書籍詳細
秘密の一夜で身ごもったら、俺様CEOが溺愛全開になりました
あらすじ
「君も子どもも俺が守る」赤ちゃんを授かったら、一途な旦那様の激愛が加速して…♡
旅行中のホテルで酔いつぶれ、見知らぬ男性とベッドを共にしてしまった結衣。後日職場にやってきた新CEOを見て仰天、彼は一夜を共にしてしまった疑惑の男性・涼介で…!?その日から彼の熱烈な求愛が開始!!結衣をとびきり甘やかし、身も心も優しくときほぐしてくれる涼介。甘く追い立てられ、幸せの中で結衣は彼の子どもを授かって――。
キャラクター紹介
広瀬結衣(ひろせゆい)
大手総合商社である藤堂商事の食品産業統括グループに勤務している。
藤堂涼介(とうどうりょうすけ)
結衣が働く会社に新しく就任した部署統括CEO。
試し読み
今日は金曜日。
「明日は一日オフだから」と言われ、今夜は彼の住むマンションへとやって来た。
藤堂さんはたまに週末でも仕事が入る。けれど、今夜はふたりでゆっくり過ごせるかと思うと胸が躍った。だから藤堂さんとの食事の最中、ずっと彼のマンションへ招かれた緊張でそわそわと落ち着かなかった。
彼の住む分譲マンションは、六本木のいわゆる億ションが立ち並ぶエリアにあり、藤堂さんがアメリカにいる間は管理会社に任せていたらしい。
広々とした吹き抜けのエントランスや数メートルにも及ぶ室内の天井高、ディテールまで施された装飾など、目を見張るような佇まいのマンションだった。
すごい……こういうマンション、初めて来た。
住人は主に芸能人やセレブな経営者が多いようで、二十四時間体制の厳重なセキュリティが施されており、住人同士がすれ違わないために複数の入口があった。また、フィットネスジムや多目的ルームも完備されていて、高級マンションならではのクラス感が漂っていた。
「本当はもっと早く部屋に連れて来たかったんだが、いきなり俺の家っていうのも嫌だろうと思って」
付き合っているとはいえ、ちゃんと段階を踏んで私のことを考えてくれている藤堂さんは本当に紳士だ。
藤堂さんの部屋は最上階にあり、カードキーをスライドさせ開錠すると一気に胸が高鳴った。
「さ、入って」
「おじゃまします」
藤堂さんが短期で帰国したとき以外は管理会社のハウスキーパーが掃除をしてくれているようで、埃ひとつ落ちていない。フローリングや窓もピカピカに磨かれていた。
玄関ホールから大理石素材の廊下を進むとすぐにリビングダイニングに出た。そして大きな二面窓の向こうには、星のようにネオンが輝く街の夜景が眼下に広がっていた。
「すごい、綺麗ですね」
これって、限られた人たちだけが楽しめる贅沢だよね……。
私はまるで宝石箱のような夜景を、ほぅと感嘆のため息を漏らしながら眺めた。
部屋の間取りは3LDK。中央にガラスの天板がついたローテーブルに大きな黒い革張りのカウチがあり、触り心地の良さそうなグレーのシャギーラグが敷いてある。全体的に白と黒を基調とした落ち着いた空間だったけど、あまり生活感がなく高級ホテルの一室のような印象を受けた。
「あ、可愛いワンちゃんですね」
チェストの上に飾られている舌をペロッと出したトイプードルの写真に目がいく。
「カルーアっていうんだ。ずっと実家で飼っていて数年前に亡くなったが、俺の相棒だ」
綺麗にトリミングされ、愛嬌のある可愛らしいその表情を見ると、たくさんの愛情を注がれていたのだとわかる。
「実は私も小学生の頃、父が保護施設から柴犬を引き取って来てずっと一緒にいましたよ。今はもう両親の所にいますが……」
まだ両親も元気だった頃、よく家族で散歩に行った。そんな思い出が蘇ると、少しセンチメンタルな気持ちになった。
「そうか、じゃあお互い犬好きってことだな」
「ふふ、そうですね」
またひとつ、藤堂さんと共通の好きなものが増えた。恋人として一歩ずつ近づけたようで嬉しい。
「まだ二十一時だし、飲み直すか」
「あ、いいですね。賛成」
今日は藤堂さんの運転で移動だったため、彼は一切アルコールが飲めなかった。先ほど食事に行ったときも『俺に構わず飲んでくれ』と言われたけど、やっぱり一緒に飲んだほうが楽しい。
カウチに座るように促され、しばらくして藤堂さんはワインボトルとグラスを手に私の隣に腰を下ろした。
「先日、友人からもらったんだが、なかなか開ける機会がなくて。君と一緒に飲めて嬉しいよ」
トクトクといい音を立てながら注がれ、グラスがワインレッドに染まる。乾杯をしてひとくち飲むと熟成を経て深みを増した味わいが広がった。
「口当たりがまろやかで美味しいですね」
「それはよかった」
藤堂さんのマンションで一緒にワインを飲めるなんて……。
そんな幸福感の中、ふと〝藤堂さんとの噂〟のことが頭に過った。
藤堂さんの耳にも届いてるのかな?
