書籍詳細
暴君御曹司の溺愛猛攻から逃げられない運命みたいです!?
あらすじ
「俺なしじゃいられなくしてやる」極上恋占で熱烈求愛が始まって…!
平日は会社員、週末は副業で占い師として働く紫織。その占いがきっかけで出会った副社長・可也斗は、イケメンだけど俺様で傲慢。しかし、彼の極上の甘さと優しさを知るにつれ、紫織は次第に、可也斗から注がれる溺愛に抗うことができなくなり…。「占いは信じないが運命は信じる」と囁き、情熱を露わにする可也斗に、紫織は身も心も染められていき…!?
キャラクター紹介
春日井紫織(かすがいしおり)
「土岐商事」に勤務する25歳。週末だけ「占い師リーラ」になる。
土岐可也斗(ときかやと)
「土岐商事」副社長。強引だが、何事も諦めない意志の強さを持つ。
試し読み
「うわぁ。最近ってこんなにおしゃれなんですね」
館内に一歩踏み込んだ瞬間から、宇宙にまつわるものがあふれていた。売店で売られている商品も、併設のカフェのメニューも、アポロ、ベテルギウス、アンドロメダなんて名前が付けられていて、見ているだけでもわくわくする。
「こっちだ」
副社長は慣れた様子で進んでいく。ここも週末だからか人が多く、カップルが目立つことからデートスポットなのだとわかった。
ぼんやり考えながら副社長についていく。
っていうか、もしかして周りの人から見たら、私たちもデートに見えるのでは?
周りを見渡すと周囲にいる女性の視線が副社長に向けられていることに気が付く。みんな思わず彼を目で追ってしまうようで、カップルで来ていてもやはりあれだけパーフェクトな人間を見ると注目してしまうのだろう。隣の彼氏が複雑な表情をしているのをなんとも言えない気持ちで眺める。
しかし彼に向けられた視線が次に彼と行動を共にしている私の方に向けられた途端、女性の顔が「え?」と驚きに変わり、そのうえ何度もふたりを見比べている。
そうなるよね、やっぱり。
私みたいなちんちくりんが一緒に歩いてると、不思議に思うよね。私も当事者じゃなかったらきっとそう思う。
でもこれはなんとなく流れでそうなったわけで別にデートってわけじゃないから、みんな安心してほしい。
そこまで考えてさっきほんの少し『もしかしたらデートに見えるかも』なんて思った自分がおこがましかったと気づき反省する。
正確には上司の気まぐれに振り回される部下デス。
ほんのりとした好意を抱いているのは私だけなのだから、これはデートではないだろう。
「おい、どうかしたのか?」
周囲の視線に耐えながら後をついていっていたとは言いづらく笑ってごまかした。
「あれ、こっちじゃないんですか?」
人の流れとは違う方向に彼が歩いていく。プログラムの上映があるのは向こうのホールだと思うのだけれど。
「ああ、俺たちはこっちでいいんだ」
「そうなんですか」
副社長はわかっているようだ。どうやら別の回を見るのかもしれない。急だったのでいい時間がなかっただけなんだろうなと思ったのは、私の早とちりだった。
副社長が重厚な扉を開き、彼に続いて中に入る。
「うわぁ。素敵!」
ホールは薄暗いけれど、足元をLEDキャンドルが照らしてくれている。ホールの真ん中には円形のふかふかのソファとクッションがいくつか置かれていて、ふたりで横になっても十分な広さがある。その脇には星形のサイドテーブルもあってとてもかわいい。
思わず走っていって眺めると自然と感嘆の声が漏れた。
そんな私を見て満足そうな彼はその場で靴を脱ぐと、ソファにどかっと座った。
「ほら、お前も」
「そこに、ですか?」
「そこ以外どこに座るつもりなんだ」
「私だったら、あの後ろの方にある椅子で十分なんで」
入口近くにある椅子を指さすと、彼は不機嫌そうな顔をした。
「なんで一緒に来たのに、わざわざ離れて見るんだよ」
「それは、だって」
ソファは広いけれど明らかにカップル向けに作られたもの。そんなものに副社長と一緒に座るだなんてできない。
「いいから、ほら」
「きゃあ」
ぐいっと手を引かれてよろけた。そのはずみでうっかり副社長の膝に座ってしまった。
「あ、ごめんなさいっ!」
慌てて下りようとする私を、彼の手が引き留める。
「俺は別にこのままでいいけど。もし嫌なら、ほらこっちに座れ」
そう言って彼の隣にあるクッションをポンポンされて、そこに座るように示された。
「でもそれは……」
「だったら、このままだな」
それはどう考えても無理!
