書籍詳細
引き離されたけれど、再会したエリート弁護士は幼なじみと天使に燃え滾る熱情を注ぎ込む
あらすじ
「全部、俺だけのものにしてもいい?」最愛シークレットベビー婚
職場の倒産に遭った美玖は、初恋の幼なじみ・陸と再会する。弁護士になった陸に迫られて過保護な同居生活が始まると、美玖は激愛を刻まれて妊娠。しかしある事件が起きたことで、責任を感じた彼女は身を引いて息子を育てていたが……「俺の心を虜にするのは君しかいない」二度目の再会を果たした陸が注ぐ熱情に、身も心も委ねた美玖は蕩かされて――。
キャラクター紹介
成瀬美玖(なるせ みく)
シェフとしての夢を叶えた努力家で、優しく控え目な性格。三橋家の双子とは幼なじみで、兄の陸に惹かれていた。
三橋 陸(みはし りく)
大手弁護士事務所の経営者一族で、自身も凄腕のイケメン弁護士。クールだが、美玖には激しい独占欲を見せる。
試し読み
「蓮の話ばかりだね」
「ん?」
不満そうな陸の顔が目に飛び込んできたと思ったらすぐに爽やかな石鹸の香りが鼻を掠め、クイッと顎を掴まれて綺麗な顔が間近に迫った。
「り、陸……? いきなりどうしたの?」
予想外の行動に目を泳がせる。息遣いさえも伝わってしまいそうな距離に、規則的な呼吸はすぐに奪われ、息を止めながらあたふたとするばかりだ。
「さっき蓮になにか耳打ちされていたけれど……」
「え?」
「美玖、顔が真っ赤になってたよね。なんて言われたの?」
陸のどこか切なげな瞳がじっと私の返答を待つ。
「それは、その……」
〝大好きな陸のことなら、美玖は昔からなんでもお見通しだったものね〟
耳打ちされた言葉が頭の中をループする。
でも、それは言えない。だって正直に口にしてしまったら、私が彼のことを好きだってバレてしまうから。そしたら今の関係性が壊れてしまうかもしれない。
やっと昔みたいに仲よくできる状態になったのに、またこれが崩れてしまうなんて考えたくはない。
「た、他愛もない話だよ」
気づけば、そうはぐらかしていた。
「他愛もない話にこんなにも動揺するの? 蓮と美玖だけの特別な秘密ってこと? そんなの……納得いかない」
陸が悲しげに表情を歪めると、私の後頭部に手を回した。
「……っ」
ふいに唇に触れたやわらかい感触。それがキスだということに気づくのにあまり時間はかからなくて、全身が甘く痺れるような感覚に陥る。
息を吸う間もなく軽く唇を吸われたかと思えば、今度は陸の舌が唇をこじ開けて口内に侵入してきて、そのまま舌を搦め捕られた。
「り、く……んっ……」
思わず吐息が漏れたその瞬間、リビングテーブルの上に置いてあったスマホの着信音が部屋に響いた。すると、動きがピタッと止まり静かに唇を解放した彼と瞳が交わった。
「そんなとろけたような顔、俺以外の前で絶対に見せないで。心配で気が気じゃないから」
陸は切なげな表情を浮かべながらそう言って私の頬をそっと撫で上げたが、頬に触れたその手は心なしか震えているように思えた。
いろいろ考えていたら昨夜はあまり眠れなかった。
いまだ唇に残る鮮明な感覚。濃厚なキスを思い出すだけで顔が熱くなる。
昨日の陸はいつもと様子が違っていた。でも、だからといって彼があんなことをするなんて夢にも思わなかった。
陸はあのあと、「ごめん」と言ってリビングを出ていった。
昨日のキスは……気の迷いというものだったのだろうか。
朝食の品をテーブルに並べながらひとり悶々と考え込んでいると、リビングのドアが開きスエット姿の彼が現れて瞳が絡まる。
「……陸、おはよ……」
「昨日は美玖の気持ちも考えないで、自分勝手なことをしてしまったとすごく反省してる。本当にすまなかった」
陸が私の言葉を遮るように深く頭を下げてきたことに驚き、慌てて彼のもとに歩み寄って肩に手をかけた。
「頭を上げてよ。昨日は……びっくりはしたけど、えっと……」
後に続けるべき言葉が見つからなくてしどろもどろしてしまう。
キスをされて驚いたけれど嫌とは感じなかった、と本音を伝えたら陸はどんな反応をするのだろう。ふとそんなことを考えていると、頭を上げた彼と再び視線が交錯しドキッとした。
「……昨日のことちゃんと説明させてほしいんだ。厚かましいお願いになるんだけど、今から少し付き合ってもらえないか?」
「いいけど……どこに行くの?」
突然の申し出に戸惑いを隠せなくて、瞳を揺らしながら見つめ返す。
「……俺にとってすごく大切な場所。そこで話を聞いてもらえないかな?」
陸の真剣なまなざしが私を捉えて離さなくて、私はその瞳に引き寄せられるように静かに頷いてみせた。
