書籍詳細
冷徹な辣腕パイロットは、愛を貫く極上婚約者でした
あらすじ
「離れるなんて許さない」クールな機長の甘すぎる束縛で囲われて…!?
空港でのトラブルで、パイロットの翔吾に助けられた鈴乃。なんと彼は、3年前の旅行以来、忘れられずにいた人だった!しかも成り行きで彼と一夜を共にし、急接近することに…!?「君以外、考えられない」――周囲からは冷たいと噂だけど、鈴乃には惜しみなく溺愛をぶつける翔吾。逃がすさないとばかりに婚約を迫られれば、目が眩むほどの彼の愛に溶かされて―。
キャラクター紹介
岩下鈴乃(いわした すずの)
ごく普通のOL。3年前に出会ったパイロットのことを忘れられずにいる。そそっかしい面もあるが、優しい女性。
杉園翔吾(すぎぞの しょうご)
大企業の嫡男で、強い志でパイロットになった。クールだが、鈴乃に出会ってからはどんどん過保護に。
試し読み
ここはシンガポールの歴史あるラグジュアリーホテルの一室。
まさか、憧れていたパイロットの彼に熱い眼差しを向けられているなんて……。
これは夢に違いない。
夢見心地で彼を見つめると、その綺麗で大きな手は鈴乃の頬に優しく触れた。
「あのご夫婦に聞いたジンクス……」
「え?」
「試してみないか?」
ホテルのロビーで出会った仲睦まじい老夫婦が聞かせてくれた、このホテルでのジンクス。
それは夢物語のようなジンクスで、本当なのか嘘なのか。見極めが難しいものだ。
「出会ったばかりの男女がこのホテルでキスをすると、恋に落ちて結ばれる。離ればなれになったとしても、再び出会うことができる。……そんなジンクスが本当なのか。試してみないか?」
蕩けてしまいそうなほど甘く、切なく。
彼の声は、媚薬のように翻弄してくる。
鈴乃の心は最初から決まっていたかのように、頭で考えるよりも先に唇が動いていた。
「……試して、みたいです」
彼が甘くほほ笑んでくる。その笑みを見て魔法にかけられた気になった。
夢見心地になっていた鈴乃は、彼の唇によって甘く溶かされていく。
何度も角度を変えては繰り返される口づけは、チョコレートのようにスイートで人を虜にしていくようだ。
「あ……っ、ん、んん」
甘ったるい吐息が零れ落ちてしまう。
恥ずかしくて堪らないから声を止めたいのに、それができない。
深く情熱的なキスをされるたびに甘美な刺激を感じてしまう。
彼の唇はとても熱く、柔らかい。夢中になってしまいそうだ。
最初こそ逃げ腰だったのに、いつの間にか積極的に彼の唇を求める自分がいた。
甘やかなキスの連続に、鈴乃の心はすっかり彼へと囚われていく。
――きっとこの恋は、一生ものの恋になる。
そんなことを頭の片隅に思い浮かべながら、彼からの情熱的なキスに酔いしれていった。
1
『ご搭乗いただきましてありがとうございます。定刻通りにシンガポール・チャンギ国際空港に着陸予定でございます。現地の天気は晴れ――』
副操縦士のアナウンスを聞きながら、窓から眼下を見下ろす。
小さくだが、空港が見えてきた。あと少しで着陸態勢に入るはずだ。
ハブ空港としても利用されるシンガポール・チャンギ国際空港はとても広くて、鈴乃も何度か利用したことがある。
しかし、乗り継ぎのために利用しただけで、シンガポールの市街地に足を運ぶのは実は初めてだ。
ウキウキする気持ちをなんとか落ち着かせながら、バッグの中に忍ばせておいた招待状を取り出す。
明日、シンガポールで友人が結婚式をする。その式に出席するために、鈴乃はシンガポールにやってきた。
『私、結婚式は海外でしたいの!』
幼なじみの彼女とは実家も近く、小さな頃からずっと一緒に過ごしてきた。
おままごとをしながら、いつも話していたのは〝将来の夢〟。
大きくなったら何になりたい? どんなことしたい? そんなことを取り留めもなく話していたことが懐かしい。
