書籍詳細
強制的に夫婦(つがい)にさせられましたが、甘い契りで寵愛の証を懐妊しました
あらすじ
「俺の花嫁。数多の子を産んでくれ」恋愛小説×オメガバース 強烈に惹かれ合う「運命の番」その愛に溺れて妊娠発覚!?
男・女の他に性がある世界――。無意識に相手の情欲を煽る、妊娠に特化した性『オメガ』の木葉は、エリートの性『アルファ』である征士郎の妻に選ばれる。徐々に関係を築くつもりが、欲を滾らせた彼に激しく求められ!?「この感情が恋だと証明する」――本能と恋心の間で揺れる木葉だが、溺愛を一身に浴び、甘く愛でられる日々の中、赤ちゃんを授かり…。
キャラクター紹介
八街木葉(やちまたこのは)
征士郎の花嫁候補。大人になってから、希少なオメガだと突然診断されて葛藤しつつ、彼と心を通わせていく。
九頭竜征士郎(くずりゅうせいしろう)
由緒正しいアルファの家柄の御曹司。本能でなく恋愛で結びつこうと、木葉を一心に溺愛する。
試し読み
私自身はバース性コントロールのため、征士郎さんの手配で、九頭竜家お抱えの医師の診察を受けた。お抱え医師といっても、個人開業医ではなく連れてこられたのは大病院。その院長室で診察を受けた。九頭竜一族のひとりである医師は五十代で、この病院の院長だそうだ。
「木葉さんはオメガであることは間違いない。でも、確かにフェロモンの放出が不安定だね。抑制剤を変えて、今日は一時的に強めの抑制剤の注射を打とう。滅多なことではヒートが起こらなくなる。排卵は止まらないから、妊娠を希望していないときは避妊をして」
「……私のフェロモンが不安定なのは後発的にオメガになったせいですか?」
「まあ、国内外の症例を見ると、そういった傾向はあるかな。でも、子どもの頃からオメガと診断されていても、ずっと不安定な人もいれば、安定傾向で抑制剤も最低限でいいという人もいる。要は個人差だよ」
つまり時が経てば、落ち着くというわけではないのだ。そのことに落胆したような気分になる。
「やはり番契約を結んだほうがいいんですよね」
「木葉さんは、次代宗家・征士郎さんの奥様。周囲からも望まれるでしょう。しかし、私はあくまで当人同士が話し合っていつ正式に番うか決めるべきだと思ってるよ」
私のしゅんとした様子を慮ってか、医師はにっと笑って言った。
「番契約は、オメガにとっては婚姻より重い決断だからね。大事なのは当人たちの気持ち」
私は医師の言葉にありがたい気持ちで頭を下げて帰宅した。オメガにとっては生涯ただひとりを決めるのが番の契り。
欲に振り回されている情けない私が、征士郎さんを求めていいのだろうか。
征士郎さんと恵太さんの不和の原因は私なのに。
帰宅すると、征士郎さんがいた。ダイニングテーブルに上着を置き、アイスコーヒーを飲んでいる。仕事の合間に家に寄ったのだろうか。
「木葉、来週は夏休みを取ると言っていたな。どこかへ行く予定があるのか?」
だしぬけに尋ねられ、私は首を振った。
「いえ。また、パン屋巡りや書店巡りでもしようかと思っていました」
「パン屋巡りの場所を変えて、俺も一緒に行きたいんだがいいか?」
私が首をかしげていると、征士郎さんがスマホにURLを送ってくれる。
「ここに行きたいんだ」
それは隣県の超人気のリゾートホテルだ。温泉地にある高級志向なホテルで、一泊それなりにするのにいつも予約でいっぱいだとか。
「俺も一緒に夏休みを取る。少しゆっくりしてこよう」
「でも、ここ予約が」
「俺たちが泊まるのはこのホテルの奥にある九頭竜一族専用の棟だ。このホテル自体がナイングループ系列だしな。知らなかったか」
知りませんでした……。巨大企業すぎて、傘下企業まで知らなかった私は、やっぱり嫁として不勉強かしら。そして一族専用の保養場所もあるなんて。
「でも、征士郎さん、お忙しい時期ですよね。夏休みが取れるんですか?」
秋が一番忙しいはずの征士郎さんは私と暮らし出してからも充分多忙だ。そんな余裕があるのだろうか。
