書籍詳細
跡継ぎをお望みの財閥社長は、初心な懐妊妻に抑えきれない深愛を注ぎ尽くす
あらすじ
「君に触れていい男は俺だけだ」
許嫁御曹司に、二十年越しの甘く激しい愛で迫られご懐妊…!?
奈緒には長年、SNSでだけ交流する恩人がいた。その正体は、ある日出会った美麗な御曹司・遼真で…!?しかも奈緒は幼少期に彼の許嫁に選ばれていたが、記憶を失っていたことが発覚。空白の時間を埋めるように「俺のそばにいてくれ」と熱く求められ、名家のしきたりに従って初夜を迎え!?さらに我が子を宿した奈緒に、遼真の寵愛は増すばかりで…!
※本作品はWeb上で発表された『相愛婚―今夜、極上社長に甘く独占され結婚します―』および『今夜、名家の社長に甘く独占され結婚します』に、大幅に加筆・修正を加え改題したものです。
キャラクター紹介
高瀬奈緒(たかせなお)
料理人だった父に憧れ、半年前からお弁当の移動販売店を営む。
神崎遼真(かんざきりょうま)
旧財閥の御曹司で巨大企業グループの次期総帥候補。眉目秀麗を体現した美貌で、帝リゾートの社長を務める。
試し読み
玄関の三和土で履物を脱ぎ、途端に顔を顰めた。草履の鼻緒が擦れたらしく足袋には血が滲んでいる。
無理に走ったりしたからだ、本当に私って……。
「馬鹿な真似をするな、まったく」
自虐的な心の呟きに誰かが賛同した。顔を見ずとも分かる、神崎さんだ。
そろりと背を振り返ると、荒い息遣いの彼がその場に跪く。
「傷の手当をしよう」
「これくらい大丈夫です」
「俺が無理だ」
強い声音で言い切られ、トクンッと心臓が跳ねる。
真摯な表情から優しさを感じて、嬉しいのに胸が痛い。
やっぱり神崎さんとは一緒にいられない。偽装婚約は続けても同棲生活は解消しよう。
これ以上優しくされたら、心から愛されていると錯覚しそうだ。
そうなる前に彼と距離を取った方がいい。婚約発表は無事に終わった。だから、この家を離れても大事にはならない。もし騒ぎ立てる住民がいたら、その時に新たな策を講じればいい。
ひとまず実家に帰ろう。それが一番だよね。
私が心に誓う一方、彼は玄関を上がって給仕室へ向かった。
そこには応急手当の出来る薬箱がある。ここに住みはじめた当初、メイドから聞いた話を彼も知っていそうだ。もしかしたら薬箱の用意は彼の指示かもしれない。
それほど待たずに彼は木箱を抱えて戻った。そして私の右足から足袋を抜き取る。
「無茶をするのは昔と同じだな」
「お転婆だったんですね。私が子供の頃も手当をしてくれたんですか?」
声色に懐かしみを感じて、つい話に乗ってしまった。
彼は目尻を僅かに下げて首を縦に振る。次いで私の傷口に息を吹きつけた。温かい息が肌を掠めて、たちまちに赤面してしまう。
「じ、自分でやります!」
どうしようもなく鼓動が速まって私は声を張る。薬箱の絆創膏を探して、見つけたそれを傷口に貼り付けた。
彼にそんな気はなくても心がかき乱される。いまの私はきっと頬が桃色だ。
彼に気づかれる前に早足で自室に向かう。そして目についた光景に、私の顔は赤みを増した。
自室にはすでに布団の用意がある。メイドの誰かが準備したのか、ひと組の敷布団にふたつの枕が寄り添っていた。
そっか。しきたりに従うなら、一夜を過ごさなきゃいけないから……。
用意周到に色違いの浴衣まで揃い、私は布団の傍らで目を伏せる。すると、静かな声が私の背中に届いた。
「馬鹿なしきたりにつき合わせて、すまない。奈緒が嫌がるのも無理はないな」
「違うんです。このままだと私が……」
擦り切れそうな声を情けなく思う。
こんな態度を取ったら私の心は透けてしまう。
それでも彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。溢れる想いは止まらない。たとえ拒絶されても、はじめて好きになった人に伝えたかった。
「神崎さんをもっと好きになって、離れられなくなるのが怖いんです」
想いを発露した瞬間、彼の瞳が明らかに揺れる。見つめ合う一瞬、彼の右手が私の顎をすくい、追って非の打ちどころのない美麗な顔が傾いた。
えっ……これって……。
唇に柔らかなものがぶつかり、それがキスだと気づくのに数秒かかる。
私が息を呑むと、瞳の虹彩が分かるほどの距離から彼が囁いた。
「好きなのに、なぜ離れようとする? おかしな奴だな」
「それは……、妹としか見られてないからで……」
「俺はそんな風に思ってない」
「ほ、本当ですか?」
驚愕で二の句が継げないと、代わりに彼が明瞭に告げる。
「奈緒さえよければ、正式な許嫁になって欲しいと思っていた。理人の邪魔がなければ、桜の前で告白出来たんだが」
あの時……、そんなことを思っていたの?