今こうしてる間も恥ずかしくて顔がどんどん熱くなっているのがわかる。こんな状態でプラネタリウムに集中できる自信がない。
「だったら、ほら」
もう一度隣に座るように今度は視線で促された。
選択肢がふたつしかないのだから仕方ない。自分に言い聞かせて彼の隣に腰を下ろした。
「ほら、靴も脱いで」
「はい」
素直に彼と同じように靴を脱いだ。逆らったら、無理やりにでも脱がされそうだ。
はぁ。もう心臓に悪い。背中にあるクッションとは別に隣に置いてあったクッションを手にしてぎゅっと抱きしめる。ドキドキうるさい心臓を収めようと小さい深呼吸を数回して気持ちを落ち着けた。
「はぁ。落ち着く」
彼がごろんと寝転んで天井を眺めている。まだ上映は始まっていないが、綺麗なライトで照らされていて幻想的だ。
「落ち着きますね。プラネタリウムって今こんなふうになっているんですね」
小さいころに一度遠足で体験して以来久しぶりで、その進化に驚いた。
「まあ、ここは特別だろうな。新しいタイプのプラネタリウムで、写真撮影なんかもOKだから」
「へえ、SNSにアップしたりできるんですね」
納得していると、スタッフの人がランチボックスと飲み物を持ってやってきた。
「ごゆっくりお過ごしください」
そう声をかけ出ていく。
「すごい、食事もできるんだ」
「ああ、レストランで用意してくれる。食べやすいようにボックスに入れてもらった。喉渇いたから始まるまで飲みながら待つぞ」
「はい」
私がグラスを手に取ると、副社長がすかさずグラスを重ねてきた。カチャンというグラスの音を聞いた後、グラスに口をつける。
一昨日梅雨入りしたばかりで、じめじめと蒸し暑い。
先ほどここまで歩いてきたので喉が渇いていた。シュワシュワとした感覚が喉を抜けていく。
「美味しい」
「そうだな。他にカクテルなんかもあるから、頼めばいい」
彼が渡してきたタブレットには、赤や青、オレンジ、ピンク、紫。色とりどりのカクテルが並んでいた。
「名前もかわいいですね。コスモとか、シリウス、デネブ、アンタレス! どれも素敵」
フルーツやゼリーなどがふんだんに使われているものもあり目を奪われる。
「上から順番に全部頼めばいいだろ」
横から副社長の手が伸びてきて、タブレットのボタンをタップしようとするのを慌てて止める。
「やめてください。そんなに飲めないですから!」
「残念だな。まあ。次来たときに飲めばいいか」
次……もある? また一緒に来るってことだよね。そう受け取れる発言にちょっとドキッとしてしまったのは自分だけだったようで、彼は自分の分の飲み物を注文している。
「ここは食事にも力を入れているからおすすめだ」
「まさかプラネタリウムを見ながら食事が楽しめるなんて思ってもみませんでした」
映画館と違って、飲食禁止というイメージだったので新鮮だ。
「え、そういえば。他のお客さんはどうしたんですか?」
ロビーにはかなり人がいた。それなのに今、私たちはふたりきりだ。
「今まで気が付かなかったのか?」
呆れた様子で言われて、ちょっと恥ずかしくなる。
「すみません。あまりにも色々珍しくて、そこまで気が回りませんでした」
上映までまだ時間があるのかもしれないと思っていたが、他に人がひとりもいないのはやっぱりおかしい気がする。
「人がいないのは当たり前。貸し切りにしたから」
「へ?」
なんだかとんでもないことを聞いた気がする。
「だから貸し切り。ここには俺とお前のふたり」
「か、貸し切りっていったい、いくらしたんですか?」
「おいおい、デートで無粋なこと言うな」
「これ。デートなんですか?」
私の言葉に副社長の眉間に皺が寄る。私は何度彼にこの不機嫌な顔をさせているのだろうか。
「デートでなけりゃなんだって言うんだよ。男女がふたり仕事以外で会ってるんだから」
「それはそうかもしれませんが……」
もしかして私のほのかな気持ちは彼にバレてしまっているのだろうか。
「なんだまだ不服なのか?」
「そんなことありません。なんというか……いたたまれないというかドキドキするというか。ものすごく緊張しているんです」
もう何年もデートなんてしていない。だから緊張しているのだと正直に伝えた。
「大いに結構。それは俺を男として意識してるってことだな」
「それはそうなります……よね」
