書籍詳細
年の差溺愛婚~年上旦那様は初心な新妻が愛しくてたまらない~
あらすじ
「たくさん可愛がってあげる」憧れの彼に大人の蜜愛を教え込まれて…
箱入り娘の菫は、十五歳年上のイケメン社長・知央に突然結婚を申し込まれる。元々は姉の婚約者だった彼に密かに憧れていた菫は、戸惑いつつも嬉しく思うが、両親から結婚は早いと反対されてしまう。すると知央は三か月間の花嫁修業ならぬ「夫婦修行」を提案!?過保護に甘やかされたかと思うと濃密に愛でられる毎日に、初心な菫は身も心も翻弄され―。
キャラクター紹介
宮之浦 菫(みやのうら すみれ)
家族に愛されて育った箱入り娘。可憐だがしっかりとした意思を秘めている。
霧島知央(きりしま ともひろ)
イケメン不動産会社社長。幼い頃から菫を見守ってきたので、つい過保護になることも。
試し読み
「提案なのですが。三か月、夫婦修業をさせてくださいませんか?」
突然の知央さんの提案に、そしてその聞きなれない言葉に驚いたのはわたしだけではなかった。
父も怪訝な顔をしてわずかに首を傾げた。
「夫婦修業? 花嫁修業じゃなくて?」
「はい。夫婦は片方だけが頑張っても成り立ちませんから、菫さんにだけ負担をかけたくありません。ご両親が納得できるようにふたりで頑張ります。ですから、三か月お時間をいただけませんか?」
「知央さん……」
一緒に頑張ると言ってくれた彼の優しさに胸がキュンと締め付けられる。
ひとりではどうしたらいいのかわからなかったけれど、彼と一緒ならなんとかなるはず。
父も同じように思ったのか、彼の提案に同意した。
「知央くんがそこまで言うなら。うちとしても君と娘の結婚がうれしくないわけじゃないんだ。ただ心配で」
「わかります。おふたりが手塩にかけた娘さんですから」
「それに百合があんなことになってしまって。菫までそちらに迷惑をかけたらと思うとすぐには賛成できない」
父の言葉で初めて気が付いた。わたしは失敗できないのだと。
もしやっぱり知央さんの婚約者としてふさわしくないとなったら、祖父同士の約束も果たせず、となればMIYAURAの事業にも影響が出るかもしれない。
霧島のお祖父様も、あんなに喜んでくれたのにがっかりさせたくない。
軽い気持ちで引き受けたわけでは決してない。
みんなが幸せになるためにと考えた末の結論だ。しかし失敗した時のことを考えていなかった。
しっかりしないと。
「菫さんのことは心配しないでください。私がついていますので」
「ふつつかな娘ですが、よろしくお願いします」
父が深く頭を下げている。その姿から、わたしを大切に思ってくれていることは十分理解できた。
「それでは彼女の引っ越しについてですが――」
「引っ越し?」
「待って」
わたしと父の声が重なり、母は父の横で目を見開いている。両親も、そしてわたしもそんな話は初耳だ。
驚く宮之浦家の面々をよそに、彼はいたって冷静にその意図を説明する。
「ふたりが夫婦としてやっていけるかどうか心配なのですよね? でしたら一緒に暮らすのが一番です。いやむしろそうしなければ、何もわからないでしょう」
「おっしゃる通りだが」
困惑した父はどうしたらいいのか迷っているようだ。
「菫は嫌かな?」
彼は父ではなくわたしにどうしたいか聞いてくれた。わたし自身が決めなくてはいけない。
「嫌じゃありません、わたしたちは夫婦になるんですから。精一杯頑張ります」
わたしの返事に満足したのか、彼はゆっくりと頷いた。
「では今週末に引っ越し業者を手配します。菫、それでいい?」
「はい」
あっけにとられた両親と、満足そうな知央さんと、これからどうなるのかとドキドキするわたし。
それぞれが様々な思いを抱きながら、週末を迎えた。
