書籍詳細
宿敵なはずが、彼の剥き出しの溺愛から離れられません
あらすじ
「何があっても君を愛している」別れを決めたのに、エリート会計士の蕩ける愛に捕まって!?
バリスタとしてコーヒー店を営む七瀬は、交通事故で負った醜い傷のせいで恋愛を諦めていた。しかし店に通う公認会計士・拓人から熱く迫られ、頑なな心を溶かされて身体ごと甘く溺愛されるようになる。ところが彼との秘密の因縁を知り、別れを告げて姿を消すものの、諦めずに捜してくれた拓人と再会。彼の一途な深愛と独占欲に抗えなくなり…?
キャラクター紹介
小此木七瀬(おこのぎななせ)
バリスタとしてコーヒー店を営んでいる。身体に事故で負った傷がある。
桐谷拓人(きりたにたくと)
経営コンサルも請け負うイケメンの公認会計士。七瀬の店の客。
試し読み
「じゃあ、実際に見てください。わたしの身体に残る傷痕が、どれほどひどいか」
「えっ」
シャツの裾に手を掛けた七瀬は、それを上までまくり上げて自分の上半身を晒す。
ブラまで見えてしまっていたが、もう構わなかった。赤紫のケロイド状の傷痕が胸や腹部に広がっているのを見た桐谷が、目を見開く。
「これは──……」
七瀬はぐっと唇を引き結んだ。
先ほどは「ずっと一緒にいる」と言ってくれた彼だが、こうして傷を目の当たりにしたら認識が変わったに違いない。自分でも気持ち悪いと思うのだから、他人ならなおさらだ。
こんな傷痕がある自分を、桐谷は女性として見ることはできないだろう。そんなふうに考えていると、彼が手を伸ばして腹部に触れてきて、ビクッと身体が震えた。
「これは、交通事故で?」
問いかけられた七瀬は、頷いて答える。
「そうです。対向車線を走っていた居眠り運転のトラックに突っ込まれて、わたしが乗っていた車は大破して炎上しました。重度の内臓損傷と広範囲の火傷を負って、何度か手術をしましたけど……治りきらず、こんなふうに」
傷は上半身だけではなく、太ももにもある。
それを聞いた桐谷が指で腹部をなぞり、痛ましそうな表情を浮かべた。
「これほどの傷を負っても命を取り留めてくれて、本当によかった。しかも俺に見せるのは、つらかっただろうに……。こんなことをさせて、申し訳ない」
彼がそっとシャツを元どおりに直してくれ、その手つきに気遣いを感じた七瀬は顔を歪める。
こうしていたわられる自分が、ひどく惨めだった。ぐっと拳を握り、こみ上げる衝動のまま、震える声でつぶやく。
「『気持ち悪い』って思ってるなら……はっきりそう言えばいいじゃないですか。自分でもわかってるんです、この傷痕がひどく醜いものだって。だからもう、今日限りで会うのはやめにしませんか? わたしたちの関係は、これ以上進展のしようがないんですから」
「気持ち悪いとは思わないよ。事故当時の君がどれだけの苦痛を受けたのかと想像して、痛々しく感じてるだけだ。それに、今日限りで会うのをやめるというのも承服しかねる。俺の七瀬さんへの気持ちは、まったく変わってないから」
七瀬は驚き、桐谷の顔をまじまじと見つめる。そして信じられない思いでつぶやいた。
「……本当に?」
「ああ」
「無理しなくていいです。たとえ前言を覆すことになっても、傷痕を見たあとなら当然ですから」
七瀬の言葉を聞いた彼は、こちらと目を合わせてはっきり答える。
「無理はしてない。俺は七瀬さんを、一人の女性として好きだ。たとえ身体に傷痕があっても、君の価値は何も変わらないと思ってる」
真っすぐな眼差しと真摯な言葉に、心臓をつかまれたような感覚をおぼえる。
桐谷が七瀬の両手を引き寄せ、自分の手の中に包み込んで言った。
「君はずっと、不安だったんだな。会うたびに『いつか別れなきゃいけない人だ』って自分に言い聞かせていたなんて、全然気がつかなかった。俺がもっと言葉を尽くして想いを伝えていれば、きっとそんなふうには考えなかったのに」
「拓人さんは……悪くありません。わたし自身の、劣等感の問題ですから」
「七瀬さんは『傷痕があるから、男女づきあいはできない』って自分に言い聞かせているようだけど、俺はそうは思わないよ。君のことが好きだから触れたいし、キスもそれ以上もしたい」
言われた言葉の意味を理解し、七瀬の頬がみるみる熱くなっていく。話の成り行きに動揺しながら、しどろもどろに答えた。
