書籍詳細
義妹を愛しすぎた天才脳外科医は、秘めた熱情を一滴残さず注ぎ尽くす
あらすじ
「今までも、俺に抱かれたいって思ってた?」
クールな義兄の欲望本能に歯止めが利きません
両親の海外出張で、千紗は義兄の耀と二人で暮らすことに。実は耀は初恋相手。彼から過保護に甘やかされる日々が始まるも、自分が妹としか見られていないことに、千紗の切なさは募るばかり。ところが、ある出来事で耀の独占欲のたがが外れ…「ほかの男に譲るなんて、やっぱりできない」――初めて見る彼の愛欲に満ちた瞳に、千紗の想いも溢れ出し…!
キャラクター紹介
久峰千紗(ひさみねちさ)
大人しい性格ゆえか、男性から付きまとわれてしまうことも。義兄の耀に子どもの頃から想いを寄せている。
久峰 耀(ひさみね よう)
千紗の義兄。日本有数の大病院で働く脳神経外科医。クールだが、千紗に対しては過保護でとびきり甘い。
試し読み
「千紗、悪い。留守を頼む」
「うん。お仕事、頑張ってね」
私は手を振って耀くんをお見送りした。なんとか笑顔を繕ったけれど、先ほど土岐田さんに言われた内容がまだ頭を巡っている。
「……私に恋人ができれば、耀くんは安心して自分の幸せに目を向けられる?」
リビングに戻りながら、ひとり呟く。
とはいえ、これまでお付き合いをしたいと思える男性はいなかった。それどころか、付きまとわれたり無理に迫られたり、嫌な思いをしてばかりだ。
耀くんが安心して私を預けられる男性なんている? いつまで待ったところで、そんな男性が見つかるとは思えない。
そう自問自答しながらも、ふと土岐田さんの『俺はいつでも恋人募集中~』というお気楽な言葉を思い出し、足を止めた。
「土岐田さんだったら、耀くんは安心できるのかな?」
なんだかんだ塩対応ながらも、土岐田さんを信頼しているように見えた。
私の恋人が土岐田さんだったら認めてくれるかもしれない。とはいえ――。
「いろんな意味で、考えられないな……」
耀くん以外の男性と恋愛をするのは、学生時代に幾度かチャレンジしてあきらめた。
私が好きになれるのは、やっぱり耀くんしかいないのだ。
それに土岐田さんは耀くんに負けず劣らずのモテ男に違いない。医師という肩書きに加えて、あのルックスだ。
「口では恋人募集中なんて言ってたけど、リップサービスって感じだろうし」
『親友の妹に軽々しく手を出したりしない』とも言っていた。軽そうに見えてちゃんとした人なのかもしれない。
ふうと嘆息して、食器を片付ける。
「今日は帰り、遅いのかな……」
何時に帰ってくるかはわからないけれど、いつも通り夕飯だけは作っておこう。ぼんやりと献立を考えながら食器を洗った。
耀くんが自宅に戻ったのは、二十一時過ぎだ。ちょうどお風呂に入ろうとしていた私は、帰ってきた彼と廊下で鉢合わせた。
「おかえりなさい。お疲れ様」
「ただいま。夕飯、残ってる?」
「うん。煮物と鮭の西京焼きなんだけど、食べられる?」
「おかずだけもらう。自分でやるから大丈夫だ。千紗は風呂に入ってろ」
廊下から耀くんがキッチンに入っていくのを見守る。煮物の入った鍋を火にかけ、ラップしておいた鮭を電子レンジに入れた様子。大丈夫そうなので、勧められた通りバスルームに向かう。
お風呂から上がってリビングに行くと、耀くんはすでに食事を終え、洗い物をしていた。冷蔵庫にあるミネラルウォーターを取ろうとキッチンに入ったところで、耀くんが切り出した。
「負傷者の多い事故だったが、全員一命を取り留めた。うちの院内でもとくに腕のいい外科医たちが処置にあたれたのも幸いした」
詳しい仕事の話はあまり聞かないようにしている。人の命を扱う仕事柄、口にしたくないことも多いはずだ。
でも珍しく耀くんの方から切り出したのは、私が気にしていると思ったからだろう。
「ネットで事故のニュースを見たよ。重傷者がいるって報道されてたけど、助かったならよかった」
「危なかったけどな。まあ、土岐田もあれで一応、外科医としては優秀だから」
「一応って失礼じゃない? ちゃんとしたお医者様に見えたよ?」
「いや、どう見ても軽薄だろ。やっぱりお前の目は節穴だ」
洗い物を終えた耀くんが、私の肩にかけたタオルを持ち上げ、髪をくしゃくしゃと拭き始める。
「わわっ」
「じっとしてろ」
タオル越しに耀くんの手の感触が伝わってくる。硬くて力強くて男らしいのに、優しくて丁寧で心地よい。この瞬間、彼が私だけを見ててくれると思うと幸せだ。
――って、満足している場合ではない。こうやって甘やかされてるから兄離れできないのだ。
「も、もう平気だよ。自分でできるから大丈夫」
