書籍詳細
イケメン御曹司はお断り!~極上彼氏の嘘から始まる愛され生活~
あらすじ
イケメンもお金持ちもこりごりな私の前に現れたのは……
彼の正体はまさかのパーフェクト御曹司!?
失恋の痛手からお金持ちのイケメンにトラウマを持つ里穂子は、友達に誘われてお見合いパーティーに参加することに。そこで出会ったのは、イケメンだがごく普通の会社員、宗条葵。デートを重ねるうちにお互い惹かれあい、晴れて恋人同士に! 葵の誠実な愛情に幸せを感じていたある日、里穂子の会社に御曹司として現れたのは、まさかの葵で――。
キャラクター紹介
倉持里穂子(くらもち りほこ)
失恋の痛手から恋に臆病になっているOL。家庭的で、料理をするのが好き。
宗条 葵(そうじょう あおい)
お見合いパーティーで里穂子が知り合った男性。紳士的で、どこかミステリアス。
試し読み
「この先にハイキングコースがあって、小さな滝が見れるらしいよ」
「わぁ、見たいです!」
私たちは周囲のお店を流し見しながら、ハイキングコースへ向かった。木々の合間を縫ったなだらかな道が続いている。足場には木板が敷かれ舗装されていて歩きやすい。子どもでも歩けるコースのようで、途中、戻ってくる家族連れとすれ違った。
次第に道が細くなり、周囲は完全に森となった。いつの間にか手すりの向こう側は崖になっていて、足元には木の根が伝い、傾斜や階段も増えてきた。
数人が立ちどまれる小さなビュースポットで私たちは足をとめる。
「緑のいい香りがしますね」
目を閉じれば、葉の擦れる音、鳥のさえずり、わずかに川のせせらぎが響いてくる。
大自然――まるで別世界にトリップしたようだ。水気を多く含んだひんやりとした空気に包み込まれ、都会では味わえない新鮮な木々の香りを思う存分満喫する。
「癒されるよ。日常を忘れそうだな」
「はい。本当に」
心が洗われたように清々しい気分になり、幸せな気持ちで満たされる。
――葵さんも楽しんでくれているかな?
こっそり覗き込んでみると、リラックスした表情をしておりホッとした。
よかった。同じ気持ちでいてくれているみたい。安心した私は、瞳を閉じて、思い切り深呼吸する。
そうやって私たちは、しばらくぼんやりと木々を眺めていた。
「そろそろ先に進もうか」
切り出した彼に「はい」とうなずいて、道の先に足を踏み出そうとすると、不意に葵さんの右手が私の左手に触れて、そのまま指が絡まった。
――え?
また彼のスキンシップ。これは……どういうつもりなの?
熱くなっている胸の内がバレてしまわないように、恐る恐る彼を見上げると。
「……この先の道は少し足場が悪いみたいだから」
葵さんは言いわけするように小さく笑って瞳を細めた。そして私と手を繋いだまま、デコボコとした緩い傾斜の山道を歩き始める。
そうか、私が歩きやすいように、エスコートしてくれているんだ。
力強い大きな手から葵さんの体温が伝わってくる。体が熱くなってきたのは、山道を歩いて体が温まってきたせいだけではないだろう。
「そこ、木の根が滑るから、気をつけて」
「あ、はい!」
彼の優しさと気遣いが、うれしくてくすぐったい。このままずっと手を引っ張っていってくれたらいいのに……この山道が終わったあとも……。
――やだ、私、なに考えて……。
情けないくらいに赤面して、葵さんに見られていなくてよかったと安堵する。
歩くごとに水の流れる音が強くなってきて、やがて渓谷に出た。崖を木の手すりが囲んでいて、前方には小さな滝。水が細い糸のように岩肌を滑り落ち、手すりから身を乗り出すと、下の方にまた別の滝が見えて下を流れる川に合流していた。
「葵さん、見てください、あっちにも滝が見えますよ」
「あまり身を乗り出すと、危ないよ」
突然、葵さんが私のうしろから腰に手を回してきた。抱きすくめられ、背中に彼のお腹が当たる感触がする。驚いてびくりと肩を震わせた私に、彼は申し訳なさそうに弁解した。
「ごめん、落ちそうだったから」