意識するなって言われても無理だ。体温を感じるほど近い距離にいて、時折彼のムスクの香水が香る。それに加えて薄暗い照明にキャンドル。ロマンティックな雰囲気の中、彼を男性として意識するなという方が無理だろう。
「あ、そうだ。貸し切りならどこに座ってもいいですよね」
勢いをつけて立ち上がった。この場の空気を変えるのは我ながらいい作戦だと思う。彼を意識してどうしようもなくドキドキしてしまっていることを知られてしまった私は、どうにかごまかそうとしていた。
しかしそれさえも逆効果だったようだ。
「ダメだ。さっきも言ったけど、お前の席はここ」
「きゃあ」
ぐいっと手を引かれ元の位置に戻された。いや元の位置よりも副社長の近くだ。私の左肩と、彼の右腕が触れ合う。
「これはあまりにも近すぎるのでは?」
「別に普通だろ。ほら、始まるぞ」
「え、あ。本当だ」
照明が一段と暗くなった後、天井に小さな光たちが映し出された。
「わぁ」
思い切り顔を上げて上を見る。周囲に人がいないので、遠慮なく声を出したけれど誰にも怒られない。
アナウンスでは、これが今日の星空らしい。いつもは街が明るすぎてここまで綺麗には星は見えない。だからこそ特別に思えた。
「こんなにたくさん……すごい」
思わず口を開いたまま眺めてしまう。三百六十度どこを見ても星、星、星だ。
「真上見てると首が痛くなるぞ。ほら」
「えっ」
彼の手が私の右肩に回ってきたかと思うと、そのまま後ろに引かれてふかふかのソファにぽふんと倒れ込んだ。
「ちょっと、これ」
「いいから、見てみろ」
言われて目を天井に向けると、さっきよりもすごい数の星が一気に目に入ってきた。
「わぁ。綺麗! 手が届きそう」
思わず手を伸ばした私をまねて副社長も同じようにした。
「ほんとだな。いつも俺たちが暮らしてるところにこんなに星があるんだな」
ちらっと顔を副社長の方へ向ける。すると綺麗な目がじっと天井を見つめている。
「でも今は副社長と私で独り占めですね」
「ふたりだから、独り占めじゃないだろ」
「そっか……」
ふたりでくすくす笑いながら、流れてくるナレーションに耳を傾ける。時折音楽だけが流れてくる時間もあってまるで宇宙の中にふたりきりのような錯覚に陥った。
言葉で言い表せない雰囲気の中、ふと私の左手が彼に握られた。
ど、どうしよう。振りほどくなんてできないし、かといってこのままだと私の心臓にかなりの負担がかかる。そもそもどういうつもりで、手をつないできたのかわからない。
彼の様子をうかがうために、ゆっくりと視線を隣に向ける。
「えっ」
思わず声を出してしまってつながれていない方の右手で慌てて口を押さえる。
見間違いかもしれないと思って、もう一度確認する。
これって、やっぱり、寝てる……よね?
伏せられた長いまつげが時折揺れる。しかし目が開かれることはなく閉じたままだ。
気持ちいい音楽に心地よいソファ。少しアルコールを体に入れて寝転んでいたら、まどろむのもわからなくもない。しかも毎日激務をこなしているのだから、疲れているに違いない。こんな好条件がそろったら眠くなるだろう。
そうこうしていると規則正しい息遣いが聞こえてきた。
ふふふ……完全に寝ちゃってる。手をつないできたのはただ寝ぼけていただけみたい。寝入っているのを確認して私はつながれている方の手をゆっくりと引いた。
しかし手を動かした瞬間に、ぎゅっと握られてしまう。
「あっ」
もしかして、起きた?
心配になって顔を覗き込むと、目は閉じたままだ。
よかった。起きてない。とはいえ、この手どうしよう。起きてないけれど、手を引くこともできない。彼が起きるまでこのままってことだろうか。
それはちょっと困るかも。今も緊張していてつながれた手だけがすごく熱い。そのうえちょっと汗ばんできた気がする。手汗とか、最悪。
タイミングを見て、何度も自分の左手奪還計画を実行してみたものの、まったくうまくいかず結局まだつながれたまま。
仕方ない。諦めよう。
私は視線を真上に向けて星たちを眺める。ダイナミックな音楽からゆっくりとした音楽に変わった。小さな宇宙の中にいるしばらくの間、私はただ無心で星たちを眺めていた。
「……んっ。私」
目をゆっくりと開く。天井には星が瞬いているはずなのに、薄暗いライトで照らされているだけ。どうやら上映は終了してしまったようだ。
もしかして、私も寝ちゃった?
