書籍詳細
溺甘パパな航空自衛官と子育て恋愛はじめました
あらすじ
極上パイロットの容赦ない独占愛が止まりません!マーマレード文庫創刊4周年SS特典付き!
豪雨災害で航空自衛隊に救助された亜美は、友達に誘われた航空祭で、助けてくれた自衛官・健心と運命的な再会を果たす。命の危険がある職業の人とは付き合わないと決めていたけれど、親友の息子を引き取り男手一つで育てている健心の誠実さと、彼の猛アプローチにときめきを隠せない亜美。さらに、迸るほどの愛を一身に受け、抗うことができなくて!?
キャラクター紹介
水原亜美(みずはらあみ)
以前、豪雨災害に遭ったところを航空自衛隊に助けられた。こども園で担任補助として働いている。
秋月健心(あきづきけんしん)
航空自衛隊の一等空尉で戦闘機パイロット。事情があり、一人で親友の子を育てている。
試し読み
それから私は、休みのたびに秋月家を訪ねることとなった。
ちなみに秋月さんが当番や夜勤の日は、悠心君は実家に預けられるので、私もアパートでのんびりしている。
秋月家はきれいな日もあれば、雑然としていることもあった。
「すみません、今週はちょっと余裕がなく」
少し疲れた様子の秋月さんを見ると、なんとかしてあげたくなる。
私は秋月家の掃除や片付けを手伝い、ときには手料理も振舞うようになった。
まるで通い妻だ。
ちなみに今日の夕食はカレー。悠心君の分だけ鍋を分け、甘口にした。
「おいちーのー」
悠心君が笑顔で言ってくれると、疲れも吹っ飛んでいくような気がする。
たまに会うからかわいいのであって、四六時中一緒にいたら大変なのかもしれないけど。
「なんでだろう。俺が作るのと違ってうまいな。なにを入れたらこの味になる?」
「隠し味は、ケチャップとソース、あと少しのお味噌とコーヒーの粉です」
「ははあ。それが深みを生んでいるのか」
秋月親子はカレーが大好きらしく、それはそれはうれしそうに食べた。
彼も料理上手だから、カレーくらいお手のものだろうけど、褒めてくれれば素直にうれしい。
たくさん用意したご飯もルーも、思ったより残らなくてびっくりした。
「きょうはぱんつもってきた?」
食事のあと、悠心君はニコニコして聞いてきた。
今まで秋月さんと私は清いお付き合いを続けており、いまだ進展はない。
しかし今日は、ついに秋月家に泊まっていくことになったのだ。
「うん。一緒にねんねしようね」
「わーい!」
……と喜んだ悠心君と一緒にお風呂に入り、おもちゃで遊んだ。
たっぷり遊んで満足したのか、悠心君は寝かしつけるまでもなく、自ら布団に入り、ぽてんと寝てしまった。
「いいなあ、悠心。俺も亜美と一緒に風呂に入りたかったな」
「ま、またまたあ」
秋月家のお風呂は私と悠心君が入るには問題ない広さだけど、秋月さんと入るには狭い……って、違う。それ以前の問題だ。
私はすっぴんを見られるのが恥ずかしくて、顔を逸らした。
「そうだ、仕事しよーっと」
ふたりきりになると、途端に緊張してしまう。
変な空気にならないよう、私はバッグの中からがさごそとビニール袋を取り出した。
「なにそれ」
「お遊戯会の準備です。早めに進めないと」
ビニール袋の底辺の部分を丸く切り取ると、首を通す部分になる。
そう、この色付きビニール袋は、お遊戯会の衣装になるのだ。
「うまいもんだなあ」
さっさと人数分のビニールをチョキチョキ切り取り、テープで模様を貼っていく私の横に、秋月さんがどかっと座った。
体が大きいので、いるだけで存在感がある。
「俺も手伝うよ。毎週ここに来ているから、大変だろ?」
「いえ、そんなことないですよ」