「俺だって休暇くらい取る。こうしたグループ関係の施設でくつろぐ程度だがな」
征士郎さんは言い、それからハッとした顔をする。
「木葉は温泉より海や山のほうがよかったか? 海外がいいなら、今から手配する」
「いえ! 嬉しいです! 温泉大好き!」
ちょっと天然なところは相変わらずで、私を喜ばせるためなら無茶を通してしまいそうな征士郎さん。きっと元気がない私を気遣ってくれているのだろう。
「木葉とふたり、時間を忘れて過ごしたい。現地にもうまいパン屋がある。一緒に食べ比べをしよう」
「はい。そうしましょう。ありがとうございます、征士郎さん」
旅の予定はいくつになっても嬉しい。私は嬉々として荷造りをした。暗い気持ちはまだあったけれど、目先に明るい予定があると心がそちらに引っ張られるのか、少しだけ前向きになれる。
征士郎さんの荷造りも手伝い、当日は桜井さんの運転で現地まで連れてきてもらった。なお、秘書の菱岡さんが行きの車は同乗し、到着寸前まで征士郎さんと仕事をしていたのだけれど。
「菱岡、ここまでだ。あとは休暇の後にする」
「はい。ゆっくりとお過ごしください」
菱岡さんと桜井さんにホテルの前で別れを告げ、私と征士郎さんは顔を見合わせた。
「三日しか休みが取れなくてすまない」
「充分です」
私のために彼が貴重な時間を使ってくれることにありがたさと申し訳なさを感じる。
支配人の男性と従業員に案内され、私たちはホテルの建屋の横を通り過ぎ、静かな庭園を進む。門を抜けると目の前に見えるのは小川と緑の絨毯、そこにかかる橋の向こうが九頭竜一族専用の平屋だった。
「すごい」
「水と緑がコンセプトとなっております。散策できますので、ごゆるりと」
支配人の男性が言う。
表のホテルは、日本庭園や植栽の美しさが有名だ。九頭竜一族用のこちらは素朴でナチュラルでありながら、手のかかった棚田や水音が響く滝が見られる。圧巻だ。
日本家屋風の建屋は風が通り、都心部よりずっと涼しい。冷房もいらないくらいだ。
裏の門からも出入りができるそうで、専用のキーを渡された。
和風シークレットガーデンと、静かで心地いい離れにため息をついてしまう。
「気に入ったか?」
ふたりきりになると征士郎さんが尋ねてくる。
「はい、すごく」
「よかった。木葉がどうしたら元気になるか、ずっと考えていた」
征士郎さんが畳に脚を伸ばし、ふうと息をついた。
「恵太さんのこと……、考えていました。私のせいで征士郎さんと恵太さんの関係が壊れてしまったのが申し訳ないんです」
「おまえのせいではないと何度も言っている。……あいつと、一昨日話した」
初耳だ。私は顔を上げ、征士郎さんを見つめる。
「俺とのわだかまりは消えないし、素直に兄弟には戻れないそうだ。ただ、木葉には申し訳なかったと言っていた」
「私がいなければこんなことにはならなかったのに」
「むしろ、今回のことがなければ、俺は一生恵太の気持ちに気づかないままだったかもしれない」
征士郎さんが、ふうと嘆息した。表情は自嘲的でさみしげだった。
「俺はただでさえ、人の気持ちに疎い。恵太の様子の変化から、木葉には注意を促したが、恵太が腹の中であれほど俺や一族を憎く思っていたと気づけなかった」
「恵太さんは、征士郎さんのことを慕っていると思います。だけど……」
長子でありアルファとして能力が高い征士郎さんが次代宗家であることは、揺らがなかっただろう。それでも、恵太さんは思ってしまったのかもしれない。アルファであり直系の自分にだって宗家の資格がある、と。
九頭竜という一族、バース性。私たちが選べなかったことだらけだ。
「いつか、また恵太とは対話を持ちたいと思う。あいつも大学を卒業すればナイングループに入る。木葉にとっては複雑だろうし、あいつも望まないとは思うが、それでも俺にとっては可愛い弟だ」
「私はおふたりが仲のいい兄弟に戻れれば、それが一番いいと思います」
虫のいい話かもしれないけれど、願わずにはいられない。わだかまりがなく、ふたりが並んで立てるようになりますように。
