書籍詳細
記憶をなくした旦那様が、契約婚なのにとろ甘に溺愛してきます
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あらすじ
「君のためならどんな望みでも叶える」偽りの関係なのに、新婚生活は予期せぬ過保護愛で満たされて…!?
大企業で秘書として働く寿々は、経営難に陥った家業の立て直しに頭を悩ませていた。そんな時、ひそかに憧れていた上司で次期CEOの優心から、高額な報酬と引き換えに二年間の契約婚を持ちかけられてそれを受け入れる。さっそく入籍をしたふたりだけど、優心が事故で記憶の一部を失い、恋愛結婚だと誤解した彼から予想外の甘々な溺愛が始まって…!?
キャラクター紹介
加々美寿々(かがみ すず)
26歳。専務取締役の第二秘書。退職して、家業を手伝うか悩み中。
高嶺優心(たかみね ゆうしん)
35歳。専務取締役で次期CEO。見目麗しく女子社員の憧れの的。
試し読み
空港から外に出ると少し暑いくらいの気温で、長袖のカットソーを着ているが袖をめくりたくなった。
黒塗りの高級車に乗り込み、ホテルに向かう。
空港を出て走り出すと、コバルトブルーの海が目に飛び込んできた。
優心さんがタブレットで見せてくれた海の色と変わらなく美しい。世界有数のリゾート地というのもうなずける。
「ずっと見ていたいくらい綺麗ですね」
「地中海の宝石やヨーロッパのハワイと言われているらしい。俺は肩が治るまでは海は入らないが、寿々は泳ぐといい。溺れないか見ているよ」
太腿に傷が残ってから人前で水着になったことはなく、入りたい気持ちはあるが、傷を人に見られたくなくて諦めている。
「実は泳げなくて。だから見ているだけでいいんです」
「泳げない? そうだったのか。泳ぎたいのであれば、肩が治ったら泳ぎを教えようか? 透明度のある海は気持ちが良い」
「考えておきますね。溺れたことがあって、それ以来怖いんです」
嘘を重ねている自分が嫌になる。
優心さんの記憶はまだ戻る兆しもない。
「溺れたことがあるのか。怖い思いをしたな。では、気が向いたら言ってくれ」
「はい。そうします」
車が走り始めてから約三十分でホテルのエントランスに到着し、車が停まった。
それほど高い建物ではなく、横に広がっている白い外壁のホテルだった。
ポーターがキャリーケースを迎えの車から出している間に、ロビーに歩を進めてフロントへ近づく。
チェックインを済ませると、キャリーケースを運ぶポーターの案内で部屋へ向かった。
部屋は七階の最上階で、広くてラグジュアリーなスイートルームだった。
ここに二週間も滞在するのはかなり贅沢ではないかと、落ち着かない気持ちになる。
荷物を運び終えたポーターに優心さんはチップを渡し、ドアが閉まる。
そんな気分のまま窓に近づき、景色を眺める。
眼下にコバルトブルーに輝く海が広がっており、素晴らしい景観だ。テラスに出て視線を下げた先に、ホテルのプライベートビーチが見えた。
「ランチは下のレストランに行こうか」
優心さんが隣に並んだ。
「少し休憩した方がいいと思いますよ。肩に負担がかかっていますから」
「寿々は優しいな。でも痛みはないし、部屋に閉じこもっていてもつまらない。せっかくのハネムーンだし、スペインが初めての君に楽しんでほしい」
「優心さん……」
彼の優しさに胸の奥がじんわりと温かくなる。
「わかりました。実はおなかが空いています。機内でもけっこう食べていたんですけど……」
すると、優心さんが破顔する。
「それ以上、おなかを空かせないために早く行こう」
おでこに唇が落とされ、肩に手が置かれてテラスを離れた。
二階にあるレストランのテラステーブルに案内され、スペインで初めて食べるパエリアを選んだ。