紡がれた言葉に動悸が鎮まらない。
身体から力が抜けていき、私はその場に崩れ落ちた。情けなくへたり込んだ私を追って、神崎さんも布団の上に膝をつく。
視線が合うだけで言い知れない至福が私の胸を温める。漆黒の双眸に私を閉じ込めたまま、彼が優しく尋ねた。
「誤解が解けたなら返事が欲しい。奈緒、俺の願いを叶えてくれるか?」
「はい」
この先誰と出会おうとも彼以上に想える人はいない。
迷いなく頷くと、伏し目がちの彼に再度口づけをされた。
唇をそっと重ねて、見つめ合って。息継ぎの度にソフトなタッチで唇を啄まれる。
キスの雨は降りやまず一刻と共に甘さが増していった。
「奈緒、どこへも行くな。このまま俺のそばにいてくれ」
心からの懇願に胸が喜びに打たれる。声にもならず首を縦に振ると、逞しい腕が私の背中にまわった。
「結婚は奈緒としか考えられない。お前と結ばれないなら、この血が途絶えてもいいとさえ思った。だが、生涯を共にしてくれるなら全身全霊でお前を守る。必ず……」
鼓膜まで響いた誓いに身も心も震える。
理性的で心が清らかで、これほど素敵な人はいない。
抱かれる腕が緩み、優しい色を帯びた瞳が私を捉えた。甘く唇を食まれて、次第に情熱的に乞われる。舌先を絡ませる濃密なキスは私の口内を愛撫するかのよう。
愛を伝える口づけは神聖でどこまでも温かい。彼に従順になって、されるがままになっていった。
神崎さんが好き……このままずっと離れたくない……。
思うままに広い背中にしがみつくと、しなやかな手が私の髪をまさぐった。
純白なシーツの上で深く抱き合い、彼はいっそう激しく私を征服する。私の口蓋を舐め取り、甘美な水音を辺りにまき散らす。
やがて口づけは私の耳朶に移り、首筋を滑らかに伝い落ちていった。
「っ……あん」
手練手管に暴かれて否応なしに嬌声が出た。着物をたくし上げられ、思わず身を固める。そこで神崎さんがハッと息を呑んだ。
「すまない、暴走した」
「大丈夫です。その、やめないで……ください。このまま私と……」
切れ切れながらも伝えたのは本心だ。
こんな風に誰かを求めたことはない。
自分の大胆さに驚くし、羞恥で顔は真っ赤だろう。
それでも真摯な愛を捧げられ、私も心のままに想いを届けたかった。
何もしなければ彼は部屋を出る。それは堪らなく嫌だ。一秒でも長くそばにいたい……。
もしかして、はしたない女だと思われた?
素直な想いを伝えたつもりでも、今更ながら不安になる。
静寂がやけに長く感じて、私は恐々と尋ねた。
「あの、駄目……でしょうか?」
「駄目だ」
一分の迷いもなく彼は言い捨てる。心を通わせたと思ったら、一瞬で嫌われた。
ズキッと胸が抉られる私を余所に、彼は灼けつきそうな瞳を向けてきた。
「すまない。夜通し愛し合いたいのが本音だが、この部屋は跡継ぎ儀式の為で諸々の準備が足りないんだ」
ここのメイドは優秀だ。食事の支度から寝具の準備まで、その仕事ぶりは見事だと思う。室内を見渡しても不足はなく私は首を傾げた。
諸々の準備? 普段と違う何かが必要だとか?