「……やだな、さすがに落ちたりしませんよ?」
平静を装いたかったのに、茶化す声が上ずってしまい動揺しているのがバレバレだ。胸が高鳴りすぎて震えているのが伝わってしまいそう。なのに、葵さんは離すどころか私に追いうちをかけるように、体に回す腕の力を強くした。
「……口実だ。本当はこうしていたいだけ」
耳もとの艶めいたささやき声に、もう平静ではいられなかった。
サーッという涼やかな滝の音。木々が作り出す新鮮な空気。
こんなにも穏やかな自然に包まれているにもかかわらず、私の胸の内だけは様々な思いが入り乱れていてざわざわと騒がしい。
「……嫌だったら、言ってくれ」
――嫌なんかじゃ……。
けれど、言葉がなにも出てこない。素直にうれしいと、心地よいと、口にできればよかったのだけれど。
どうにかして伝えなければ。私も同じ気持ちだと。混乱する頭で考えた末にようやくできたことといえば、腰に回った葵さんの手にそっと自分の手を添えるくらいだった。
葵さんが私の手を優しく握り返してくれる。私の気持ちは伝わっただろうか。うまく言葉にできないけれど、どうかこの想いが彼に届きますように……。
鼓動はいっそう速くなってドクドクと落ち着かないけれど、彼の腕の中は心地いい。
「……この先に、もう少し険しい道の散策路があるらしいんだけど、どうする?」
「……せっかくだから、行ってみませんか?」
「大丈夫か? 疲れてない?」
「まだ車に乗ってた時間の半分も歩いてませんよ。元気ですから大丈夫です」
笑いかけると、それなら、と葵さんも瞳を細くしてうなずいた。私に回していた腕を解くと、あらためて手を?ぎ直して、奥深い山道の方へと歩き出す。
先の道は、これまで歩いてきた道よりも傾斜が激しく、ハイキングというよりも山登りに近かった。
「大丈夫?」
木の根と石が自然に作り上げた険しい段差を、葵さんが先導し、私の体を引き上げてくれる。
「ありがとうございま――きゃっ」
湿った木の根に足を滑らせて体が傾く。転ぶ――そう直感して身構えた瞬間。
バランスを崩した私を、葵さんがすかさず抱きとめ支えてくれた。ギリギリ助けられ、ホッと息をつくのも束の間、今度は彼のお腹に顔が埋まっていることに気づき、別の意味で慌てた。鼓動がバクバクいっている。
「ゆっくり、な?」
柔らかな声が耳をくすぐり、私はこくりとうなずくことしかできない。
どうしたらいいんだろう、この気持ち……。
胸の奥底でくすぶっていた熱が今にも暴れだしそうで、なんだか息苦しい。
葵さんの存在が、私の中で特別へと変わっていく。もうまともに目を見ることもできないかもしれない。
――と、とにかく今は、歩くのに集中……!
また足を滑らせて彼に迷惑をかけてはいけない。一歩、一歩と、踏み出す足に意識を集中させた。
葵さんに手を引かれ、慎重にゆっくりと細い山道を登っていくと、再び開けた場所に辿り着いた。どうやらここが終着点のようだ、渓谷を挟んだ向こう岸に先ほどよりも大きな滝が岩肌を伝っている。
水しぶきが風に漂い細かな霧となって私たちに降り注いだ。滝の迫力もさることながら、大自然に包まれている、その感覚に圧倒されて。
「すごい……」
そんな稚拙な言葉しか出てこなかったけれど、私の胸の奥は表現しきれない感動でいっぱいだった。景色はもちろん、葵さんと一緒にここまで登ってきた達成感も大きくて。
「こんな景色が見られるだなんて。来てよかった……」
「頑張ったご褒美だな。疲れただろ」
葵さんが私の頭の上に手を乗せて、くしゃくしゃと髪をかき混ぜた。綺麗な景色とはまた違ったご褒美をくれる。
「葵さんが手を引いてくれたおかげです。それに……」
確かに、道は険しかったし、足はがくがくになってしまったけれど、不思議とつらいとは感じなかった。それどころか、葵さんと一緒にいるこの時間が楽しくて。うれしくて、ドキドキして、まだ少し遠い心の距離が、愛おしくてちょっぴり切ない。