よく話題に上がっていたのは、結婚のことだ。
どんな人と結婚したいのかというのはもちろんだが、式についても大盛り上がりで話した。
それは、大人になってからも同じだ。
鈴乃は大きくなるにつれてあれこれ希望や夢は変わっていくのだけど、彼女の希望は昔からぶれなかった。
「……本当に結婚しちゃうんだもんなぁ」
小さく呟きながら、招待状に書かれてある両名の名前を見つめる。
彼女の夫になる人物は、高校のときの先輩だ。
あの頃から、密かに彼女は彼に想いを寄せていた。
付き合う前から『私、先輩と結婚しちゃうかも』などと冗談交じりで言っていた彼女だが、その後、本当に先輩と付き合うことになり、そして明日彼の妻となる。
昔からの夢を、彼女は明日叶えることになるのだ。
今からとても楽しみだ。彼女はどんなウェディングドレスを身に纏うのだろう。
想像しただけで、わくわくしてしまう。
飛行機は無事シンガポール・チャンギ国際空港に到着し、鈴乃は足取り軽く入国審査に向かう。
つたない英語で入国審査を終え、シンガポールに入国できた。
やはり、初めて訪れる国では何もかもが新鮮で緊張してしまう。
スーツケースを受け取ったあと、足を止めて携帯をのぞき込む。
ホテルにこのまま直行しようかと思ったのだけど、チェックインの時間まで少しある。
それなら、この空港を楽しんでからホテルに向かうのもいいだろう。
まずはスーツケースを手荷物預かり所に預けたあと、空港内のアミューズメント施設へと向かう。
ここは数年前にできたばかりの空港に併設された複合施設で、シンガポールを代表するランドマークの一つとなりつつあるようだ。
鈴乃は以前とある雑誌の記事を見て、シンガポールを訪れたら一度行ってみたいと思っていた人工滝に足を運ぶ。
「うわぁ、すごい……っ!」
圧巻の風景だ。室内にいながら、これだけ壮大な滝を見ることができるなんて。
すごい建造物を目の前にして、思わず口が開いてしまう。
夜に行われるショーの時間までここに滞在をし、夕ご飯を食べたあとホテルに向かおうかと一瞬、考える。
だけど、すぐに頭を振って払拭した。
今夜は宿泊先のホテルにあるレストランで、チキンライスを食べる予定にしている。
美味しいと評判らしく、とても楽しみにしていたのだ。
チキンライスを諦めるのは、少し惜しく感じる。
今日宿泊するホテルは、なかなかにランクの高いホテル。久しぶりの旅行だからと、奮発したのだ。
リバーサイドに立地するそのホテルからは、シンガポールの象徴となる建造物を眺めることができるらしい。
ライトアップの時間には幻想的な景色が楽しめるようなので、絶対に見たいと思っていた。
それに、明日は結婚式に参列するのに、疲労困憊で友人の祝福に向かう訳にはいかないだろう。
――うーん、名残惜しいけど……。仕方ない。
後ろ髪を引かれながら、再び空港ターミナル方面へと向かう。
スーツケースを荷物預かり所で受け取ったあと、タクシー乗り場へと行く。
タクシーを待つ乗客はさほどいない。この調子なら、すぐに乗ることができそうだ。
ホッとしながら進行方向を向いた。そのときだ。
反対側から歩いてきた女性の様子がおかしいことに気がつく。
虚ろな目をし、足取りもなんだか危なっかしい。
心配になりながら、通り過ぎるまで目で追う。
完全にその女性とすれ違い、大丈夫かしらと心配した、そのときだった。
ドサッと何かが倒れる音が背後から聞こえる。
慌てて振り返ると、そこには先程すれ違った女性が倒れ込んでいた。
驚きのあまり声が出なかったのだが、すぐに我に返る。こうしては、いられない。
「大丈夫ですか!?」
スーツケースとトートバッグを投げ出して、その女性に駆け寄る。
動転していたため咄嗟に日本語で話しかけてしまったが、通じただろうか。