いかにも初夏だという青々しい空が広がる。都心を離れ標高の高い場所に進んでいく車窓から風に揺れる木々の緑が見え、葉先から差し込む陽光の眩さに目を細めた。マンションを出て一時間半あまり。陸が私を車に乗せて連れていったのは、意外な場所だった。
「ここって……昔、家族ぐるみで何度も来たよね」
圧巻な景色を目にして昨日から抱えていた釈然としない心持ちが一気に晴れるともに、懐かしい思い出が蘇ってきて知らず知らず頬が緩む。
「美玖、覚えてるんだね」
「忘れるわけないよ」
目の前には美しい水色のネモフィラの花の絨毯が広がり、青い空とのコラボレーションは心を清らかにしてくれる。
ここは季節ごとにひまわりやコスモスなど様々な花を楽しめる人気スポットで、幼少期、陸の家族と毎年この場所を訪れて花見を楽しみながら隣にあるアスレチックで遊んだ記憶がある。
「今日はちょうど祭りをやっていて屋台も出ているみたいだから、一緒に回りたいって思ったんだ」
陸が微笑みながらこちらを見る。
「昔もお祭りのときに来たことがあったよね」
自然とふたり並んでネモフィラ畑を堪能しながら、屋台を目指し歩き出した。
「陸ってば、こんなにいっぱい買い込んで食べきれるの?」
「このくらい余裕だよ」
屋台で買い物を済ませネモフィラ畑に戻ってきて、空いていたベンチに並んで座り購入してきたものを食べ始めた。
「このガパオライスすごく美味しいよ。陸も食べてみて?」
先ほど屋台でもらったプラスチック製のスプーンを手渡そうとすると、陸がクスクスと笑い出した。
「美玖は本当に幸せそうに食べるよね」
「だってすごく美味しいから」
昨日の一件でさっきまでどこかぎくしゃくしていたのに、思い出深い場所で食べ物に囲まれれば自然と饒舌になる私は実に単純だ。
「そういえば昔、美玖と蓮が屋台でたこ焼きを買って最後の一個を巡って喧嘩になったよね」
「そうだった。私、蓮とはよく食べ物のことで揉めていたかも。その度に陸が仲裁に入ってくれて……」
優しい記憶に浸っていると、しばしの静寂が私たちを包みこんだ。
でも、それは気まずいものではなくて心は実に穏やかだ。
「……美玖、昨日は本当にごめんね」
と、その沈黙を破ったのは陸の方で。ふいに横を向くとそこには申し訳なさそうな表情を浮かべる彼がいた。
「謝ってくれたしもういいよ。男女がひとつ屋根の下に住めば気の迷いとか、時にはあんなこともあったりするのかな……なんて思ったりもするし」
ずっとぎくしゃくしているのも互いに気まずいに違いない。これ以上、昨日の一件の意味を追い求めてもなにも生まれないだろう。自分の中ですべてをリセットさせようと目の前のネモフィラ畑に瞳を向け、ゆっくりと息を吐いた。
「気の迷いなんかじゃないよ。俺は昨日、蓮に嫉妬したんだ。そしたら美玖への想いが抑えられなくなって、気づいたらキスしてた。俺は……美玖のことがずっと好きだった」
だが、自己完結しようとしていた私の耳に予想外のカミングアウトが届き、我知らず目を見開きながら陸の方を向いた。
「この十年、美玖を忘れたことはないよ」
真剣な瞳が私を捉えて離さず、熱い言葉が頭の中を何度もループし続ける。心臓がドクドクと波打ち血液が全身を流れていくのを鮮明に感じ取り、これは夢ではなく、今起こっていることなのだと痛烈に実感する。
「えっと……その、いきなりのことでちょっとびっくりして今、すごく混乱してる」
「驚かせてごめん。でも、もう美玖への想いを隠すことなんて無理だと思った」
「陸……」
引っ越す前、あんなにひどいことを言ったのに私を嫌うどころか、ずっと好きでいてくれたなんて思いもしなくて驚きを隠せない。
罪悪感がある私は、曇りのない真っ直ぐな瞳を向ける陸を直視できそうになくてそっと視線を足元に向けた。
「昔、ここでネモフィラ畑を一緒に見ていたときに美玖が〝苦しいときは声に出して泣いていいんだよ〟って言ってくれて。そのときに俺に手作りのオムライスをくれただろ? 優しさが本当にうれしくて心が救われた気がした。そのときから美玖は俺の中で特別な存在なんだ」
全神経が優しく穏やかな声に集中する。
昔の思い出を彼が鮮明に覚えていてくれたことが。
私の言葉を、存在を、忘れないでいてくれたことが。
純粋にうれしくて目頭が熱くなり視界がじんわりと滲んでいく。
「この先、ずっと美玖と一緒にいたいと思ってる。だから俺と付き合ってくれませんか?」
衝撃的な言葉が私の鼓膜を震わせ、自然と彼の方に視線が流れた。