なぜか言葉を濁されたようで、じっと神崎さんを見据える。
ふたりの視線が重なる瞬間、彼が言わんとすることを理解した。
そ、そっか。今夜は跡継ぎを作る儀式だった……。
性交に避妊具は必須だが、子供を授かりたい場合は違う。
遠い昔、戦国時代の当主は十代で正室を迎えた。神崎家の次期当主が十歳で許嫁を決めるのも、その習わしが形を変えて残っているからだ。
神崎さんは私を守る為に一族のしきたりに背いた。
彼の優しさが身に染みて嬉しい。同時に、このままじゃ駄目だと感じた。
「準備は足りています。しきたりに従いましょう」
「だが……」
「いつまでも守られるだけじゃ嫌です」
覚悟を眼差しに乗せても尚、神崎さんは私を気遣う。
優しい配慮を嬉しく思いつつ、向き合う彼にそっと口づけをした。唇を掠めたキスは束の間でも気恥ずかしい。頬がより熱くなると、間近にいる彼が自身の口元を手で覆う。
「そんなに可愛く誘うな。俺はいま余裕がない。いまにも理性が飛んで、狂ったように抱きたくなる……それでもいいのか?」
彼の瞳が情欲に濡れて見えた。その瞳に射貫かれて心臓が飛び跳ねる。
そんなにすごいことになるの? どうしよう、でも……。
「平気です。どんな神崎さんでも大好きです」
偽りのない言葉を届けると、彼が目尻を下げながらキスをくれる。
何度目か知れない口づけは、羽毛に包まれたような心地よさ。
骨ばった指に髪を梳かれ、もう片方の左手で背中を抱かれる。逞しい腕に包まれて、私は汚れのないシーツに組み敷かれた。
狂うとまで予告したのに、彼は宝物のように私を大事に扱う。濃厚なキスで私を酔わせ、甘美な豪雨を降らせていった。
「はっ……あぁ……」
いつの間にか私の着物は淫らにはだけていた。
神崎さんは瞳に熱情を宿し、私の双丘を愛撫する。主張した胸の頂きを食み、甘く舐め取り、秘部を甘美に解していく。
やまない刺激に身体の深部が蕩けそう。身体が徐々に潤んで恥ずかしい。これが自然現象でも自分じゃないみたいだ。
どうしよう、恥ずかしい……。
せめて喘ぎは抑えようと唇を噛む。でも、それも叶わない。
彼はその胸中を容易に見透かし、より官能的に私を堪能した。
「神崎さ……もうっ……」
激しい愛撫に導かれて意識が混濁する。
一体どれだけ快楽を刻まれたのか、真っ白な閃光が頭で弾けた。身体が弓なりに仰け反って疾走後のように肩で息をする。
自分の身に何が起きたのか、理解出来ないほど子供じゃない。
火照った顔を両手で隠すと、髪に柔らかいものが落ちてくる。きっとキスの雨を降らせた彼の唇だ。
「奈緒、恥ずかしがるな。もっと俺を感じて、すべてを捧げてくれ」
焦がれた声に誘われ、私はそっと顔から手を外す。一糸纏わぬ姿が視界に入り、コクッと喉を鳴らした。
逞しい身体は美術館の彫刻のように完璧だ。
色気を纏う肉体美に見惚れると、熱が籠った瞳に射貫かれる。
「奈緒、愛してる。俺はすっかりお前の虜だ」
「私も……、その……愛してまっ……」
言い慣れない言葉に恥じらうと、彼が蠱惑的な眼差しで私の唇を奪った。
そして愛し尽くされた身体に熱い漲りが侵入する。滑らかな抽挿は思いのほか痛みがなく、快楽の波に呑まれていった。
「はあ、奈緒、綺麗だ……」
「あ……ああ……神崎さっ――」
彼は恍惚の瞳で見つめる間も、私を一心不乱により深く愛した。汗ばむ身体を重ねて、心まですべて彼に捧げていった。
小鳥のさえずりに似たアラームが、いつものように朝を伝える。
けたたましい音を止めようと試みた。でも、私よりも先に誰かの手が時計に伸びる。
そっか。私、神崎さんと……。
ちらりと視線を横にずらせば、愛おしい彼がいる。
彼とは空が白むまで抱き合った。夢じゃない。
気だるげな身体が明白な事実だと訴えている。
昨晩、余裕がないと宣言されたのに彼は優しかった。私の意識が飛ぶほど献身的に愛し、その行為は汗を流しに向かった浴室でも続いた。
『俺のそばにいろと言ったはずだ』
神崎さんが眠りにつくのを待って部屋を出たつもりだった。
しかし彼は寝たふりをしていたらしく、湯を張った浴槽で存分に愛された。
そんな最愛の彼は濃紺の浴衣姿だ。見れば私も色違いの浴衣を身に着けている。着替えた記憶はないし、布団に頬杖をつく彼の親切だろう。
それにしても男女の営みって、あんなに激しいものなんだな。
彼とは時間をかけて愛し合い、私は何度も果てた。生々しい記憶を辿って頬を染めると、彼が魅惑的に微笑む。
「どうした? 可愛い顔が赤くなってるぞ」
「か、可愛くなんか……ないです」
「ああ、そうだな。奈緒は可愛くて、綺麗で、癖になるほど美味だ」
神崎さんは思いのままに私を惑わし、唇を吸い上げる。
浴衣越しに身体を密着させて、しなやかな指で私の髪を梳いた。朝一番の触れ合いは短めに終わり、私を腕に囲んだまま彼が笑う。
「やはり、もう少し寝ていろ」
「どうしてですか?」
「寝ている奈緒を存分に愛でたい」
彼はゲストをもてなしたスイーツよりも甘い言葉で、私の胸をときめかせる。
「んっ……」
柔らかく唇を食まれて舌先を絡ませて、吐息ごと奪うキスにすぐに酔いしれる。太腿を絡めながら、彼が至近距離から私を見つめた。
「嫌いになったか?」
「分かってて聞くのは意地悪です」
恨みがましく零すと、神崎さんが口元に微笑を湛えた。