書籍詳細
秘密で出産するはずが、極上社長の執着愛に捕まりました
あらすじ
「どんな手を使っても君が欲しかった」旦那様は新妻と赤ちゃんを熱烈溺愛したい
本気の恋を知らない遥香は、色気を纏ったミステリアスな男性・蓮と勢いで一夜を共にする。後日、勤務先の新社長となった蓮に再会し、情熱的に愛を注がれる日々が始まって…!?ところが蓮の婚約者の存在が浮上。身を引こうと遥香が何も言わず彼の元を去ると、その直後に妊娠発覚!秘密で子どもを産み育てるつもりが、独占欲を露わにした蓮が現れて…。
キャラクター紹介
桜宮遥香(さくらみやはるか)
『株式会社アメイズ』のアプリ開発部で働いている。本気で恋愛をしたことがない。
城山 蓮(しろやまれん)
『アメイズ』の新社長。以前はアメリカの大手企業で働いていた。
試し読み
「遥香、素直になれ」
それだけ言うと彼は店を出て行った。
「彰……」
様々な感情が籠った声でその名を呼ぶと、少し離れた場所でグラスを磨いていたマスターが俯いたまま微笑む。
「あいつも大人になったな。三年前、ここでハルちゃんと別れたくないって駄々をこねていた奴と同一人物だとは思えないよ」
そしてマスターは、彰と城山さんがこの場所で会社売却の相談をしていたのだと教えてくれた。
「お客様がここで話したことは絶対に他言しないと決めていたが、今回は特別だ。彰の為に話させてもらうよ。会社売却の話は彰からではなく、城山さんからの申し出だったんだ」
「えっ? そうだったの?」
起業するつもりだった城山さんは、一から会社を立ち上げるより、成長著しいアメイズを引き継いだ方がいいと判断し、言い値で買い取ると提案したそうだ。
バイオ関係の仕事がしたくて資金を必要としていた彰は喜んでその提案に乗った。だが、城山さんはひとつだけ条件を出す。それは、彰が新たに興す会社に私を連れて行かないというものだった。
「でも彰は、出された条件はアメイズの社員全員をそのまま引き継ぐ。引き抜きはしないって……私ひとりが条件だったなんて聞いてないけど……」
「そうでも言わないとハルちゃんが反発すると思ったんだよ。現にハルちゃんは彰と一緒にアメイズを辞めるつもりだったんだろ? だから彰は本当のことを言えなかったんだ」
確かに私は彰について行くつもりだった。それが当然だと思っていたから。
「城山さんはどうしてそんな条件を出したんだろう……」
「それは、ハルちゃんももう分かっているだろ?」
マスターがくすりと笑い私の前に出来立てのソルティドッグを滑らせた。
「城山さん、ハルちゃんの誕生日に君とここで飲んだ後、暫く姿を見せなかったじゃない。あれは、アメイズを買い取る為に本気で動き出していたから。ホテル住まいをやめてマンションを買ったのもその為だったって後で彼に聞いたよ」
城山さんは私を避けていたわけじゃなかった。私が彼を待つのを諦めてフォーシーズンに行かなくなった直後、アメイズを引き継ぐ準備が終わった城山さんは毎日のようにここに来ていたらしい。
「城山さんとの話題はハルちゃんのことばかりだったよ。で、帰る時、いつも寂しそうにこう言ってたな……『今日も遥香さんと会えず、残念です』ってね」
「城山さん、私に会いにここに……?」
マスターは大きく頷き、あんな分かりやすい人は居ないと一笑する。
その分かりやすい人の気持ちを疑い続けた私って、救いようのない鈍感だ。
「彰も城山さんの気持ちに気付いていたんだよね?」
「当然、彰も気付いていたさ。城山さんが本気だと分かったから、彼にハルちゃんとアメイズを任せようと決めたんだ」
そして彰は私がここに来る前、こう言っていたそうだ。
『今までの遥香は男からアプローチを受けると隠すことなく俺にあれこれ相談していた。でも、城山さんのことは決して口にしなかった。きっとそれは、今までの男とは違い本気で好きになったからだろう』って……そして『自分の役割は終わった。これで安心して渡米できる』と笑っていたと。
「彰、そんなこと言ってたんだ……」
彰は私のことをずっと気遣ってくれていた。
ありがとう……彰。本当に、ありがとう。私、素直になるよ。もう嫌われちゃって手遅れかもしれないけど、城山さんにこの気持ちを伝えてみる。そして香澄先輩、先輩の勘は当たってたみたい。彼は遊びなんかじゃなく真剣に私のことを想ってくれていた。
覚悟を決め、スマホを取り出す。
七時過ぎか……この時間ならまだオフィスに居るかもしれない。
しかし呼び出し音が鳴り出すと心臓が暴れ出し、スマホを持つ手に汗が滲む。
そして……『はい』という低く耳当たりのいい声が聞こえた瞬間、緊張がピークに達し、足がガクガク震えた。
「あ、あの……城山社長、少しお話が……」
『こんな時間に、なんでしょう?』
「電話では、ちょっと……今から会社に戻ります。フォーシーズンに居るのでそんなに時間はかかりません。待っていてもらえますか?」
そう言った時には既に駆け出し、入口の重厚な扉に手をかけていた。が、『その必要はありません』という無情な言葉が返ってくる。
えっ……それって、拒否されたってこと?