「あの、駄目ではないですけど、でも……」
「じゃあ、いい?」
「は、はい。あ……っ!」
ふいに強く両手を引かれ、よろめいた七瀬は彼の上に倒れ込む。
受け止めた桐谷が強く抱きしめてきて、鼓動が大きく跳ねた。ワイシャツ越しに彼の硬い身体を感じ、一気に顔が赤らむ。桐谷が耳元でささやいた。
「つきあい始めてからずっと、こうして強く抱きしめたくて仕方なかった。でも君を怖がらせたくない一心で、やんわりハグするくらいしかできなかったんだ」
「…………」
「キスしていいか?」
ドキドキしながら頷くと、彼が触れるだけのキスをしてくる。
思いのほか柔らかい感触に胸が高鳴り、そっと目を開けると間近で視線が合った。そのまま桐谷が口づけてきて、彼の舌先が合わせをなぞる。ほんの少し空けた隙間から彼の舌が入り込んできて、緩やかに絡められた。
「……っ、ぁ……っ」
ぬめる感触が淫靡で、じわりと体温が上がる。
元彼の広田とは何度もキスをしたが、それも八年前のことだ。桐谷の口づけは甘く、こちらの反応を見ながら徐々に濃厚なものに変えてきて、息が乱れる。
どれだけの時間貪られていたのか、ようやく唇を離されたとき、七瀬は身体の力が抜けていた。それを見た彼が、唇を親指で拭ってくれながらクスリと笑って言う。
「手加減せずにしてしまって、悪かった。平気か?」
「……っ、はい……」
「駄目だな、自制心がなくて。これまでさんざん我慢していたから、箍が外れたようだ」
それを聞いた七瀬の中に、申し訳なさが募る。
これほどまでに求められているのだと思うと、胸がいっぱいになった。一生恋愛は無理だと考えていたのに、桐谷はこんな自分でも好きだという。
彼がこちらの髪を撫でて謝ってきた。
「具合が悪いんだから、もう休まないとな。もし風呂掃除とかが必要なら、俺が代わりにやるから言ってくれ」
「いえ。……あの、拓人さんはこの先のこともしたいですか?」
七瀬の突然の問いかけに桐谷が眉を上げ、すぐに苦笑して答える。
「したくないわけじゃないけど、君は頭痛がひどいんだろう。別に今日じゃなくて構わないよ」
「確かに頭痛はありますけど、耐えられないほどじゃありません。だから、その……しませんか? これから」
自分から行為をねだるような発言をしてしまい、七瀬の顔が真っ赤になる。
恥ずかしいが、もし彼がしたいのならそれに応えたい。こんな身体でも望んでくれるなら、触れられてもまったく構わなかった。
だがすぐに劣等感が頭をもたげ、「人に見せられるような身体ではないのに、自分は一体何を言っているのだろう」と考える。すると猛烈な後悔がこみ上げてきて、七瀬は急いで発言を撤回した。
「で、でも、女性のほうからこんなことを言うの、さすがに引きますよね。ごめんなさい、今の言葉は忘れてください」
いたたまれない気持ちが募り、立ち上がった七瀬は、バスルームに逃げようとする。しかしその瞬間、桐谷が手首をつかんで言った。
「引いたりしないよ。七瀬さんのほうからそう言ってくれて、うれしい」
「……でも……」
「君さえよければ、俺は今すぐに抱きたい。本当に具合は大丈夫か?」
動揺と羞恥が入り混じった思いで頷くと、彼の目が優しくなる。
ソファから立ち上がった桐谷が七瀬の身体を抱き寄せ、髪に口づける。その瞬間、彼の匂いが鼻先にふわりと香り、桐谷が熱を孕んだ声でささやいた。
「──じゃあ、場所を変えよう」
「あ……っ」
薄暗い寝室に、切れ切れの喘ぎ声が響く。
ベッドに押し倒されてからの七瀬は身体を硬くしていたものの、桐谷は未経験であるこちらを気遣い、時間をかけて丁寧に触れてきた。
手と唇で肌に触れられると息が乱れ、七瀬はぎゅっときつく目を閉じる。彼は傷痕を物ともせずにどこもかしこも唇でなぞり、すべてを見られていると思うと恥ずかしくて仕方がなかった。
やがてワイシャツを脱いだ桐谷の身体はしなやかな印象で、無駄なところがなく引き締まっている。その身体の重みを感じた七瀬は、熱っぽい自分の身体より幾分低い体温に触れ、胸がいっぱいになった。
やがて充分に慣らしたあとに彼が体内に押し入ってきて、七瀬は顔を歪めて呻き声を上げる。硬く漲る桐谷自身は想像以上の質量で、身を裂かれるような痛みをおぼえた。
すると彼が途中で動きを止め、心配そうに問いかけてくる。