海老やタコ、イカなどの魚介類がふんだんに乗ったパエリアは、うまみがたっぷり
で毎日食べてもいいほど癖になる味だ。
生ハムのサラダもおいしくて、ここにいる間に気をつけないと確実に太りそうだ。
「スペイン料理、思っていたよりもおいしくて、食べすぎてしまいます」
「気に入って良かった。食べすぎってほどでもない。外のレストランやバーでは色々な料理を楽しめるタパスがあるから、滞在中に訪れよう」
「時間のあるときにジムに行って運動してこようかと思います」
「運動不足にならないように、それもいいな」
「はい」
ライムの入った炭酸水を飲み、景色へ視線を向ける。
清々しい初夏の陽気で、暑すぎることもなく気持ちが良い気候だ。
こんな素敵なところで二週間も過ごせるし、後半はスペイン本土の観光地巡りができる。帰国後は仕事をしたくなくなるかもしれない。
でも、そんな先の心配より現状の方が心配だ。
優心さんの肩は徐々に良くなって、マヨルカ島を離れる頃には装具も外していることだろう。
そうなったら……。
優心さんの誘惑に抗えるのか……不安だ。
それに、太腿の傷を見たら彼はショックを受けるかもしれないし、絶対に見られたくない。
そのことを考えるだけで落ち着かない気分になる。
ランチを食べ終えて、ホテルの外へ散策に出かけることになった。
優心さんと手を繋いで異国の土地を歩けるなんて、契約結婚を持ちかけられたときは思ってもみなかった。
新婚旅行も予定になかったしね。
ホテル近辺の歩道には、ヤシの木が均一に植えられていて、海と反対側は土色した石壁の建物などが見える。
そちらの方向へ顔を向けていると、優心さんが口を開く。
「明日は大聖堂やベルベル城へ行こうか」
「行きたいです」
立ち止まって優心さんににっこり笑う。
「時間はたっぷりあるから、ドライブをしたり洞窟へ行ったりもできるな」
「洞窟見学も楽しそうです。鍾乳洞が美しいとネットの観光ガイドに書いてありました」
「ああ。そうらしい。俺もまだ訪れたことがないんだ。他にも行きたいところがあったら言ってくれ」
左手の指が私の顎を捉え、端整な顔が落ちてくる。
外なのに、すんなりと彼の唇を受け入れられる。
外国のムードがそうさせるのだろう。
ホテルのスイートルームに戻り、カウンターバーでコーヒーを入れ、テラスのソファで休んでいる優心さんに運ぶ。
「荷物を出してきますね。ゆっくりしていてください。タブレットを持って来ましょうか?」
「ありがとう」
「お礼を言う必要はないです。私はまだあなたの第二秘書ですから」
「まだ?」
「あ……」
帰国したら社長の第二秘書に異動になると言ってもかまわないだろう。そう結論を出したとき、優心さんが先に口を開く。
「……そうか。結婚したから俺の下で働けないのか」
悟ってもらえてホッと安堵する。
「はい。そうなんです」
「寿々、働くのは妊娠するまでだろう?」
「え……?」
思いがけない彼の言葉にドクンと心臓が跳ねる。
「俺たちはその話をした?」
真剣な表情で見つめられて、逡巡する。
「……それは……言えません。思い出そうとするのは負担がかかるので、無理しないでください」
そんな話なんてひと言もしていない。
契約結婚には必要のないものだから。
キャリーケースから荷物を出して、クローゼットに片付けてからテラスへ行くと、優心さんは座ったまま背もたれに体を預けて目を閉じていた。
眠るのはなんだか彼らしくない気がして、ふと手のひらを額に置いてみた。
「熱が……」
驚きの声を出した私の手首が掴まれ、瞼が開き、漆黒の瞳が見つめる。
「たいした熱じゃない」
さっきのキスのとき、熱に気づかなかったのは、異国の雰囲気と気持ちがフワフワしていたから?
