけれど、今の私には取り繕う余裕もなかった。
これまでにお付き合いの経験があるのは、耀くんひとりだけ。あまり男性に免疫がないので、無防備な姿を目にしてしまったり、髪を撫でられたりすると、羞恥のあまりなかなか頭が現実として受け入れてくれないようだ。
彼としてはただの親切心だったのだろうけれど……例の告白を勝手に連想してしまい、そこに深い意味があるのでは……なんて心臓が暴走してしまう。
残りの約半月、この家で心穏やかに過ごせる気がしない。脳裏に浮かぶ彼の意外に筋肉質な身体を思考の端に追いやりながら、掃除の続きを始めたのだった。
一階の床のワイパーがけを手早く終えたあと、シャワーを終えたハルカさんに合わせて朝食の時間にする。今朝はチーズトーストと目玉焼き、ソーセージ、コーンサラダ、トマトの冷たいスープという洋食の献立。
最近、河岡邸の最寄り駅にある商業施設にパン屋さんができた。買い物ついでにそこでお昼を済ませたときに食べたブリオッシュが絶品で、今度は是非パンドミーを試したくなったのだ。ハルカさんの反応はすこぶるよかった。よほど気に入ったらしく、厚切りのチーズトーストを二枚も平らげていた。よろこんでもらえてなによりだ。
食後、ふたり分の食器をキッチンに運んでから、淹れ立てのマンデリンをハルカさんのマグと私のそれに注いだ。コーヒーの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「私は幸せ者だなと、最近つくづく思うんです」
彼の分のマグを手元に置くと、彼が言った。
「どうしたんですか、急に?」
「好きな女性のおいしい手料理を毎日食べることができるんですから。サーヤさんには感謝してますよ、本当に」
彼は「ありがとう」とマグを軽く掲げながら、熱いコーヒーを一口啜った。
「私のほうこそ、毎日ハルカさんにそうやって褒めてもらえるので、気持ちよく家事をさせてもらってますよ」
お礼を言うのはこちらのほうだ。私は小さく首を横に振った。
相変わらず、事あるごとに褒めてくれるハルカさん。彼の言葉は、耀くんとの別れによって失った女性としての自信を取り戻させてくれる。
食事を褒められ、掃除を褒められ、洗濯を褒められ。気分がよくなった私は、家事に対するモチベーションがどんどん高まり、新しいレシピにチャレンジしてみたり、フローリングにワックスをかけてみたり、ワイシャツのアイロンがけの方法を見直してみて、より美しい仕上げを目指してみたりと、さらに彼によろこんでもらうべく家事スキルを磨いている。
「それならよかったです」
シャワーのタイミングで着替えたらしいハルカさんは、黒いポロシャツとベージュのチノパンというコーディネート。休日はスーツから解放されるため、こういうラフな格好が多いのだという。初めて対面したときの印象が濃いせいか、彼はスーツのイメージが強いので、ちょっと意外な感じがする。
……というか意外もなにも、毎日顔を合わせるうちに忘れかけていたけれど、私はハルカさんのことを、そもそもよく知らなかったんだった。
生活をともにしているけれど、朝のうちに仕事に出る彼とは夜まで別行動だし、帰宅した彼と夕食を一緒に取り、共通の趣味である『FU』で少し遊ぶだけの間柄だ。
好きな食べ物やよろこんでくれる献立はなんとなく把握できてきたけれど、そうじゃなくて、もっと彼自身の様々なことを知りたい。
たとえば――真っ先に思い浮かぶのは、特定の女性を作っていなかった理由。いかにもモテそうな彼なのに、どうして奥さんや彼女がいないのかは気になるところだ。それに、彼のように華やかな経歴を持っている人とゲームの親和性を感じづらいので、どうして『FU』を遊び始めたのかも聞いてみたいし……ああ、考え始めれば次々と出てきそうだ。
『ハルカ』さんではなく、私の知らない『河岡悠大』さんを、もっと知ってみたい。