「征士郎さん、私、本館のほうのお風呂に行ってきていいですか?」
「風呂は、ここにもあるぞ」
先ほど、この離れを案内してもらったときに、露天風呂は見た。だけど……。
「私、大きなお風呂が大好きで。このホテルのお風呂って有名なんです。新しい抑制剤も、注射も効いていて、フェロモンもわからないほどみたいだし、安全だと思います。行ってきてもいいですか?」
「ああ、わかった。行っておいで」
征士郎さんはふっと微笑んでくれた。逃げ出すような態度を取ってしまい、私の胸はかすかな罪悪感に痛む。
私はオメガである自分を受け入れなければならない。それなのに、どこかでオメガを嫌悪している。アルファもベータも誘い、欲に乱れる性。
こんな考えは旧世代的だ。オメガ差別があった時代と同じ考え方だ。
だけど、心なんか無視して征士郎さんの身体を求めてしまったことが何度あっただろう。
私は……こんな自分が嫌。
オメガ性に振り回されている自分を棚上げして、彼と恋愛から始めたいとのたまっていたなんて厚顔にもほどがある。恥ずかしい。苦しい。
大浴場は時間も早く、空いていた。白を基調とした大理石の浴室は高級感がある。夜はナイトプールのような演出があると以前ネットの紹介記事で読んだことがある。夜も来てみようかな。
そんなことを考えながら、戻りづらくてだらだらと入浴した。
いつまでもこうしていても仕方ない。部屋に戻って、征士郎さんと庭園を散策しよう。夕食をとって、夜は花火があがると聞いている。部屋から眺められるだろうか。
そして……、私は今夜も征士郎さんに抱かれるのだろうか。
先日の注射でヒートは起こりづらくなっているはずだ。それでも、私も彼も欲に抗えない気がする。そうすればこの三日間、あの離れにこもってただ抱き合うだけの休暇にもなりかねない。
それでいいのだろうか。
やはり早く番になってしまったほうがいい。
自分自身の葛藤より、まずは周囲に迷惑をかけないため、征士郎さんと番になるべきだ。そうすればフェロモンは抑えられ、征士郎さん以外にはほぼ効力を示さなくなる。
いい機会だ。まずはそのことについて話そう。
私は覚悟を決めて湯舟を出た。
離れに戻ると、征士郎さんはぼんやりと庭園を眺めていた。開け放たれた縁側に座って。
その恍惚とも見える横顔は、本当に綺麗だった。世界中どこを探したって、彼ほど美しい男性はいないと思う。
「ただ今戻りました」
「ああ、おかえり」
「何をしていたんですか?」
征士郎さんの横に腰を下ろす。涼しい風が湯上がりの首筋に心地いい。
「何もしていない。休暇はいつもそうだ。頭を空っぽにして何も考えない」
「そういうリフレッシュなら、私がいたら邪魔になるんじゃないですか」
「逆だ。普段は何もすることがないから、ぼうっとしていた。子どもの頃から目の前に並べられたことを無心でこなすのが、俺の役割だった。だから、自由な時間は持て余してしまう。木葉は俺をあちこちに連れ出してくれるだろう。楽しみなんだ」
そんなふうに思ってもらえていたのか。じわじわと胸に喜びが湧き上がってくる。
征士郎さんの大きな手のひらが私の頬に触れた。キスをされるのだろうか。もう自然に顔が近づいてしまいそう。
すると征士郎さんが言った。
「今回の旅行の間は、木葉を抱かない」
「え……」
私は言葉に詰まり、思わず彼の黒い瞳を凝視した。
「こうしているだけで好きだという気持ちは伝わると思わないか?」
「征士郎さんの好きは……」
アルファの欲求だ。オメガが欲しいだけ。
私はずっとそう主張してきた。征士郎さんが首を緩く振る。
「木葉を抱きたいのと同じくらい、抱かずに大事に愛でていたい気持ちになる。木葉の好きなことを一緒にしたいし、木葉と楽しいことを見つけて笑い合いたい。どうだ。この気持ちは、なかなか恋愛に近いと思わないか?」
ちょっと得意げに子どもみたいな顔で言う征士郎さん。涙が出てきた。この人は実に素直に、私なんかよりずっと先に答えにたどり着いてしまった。
