書籍詳細
財閥御曹司と子づくり契約を結んだら、想定外の熱情で独占愛の証を宿しました
あらすじ
「君もお腹の子も、一生かけて幸せにする」契約外な甘い夜の連続で…!
婚活で振られた茜は、成り行きで話を聞いてくれた男性・翔梧と意気投合。包容力のある彼にときめく茜だが、その場で子づくり前提の契約婚を申し込まれ…!子どもを熱望していた彼女は、契約関係と割り切り結婚を決意。ところが「俺は君がいい」と予想外の熱情を注がれ、翔梧への想いを自覚する茜。彼の溺愛が加速していく中、ついに赤ちゃんを授かり――。
キャラクター紹介
小倉 茜(おぐら あかね)
大人しい性格だが根は明るく努力家。結婚願望が強いわけではないが、人一倍子どもが欲しいと思っている。
黒崎翔梧(くろさきしょうご)
財閥の御曹司で、グループ内の社長も務める。偶然出会った茜に惹かれ、契約結婚を持ちかける。
試し読み
翔梧さんがお風呂から上がってくるのを、寝室のベッドに座ったまま待っていた。こういう経験がないわけではないのに、やけに緊張する。恋愛感情がないとわかったうえでの行為が初めてだからかもしれない。ただ子どもをつくるためだけの行為。割り切っているとはいえ、すべてを曝け出すには勇気が必要だ。
「お待たせ」
お風呂上がりの翔梧さんはいつもと雰囲気が全然違う。
スーツ姿でも普段着でもない翔梧さんの夜の姿は、当たり前だけど初めて見る。寝間着はネイビーのTシャツに、下はグレーのサテン地。いつもきちんとセットしている髪はぺたんと寝ていて幼さがあるのに、なぜか色気が増している気がするのは、ベッドルームにいるからだろうか。
翔梧さんが隣に座り、私の腰を引き寄せる。温かい身体がぴたりとふれる。
「緊張が伝わってくるよ」
「バレましたか」
「俺も緊張してるから安心して。ほら」
手を取られて彼の胸に押し当てられた。ドクンドクンという鼓動が、手のひらに伝わってくる。それは私と同じくらいの速さだった。
「茜、つらくなったら途中でもいいからちゃんと教えてほしい」
頷くと、ゆっくり優しく唇がふれた。
様子を見ながらの控えめなキスは回数を重ねるごとに深くなっていく。後ろ頭を支えられながら開いた唇は、翔梧さんの舌先に翻弄される。今までにないほどの深い口づけに頭がぼんやりとしてきて、気がついたらベッドに押し倒されていた。見上げると真剣な表情の翔梧さんと目が合う。
こういう時、なんて言ったらいいのだろう。
好きとも違うし、よろしくお願いしますも変。
「茜」
私が何も言えないでいると、翔梧さんが私の名前を囁く。安心させるような優しい声音と、優しく頬を撫でる大きな手。
「……翔梧さん」
私が自然と彼の名前を呼ぶと、翔梧さんは微笑んだ。
再びキスをしながら、ゆっくり寝間着が脱がされていく。素肌に翔梧さんの熱い手がふれ、私の身体も内側から燃えるようにカッと熱くなる。それからは翔梧さんの手にされるがままだった。
慣れていないわけじゃない行為なのに、普段の落ち着いた彼からは想像もつかないほどの熱情を感じて混乱していた。契約であり義務だということを感じさせない、甘く濃密な時間。
「茜、大丈夫?」
途中、翔梧さんが汗ばんだ手で私の頬を撫でる。不安そうに私を見つめるその瞳が揺れている。
「大丈夫……。気持ち、いい」
深く考えずに答えた瞬間、慌てて口を押さえる。
「あ、ごめんなさ……」
気持ちがいいとか、そういうことじゃなかった。そんなことは関係のない行為のはずだ。
「いや、いいよ。うれしい。もっと気持ち良くなってほしい」
翔梧さんは微笑むとその優しい表情とは裏腹に、熱のこもった手つきで私を攻め立てる。気持ち良くなってはだめだと思っても、快感が無理やり引き出されていく。
「つけないで、するよ」
とろとろに溶かされて呼吸を荒くしていると、翔梧さんの声が聞こえた。涙目のまま彼を見上げる。
「……もちろんです」
迷うことなく頷いた。
早く、子どもが欲しい。
早く、翔梧さんの子どもが欲しい。
何も隔たりのない行為は初めてだった。それがこんなにも強い快感を引き出すなんて、知らなかった。
翔梧さんは最初から最後まで想像以上に甘く、愛されていると勘違いしてしまうような行為で私は満たされていた。途中から、これは愛情ではないと自分に言い聞かせることに必死になっていた。
目を覚ますと翔梧さんの胸の中にいた。
彼の温もりに包まれていると不思議と安心するのに、現状を把握した途端、心臓の音が速くなる。大きな窓にかかっているネイビーのカーテンの隙間からは明るい光がこぼれていて、朝が来たのだとわかる。
翔梧さんに抱きしめられたままどうしようか悩んでいたら、声をかけられた。
「おはよう、茜」
寝起きなのか、掠れた翔梧さんの声がやけにいやらしく聞こえてしまった。昨日の甘い夜が一気に呼び起こされる。顔を見るのが、ほんの少し照れくさい。
「……翔梧さん、おはよう」
「身体は大丈夫?」
「大丈夫。ありがとう」
時計を確認しようとゆっくり起き上がる。暖房をつけたばかりなのか朝の空気は冷たく、翔梧さんの温もりから離れると寒さに身を震わせた。すると身にまとっているものはキャミソールと下着だけだと気づいた。夜とは違って明るい場所で身体を見られるのは羞恥が倍増する。
「朝食作ったけど、茜は食べるタイプ?」
今一緒に寝ていたはずの翔梧さんが、朝食を作ったって……いつの間に?