脱力して扉を押す手が止まり、涙が溢れてきた。
やっぱり嫌われたんだ。そうだよね。あんな酷いことを言われたら誰でも怒るよね。
諦めの気持ちが強くなり、扉から手を放した時だった。スマホから再び城山さんの声が響く。
『……俺が迎えに行く』
「えっ? 城山さんが?」
驚きの声を上げたのとほぼ同時に目の前の扉が開き、その先に居たのは、優しい笑みを湛えた愛しい人――。
「えっ……どうして? 私、社長室に電話したのに……」
「業務終了後にかかってきた電話はスマホに転送されるようになっているんだ。路地を入った所で君からの電話を受けてね、久しぶりに全力疾走したから足がつりそうだ」
肩で大きく息をしながら苦笑いする彼を見て、大粒の涙が零れ落ちる。
「城……山さん……私、城山さんのことが……」
迷うことなく広い胸に飛び込み逞しい体を力一杯抱き締めた。
「――好き……大好き」
言えた。やっと自分の気持ちを伝えることができた。
「この前は酷いことを言ってごめんなさい。私、城山さんのこと誤解してました」
謝罪する私を包み込むように城山さんの逞しい腕が背中で交差する。
「なら、ハルと呼んでもいいのかな?」
「はい……」
声を震わせ顔を上げると、体を離した城山さんが身を屈めふわりと唇を合わせた。
懐かしい彼の唇。私を虜にした魅惑のキス……。
もう何も考えられなかった。夢中で城山さんの首に腕をまわしそのキスに応えると、彼が私の涙を拭いながら甘く囁く。
「俺も、ハルが好きだ……」
お互いの気持ちを確かめ合った私達は、城山さんのマンションの部屋で恋人として体を重ねた。そしてその余韻に浸りながら彼の胸に顔を埋め、滑らかな肌に唇を押し当てると耳元で低く色っぽい声がする。
「やはり、ハルとは相性がいい」
私の前髪を撫で上げた城山さんが嬌笑し「ハルはどう思う?」と聞いてきた。
もちろん私も初めて抱かれた時から城山さんとの相性はいいと思っていた。だけど、それを認めるのが恥ずかしくてやんわり話を逸らす。
「でも、さっき城山さんが現れた時はビックリしました」
「ああ……あれは、仕事が終わって飲みに行こうとフォーシーズンの近くまで来ていたんだ。偶然だよ」
そう言いつつも、お互いの想いが引き寄せたのかもしれないなんてロマンティックなことを真顔で語る。
「実を言うと、もう城山さんに嫌われたと思ってました。会社ではずっと避けられていたし、目も合わせてもらえなかったから……」
その言葉に反応した城山さんが上半身を起こし「それはこっちの台詞だ」と眉を寄せた。
「あの時のハルの嫌悪は相当なものだったからな。真剣に告白してあそこまで言われるとは思わなかった」
私の態度に驚いた城山さんは、暫く距離を置いた方がいいと思ったそうだ。
「でも、城山さんも私に随分、酷いことを言ってますよ。城山さんが泊まっていたホテルの前で言った言葉、覚えていますか? 『大人の女性だと思ったが、意外と幼かったな……』とか『精々大杉さんと友達ごっこを楽しんでください』とか……」
少しは反省するかと思いきや、城山さんは表情を変えることなくサラッと言う。
「もちろん覚えている。あれは、ハルを怒らせる為にわざとそう言ったんだ」
「わ、わざと?」
「ああ言って挑発すれば、自分からホテルの部屋に行くと言うと思ってね」
城山さんは、私のすぐムキになる意地っ張りな性格を利用したのだ。
つまり私は、城山さんが仕掛けた罠にまんまとはまってしまったということ。
これが大人の駆け引きだと笑う城山さんに「酷い!」と言って腕を振り上げるも、彼にその腕を摑まれ、そのまま広い胸に引き寄せられた。
「どんな手を使っても君が欲しかったんだ……」
「あ……」
密着した肌から心地いい温もりと一緒に少し速い心臓の音が聞こえてくる。
「フォーシーズンで初めてハルを見た時から魅かれていた。だからあの夜、どうしてもハルが欲しかった」
「……初めて見た時から、私のことを?」
「ああ、しかしハルの隣にはいつも大杉さんが居たからな。ふたりの様子からおそらく付き合っているんだろうと思っていた。いつもならパートナーが居ると分かれば、それ以上気持ちが進むことはない。しかしハルは特別だった」
〝特別〟と言われたことが嬉しくて頬が赤らむ。
「とにかくハルの本当の気持ちを確かめたかった。フォーシーズンで大杉さんのことをしつこく聞いたのもその為だ」
城山さんは、私がまだ彰を好きなのではと疑っていたそうだ。
「だから男女の間に友情は存在しないなんて言ったんですか?」
「まぁ、そんなところだ。ちょっと度が過ぎてハルを本気で怒らせてしまったがな」
意地悪な言葉の裏には、そんな気持ちが隠れていたのか……。