喜びに思わず?が緩んでしまう。もう二度と男性に心開くことなどないと思っていたのに、こんなにも幸せな気持ちになれるなんて。
「隣にいてくれたのが葵さんでよかったです。もっとずっと一緒にいたいなって……」
思わずこぼしてしまった本音に、私はハッと我に返り慌てて口を塞いだ。
葵さんが驚いたように目をパチパチと瞬かせている。私、今、とんでもなく恥ずかしいことを口にしてしまったのではないだろうか。
「あの、一緒にいたいっていうのは、変な意味じゃなくて……」
慌てて弁解し始めた私を、葵さんは真剣な表情でじっと見つめている。呼吸を忘れてしまうほどの熱視線に、口の中が乾いてしまった。
「……その、葵さんといると楽しくて、ついはしゃいでしまって……時間がすぎるのがあっという間なので、もっとずっと一緒にいられたらなんて……」
「里穂子」
私の唇に彼の人差し指が触れて、優しく言葉を制された。驚いて見上げると、葵さんの誠実な、けれどどこか艶っぽい潤んだ瞳がすぐ目の前にあった。
「それって、『好き』っていうんじゃない?」
あっという間に距離を縮められて、視界が彼で埋め尽くされた。次の瞬間、唇に柔らかな感触がして、頭の中が真っ白になる。
「っ……」
葵さんの片方の手が頬に、もう片方の手が首筋に回り、すくい上げるように引き寄せられた。これ以上縮める距離などないというのに、もっともっとと言うように求められ、唇を情熱的に押しつけられる。
思わず倒れそうになり、背中がトン、と木の手すりにぶつかった。滝から流れ出るひんやりとした冷気を背中に感じて、私に触れる彼の手のひらだけがとても温かい。
ふっと唇が離れ息を吸い込むと、冷たい空気が滑り込んできて、頭の中をクリアにしてくれた。見上げたところで甘い瞳と視線が重なって呼吸がとまる。
「……ごめん。俺も同じだったから、つい」
ごめんと言いながらも悪びれる様子はなく、葵さんが淡々とささやく。蠱惑的ながらもどこか冷静な瞳に、かき乱されているのは私の心だけなのだろうかと心細くなる。
「急にするなんて、ずるい……」
せめてもう少し、心の準備をする時間がほしかった。そしたら私だって彼みたいに、もう少し冷静でいられたかもしれないのに。
「もし、キスしていいか聞いてたら、OKしてくれた?」
問いかけに思わずためらい、目線を逸らす。葵さんの熱い眼差しを感じて肌がじりじりと痛い。ぼんやりと見えかけている自分の素直な気持ちは――YES。
下を向いたまま小さくこくりとうなずくと、ふっと吐息を漏らす音が聞こえた。笑われているのだろうか?
恥ずかしすぎて頬が熱い。
「里穂子。こっちを向いて」
「……ダメです」
「どうして?」
「……恥ずかしいから……」
「ちゃんと見て」
両?を包まれて、首をくいっと正面に向けられた。問答無用で彼の顔が視界に飛び込んでくる。けれど、彼もわずかに頬を赤くしていることに気づいて。
――よかった。なにも感じていないわけじゃない。ほんの少しだけれど、彼も照れたようにはにかんでいる。
「俺でよければ、ずっと一緒にいる?」
今度こそ「……はい」と答えてうなずいた。滝の音にかき消されて、私の小さなささやきは届かなかったかもしれない。けれど想いはちゃんと届いたらしく、葵さんは私を安心させるように強く抱きしめてくれた。
葵さんの体は、大きくて、力強くて、温かい。肩に顔を埋めていると、温もりが流れ込んでくるようだ。同時に心も満たされて、しばらく見失っていた愛される幸せを思い出す。
元彼に傷つけられ、想いをズタズタに切り裂かれ、誰も信じられなくなって。ポカンと空いていた大きな穴を、葵さんの熱が埋め尽くしてくれた。
「……一緒に、いさせてください」
私が必死に紡ぎ出した告白に、葵さんは真剣な顔で向き合ってくれる。
「好きだよ。里穂子」
飾り気のないその言葉に、胸がじんと熱くなる。
「私も……葵さんのことが、好きです」
もう二度と恋愛なんてできないかもしれないと思っていた。でも、葵さんとなら……。
祈るような気持ちで優しい口づけを受けとめた。