「痛いか? どうしてもつらいならやめるが……」
「大丈夫……です。だからやめないで」
どうしても桐谷と繋がりたい七瀬は、彼にしがみつく。
すると桐谷が少しずつ腰を進めてきて、すべてを受け入れたときは圧迫感でいっぱいだった。浅く呼吸をしながら、七瀬は涙のにじんだ目で彼を見つめてささやく。
「……っ、好きです、拓人さん……」
「ああ、俺もだ」
頭を抱え込んで髪にキスをされ、愛情のこもったしぐさに胸が疼く。
それから七瀬は、桐谷のもたらす律動に翻弄された。初めてで快感を得るまでには至らないものの、ときおり彼が漏らす熱っぽい吐息に煽られ、中を締めつける動きが止まらない。
しがみつくとそれ以上の力で抱き返され、胸の奥がじんと震える。どちらからともなく唇を寄せて口づけながら、七瀬は桐谷の腕の中で忘我の時を味わった。
やがて彼が果てたとき、身体は泥のように疲れきっていた。ぐったりと脱力する七瀬を抱き寄せ、シングルサイズのベッドに横たわりながら、桐谷がささやく。
「無理をさせてしまって、ごめん。具合は?」
「まだ頭痛は少し残ってますけど、大丈夫です。何だか吹き飛んでしまったみたいで」
それを聞いた彼が微笑み、七瀬の目元にキスをして言う。
「だったらよかった。具合が悪い君を抱くなんて、我ながら堪え性がないな。がっつきすぎて、情けなくなる」
「そんなことないです。わたしが……拓人さんと、したかったから」
桐谷が自分の傷痕を物ともせず、最後まで抱いてくれてうれしかった。
今も彼が挿入(はい)っているようなひりついた痛みは残っているものの、心は甘い気持ちで満たされている。
こんなふうに誰かと抱き合えるとは思っていなかった。自分は一生独り身なのだと考えていただけに、降って湧いたような幸せに心が浮き立っている。
桐谷がふいに言った。
「さっきご両親がいっぺんに亡くなったと言っていたけど、もしかして身体の傷はそのときについたものなのか?」
「はい。わたしが九歳のとき、家族三人で動物園に行った帰りに事故に遭いました。居眠り運転のトラックに突っ込まれて、前の座席の両親は即死だったんですけど、わたしは後部座席にいたために、どうにか命を取り留めることができたんです」
「……そうだったのか」
彼が声に痛ましさをにじませ、七瀬は何ともいえない気持ちになる。桐谷の胸に顔を埋めながら、「でも」と言葉を続けた。
「両親を亡くしたわたしを、母方の叔母夫婦が引き取って養女にしてくれました。二人の間には子どもがおらず、わたしを本当の娘のように可愛がってくれたので、とても恵まれていたんです」
「養女ってことは、苗字が変わったのか?」
桐谷の問いかけに、七瀬は頷いて答えた。
「はい。小此木は叔母夫婦の苗字で、元々の名前は谷川というんです。タニカワと書いて、セガワ」
「せがわ……」
彼が髪を撫でていた手をふいに止め、七瀬は不思議に思って問いかける。
「拓人さん、どうかしました?」
頭を上げて桐谷の様子を窺うと、彼はひどく動揺しているようだった。
自分の話のどこかに引っかかるところがあるのかと思い、会話の内容を反芻してみたものの、何も思い当たることはない。
七瀬がもう一度「拓人さん」と呼びかけると、桐谷がふと我に返る。そして表情を取り繕い、笑って言った。
「ああ、ごめん、ぼーっとして。昨日、資料の読み込みで夜更かしをしたから、急に眠気がきたみたいだ」
「えっ、じゃあもう寝たほうがいいです。それとも自宅に帰りますか? やっぱり自分のベッドで眠ったほうが、疲れが取れるんじゃ」
幸い頭痛はだいぶ和らいだため、彼がわざわざ泊まる必要はない。
七瀬がそう言うと、桐谷は「いや」と言い、抱き寄せる腕に力を込めた。
「せっかく君を抱けたんだから、今夜はこうしてくっついて寝たい。駄目かな」
「だ、駄目じゃないですけど……」
シングルベッドのため、二人で寝るのは少々窮屈だが、こうして密着していると安心する。しかし明日の彼の着替えが気になると言うと、桐谷が事も無げに答えた。
「仕事に行く前に、一旦自宅に着替えに戻るよ」
「じゃあ、六時起きで構いませんか?」
「うん」と頷いた彼が七瀬の額に優しくキスをし、身体を腕の中に深く抱き込む。そして頭の上でささやいた。
「もう寝よう。おやすみ」
「……おやすみなさい」