やっと彼の気持ちが理解できたと思った時、城山さんが私の体を離し、さっきの質問の答えを催促してきた。
そうだった。体の相性のことを聞かれていたんだ。
「それは……」
口籠ると城山さんはいきなり私の上に覆いかぶさり、胸にキスを落とす。その唇は首筋から耳元へと移動し、熱い吐息が耳横の後れ毛をふわりと揺らした。そのなんとも言えないくすぐったい感覚に思わず声が漏れ身震いする。
「ここがハルの弱いところ……だよな?」
意地悪な声と共に耳たぶを甘嚙みされるともうダメだ……体が火照り始めその先を期待してしまう。彼の唇が頬に触れるとどうにも我慢できなくなり、口づけをねだるように瞼を閉じたのだが、いつまで経っても唇は重ならない。痺れを切らして薄目を開けてみれば、城山さんがベッドに頬杖をついてほくそ笑んでいた。
「ちゃんと答えないとキスはお預けだ」
私がその気になったのを分かった上で交換条件を出してくるところが小憎らしい。でも、そうやって焦らされると余計にあなたのキスが欲しくなる……。
「私も……相性がいいと……思ってた」
「そうか、同じで良かった」
嬉しそうに微笑んだ城山さんが骨ばった指で私の唇をなぞるとゆっくり顔を近づけてくる。
「正直に答えたご褒美だ」
ようやく触れた唇。それは陶酔するような極上のキスだった。
城山さんと付き合い出して二週間が過ぎた。
当初、私は仕事に支障が出るのを懸念して、私達が付き合っているということは社内では秘密にしようと提案したのだけれど、城山さんはこの関係を隠すことなくオープンにした。
本当に大丈夫だろうかと心配したが、あまりにも城山さんが堂々としているので彼に憧れていた他の女性社員も諦めたらしく、好意的に私達を受け入れてくれた。今のところはなんの問題もない。
コーヒーを入れデスクに戻ると水森が締まりのないデレッとした顔で私のパソコンの画面を眺めている。
「桜宮主任、ダーリンが呼んでますよ~」
見れば、城山さんからチャットが届いていた。
「もぉ~勝手に見ないでくれる?」
そう言って内容を確認した私は赤面し、慌ててチャットを閉じる。
「【俺の可愛いハル、すぐに社長室に来てくれ】だなんて、アメリカ帰りの人は大胆ですね。でも城山社長、どんな顔してこの文章打ったんだろう? 想像するとくすぐったくなる」
水森に茶化され更に頬が熱を持つ。
前言撤回。問題発生だ。付き合っていることをオープンにするのはいいけれど、こういう公私混同のメッセージは仕事がやりづらくなるから非常に困る。
社長室に入ると城山さんのデスクに駆け寄り、さっきのようなメッセージは控えて欲しいとお願いしたのだが、彼は不思議そうに首を傾げている。
「何が悪いんだ?」
えっ……面白がってわざとやってるんだと思っていたのに、まさかの自覚なし?
「とにかく、仕事中は上司と部下という関係でお願いします。それと、ハルと呼ぶのも禁止です!」
「分かったよ。ハル」
「もう、言った先から……私の話聞いてました?」
デスクを叩き文句を言うも、城山さんは私の指に自分の指を絡めうっとりとした表情で嬌笑した。
「ハルは怒った顔も可愛いな」
「なっ……」
もう何を言っても無駄だと諦めかけた時、緩んでいた彼の表情が引き締まり口調が変わる。
「……では、そろそろ本題に入りましょう」
そしていい知らせがあると言って彼の手元にあったタブレットを差し出してきた。
「おめでとうございます。先月配信された桜宮主任が担当したアプリが十万ダウンロードを達成しました」
「えっ……本当ですか?」
予定よりも随分早い目標達成に興奮した私は「よし!」と叫び、大きくガッツポーズ。その様子を見ていた城山さんも嬉しそうに目を細めている。
「大杉さんが言っていた通りですね」
彰は城山さんと業務の引き継ぎをしている時、私が担当しているアプリは必ずヒットすると断言したそうだ。
「大杉さんは、このアプリが十万ダウンロードを達成したらお祝いをすると桜宮主任と約束したと言っていました。しかし自分はアメイズを去る。その約束は果たせないと名残惜しそうにしていたので、目標を達成したら私が代わりに祝うと約束したんです」
城山さんは、私が今一番欲しいものをプレゼントすると言ってくれたのだが……。
「急にそう言われても……」
思案していると彼が私を手招きし、小声で言う。
「……俺の体でもいいんだぞ」
「な、なんですか……それ?」
「ハルの好きなように……一晩、俺の体を自由にしていい」
赤面して後ろに飛び退くと城山さんがくすりと笑う。
「冗談ですよ。考えておいてください」
私、完全に遊ばれてる。
社長室を出てドアを閉めると振り返り「意地悪……」と呟いて顔を顰めた。