「私の顔になにかついてますか?」
彼の少し困ったような問いに、思考の世界から引き戻された。思考に集中するあまり、無意識のうちに彼の顔を凝視していたようだ。
「あ、すみませんっ、ちょっと考えごとをしていて……」
「考えごと?」
首を傾げる彼に、私がうなずく。
「……今さらですけど、私、ハルカさんのこと、あまりよく知らないのかもって。私自身のことはいろいろ相談させてもらっていた経緯があるので、ハルカさんもご存知かと思うんですが」
「言われてみればそうですね。あまり自分のことを話すほうではないので」
ハルカさんはなにかを思いついたように軽く目を瞠ると、コーヒーをもう一口啜ってからマグを置き、いたずらっぽく私に微笑みかけた。
「いい機会なので、もし気になっていることがあれば聞いてください。なんでも正直に答えますから」
「いいんですか?」
いざそう言われると悩むけれど……ついさっき、思い浮かべていた最大の謎について訊ねてみることにする。
「ハルカさんって、今、誰ともお付き合いされてないんですよね?」
「はい」
「……奥様も、当然いらっしゃらないですよね?」
「もちろん。というか、もしそうならサーヤさんを自宅に泊めたりしませんよ。第一、そんなこと小牧さんが許さないでしょうね」
「確かに……」
小牧さんの存在は、彼が真実を述べているとの裏付けになるだろう。
ハルカさんがフリーともなれば周りの女性が放っておかないだろうと思う気持ちが強すぎて、ついつい慎重に確認してしまう。自分自身が二股で大きな痛手を負ったばかりなせいもあり、余計に。
私が神妙にうなずくと、ハルカさんが苦笑した。
「私、遊んでそうに見えますか?」
「いえっ、あの、気分を悪くされたらごめんなさいっ、そういう意味じゃなくて――ハルカさんみたいに素敵な方なら、すでにお相手がいらっしゃるだろうになって思ったんです。だから、それが不思議で」
慌てて疑っているわけではないことを伝えつつ核心を突くと、彼は小さくため息を吐いた。
「お相手が簡単に見つかるなら、苦労はしないんですよね。実際に周りの人間に言われるんですよ。『もういい歳なんだし、そろそろ将来を見据えて身を固めないと』って。でも、これから先の長い未来を一緒に歩んでくれる相手だからこそ、真剣に考えたいじゃないですか。だから、自分に興味を持ってくれたからといって『じゃあお付き合いしましょう』とは気軽に言えないというか」
「……真面目なんですね」
彼の言葉に、ひとりごとのような感想がこぼれる。
「失礼ですが、やり手の社長さんとかって女性関係が派手なイメージがあって……だから少し驚きました」
「そういう人もいますよ。でも価値観って結局人によりますよね。……ということで、理解してもらえました?」
ハルカさんがそう訊ねながら、にっこりと微笑んだ。
「私が軽い気持ちでサーヤさんに近づいているわけではないと」
優しい笑顔の割りにはっきりとした物言いが、彼の確固たる意志を表しているように感じる。同じ口調で彼が続けた。
「やっと、ずっと一緒にいたいと思える女性に出会えたんですから。なんとかあなたに振り向いてもらえるように頑張りますね」
こういうとき、なんて答えればいいんだろう。「はい」は変だし、「わかりました」もおかしい。これほどストレートに気持ちをぶつけられた経験がないせいもあり、照れてしまって反応に困る。
「――他にもありますか? 聞きたいこと」
「あっ、はい」
相応しい返事に悩んでいたけれど、彼のほうから別の話題を振ってくれたこともあり、私はもういくつか彼に訊ねてみることにした。
オンラインゲームをやり始めたのは大学時代に留学した際、日本語が恋しくなったのがきっかけで、ユーザー同士コミュニケーションを取りながら進められる面白さに感銘を受けて遊び続けていること。職場や身近な友人に対しては、ゲームが趣味であるのをオープンにしていないこと。それゆえに私とゲームの話ができるようになってうれしい、という感想も聞けた。