頭にタオルを被ったまま、逃げるようにソファに向かう。火照った顔を隠すように髪を拭いていると、耀くんがふっと吐息を漏らすのが聞こえた。
足音が近づいてくる。ことりと音がして視線を上げると、テーブルにミネラルウォーターのペットボトルが置かれていた。
飲み物を取りにキッチンへ行ったのに、肝心のそれを忘れてくるなんて。動揺しているのがバレバレだ。
「いいか千紗。ああいう、かわいいとか綺麗とかすぐ言う男は信じるな。誰にでも言ってるんだから」
しばらくすると再びお小言が始まる。
「でも耀くんは土岐田さんを信じてるんだよね? 十年以上、仲良くしてるんでしょ?」
逆に尋ねてみると、「まあ、そうだな……」と言い淀み、私の隣に腰を下ろした。
「土岐田は調子のいいことばかり言うが、あれで根は真面目だ。仕事は手を抜かないし腕もいい。友人の妹に手を出すほど節操がないわけじゃない――と思いたい」
顎に手を添え、自分に言い聞かせるように呟く。
「そっか。あんなこと言ってたけど、本当は真面目な人なんだ……」
『いつでも恋人募集中』は、やっぱり冗談だったみたいだ。
すると、耀くんが眉をひそめて詰め寄ってきた。
「あんなことってなんだ?」
しまったと気づき硬直する。思わせぶりな言い方をしたから、耀くんの心配性センサーが反応してしまった。
「な、なんでもないよ!」
「まさか、俺が目を離した隙に口説かれたんじゃないだろうな?」
「ち、ちがうちがう!」
勢いよく否定したから余計怪しく聞こえたようで、疑いの眼差しをこちらに向けている。私は慌ててフォローに回った。
「親友の妹には手を出さないって言ってたじゃない、もっと信用してあげなよ。休日にわざわざ手土産まで持って遊びに来てくれたんだよ? 私に気を遣ってたくさんお話ししてくれたし、耀くんのこともたくさん褒めてくれてたし。しかも、腕のいいお医者様で――」
普段以上に饒舌な私を見て、耀くんがいっそう怪訝な顔をする。
「……ずいぶん土岐田を買ってるみたいだが。まさか惚れたなんて言わないよな?」
あ、と私は口ごもる。フォローしようとして持ち上げすぎたかもしれない。
「ほ、惚れたとは言わないけれど……素敵な人だなあとは思ったよ。格好いいし、優しそうだし。耀くんが信頼するだけあるなって」
私としては耀くんのお墨付きというだけで信頼に足る。しかし当の耀くんは「そこまで薦めた覚えはない」と不満げに漏らした。
「とにかく、土岐田はやめておけ。というか、認めない」
「なっ――」
もちろん交際を考えていたわけではない。でも、土岐田さんですら反対というなら、誰なら安心して私を預けられるのだろう。
このままでは耀くんの人生が私のお守りで終わってしまう。
「耀くんだって、妹を任せるなら信頼できる人がいいんじゃないの? 私が全然知らない男性を連れてくるより、土岐田さんみたいによく知っている人の方が――」
「信頼する人間だからといって、千紗を任せたいとは微塵も思わない。他人に任せるくらいなら、俺が千紗のそばにいる」
身も蓋もない発言に唖然とする。
「そりゃあ私だって、耀くんとずっと一緒にいたいけど――」
それが耀くんのためになるのかと言われたら、そうは思えない。
「私と一緒じゃ、できないこともあるんだよ?」
義理の兄妹だから法律上、結婚は可能だ。でも私を妹としか見ていない耀くんは夫婦になろうなんて思わないだろう。
私が相手じゃ、恋愛も結婚もできない。子どもを産んで家庭を作ることだって。
愛するパートナーと生涯をともにする、そんなささやかな幸せすら得られない。
「できないことってなんだよ」
「それはもちろん、恋愛とか結婚とか――」
続きを言おうとしたところで、耀くんが顔を近づけてきた。真剣な顔が眼前に迫ってきて、呼吸が止まる。
「恋愛がしたいから、土岐田に興味を持ったのか?」
「え……」
感情の読み取れない目が私の胸の内を覗き込んできた。
怒っているような嘆いているような――燃え盛る激情を瞳の奥に感じて動揺する。
どうしたのだろう。いつもの耀くんとは違う気がする。
「俺相手にはできないことを、土岐田としたいのか?」
トン、と指先で胸もとを押されて、ソファの背もたれに倒れ込んだ。その上に覆いかぶさるように彼が迫ってきて、ごくりと息を呑む。
「恋人とするような、体の繋がりを求めているのか、千紗は?」
違う――しかし、否定する前に耀くんが肘をソファの背もたれにつき、逃げ場を封じた。顔の距離がぐっと近づく。
「だったら余計に、俺でいいだろう」
「なに、言って――」
「血の繋がりはない。まして、お前にとって俺は、兄というよりは男のはずだ」
まるで見透かすような目を向けられ、言葉に詰まる。
私が耀くんを男性として意識していると、とっくに気づいている?