私の知らない女子社員にまでこそこそ言われて、もしかしたらすでに会社中に知れ渡ってるかもしれない。私はグラスをテーブルに置き、一点を見つめた。
「結衣?」
先ほどまでの笑顔に陰りが射したのを見て、藤堂さんが心配そうにこちらを覗き込む。
「……あの、最近ひとつ気になることがあって」
「どうした?」
きっと彼はどんなことでも受け入れて話を聞いてくれる。それに噂について藤堂さんがどう思うか知りたい。私はごくっと小さく息を呑んで口を開いた。
「私と藤堂さんが付き合ってるって、会社で噂になってるみたいなんです」
「あぁ、そのようだな」
「え?」
てっきり顔色を変えるかと思いきや、藤堂さんの反応はあっさりしたもので意外だった。
「藤堂さん、知ってたんですか?」
どうしよう、藤堂さんにまで噂が広まってたなんて。
焦りを臆せず身体ごと彼に向き直ると、藤堂さんがワインを呷り唇の端を上げた。
「先日、俺の秘書から君と付き合っている噂は本当なのか、と尋ねられた」
秘書って、総会のときに藤堂さんと一緒にいた女性秘書のことだよね?
「そ、それで、なんて答えたんですか?」
「本当だと言ったが?」
え、なんで? そんなのデタラメだとか誤魔化さなかったの?
藤堂さんからの返事に目を丸くして驚く秘書の顔が目に浮かぶ。
「別に俺は社内にも家族にも君と恋人だと公言してもいいと思っている。噓をついたってしょうがないだろ? 本当のことなんだから」
まったく動揺もしていない口調で言われ、私は戸惑う。藤堂さんから滲み出る余裕は「そんな噂に動じない」という絶対的な自信の表れだった。私との関係を包み隠さず、まっすぐに生きる彼の信念が私の胸を打つ。
「俺は結衣が好きだ」
〝好きだ〟その言葉がじんわりと胸に染みこんでいく。彼の透き通るような瞳を見ていたら、自分の中の迷いや戸惑いが次第に薄れていった。
やっぱりこの人のことが好き。
この気持ちは、いくら噂されようとも変わることはない。藤堂さんといると不思議と強くなれる。不安で足元がぐらつきそうになってもしっかり立たせてくれて、そしてあっという間に心が温かくなる。それはきっと藤堂さんにしかできない。
「私、どんなに噂されても……私も藤堂さんのことが好きです」
藤堂さんどころか男性に好きと言ったのは初めてだったけど、恥ずかしいとか、そんなふうに思うことなく自然と素直な言葉が出ていた。
お互いの気持ちを確かめて、視線が甘く絡み出す。そして抱きしめ合って熱いキスを交わした。
「あ、ん……」
唇の隙間から漏れる吐息も掬い取られ、口づけが徐々に熱を帯びてくる。
「藤堂さん」
なんの言葉を紡ぐわけでもなく無意味に彼の名を呼ぶと、唇を舌でなぞられてゾクリと背中がしなった。
「口を開けろ」
ひくつく喉が自然と開いて、おずおずと藤堂さんの舌を受け入れる。
口の中が一気に熱くなって目を見開くけれど、徐々にそれは気持ちよさとなって身体の芯を疼かせた。
この流れでいけば、私は藤堂さんと一線を越える……。
私は男性と寝た経験がない。処女だった。うまくできるかわからないし、期待を裏切るようなことにでもなったらと思うと怖い。藤堂さんは私を芯の強い女性だと言ってくれたけど、こういうことになるとどうしたらいいかわからなくて怖気づいてしまう。
「どうした? 震えてるな」
無意識に冷たくなった指先が震えていて、藤堂さんがギュッと握り込む。
「あ、あの……私」
「怖いか?」
藤堂さんに見透かされてつい黙ってしまう。すると、俯く私の頰をそっと手で包み、彼がやんわりと微笑んだ。
「すまない、本当は君を今すぐ抱きたくてしょうがないが……無理強いはしない」
「藤堂さん……」
「ゆっくり君のすべてを見せてくれたら、それでいい」
私も藤堂さんにすべてを見せたい。愛してもらいたい。だけど、経験のなさが私を臆病にさせる。だから彼の紳士的な気遣いが嬉しかった。
「私、この二十五年間、男性に好きなんて言ったこともなくて……初めてなんです。なにもかも、だからすごく緊張してしまって……」
告白はおろか、恋をすることすら初めてだなんて藤堂さんは知る由もない。すると、わずかに彼の眉根に皺が寄る。
「ということは、君は相手からの告白を受けるばかりだったということか? 妬けるな」
「え、あの、そうじゃなくて!」
あぁ、もうなんて言ったらいいんだろう。
変に誤解されてしまった。どうしよう。と、あたふたする私を見て藤堂さんが「冗談だよ」とクスリと笑った。
私との関係が周囲に知られることになっても、彼は堂々としていて心強かった。だけど、藤堂さんに迷惑をかけることだけは避けたい。
「藤堂さん、お願いがあるんです」
「なんだ、急に改まって」
私の言いたいことを促すように、藤堂さんが微笑みかける。
「私たちのこと、まだ誰にも言わないで欲しいんです。お互いに仕事がやりづらくなりますし……」
彼はいつもの落ち着いた表情でしばし黙り込んで、「そうだな」と短い返事をした。
「秘書にはもう話してしまったが……彼女は口が堅い。君がそう言うならわかった。安心しろ」
藤堂さんは穏やかな声で告げて私の額に軽くこつんと額を合わせた。そして私は理解してくれたことにホッとする。
「好きだ」
私を抱きしめていた腕を緩めた藤堂さんは少し面映ゆそうな表情で私の顔を覗き込む。私も、と返した言葉は声にならず、藤堂さんの温かな唇の間に沈んで消えてしまった。