「翔梧さんも寝てたんじゃないの?」
「さっき起きて朝食だけ作って、茜の寝顔を見るためにまたベッドに戻ってきた」
にっこりと微笑む翔梧さんの笑顔は爽やかなのにどこか含みがある。
「見なくていいから……」
寝顔なんて可愛いものでもない。むしろ変な顔をしていたんじゃないかとか、いびきをかいていなかったかとか、気になることのほうが多い。
「茜は、朝食はトースト派? ご飯派?」
「トーストかな」
「良かった。俺も同じだからトーストにしたんだ」
「……ごめんなさい、私朝食のこととか何も考えてなかった」
そうだ、さっき翔梧さんは私よりも早く起きて朝食を作ったと言っていた。
月曜日の今日、私は引っ越しのため有給休暇を取得していた。一方、翔梧さんはいつもどおり仕事だというのに。私はというと起きるのは遅いし、朝食も作ってもらっているし、早々に妻としての仕事ができていない。
「いいって。まだこの家にも生活にも慣れてないだろ。今日はゆっくり休んで」
「ありがとう」
朝からさっそく後悔ばかりだ。
ようやくベッドから下りて洗面所で朝の支度をはじめる。髪は激しく乱れていて、こんな姿を見られていたのかと恥ずかしくなる。それから、首のつけ根あたりには赤いしるしが見えた。ギリギリ服で隠せる位置にあるけれど、まさか翔梧さんがキスマークをつけるような人だとは思わなくて、しばらく鏡の前で茫然としてしまった。
心を落ち着けてキッチンに顔を出すと、テーブルには朝食が並べられていた。完璧な朝食に息を呑む。
「翔梧さん、お仕事なのに……」
「今日は俺が朝食当番ってことで。そのかわり夕飯作ってくれたらうれしいな」
「わかった。夕飯は任せて!」
自信満々に言ってはみたが、内心は焦っていた。今日が休みで良かったと心底思う。
サラダ、スープ、スクランブルエッグとベーコンにトースト、フルーツヨーグルトまで。一人の時は適当だった朝食が翔梧さんと一緒に住みはじめた途端、豪華な朝食に変わった。時間にも余裕があるし、朝をゆっくり過ごすことができるのがこんなに気持ちいいなんて。今まではギリギリまで寝ていたから知らなかったことだ。
翔梧さんの作ってくれた朝食を堪能しながら話をする時間も楽しい。朝食を作ってくれたかわりに私が洗いものをすることになった。
「ありがとう。ごめん、ちょっとだけニュースチェックさせて」
そう言うとテレビをつける。翔梧さんは職業柄、経済や国際情勢のニュースには敏感だ。食後はコーヒーを飲みつつ新聞を読んだりテレビのニュースをチェックしたりしはじめたので、私は邪魔をしないように洗いものを、あまり音を立てずに片づける。新聞なんてほとんど読んだことがないけれど、これからは彼と同じように目を通したほうが良さそうだ。私には課題が山ほどある。
「そろそろ出る時間かな」
時計を確認して、翔梧さんは立ち上がった。
スーツのジャケットを着てカバンを持つと、見慣れた翔梧さんの姿があった。一応妻として、夫を玄関まで見送る。夫婦になったのだという実感が強く湧いてくる。
磨かれた黒の革靴を履くと翔梧さんが私を振り返った。
「あのさ」
「はい?」
「……茜が良ければ、夜、毎日したい」
一瞬なんのことを言っているのかわからなかった。
「だめ、かな」
翔梧さんの、気まずそうに照れている微妙な表情で、ピンとくる。普通に考えたら赤面するようなセリフだけど、私たちには目的があるので言葉の意図は理解できた。
「だ、だめじゃないよ。あ……昨日は何も考えてなかったけど、排卵日管理とかしたほうがいいよね?」
より効率的に考えるなら、必要なことはすべてやったほうが良さそうだ。結婚はもちろん、妊娠についても二人とも初心者なので、いろいろ調べなければいけないとも思っていた。でも、翔梧さんの表情が曇る。
「なんか、そういう感じでしたくないかもしれない」
「そう?」
「そうなってしまうと義務になるというか……」
契約なのに? 義務ではないの?と思いつつも私も心が感じられるほうがいいので、否定はしなかった。たしかに細かく計画を立てたら、プレッシャーになる可能性もありそうだ。アプリでチェックするくらいにしておいたほうがいいかもしれない。
「じゃあいってくるから」
「うん。仕事、頑張ってね」
「ああ、ありがとう」
「いってらっしゃい」
背を向けた翔梧さんはドアに手をかける。
「あ」
「え?」
再び振り返った翔梧さんをどうしたのかと目で追っていると、一瞬で距離が縮まり、唇にキスをされた。啄むような軽いキスだ。
「いってきます」
翔梧さんは満足げに微笑み、今度こそ家を出て静かにドアが閉まる。契約上の関係なのに、新婚夫婦みたいなことをするんだという驚きで茫然と立ち尽くす。
昨夜から契約とは思えないほどの甘い時間に戸惑いを隠せない。契約でこんなに甘いなら、本当に人を好きになった彼はどんなふうになってしまうんだろう。気になるけれど、今の結婚相手は私なのでこの関係が失敗しない限り見ることはできなそうだ。
「……よし、今日やることは掃除と勉強と夕飯作り!」
ドキドキとした鼓動を抑えながら、気持ちを切り替えた。