慌てて隣にいる副社長の方へ体を向けると、彼の綺麗な瞳がこちらを見ているのに気が付いた。
「わ!」
びっくりして大きな声が出てしまった。そんな私を見て彼はクスッと笑って言った。
「お前は本当にどこででも寝るな」
「すみません。せっかく連れてきてもらったのに」
そういえば新幹線でも行きも帰りも寝てしまった。指摘されて恥ずかしくなる。
「でも、今日先に寝たのは副社長ですからね」
そう指摘すると彼は口の端をわずかに上げて、人の悪そうな笑顔を見せた。
「俺が本当に寝ていたと?」
「え、違うんですか? だって、手が」
今も握られたままだと気が付いて離してもらおうとするけれど、逆にぎゅっと握られた。
「俺の狸寝入りもなかなかのものだな。おかげでまたお前の寝顔が見られたよ」
「もう! 人の寝顔を見るなんて悪趣味です。なんでそんなことするんですか!」
恥ずかしさでいたたまれず、反対の手で副社長の胸のあたりを叩く。面白がるのもいい加減にしてほしい。
「理由聞きたい?」
「聞きたいっていうか、どうせ意地悪ですよね。いつも私のことからかって面白がって。ひどい」
軽くにらむとまた声を出して笑うのだと思っていた。けれど彼の反応は違った。
「好きだからだよ」
「えっ?」
聞き間違い、もしくはからかわれているかのどちらかだと思い、彼の顔を見る。しかし彼はいまだかつてないほどの真剣な表情で私を見つめていた。
「俺はお前が好きなんだ」
「……っ」
甘い戸惑いにどうしようもなく高鳴る胸。私はすぐに気持ちを言葉にすることができない。
彼も私のことが好きなの?
「お前は俺のことをどう思ってるんだ。聞かせてほしい」
そう言われて私は心の中で葛藤する。彼のことは間違いなく好きだ。けれど家族を不幸にした私が自分だけ幸せになっていいはずない。
「何を考えている。なんでもいい。お前の今考えていることを全部知りたい」
私に気持ちをぶつけてくれた彼に対して、きちんと向き合わないのは失礼だ。私は意を決して自分の素直な気持ちを伝えた。
「私、副社長のこと好きです」
言葉にしたらより実感がわいてきた。彼への思いがあふれ出して胸が痛い。
「だったら、俺のものになるだろ?」
彼の言葉に私は首を振る。
「どうして?」
責めるわけではなく、ただ疑問に思うというような声色で尋ねられた。
「姉の話はしたと思います。私のせいで家族がバラバラになったのに私だけ幸せになるなんて許されないです」
「そんなこと、ご両親は思ってないだろ」
「両親が思ってなくても、私が自分のことを許せない」
ぎゅっとこぶしを握って涙が出そうになるのを耐えた。彼も私が泣くのを我慢しているとわかったようで、それ以上話を進めようとしなかった。
「わかった。今日はお前の気持ちを聞けただけでいい」
なんでも強引に進めそうな彼なのに、私の気持ちに寄り添ってくれた。こういう優しさを見せられると何もかも投げうって彼の胸に飛び込みたくなる。
もちろんそんなことはできないけれど。
「ごめんなさい」
「謝るな。それに俺はお前のそんなところも含めて好きになったんだ。本当にやっかいだ」
迷惑そうな顔をしているけれど、そこにも彼の愛を感じる。私は彼の優しさに甘えることにして言葉ではなく微笑みで返した。
「でも、少しくらい、待つ間の利子をもらおうか」
つながれていた手が緩む。しかしすぐに指を絡めるようにしてつなぎなおされた。きつく握られているわけじゃないのに、彼の長い指にとらわれて振りほどくことができない。それをいいことに彼の親指が私の手のひらをゆっくりと撫でた。
くすぐったい中に混じるなんとも言えない甘い感覚。ビクンと体が跳ねそうになるのを必死になって我慢した。
その様子を見た彼は完全に面白がっている。視線をじっと私に合わせて私の反応をずっと見ている。
「こうされるの嫌?」
思いを寄せている人が相手だ。嫌かどうかと言われると、そんなことはない。
「くすぐったいです」
「それだけ?」
探るような言い方。でも素直に言えない。だって恥ずかしい。
「そうです」
うそだ。本当は胸が痛いくらい大きな音を立てている。つながれた手はすごく熱い。
「ふーん。じゃあこれは?」
ゆっくりと副社長の顔が近づいてくる。その意味がわからずに、数秒考えているうちに彼と私の距離はわずか数センチ。彼の吐息が頬をかすめたときに我に返る。しかし時すでに遅し。私はぎゅっと目を閉じることしかできなかった。
待って待って……。
うるさいくらい心臓が鳴っている。彼に聞こえてしまうのではないかと思うほどだ。彼の息が唇にかかった。