書籍詳細
妊娠したのは秘密ですが、極上御曹司の溺愛に墜ちて絡めとられました
あらすじ
「黙って俺のものになれよ」
サプライズベビーが結ぶ辣腕上司との赤い糸!?
ある日立ち寄ったバーでイケメンに口説かれたつぐみは、これは男運ゼロの自分に神様からのプレゼントだと、一夜を共にしてしまう。ところが予想外の妊娠が発覚し、動揺するつぐみ。さらに、あの日の彼・棗が上司として現れ…!?「君は俺のものだ」――御曹司の彼と自分は釣り合わないと思うのに、甘く強引に腕に抱かれる度、棗の熱情に溺れていき…。
キャラクター紹介
芦原つぐみ(あしはらつぐみ)
玩具メーカーに勤める27歳。人気キャラクターを生み出すなど仕事は順調も、男運の悪さは折り紙つき。
砂原 棗(さはら なつめ)
女子人気も高いイケメン部長。つぐみの上司として着任して早々、社長子息だという話で持ち切りに。
試し読み
両手をあげて大きく伸びをして、片方の肩をぐるぐる回しつつ首を回し、軽いストレッチをすると立ち上がった。
自販機で炭酸ジュースを買ってデスクに戻ると、息が続くまで一気に飲んだ。
そしてリフレッシュできたところで仕事を再開。
作り直したレイアウトを改めて見る。
最初のレイアウトよりは良くなってると思う。
だけど自信はない。
甘えたことは言いたくないが、体調のことも考えて本音は早く帰りたい。
再び体が炭酸をすごく欲しがっているので、苦しくなるまで飲む。
「よーし!」
気合いを入れた。
やっぱり自分が納得できるものじゃないといいものはできない。
あともう一踏ん張り。
ジュースを置いてモニターに目を向けたその時だった。
「随分美味しそうに飲んでいたね」
「はい。スカッとするん――」
何気に話しかけられ答えた後でハッとする。
この声まさか……。
パッと顔を上げ横を向くと砂原部長が立っていった。
――な、なんでいるの?
帰ったんじゃないの?
一番会いたくない人……いや、会いにくい人といきなり二人きりの状況に心臓がドキドキしだす。
「お、お疲れ様です」
「遅くまで頑張っているね。で? どうだ? 明日までに間に合いそうか?」
「はい、あと少しで終われそうです」
「できた分だけでいいから見せてくれ」
砂原部長は風間くんの席に座ると修正したレイアウトに目をやる。
レイアウトを見ているはずなのになんだか自分を見られていると錯覚してしまうのは、この人と一夜を共にしたから?
もう! 何考えてるの?
仕事中なのに。
頭ではわかっているのに私の顔が火照る。
私は熱くなった顔を見られたくなくて、顔だけを背ける。
「……原……芦原」
「は、はい」
「昨日のより断然良くなってる。あとはこの辺をもちょっと小さくして……」
「は、はい」
砂原部長のアドバイスは的確で、私はただただ頷きながらメモをとっていた。
「じゃあもう少し頑張ってくれ」
「ありがとうございます」
お礼を言うと、私は仕事を再開。
砂原部長はというと椅子から立ち上がり、自分のデスクに戻っていった。
――え?
帰るんじゃないの?
どっちにしても早く終わらせたい私は頭を働かせ仕事に没頭した。
そして一時間後。
「できた!」
これなら大丈夫。
納得できる仕上がりとなった。
時計を見ると、終電まであと十五分だと知る。
考えている暇はない。
私は急いで帰り支度を済ませると後ろを振り返る。
だが砂原部長の姿はなかった。
一瞬がっかりしたような気分になるものの、今はそんなことより終電に間に合うかどうかの方が大事だった。
照明を切って階段を駆け下りようとしたが、お腹の子のことを考え、エレベーターを待つことにした。
だがエレベーターが階下に着いてエントランスを出たところで、私の足がぴたりと止まった。
帰ったはずの砂原部長が入り口で立っていたのだ。
――なんでここにいるの?
まさか私を待っていたとか?
いやいやそれは自意識過剰だよ。
きっと部長は誰かと待ち合わせでもしているのだろう。
そう自分に言い聞かせるが、内心はすごくドキドキしていた。
ここはさらっと挨拶して帰ろうと早歩きで歩いていると、砂原部長もこっちに向かって歩いてくる。
――え?
どうしよう。
「お、お疲れ様です。どうしたんです? 忘れ物でもされたんですか?」
忘れ物って……他に言い方なかったの? と自分の例えの悪さに恥ずかしくなった。
砂原部長は仕事の時の厳しい表情とは違い、初めて会った時のような優しい笑顔を向けていた。
どうしよう、こんな笑顔を向けられたらドキドキしてしまう。
だが返ってきた言葉は、
「忘れ物を取りにきたんだ」
適当に言った言葉がまぐれ当たりしてしまった。
驚いたのも束の間、砂原部長の顔がぐっと近づいてきた。
え? な、何?