その女性に意識はあるようで、ゆっくりとした動作で上体を起こし「ダイジョウブ」と片言の日本語で返事をしてくれた。
まずは大丈夫そうだ。
ホッと胸を撫で下ろしていると、その女性は青白い顔なのに立ち上がろうとする。
「ダメですよ! 人を呼んできますから。少し待って――」
タクシー乗り場に行けば、現地スタッフがいるはずだ。
彼らに助けを求めた方がいいだろう。彼女の体調によっては、救急車を呼んだ方がいいかもしれない。
そう思ってタクシー乗り場へと向かう道に視線を向けたときだ。
鈴乃の荷物を男性たちが掴んで走り出した瞬間を視界に捉えた。
「え!? ちょっと待って!」
必死に声を上げたのだけど、その男たちはものすごいスピードで鈴乃の荷物を持ったまま逃走してしまう。
スーツケースももちろん大事だが、特にトートバッグは何があっても取り戻したい。
あのトートバッグは、友禅の着物を解いて作った一品モノ。昨年亡くなった父方の祖母の形見だ。
「や、やだ! 誰か、その人を捕まえてくださいっ!」
本当は自分がその男たちを追いかけたかった。
だけど、倒れてしまった女性をそのままにして、この場から離れられない。
「え?」
何が起こったのか、わからなかった。
この場から逃げ去っていく彼女の後ろ姿を、ただ見つめるだけしかできない。
先程までは真っ青な顔をして蹲っていたはず。それなのに、どうしてあの女性は全速力で走り去ることができたのだろうか。
――もしかして、あの男たちと共犯だった……?
呆然として立ち尽くし、何も考えられずにいる鈴乃の耳に「大丈夫か!?」という慣れ親しんだ日本語が飛び込んできた。
* * * * *
「杉園機長、お疲れ様でした」
「お疲れ様。よい休日を。あさって、またよろしく」
よろしくお願いします、そんな元気なCAの声を聞いて手を上げる。
杉園翔吾はクルーたちに労いの言葉をかけたあと、制服のままスーツケースを持ってオフィスを出る。
機長になってから、早二年。気がつけば三十五歳に。努力を続け、順調に機長になることができた。
社内では最速ではないかと言われているが、機長になることがゴールではない。
常に技術を磨き、安全にフライトできるように心がけている。
毎日同じ空が続く訳ではない。どのフライトでも危険はつきものだ。
だからこそ、慢心せずに努力を続ける必要がある。
こっそりと制服の胸ポケットに手を当てた。ここには、翔吾にとって大事な宝物が入っている。お守りだ。
思い出と共にあるのは、翔吾にとっての戒めでもある。
フライト前と後。こうしてポケットに入っているお守りに手を当てるのがルーティーンになっている。
しかし、お守りは一年ほどで効力が切れてしまうという。
三年前に乗客の女性にもらったものだから、とっくの昔に御利益はないだろう。その上、何しろこのお守りは……。
思わず頬が綻んでしまいそうになるのをグッと堪えながら、もう一度胸ポケットの中にあるお守りを撫でた。
あのときの女性は元気にしているだろうか。
こうしてフライトを終えたあと、いつも思い出すのは三年前のあの日。
だが、残念ながらその女性の顔はおぼろげで思い出せない。
あのときはビックリしすぎて、ろくにその女性の顔を見ることができなかったからだ。
ただ小柄でかわいらしい雰囲気の人だったなという記憶だけだ。
もう一度きちんとお礼を言いたいところだが、その女性の素性を何も知らないのだから会うことは不可能だろう。
残念に思いながらも、まだ心のどこかでは諦め切れていない自分がいる。
ここはシンガポール・チャンギ国際空港。現地時間で夜六時を回ろうとしていた。
先程無事フライトを終えてブリーフィングのあと、タクシー乗り場へと足を向ける。
今夜はこれで仕事は終了。明日は丸一日オフで、あさっての午後の便でフライト予定だ。