「アルファとしての狂暴な欲は俺の中から消えない。だけど、ちゃんと心はここにある。木葉を好きな心が。木葉、俺の初恋だ。受け取ってくれるか」
初めて身体を繋いでから二ヶ月、私の気持ちを尊重し続けてくれた征士郎さん。アルファとして強引に私を手に入れることだってできた。心なんか関係ないと、私を番にして孕ませることだってできた。
だけど、征士郎さんは自分の心を見つめ直し、私に認めてほしいと真摯に歩み寄ってくれた。これほど素晴らしい男性に求められて、どうして断れるだろう。
「はい、征士郎さん。好きになってくれてありがとうございます」
私は自ら征士郎さんの腕の中に飛び込んだ。私も同じ気持ちを返したい。オメガに対する嫌悪や葛藤はまだそこにあり、私の決心を鈍らせる。だけど。
「征士郎さん、私を正式に番にしてください」
「木葉」
「きっとそれが一番いいんです」
腕の中で彼を見上げて、懇願する。私の言葉に征士郎さんが片眉をひそめた。少し考えるように黙って、それから尋ねてきた。
「番になることでフェロモンを抑えるのが目的か?」
「それもありますが……私は征士郎さんが……」
「木葉の正直な気持ちを話してほしい」
見下ろされ、穏やかに促され、私は唇を一度ぎゅっと結んだ。
彼が素直な気持ちを伝えてくれたように、私も伝えるべきなのだろう。隠すことなく、まっすぐな言葉で。
「私は自分のオメガの欲求に恐怖や嫌悪を覚えています。誘惑してしまうフェロモンも、征士郎さんに浅ましくねだってしまう性欲も。オメガの自分が嫌です。でも、恵太さんのときのようなトラブルを起こしたくないんです。そのためには番の契約が……!」
「そういうことなら、俺はおまえの首を噛んでやれない」
征士郎さんに言われ、私は泣きそうに顔を歪めた。嫌われただろうか。すぐに征士郎さんが私の頬を両手で包みキスをくれる。なだめるような優しいキスだ。
「最初に決めただろう。恋愛をするのだ、と。アルファとオメガの欲ではなく、恋で結びつこう、と。まだオメガである自分に戸惑いがある木葉に、トラブル防止に番にしてくれと言われても、俺は聞けない。木葉が俺を大好きでたまらなくなったときに、きちんとした手順を踏んで番の契りを結びたい」
すがりつく私に、まるで教師のように征士郎さんは懇々と説明する。
「でも、私たちが番であったほうが、多くの人に迷惑をかけずに済みます。きっと、一族の皆さんも喜びます」
「一族の計らいで出会った俺たちだが、恋愛をするのは俺たちの間だけの約束だ。俺は譲らないぞ」
私は唇を噛みしめ、ぎゅっと一度目を瞑った。一番大事な言葉が伝わっていない。
私は、あなたが……!
「好きですよ! 好きに決まってるでしょう!」
叫んでいた。彼の腕の中で、顔をぐしゃぐしゃにして。
「オメガである自分は嫌。だけど、征士郎さんのことは好きなんです。身体も欲しいけど、心も欲しい。征士郎さんの全部が欲しい! 自分でもよくわからないけど、征士郎さんのことが大事で大事でしょうがないんです!」
「愛の告白。……初恋が叶ってしまった」
「ふざけないでくださいよ!」
べしべしと征士郎さんの胸や肩をたたいているとその手首をつかまれた。近づいた顔は頬が上気し、幸せそうな笑みを浮かべていた。
「ありがとう、木葉。俺は少し前からちゃんと両想いだと感じていたぞ」
涙が止まらなくなった私の頬に口づけて、征士郎さんは言った。
「おまえの中でオメガである自分への嫌悪感が薄れるまで待つ。オメガとして、俺と番になってくれる覚悟が決まったとき、おまえの首を噛むよ」
「征士郎さん、ありがとうございます」
征士郎さんを大事に想う気持ち。彼のちょっと天然なところや、無邪気なところ。私を守ってくれる力強さ。私はちゃんとこの人に惹かれている。
だから、私はこの人の妻になりたい。生涯ただひとりは征士郎さんであってほしい。
「好きです」
「この旅行中にたくさん聞かせてくれ」
征士郎さんの腕の中で、私は幸福に目を閉じた。