と思わず身構えてしまう。
だがその反面、心の隅で嬉しいと思う自分もいて、わけがわからなくなる。
「あの日君を一人ホテルに残したのは……忘れ物っていうのかな?」
「え? ええ?」
忘れ物の意味に私は驚き、一歩後ずさりした。
砂原課長の私を見る顔は妙に色っぽく、こんな状況なのに私の心臓は飛び出そうなほどドクドクしていた。
すると砂原部長の手が伸び、さっと私の手を掴んだ。
「え? あっ、あの? 部長? 私、急がないと終電がなくなるので」
掴まれた手を離そうとするが離してくれない。
それどころか砂原部長はさらに私との距離を縮め、
「今から俺に付き合って」
と耳元で囁いた。
仕事では絶対に聞くことのない甘やかな声にゾクッと震えが襲い、抵抗するタイミングを失ってしまった。
どうしよう。
「二人の再会に乾杯」
「か、乾杯……」
ホテルの最上階、しかも夜景が一望できるカップルシートに座った……いや、座らされた?
あ〜もうどうでもいい。
終電に間に合うと思っていたのに、今は全く違う場所にいる。
私はどうやって帰ろうかと頭の中をフル回転させていた。
もちろん、電車はないからタクシーになるんだろうけど、出産育児を控えて節約生活をしている私としてはタクシー代は痛い出費。
とはいえ、彼を突き飛ばしてでも終電に間に合う時間に帰らなかった自分にも責任がある。
なんてことを悶々と考えていることなど知らない砂原部長はジントニック、私はオレンジジュースを注文した。
「なんでオレンジジュースなんだ? 前は浴びるほど飲んでいたのに」
そうです。あの時の私は浴びるほど飲んでいた。
しかも記憶が飛んでいる程で、あんな飲み方をした自分が情けない。
だけど言い訳させてほしい。
あんな飲み方は、後にも先にもあの日一回限りだ。
「あれは……例外です」
「でも飲めないわけじゃないんだから一杯ぐらい付き合えないか?」
とお酒を勧められた。
一瞬飲んでもいいかなって思いが頭をよぎったが、私は妊娠中。
時間も遅いし明日の仕事に差し支えるからと丁重に断った。
それにしてもこの状況にまだ戸惑いを隠せないでいる。
全てはあの別れ方が良くなかった。
もちろん私も状況を把握できなくて隠れてしまった責任はある。
砂原部長のせいだと思ってはいない。
だからもし神様がどんな願いでも叶えてくれると言うのなら、あの朝までタイムスリップさせてほしい。
違う未来が待っていたかもしれない。
なんて、たられば言ってもどうにもならないのに……。
それにしてもどうして私を誘ったのだろう。
近況でも知りたかった?
それともあのことで何か私に言いたいことでもあるのだろうか。
例えば……あの時のことはなかったことにして、単なる上司と部下ということで了解してほしいとか?
それならそれでもいい。
でも一応これからのことを考えたら、砂原部長の考えを知っておきたかった。
「あの……」
「何?」
「いえ……」
いざ口を開くとなんて聞けばいいのか、うまく言葉が出ない。
「言ってごらん。聞きたいことがあるんだろ?」
頬杖をついて私を覗き込むように見つめる砂原部長の表情に余裕を感じる。
――この表情、あの時と同じ。
私はそんな彼に惹かれたんだけど、あの時とは状況が違いすぎる。
「なんで黙っていなくなったんですか?」
口に出した途端、後悔した。
こんなことを聞くつもりなんてなかった。
あの日のことは忘れて、上司と部下の関係でいた方が、お互いのためにいいと思いますって言いたかったのに……大失敗だ。
砂原部長は私を試すような目でじっと見つめると、クスッと笑った。
「……ショックだった?」
え?
まさか質問を質問で返されるなんて……。
しかも質問が意地悪だ。なんだか彼の手の上で遊ばれているような気がしてならない。
しかも自分に余裕のない私は冷静さに欠けていた。
その結果、
「あんなメモ残して……せめて名前ぐらい書いておいてくれたって――」
と余計なことを口走っていた。
これじゃあ未練たらたらだって言っているようなものじゃない。
砂原部長は、
「嬉しいね」
と満面の笑みを浮かべた。
その余裕っぷりに悔しさを感じる私。
「な、何がですか?」
私は気持ちを落ち着かせようとオレンジジュースを飲んだ。
グラスを置いて小さく深呼吸をすると、砂原部長は話を続けた。
「ずっと俺のこと考えてたんだろ? もしかして……あのメモまだ持ってたりする?」
砂原部長はジントニックを一口飲みながら、私がどんな反応をするか楽しむように微笑んだ。