本当は、喉から手が出るほど人手が欲しい。
けど、保育士でもない人に仕事をさせるわけにはいかない。
しかも、絵心がないって以前自分で言っていたものね。工作は得意じゃないかも。
「信用しろって。な、ひとつだけ」
「じゃ、じゃあ」
私はあらかじめ下絵を描いてきた色画用紙を渡した。
「これ、三蔵法師の冠です」
「ふむ」
「この線に沿って金色のテープを貼ってください」
「了解」
材料を渡すと、秋月さんは私の横で背を丸めて、黙々と作業を始めた。
心配だったのでちらちら見ると、意外や意外、秋月さんは大きな手で細かい作業を丁寧に、そして早く仕上げていく。
すごい。パイロットってやっぱり地頭がいいのかな。
詳しく説明もしていないのに、彼は自分で最適なやり方を考え、失敗なく任務を遂行していく。
六人分のテープを貼り終えた秋月さんに裁断をお願いすると、これもガタガタにすることなく、きれいに仕上げた。
「よし。他は?」
「終わっちゃいました」
今日持ってきた材料の分の作業は終わってしまった。
無論、秋月さんのおかげだ。
冠の組み立ては園でやることにして、私はできたものを封筒に入れてバッグにしまった。
「ありがとうございました。疲れさせちゃいましたね」
パイロットは視力が命。だから秋月さんは、スマホゲームなんて絶対にしないし、夜中にテレビを見ることもあまりない。
そんな彼に、じっと近くを見る作業を手伝わせて悪かったな。
「気にするな。これくらいじゃびくともしないよ」
秋月さんが優しく笑ってくれるから、私もホッとする。
「そうだ、動画を見ないか」
時計を見ると、時間はまだ九時。大人なら余裕で起きていられる時間だ。
秋月さんはノートパソコンを指さしている。
「夜にパソコンを見ていいんですか?」
「少しならね」
秋月さんは私をソファに誘う。
寄り添って座ると、一緒に工作していたときよりも距離が近いことに気づいた。
ドキドキしているのを悟られないように澄ましていると、秋月さんが膝の上でパソコンを操作した。
「この動画、俺が出ているんだ」
「えっ」
現れた動画投稿サイトを見る。
再生された動画の下に、投稿者の名前が。そこには「航空自衛隊広報課」と表示されていた。
「航空自衛隊の仕事」
そんな題名を付けられた動画は、さすが自衛隊、至極真面目なナレーションで、緊張感のある仕上がりだ。
「どんな仕事をしているか、少しでもイメージしてもらえたらなと思って」
画面には、領空侵犯の際のスクランブル発進訓練の様子が映っていた。
管制室の様子が映ったあと、耐Gスーツを身につけたパイロットが、戦闘機の元へとダッシュしていく。
「あ! 秋月さん!」
間違いない。今秋月さんがいた。
秋月さんはあっという間に戦闘機に乗り込み、ヘルメットを装着。それで顔は見えなくなった。
戦闘機はすぐに上空へ舞い上がる。画面が切り替わり、雲の上を自由自在に飛ぶ戦闘機の姿が映し出された。
「すごい……」
いつでもスクランブルに対応できるよう、普段も同じような状況を想定した訓練をしているのだろう。
なんという緊張感が漲る現場だ。こども園が楽園に見えてきた。
「あ、もう俺は出てこないな」
まだ機体整備や、領空とは~なんていう説明が続いていたけど、秋月さんはあっさり画面を閉じてしまった。
「どう? かっこよかった?」
おどけた調子で聞く秋月さんが乗り出し、私の眉を指でなぞった。
そうされて初めて、私は自分がグッと眉間に力を入れて動画を見ていたことに気づいた。
「はい……とっても」
空から戻ってきたとき、コックピットの中からカメラに向かって親指を立てる彼は、本当にかっこよかった。