九月の最初の週末。今から三か月、知央さんとわたしの夫婦修業がはじまる。
彼が手配してくれた引っ越し業者は仕事が速く、朝早く来てさっさと荷物を運び出した。その後彼が迎えに来てくれて、実家を出る。
生まれてからずっと住んでいた家。
今日からここではなく知央さんのマンションで過ごすと思うと、わくわくすると同時に少しさみしくなる。
「菫、知央さんの言うことをよく聞いて、体に気を付けるのよ。お腹は冷やさないようにあったかくして――」
「お、お母さん。わかってるから」
まるで小さな子どもを宿泊学習にでも送り出すような言い方を、知央さんの前でされて恥ずかしくなる。
「そうね。でも困ったことがあったらすぐに連絡してくるのよ。あと、これ」
母が差し出したのは、A5サイズのノートだ。
「これね、菫の好きなお料理のレシピよ。難しいものはないからチャレンジしてみなさい」
「うん、ありがとう。お母さん」
ジンと胸が熱くなった。母の気持ちのこもったノートを抱きしめる。料理も得意というほどではないけれど、母と一緒にキッチンには立っていた。その時のことを思い出しながらチャレンジしてみよう。
母は最後にわたしの背中をさすってくれた。試験やピアノの発表会など大事な時はいつもこうやって勇気づけてくれていた。
「健康に気を付けて」
父の目には心配の色が浮かんでいる。
しかしわたしはしっかりと笑みを返した。
たくさんの愛情をもって育ててくれた。初めて離れて暮らすことになり、あらためて感謝の気持ちが膨らむ。
「お父さんも、お母さんも元気でね」
両親と別れを済ませると、それをじっとそばで見守ってくれていた知央さんが、わたしの手から荷物を取った。
宮之浦の家から、車で三十分ほど走ると目的地に到着した。
彼の住む低層レジデンスは、もちろん霧島不動産が手掛けたものだ。富裕層向けで緑も多く、外観は派手ではないが高級感が見て取れた。
地上六階地下二階の低層レジデンスは各国の大使館が近くにあり、そこに勤める人が多く住んでいると聞いた。エントランスですれ違った家族は、フランス語で会話していてびっくりする。
「初めてだったな。菫がここに来るのは」
「はい。マンションでの生活って経験ないので、いろいろと覚えないといけませんね」
生まれてからずっと一軒家に住んでいた。
マンションでの生活は初めての体験だ。
コミュニティのルールや設備の使い方。実家暮らしだったうえに両親に頼りっきりだったので自分でしっかり覚えないと。
きょろきょろ確認している様子を見た彼が、わたしの背中をぽんぽんと叩いた。
「別にそう難しくはないさ。困ったらコンシェルジュに言えばどうにかしてくれる。君が今日からここに住むことは届けてあるから」
そう言いながらエレベーターに乗り、わたしも乗り込んだのを確認してからカードキーをタッチした。
最上階の六階でエレベーターを降りると、目の前にある部屋の前で、彼がパネルにキーをかざす。
ピッという解錠音がした後、彼がドアを大きく開いた。
「今日からここが、私と菫、ふたりの家だ」
そんなふうに言われるとドキドキする。
そもそも、男性が暮らしている部屋に入るのも初めてのことだ。彼の私生活を垣間見るのは好奇心もあるけれど少し緊張もする。
「お、おじゃまします」
彼が扉を開けてくれているのでそのまま中に入ろうとした。しかし彼の長い腕にすぐに止められた。
「さっきの私の話を聞いていた? ここはたった今から菫の家だ。だからおじゃまします、じゃなくてただいまが正解。いい?」
「はい。あの、ただいま」
「おかえり、菫」
満足そうな顔をした彼が通せんぼしていた手をどけて、代わりにわたしの手を取った。その手を繋ぐとそのまま中にわたしを連れていく。