十年以上隠し続けてきた秘密が、すでに暴かれていたことに動揺する。
鋭い彼を相手に隠し通せると思っていたこと自体、間違いだったのかもしれない。私の態度はきっとわかりやすかったはずだ。
「それとも、俺では満足できない? たとえ血が繋がっていなくとも、ずっと兄のように接してきた人間とそういう行為をするのは……耐えがたいか?」
そうじゃない。でも否定すれば、耀くんへの恋愛感情を認めることになる。
私の中ですでに彼は男性で、触れたくて、叶うなら兄妹の一線を越えたくて。
でも、これを口にしてしまったら、きっともう戻れない。今の生活も家族としての信頼も、すべて失ってしまいそうで怖い。
「じゃあ、耀くんは……」
私を女性として見られる?
そう尋ねたくて、でも口に出せなくて、まるで八方塞がりだ。
しかし彼は涼しい顔で、躊躇いもなく口を開く。
「俺はかまわない。千紗が幸せになれるなら、なんでもする」
そう言って、まるで試すかのように私の鼻先に唇を寄せた。
ちゅっと甘い水音がして、ひんやりとした感触が鼻の頭に触れる。頬にキスをしてもらったことはあったけれど、鼻は初めて。
硬直していると、耀くんは少しだけ顔を離し「どうする?」と呟いた。
「拒まないなら……するぞ?」
私の頬に人差し指を滑らせ、顎まできたところでくいっと押し上げる。
恋愛経験ゼロの私でも、耀くんがなにをしようとしているのか察しがついた。
もったいぶるようにじっくりと顔を傾け、唇までの距離をなくしていく。私に拒む時間を与えているのかもしれないし、反応を探っているのかもしれない。
……拒まなきゃ。でも、拒みたくない。
結局私はなんの抵抗もできず、彼の唇を受け止めた。
ひやりとしたのは一瞬で、柔らかな温もりに包み込まれる。感触を確かめるかのように唇が緩慢に動き、絡み合う。
これがキス。兄妹の絆の、さらに先にあるもの。
「耀、くん」
両手でそっと彼の胸を押し返し、覗き込む。
涼しいのに熱くて、甘いのにスパイスの利いたその表情は、初めて目にする雄の顔。本能に従い獲物を捕食せんと、狙いを定める顔だった。
「なんだ」
尋ね返すそのひと言すら、男の色気に満ちている。
戸惑いと喜びがぐちゃぐちゃになってよくわからない。
十年以上、恋焦がれていた大好きな人と、ようやく一線を越えた。
その事実は嬉しいはずなのに、彼の気持ちが読み取れなくて、素直に喜んでいいのかわからない。
「なんて顔してるんだ」
不満げに囁いて、再び私の唇を奪う。
「んっ……!」
さっきよりも荒い口づけに、思わず声が漏れる。
口内を撫でられただけで、どうしてこんなにもうっとりと意識が遠のいていくのだろう。大好きな人がしてくれるから、こんなに気持ちがいいのだろうか。
力が抜けて、ソファの背もたれからずるずると滑り落ちていく。
座面に頭がついたところで、彼が体を離し私に影を落とした。
「キス程度でそんなになって。どれだけちょろいんだよ、お前は」
「え?」
ふと頬の熱さを自覚して、顔が蕩けているのに気がついた。きっと情けない顔をしていたと思う。
「だって……こんなの、初めてで。わけわかんなくて……」
あわあわと言い訳すると、彼は短く息をつき体を起こした。
立ち上がり、涼しげな眼差しで私を見下ろす。
「……この先がしたくなったら言え」
それだけ言い残し背中を向けると、リビングを出ていってしまった。
ドアの閉まる音が響き力が抜けた私は、ソファの下にしゃがみ込み、感覚の麻痺した唇を押さえる。
「この先って――」
言葉にして余計に頬が熱くなり、後悔する。
望んだ結末にいるはずなのに、どうしたらいいのかわからない。
耀くんが好きだ。ひとり占めしたい。私だけの彼でいてほしい。その気持ちは確かなのに、頭の中で本当にこれでいいのかと責め立てるような声がする。
結局耀くんは、私のことをどう思っているの? この先に耀くんの幸せはあるの?
明日からどんな顔をして彼の前に立てばいいのか、わからなかった。