彼はにこりと笑い、眉を撫でた指で頰に触れる。
のぞきこまれた私は、彼から目を逸らせなくなっていた。
ゆっくりと肩を抱かれ、引き寄せられる。
秋月さんの高い鼻が近づいてきて、思わず瞼を閉じた。
彼の体温が私を包む。
心地いい温かさに身を任せていると、唇になにかが触れた。
鳥の羽のように軽く、メレンゲのように柔らかい。
「……亜美」
顔を離した秋月さんの息が、唇にかかる。
ちゃんと目を開けてやっと、私は彼にキスされたのだということを理解した。
「怖がらないで。大丈夫。俺が守るから」
うっすらと微笑む彼の低い声に魂が揺さぶられる。
なぜか私は泣きそうになっていた。
戦闘機の映像を見て、正直怖いと思ったことを、彼に気づかれてしまった。
それでも嫌な顔をせず、彼は私を受けとめようとしてくれる。不安から守ると言ってくれる。
「はい」
こくりとうなずくと、彼は私の額にも軽くキスをした。
私、やっぱり彼のことを好きになっている。
だってこんなにも、失うのが怖い。
ぎゅっとしがみつき、厚い胸板に頰を寄せると、秋月さんは黙って抱きしめ返してくれた。
翌朝の日曜、私は誰かにトントンと肩を叩かれて目を開けた。
「あみちゃん、あそぼー」
視界が真っ暗なのでなにかと驚いたが、悠心君が間近にいただけだった。
「おはよう……」
私たちは和室に布団を三枚敷き、悠心君を挟んで寝ていた。
悠心君を抱き寄せ、秋月さんの方を見ると、まだ眠っているようだった。
寝顔もイケメンなんだ……。
昨夜キスしたことを思い出し、顔が熱くなってしまう。
「あみちゃん?」
「あ、ごめん。行こうか」
もう少しゆっくり寝かせてあげよう。
私は悠心君を連れて寝室の外に出ようとした。そのとき、秋月さんの枕元にあったスマホがけたたましい音を立てた。
「わあ!」
悠心君がビクッとして私にしがみつく。
と同時、今まで安らかな顔をして寝ていた秋月さんが、カッと目を見開いた。
素早く起き上がると、スマホを持って立ち上がる。
「あの」
なにか通常ではないことが起きたのだ。
それだけはわかった。
秋月さんは私と悠心君を無視して部屋を出て、スウェットのまま車のカギが入っているバッグを摑んだ。
「行ってくる」
「緊急招集ですか」
「うん」
寝ぐせもそのまま、短くうなずいた秋月さんは嵐のように出かけていった。
「なにかあったのかな?」
緊急招集がかかったということは、領空侵犯? 別の事態が起きた?
呆然と秋月さんを見送った私たちは、しばらくして顔を見合わせた。
「パパ、いつもスマホが鳴るとひとりで行っちゃうの?」
「ん……」
「そういうときは、誰か来てくれるの?」
「ばあば」
悠心君はこくりとうなずいた。
なんてことだ。秋月さんが緊急で呼び出されたときは、彼のお母さんが来るまで、一瞬でも二歳児がひとりで家に置き去りになるなんて。
「そっか。心細かったね」
私は悠心君をぎゅっと抱きしめた。
秋月さんは夕方に帰ってきた。
玄関が開く音で気づいた悠心君が駆け出す。
「パパあ」
「ごめんな悠心! ただいま」
軽々と悠心君を抱き上げた秋月さんは、はたとあとから来た私に気づいた。
「亜美、ごめん。こんな時間になってしまって」
「いえ……」
きっと、なにがあって、どんな仕事をしてきたのかは、聞いても詳しくは教えてもらえないだろう。
演習に行くにも、任務で数日家を空けるときも、どこでなにをするのか、詳しくは家族にも話してはいけないことになっているはずだ。
「基地に向かう途中で母に連絡したんだけど、来てないか?」
「えっ。いえ、お会いしてません」
「おかしいな。亜美が帰れなくなるといけないと思って、メールしたんだが」