室内の廊下には趣味の良い絵画が飾られていたけど、それを眺める暇もなく彼が手前の左手のドアを開けた。
「ここがリビング、突き当たりが寝室」
「わぁ、素敵」
一面ガラス張りの部屋は明るく、目の前には広いルーフバルコニーまである。周囲からの視界も遮られ、夏の午後でも強い陽射しは入らず過ごしやすい。
リビングには座り心地のよさそうなイタリア製の足つきソファにローテーブルがある。その近くにある家具は、同じブランドのものだがかなり年季が入っているように見えた。
「このチェストってヴィンテージですか?」
「あぁ、さすが菫だね。これは宮之浦さんが探してきてくれたものだ」
「そうだったんですね」
木製のチェストは飴色に輝いている。
時を重ねたものが持つ美しさに目を奪われる。
「宮之浦社長は驚くだろうな、菫がそんな知識を持っているなんて」
「そうかもしれません。仕事は経理部ですし。一応、いろいろ勉強しているんですけどね。家具についても」
両親はもともとわたしの就職自体に反対だった。だから折衷案として自社で働くことになったのだ。
働くからには、少しでも役に立ちたいと思い、いろいろと勉強した。
「たしかインテリアデザイナーの資格も持っていたよな」
「資格だけですけど。あんまりセンスはないので、経理部に配属されてよかったのかもしれません」
会社経営の役に立つかもしれないと、大学在学中に簿記の勉強もした。数字を見るのは苦にならないので、自分には今の仕事が合っているのだと思う。
「菫は努力家だから、私たちの夫婦修業もきっとうまくいく」
彼が手を引いてわたしをソファに座らせた。
「修業なんて言ったけど、頑張らなくていいんだ。お互い一緒にいることを楽しめるようになろう。ふたりが笑顔でいれば、きっと周囲も安心する」
それを聞いてほっとした。
たった三か月でどれほどのことができるようになるのかと不安だったのも事実だ。
「頑張らないように、頑張ります」
「そうだな」
彼が楽しそうに笑い、わたしの頭を撫でた。
「わたし、ちゃんと認められたいんです。夫婦として。ちゃんと知央さんの妻になりたい」
しっかりと彼を見て伝えた。
するとそれまで笑っていた彼の目の色がわずかに変わった。
「それはどういう意味かわかっている?」
「意味って……そのままの意味ですけど」
何か誤解を生むような言い回しだっただろうか。
「私の妻になるということは、こういうこともするのだが」
彼はそう言うと、わたしの肩を抱き寄せ顔をぐっと近づけてきた。吐息すら感じるほどの至近距離。
これって……。
ここまでされて、何もわからないというほど初心ではない。
見慣れているはずの彼の顔なのに今までになく色気に満ちていて、ドキドキと心臓が痛い。
これがきっと大人の本気!
彼は手を緩めるつもりはないらしい。
からかってなどいないのがわかる。
「わかって……ます」
緊張して思わず声がかすれてしまった。今は夫婦修業という期間だけれど、夫婦になれば当たり前にすることだ。
だから変に意識する方がおかしい。
でも、意識しないなんて無理。
顔に熱がどんどん集まっていく。きっと赤くなっているだろう。
「わかってるなら、菫からしてくれる?」
「えっ!」
思わず目を見開いて、大きな声を出してしまった。
「ははは、冗談だよ。そんなにびっくりするな」
彼が声をあげて笑っている。
なんだ冗談だったのかと、ほっとした瞬間――。
「あっ」
唇に柔らかいものが触れた。
まぎれもなくそれは彼の唇だ。
「これからよろしく」
「は、はい」
キス、しちゃった。
ドキドキうるさい胸、ありえないくらい熱い頬。
柔らかい感触の残る唇。
わたしたちの夫婦修業は、わたしの初めてのキスからはじまった。