一日オフが入っているのは、ありがたい。明日は少しゆっくりできるだろう。
――今夜はきっと、アイツに付き合わされるだろうからな。
その人物の顔を脳裏に浮かべる。
生意気な態度でニシシと笑っている姿が目に浮かんで、思わず小さく笑った。
これから向かうホテルは、シンガポール中心街にほど近い場所に建っている歴史あるホテルだ。
通常なら会社指定のホテルでの宿泊が義務づけられているため、空港近くのホテルに泊まる。
しかし、今夜は他のホテルに宿泊することを会社には前もって申請してあるので、今からタクシーで向かう予定だ。
観光目的などで会社指定ホテルに泊まらないクルーもたまにいる。
だが、実際問題休みがなく次の日の夕方のフライトだったりすると、体内時間を合わせるのも大変だ。
だからこそ翔吾は今まで会社指定ホテル以外には極力宿泊しないように心がけていた。
しかし、今回はイレギュラーだ。明日一日オフの上、あさって午後にフライトという、少し余裕のあるスケジュールになっていること。
そして、シンガポールに住んでいる妹、富貴子から「久しぶりに兄貴と話したい」と連絡が来たため、このフライトに合わせて会うことを約束したのだ。
最近はご無沙汰にしていたが、元気にしているだろうか。
電話やメールでは近況を報告し合ったりしているが、やはりきちんとこの目で確認しなければ心配になる。
杉園家は三人兄弟だ。長男は翔吾で、次男と長女──富貴子がいる。
兄弟仲はいい方だとは思うが、特に翔吾と富貴子は性格などがよく似ている。基本、考え方が似通っているのだろう。
富貴子はすでにホテルにやってきていて、ラウンジにいるとメールが入っていた。
『兄貴が来るまで、一人で飲んでいます』
パチンと額に手を当てて、天を仰ぐ。
急がなくては、食事の前なのに酔っ払いになる可能性が大だ。
足早にタクシー乗り場へと向かっていると、叫ぶような声が聞こえてきた。それも日本語だ。
シンガポールに観光へやってくる日本人はたくさんいる。
先程も自身が操縦する飛行機に搭乗していたはず。
だから、この土地で日本語を耳にする機会はあるだろう。
しかし、その声は助けを求める叫びのように聞こえる。
はっきりとは聞き取れなかったが、日本人がSOSをだしていることだけは伝わってきた。
タクシー乗り場の上、通路には日本人女性らしき姿が見える。その傍らには、誰かが蹲っていた。
病人かと思ったが、どうやら様子がおかしい。
日本人女性が手を伸ばした先、そこにはスーツケースとバッグを持った二人組の男たちが逃げていく姿が見える。
そして、彼女の傍らにいた女性は反対方向へと全速力で走っていく。
それを見て、グループによる置き引きだと咄嗟に判断した。
スーツケースとバッグを持った男たちは、ちょうどこちらに向かって走ってくる。
鬼気迫る様子の男たちを見て、通行人たちは体を引き通路を空けるばかり。彼らを止めようとする者は現れない。
周りは現地の人間のようだから、日本語でのSOSが通じなかったのもあるだろう。
こちらに向かってきた男二人組の前に、翔吾は立ち塞がる。
『そこをどけ!』
すごい勢いで捲し立てる男たちは、そのまま強行突破するつもりのようだ。
だが、避けようとしない翔吾に向かい、口々に汚い言葉を投げつけてくる。
『どけと言っているだろう!』
そんな彼らを睨み付け、威圧感を与える。
『それは彼女の荷物だ。置いていけ』
一触即発といった空気が立ちこめた。相手の男たちが息を呑み、動きを止める。
鋭い視線を向けると、男たちは震え上がったように動かなくなった。
体格差で考えても、翔吾の方が強そうだ。それは男たちにも伝わっているのだろう。
蛇に睨まれた蛙のように微動だにできない様子だ。
それを見た翔吾はゆっくりと、尚且つ圧をかけるように一歩を踏み出して男たちに近づく。
『置いていけと言っている』