情熱的なまなざしになにもかもが吸い込まれてしまいそうだ。それと同時にずっと奥底にしまい込んでいた想いが暴れ出すのを感じ、胸の高鳴りが映画のクライマックスのように頂点へと昇りつめていくのを感じた。
もう自分の気持ちに嘘はつけそうにない、そう強く悟った。
「……私も、陸のことが好き。忘れたことなんてなかったよ」
澄んだ瞳を真っ直ぐに見つめ返しながらそう伝えると、陸が安心したように口元を弓なりにし、私の背中にそっと手を回して包みこむように抱きしめてくれた。
ネモフィラ畑を堪能したあと、私たちは都心に戻ってきて陸が行きつけのフレンチレストランで素敵なディナーを食べてから帰宅した。
マンションに戻って来た頃にはすっかり日が暮れていて、これからリビングにあるプロジェクターで映画鑑賞をしようという話になり、先に私がお風呂を済ませ陸が上がるのをリビングで待っているところだ。
開放的な窓から見えるスカイツリーは、鮮やかな青色でライティングされている。一日ごとにツリーを彩るライティングのオペレーションが違うのだが、今日のスカイツリーを見ていると、それはまるでさっき目に焼き付けてきたネモフィラの優しい青を連想させ自然と心が高揚していくのが分かる。
「すごく楽しかったな」
ソファーに座りテーブルの上に置いてあったスマホを手に取る。そして、今日撮った写真のフォルダーを開きながら一日を振り返っていた。
今朝はかなりぎくしゃくしていたのに、こんな風に頬を寄せて一緒に写真を撮ることになるなんて夢にも思わなかった。
陸、すごくいい顔してる。
この笑顔好きだなぁ。
写真を見ていると幸福感に包まれてふと笑みが零れた。
「そんなにうれしそうな顔をして、いったいなにを見てるの?」
お風呂から戻ってきた陸がミネラルウォーターのペットボトルを手にしながら隣にゆっくりと腰をかけた。
「今日、ネモフィラ畑で一緒に撮った写真を見ていたの」
画面を陸の方に向けると、やんわりと微笑みながらスマホを覗き込んできた。
「美玖、お姫様みたいだね」
「またまたそれは大げさだよ」
「そんなことないよ。美玖は世界一かわいいから」
「そんなに面と向かって言われると恥ずかしいってば」
戸惑っていると、陸が私の腕を取り自分の方へと引き寄せた。
「これからは美玖をひとり占めできると思うとうれしくてたまらない」
抱きしめられた腕から伝わる優しい温もりに心が穏やかになっていく。
「ねぇ、美玖? 今度の休みに横浜の方に行こうか」
「横浜? なにか用事でもあるの?」
少し解放された腕の隙間から陸の顔を見上げる。
「このまえ朝食を食べてるときに、横浜中華街の特集を見て美玖が目を輝かせていたから一緒に食べ歩きでもどうかと思って」
そういうことかと心の中で納得する。
「そんなに目を輝かせてた?」
思わず苦笑いしてしまった。
「ああ。美味しそうに食べる姿を見るとすごく幸せな気持ちになれるから、俺はたくさん食べる美玖が好きだよ。それから美玖が作ってくれる料理は世界一美味しい。今度、またオムライスを作ってくれる?」
「うん。いいよ」
陸が私の頬に手を当てながら、さらに笑みを深くする。
「好きだよ、美玖……」
甘い蜜に吸い寄せられる蝶のように自然と互いの唇が重なった。
次第にキスが深く激しくなり、口の中で縦横無尽に動き回る彼の舌先。
息を吸うのもままならなくて、なんだか頭が朦朧としてきた気がする。
「んっ……陸、今から……映画……」
「そのつもりだったけれど無理かも。計画変更だね」
一瞬、唇を解放され思いきり空気を吸い込んだのもつかの間、陸の唇が首筋から鎖骨、そして肩へと落ちていき、触れられた場所が熱を帯びていくと同時に、ぞわぞわという感覚に襲われ声が漏れそうになる。
それだけでもパニックなのに、今度は指先が服の中に忍びこんできたことに驚き、とっさに彼の胸を軽く押した。
「……ごめん。嫌だった?」
陸が私から離れ心配そうに顔を覗く。
そうじゃないと言わんばかりに私は強く首を横に振った。
「……私、実はその……こういうことするのが初めてなの」
このタイミングでカミングアウトすることになるとは思わなかった。込み上げてくる恥ずかしさと戸惑いから彼を直視できなくなってとっさにうつむく。
どう思ったんだろう。
不安に押しつぶされそうになっていると、陸がそっと私の頬に触れて顔を覗き込んできた。
「美玖の初めての男になれるなんてこんなに幸せなことはないよ」
引かれるかもしれないと覚悟していた私にとって、思いがけない言葉は胸の奥底に響き、一瞬にして負の感情を洗い流してくれた。自然と口元を緩ませながら彼の背中に手を回す。