細かい部分で言うと、彼が自身を『私』と言うことも気になっていた。ビジネスシーンでは男性もよく使う一人称だけれど、彼はプライベートやゲームのチャットでも『私』を使っている。思い切って訊ねてみると、ビジネスシーンでうっかり『俺』や『僕』が出ないようにするためらしく、なるほどと思った。彼の言う通り、普段から習慣づけていれば間違えることはないだろう。
「……なんだか質問攻めにしちゃってすみませんでした」
思いつく限りの質問と回答の応酬を繰り返すうちに、お互いのマグに並々と注がれていたコーヒーは飲み干されていた。結構な時間、お喋りをしていたことになる。
「とんでもない。むしろ興味をもってもらえてうれしいですよ。……あ、そうだ」
ハルカさんは言葉通りにうれしそうに言うと、小さく声を上げて続けた。
「今度は私からひとつ、質問してもいいですか?」
「はい、もちろん」
「サーヤさんが心惹かれる男性ってどんな人ですか? 今度の参考にさせてもらいたくて」
「……参考、ですか」
ハルカさんは穏やかそうに見えて、結構真正面からぐいぐい来るタイプみたいだ。 直球なアピールに、心臓がドキッと跳ね上がる。私は少し考えてから口を開いた。
「あの……月並みな答えで申し訳ないんですけど、優しくて誠実な人、ですかね。いきなり『別の女性との間に子どもができた』とかはもう勘弁してほしいです」
冗談でそう言えるくらいには、耀くんとのことを『過去』として切り離して考えられるようになったけれど、他の女性の影が見える男性は遠慮したいものだ。
「承知しました。サーヤさんに認めてもらえるように努力しますね」
「努力だなんて。必要ないです、ハルカさんはそのままで大丈夫ですよ!」
最初の質問で、彼が女性に対してかなり慎重な考え方を持っていることは理解したから、優しくて誠実であるために努力する必要なんてない――という意味で言ったつもりだった。
でもいざ口に出してみると、それは彼がすでに私の理想に当てはまっているという表現に聞こえなくもない。現に、目の前のハルカさんはちょっとびっくりしたように瞠目している。
――もしかして私、自覚がなかったとはいえ、すごく思わせぶりな台詞を発してしまったのでは?
「って……あっ、なに言ってるんですかね、私……すみませんっ」
顔が熱い。軽く混乱した私は、もごもごとそう言った。
「――そうだ、コーヒーおかわり持ってきますねっ」
空になったマグに視線を滑らし、ちょうどよくその場を離れる口実を見つけた私は立ち上がり、ぱたぱたとスリッパの音を響かせながらキッチンにあるコーヒーメーカーを目指して駆け出した。
そのままで大丈夫っていうのはそういう意味じゃなく、ただハルカさんは十分に優しくて誠実であることを肯定しただけだ――と、きちんと説明すればそれでよかったのに、できなかった。
……多分それは、私が彼に惹かれ始めているからだ。だから否定できなかった。
彼がそうであるように、私にとっても彼と過ごす一分一秒が心地よく、心が弾むものとなっている。彼と過ごす食事の時間が、寝る前のゲームの時間が、安心感と高揚感とで私の心を満たしてくれる。
失恋したばかりなのに、もう他の男性に傾きかけてるなんて――と、呆れている自分もいるけれど、自分自身といえども感情はコントロールできない。
惹かれる気持ちは、どうすることもできないのだ。
いっそこの気持ちを素直にハルカさんに伝えるべきかとも思うけれど、自分でも固まっていない想いを打ち明けるのは無責任だ。
――もう少し。もう少しだけ、自分の気持ちに自信が持てるようになったら、そのときはちゃんと彼に伝えよう。
私はそう心に決め、コーヒーメーカーの機械で温めていたポットを手に取り、席に戻ったのだった。