秋月さんは出ていったときと同じ格好だった。
昨夜見た動画を思い出す。
きっと基地に着いてから超高速で飛行服に着替えたのだろう。
戦闘機に乗ったのだろうか。
それとも、先に飛んだ仲間を見守り、待機していたのだろうか。
スマホを確認する余裕もないほど緊迫した現場だったことは、聞くまでもない。
こうして無事に戻ってきてくれただけで、ありがたいんだ。
秋月さんが帰ってくるまでの間、気が気じゃなかった。
自衛官のパートナーはみんな、こんな不安な思いを抱えているのかと思うと、胸が痛くて重苦しい。
ポケットから出したスマホを見て、秋月さんは唸った。
「しまった。母から返事が来ていた」
「どうかしたんですか」
秋月さんは出かける前よりよほど焦った顔をし、悠心君を廊下に降ろした。
「母がぎっくり腰になったらしい」
「そんな」
秋月さんがスマホの画面を見せてくれた。
【ごめん 母 ぎっくり腰 他の人に たのめる?】と、電報のようなぎこちないメールが表示された。
ぎっくり腰ってことは、しばらくは安静が必要だろう。
「父はまだ働いているし……困ったな」
彼が言うには、悠心君は秋月さんのお父さんにもなついているが、お父さんはまだ定年退職前で、平日は仕事で無理だし、帰ってきたらお母さんの世話で手いっぱいだという。
「ううむ……しばらく官舎の誰かにお世話になるしかないか」
「基地に保育所はないんですか?」
女性自衛官だっているのだから、こういうときのために、いつでも頼れる場所があるべきだと思うけど。
「ある基地もある。だが、俺の基地にはない」
秋月さんは深いため息を吐いた。私は憤りを感じる。
スクランブルがある。夜勤もある。土日も当番の日がある。
命を懸けて働いている自衛官に対して、その子供を預かる保育所がないだと?
どうして国はそこにお金をかけないの。すべての基地に保育所を作るべきでしょ。
みんなが結婚していて、なおかつ女性が家に入って家事育児をするべきだとでも思っているのかな。
いや、怒っている場合じゃない。それよりも、今目の前で起きている問題をなんとかしなくちゃ。
「私が力を貸します」
「亜美?」
「もし秋月さんが迷惑でなければ、私がしばらくここに泊まります」
気づけば、口が勝手にそんなことを言っていた。
ここから勤め先のこども園は少し遠いけど、バスと電車でなんとか通えないことはない。
「やったあ。あみちゃん、ずっといるの?」
悠心君が無邪気にぴょんぴょんと跳ねる。
「しばらく……か」
「お母さんの腰がよくなるまで。どうでしょう?」
自分でも大胆なことを言っているのはわかる。
秋月さんは眉を下げ、ふうと息を吐いた。
「先に言われちゃったな」
「はい?」
「しばらくと言わず、これからずっとここに住んでもらえないかな。もちろん、ベビーシッターとしてじゃなく、俺の彼女として」
靴を履いて玄関に立ったまま、彼は私を真っ直ぐに見つめる。
自分から言い出したことなのに、改めて彼の口から言われると、胸が高鳴って仕方がない。
「……はい。支え合いましょう」
私は秋月さんに命を助けてもらった。これからは私が彼を支える。
「君に負担をかけるのは忍びないけど。その分、俺が君を愛するから」
大きな体を折り曲げ、彼は深く頭を下げた。
「よろしく、お願いします」
低い声が足元に落ちた。私は彼の肩を支え、顔を上げさせた。
「こちらこそ」
微笑むと、彼ががしっと私の頭を両手で挟んだ。
逃れる暇もなく、強引に唇を合わせられる。
「けっこん? けっこんなの?」
私たちを下から見ている悠心君が、のんきにはしゃいでいた。