「お医者様に診ていただかなくても大丈夫でしょうか?」
「ああ。解熱剤を飲めば明日の朝には治っている。心配かけてすまない」
私が知る限り、優心さんは病気で仕事を休んだことがない。
きっと疲れからきている熱だと推測できるが、彼自身自由にならない体に歯がゆい思いだろう。
「謝らないでください。ベッドへ行きましょう」
手を添えて椅子から腰を上げた彼と一緒にベッドに向かう。
今は大儀そうなので着替えるのはあとにして、ベッドの端に座ってもらい、ミネラルウォーターと薬の入ったポーチを取りに離れる。
スイートルームのベッドは天蓋つきで、王侯貴族が使いそうなくらいゴージャスだ。
体温計で熱を測ると、三十八度だった。
「思ったよりありますね。肩はいつもより痛みますか?」
肩に負担がかかって炎症を起こしているのではないだろうか。
「疲れだろう。入院で体がなまっていたようだ。これくらい平気だから、心配しないでくれ。肩の痛みも変わらない」
薬を飲んだ優心さんは体を横たえた。
「では、夕食まで眠ってくださいね。食欲はいかがですか? ルームサービスを頼みます」
「軽い食事でいいが、寿々は好きなものを食べろよ」
「トーストとスープくらいでしょうか」
「ああ。それでいい」
返事をした彼が目を閉じるのを見届けてから、ベッドルームを離れテラスへ出る。
もうすぐ十七時だが日没は二十一時過ぎなので、外はまだまだ明るく、ビーチで遊んでいるカップルや家族連れがたくさんいる。
マヨルカ島の夏のベストシーズンは七月から九月で、海水浴にはまだ少し早いのだけれど。
砂浜で遊ぶ楽しそうな子供たちをぼんやり眺め、テーブルに置いてあったタブレットとカップを手にして部屋へ戻る。
薬が効いて熱が下がるといいのだけど……。
ルームサービスで頼んだ丸パンとコーンスープが届き、ベッドルームへ運ぶ。
あれから四時間眠ったので、熱はどうだろうか。
二時間前に様子を見に来たときは、触れて起こしたら良くないと思い、ぐっすり眠っているのを部屋の入り口から確認し、そばまで行かなかったのだ。
「優心さん」
額に手のひらを当てると、彼の目が開き漆黒のぼんやりした瞳が現れ、すぐに光を宿らせる。
「寿々……今何時だ?」
「二十一時です。少し熱は下がった気がします。パンとコーンスープは食べられますか?」
「ああ。腹は減っている」
彼が起き上がるのを手伝う。
体温を測ると、少し下がっていて胸を撫でおろす。
優心さんは丸パンとコーンスープを食べ始め、食欲もあるので快方に向かいそうだ。
「退屈していなかったか?」
「はい。大丈夫ですよ。先にイカ墨のパスタをいただきました。とてもおいしかったです」
「どうりで」
え……?
優心さんの指先が右頬に触れて、拭うように動かす。
「ついていた」
「あ! 歯磨きはしたのに」
「かわいいよ。イカ墨のおかげで寿々の頬に触れられた」
優心さんは口元を緩ませる。
「触れられたって、いつでも触れているじゃないですか」
「そうだったな」
元気が戻ったみたいでうれしい。食事も完食だ。たいした量ではなかったが。
「パジャマに着替えましょう。手伝います」
装具を外し、シャツを脱がしてからパジャマに着替えさせた。
翌朝、目を覚ますと、優心さんがこちらに眼差しを向けていた。寝顔をまじまじと見られていたようで恥ずかしい。
もう何日も隣で寝ているが慣れない。
「……起きていたんですね」
「ああ。少し前に。おはよう」
「おはようございます。熱はどうでしょうか」
「平熱に戻っている」
微笑みを浮かべる優心さんだけれど、『平熱に戻っている』が甚だ信じられない。
ベッドから降りて、反対側のサイドテーブルに置いた体温計を手にする。
「ちゃんと測ってくださいね」
彼の左腕の脇に当てて熱を測ってもらう。
「手厳しい秘書に戻ったな」
からかう優心さんに顔を顰める。
「専務に手厳しいのは田沢さんですし」
「ああ。そうだったな」
彼は笑い「彼の怪我は良くなっているだろうか?」と口にする。
「あとでメッセージを送っておきますね。まだそれほど日にちは経っていませんが、良くなっているといいですね」
体温計がピッと音を立て、外して見ると三十七度ある。
「熱がありますね。今日は一日中ここでゆっくりしましょう」
「たいした熱じゃない。観光くらいできるさ」
「だめです。まだまだたっぷり時間はありますから」
「だが、寿々は退屈するだろう」
優心さんは表情を曇らせるが、にっこり笑って首を左右に振る。
「退屈なんてしませんから安心してください。ここの景色は素敵だし、ゆっくりテラスで本も読めますし、ルームサービスを頼めばおいしいお料理も届きますから。退廃的に今日は過ごしましょう」
「退廃的か。肩が治っていれば、ベッドから一日中寿々を出さないんだが……では、そうしよう」
優心さんの言葉は心臓に悪い。記憶が戻ったときに、戸惑わせないためにもそんなことをしてはいけない。
「顔を洗って、着替えてきます」
ベッドから離れようとすると、「寿々」と声がかかり立ち止まり振り返る。
「寿々、俺たちは夫婦だ。夫の前で着替えるのが普通じゃないか?」
その言葉に心臓がドクンと跳ねる。
「……優心さんは私と夫婦であることを忘れていたので恥ずかしいんです。夫婦であっても、覚えていないので見たことがないってことですから。でも、記憶がないことを責めているんじゃないです。優心さんに非はないのですから」
「それを言われたら何も返せないな。わかった。早く君とのことを思い出せるといいのだが」
笑いながら言ってくれたので、ホッと安堵して「寝ていてくださいね」と言ってからベッドルームから離れた。