書籍詳細
強引ドクターの恋愛包囲網~オオカミ医師の甘い誘惑~
あらすじ
「好きだ。誰よりも側にいて欲しい。」
隠れ肉食系なお医者さんのアプローチにドキドキ
大学付属病院で職員を務める悠花は、新しく赴任した医師、大神理央を見てショックを受ける。彼は悠花が学生時代に失恋した元恋人だった。大病院の御曹司で優秀かつイケメンな大神に周囲は騒ぐが、当の本人は悠花しか目に入らないとばかりに強引に迫って甘い言葉を囁いてくる。――なぜ今更? もう辛い想いはしたくないのに、どうして彼が気になるの?
キャラクター紹介
日辻悠花(ひつじ はるか)
大学病院の病理部勤務していたところ、かつての元彼、理央が赴任してくる。
大神理央(おおかみ りおう)
大学病院の病理部勤務していたところ、かつての元彼、理央が赴任してくる。 消化器外科の医師。イケメンで将来有望かつ才能もある。
試し読み
「大丈夫ですか?」
先ほど言わなかったのに、今は黙っていられずに聞いてしまう。
よその科のことだから口出しはできないけれど、あんな騒ぎを見た後で、仕事として会話し、立ち去るなんて他人行儀なことはできない。
「驚かせたか。気にするな……と言っても無理だろうな。うちでオペが終わった患者で術後合併症が出て、ばたついているだけだ」
「だけって……、そういう雰囲気じゃ」
「まあな」
テーブルにファイルを下した悠花を、理央が側に手招きする。
「四例続けて、しかも縫合不全が原因だから、医局全体がピリピリしている」
手術で縫った場所が綺麗に閉じてないため、そこから胃液や血が漏れ、人体にダメージが行っているのだ。
投薬などで完治できることがほとんどだが、緊急オペということは、かなり厳しい状況だと読める。
「大神先生も、関わっているんですか?」
「前回の緊急オペは執刀したが、本筋の担当は違う。……同僚が続けるときついな」
ということは、蜂谷が執刀した患者で、立て続けに不具合が起きているのだろう。
病院によるが、同じ患者の再手術は、原則的に元執刀医の蜂谷が助手になり、緊急手術執刀医は、彼以上の経験か技術のある医師が担当する。
けれど先ほど現れた准教授の言いぶりでは、蜂谷は、もう助手にすらして貰えない。
外回りという、研修医が手始めにやる役割を、あえてやらされるだけなのだろう。
「懲罰的なみせしめはどうかと思うが、上は立場もあるからな」
蜂谷の担当する件により、他の医師にも、かなり負荷が掛かっているのだろう。
ふーっと息を吐いて、理央はまたパイプ椅子に座る。
彼の前に立ったまま、悠花は顔を曇らせた。
「どうした? そんな顔をして。……嫌な話を聞かせたな」
頭を振る。病院だからと言って、百パーセント全員を救える訳じゃない。
でも、いつも堂々としている理央がここまで弱っていると、胸に迫るものがある。
「大神先生が引き継ぎって、さっき聞きましたが」
「ああ、蜂谷先生が、今度の学会で担当する予定だったワークをな」
ワークショップと言って、研究の進捗を完成前に発表することだ。それを理央が引き継ぐのだから、蜂谷は現場だけではなく、研究からも一時的に外されるのだろう。
「厳しいんですね」
「そうだな。……聞くところによると、蜂谷先生は病理や放射線の診断系を希望してたそうだ。彼の性格的にもそっちが向いていると思うが、親が消化器系を主力にした開業医らしくて。まあ、うちに負けず劣らず強烈な親なんだろう」
皮肉のような口調だが、どこか哀れみを含んでいる。
軽々しく口を挟んではいけない気がして、悠花はあえて話題を変えた。
「大神先生、疲れませんか?」
「そうだな。少し……疲れるな」
少しどころじゃない。悠花は部屋の状況から推し量る。
まず、持ってきた資料が多い。他にも、打ち出した電子カルテの束があるところを見ると、研究以外にも仕事や担当患者を蜂谷から引き継いでいるのだろう。
精神的にも疲れているのが、いつもより途切れがちな理央の声色から聞き取れた。
故意でなくても、縫合不全ではミスと言われても仕方がない。
蜂谷を責めることも、悪く言うこともできるのに、逆にかばって、前に立とうとする理央の姿は頼もしいし、そんな人に好きだと言って貰えるのが誇らしい。
でも、なにもできない自分の力不足も感じて、もどかしさに焦れてしまう。
少しぐらい彼を癒やせればいいのに。癒やす力があればいいのに。
思ううちに、つい言葉が出てしまう。
「なにか、私にできることがあれば」
「それは、蜂谷にか? 俺か?」
「……意地の悪いことを聞くんですね。いいです。帰ります」
からかわれた。そして、やっぱり言わなければよかった。理央はいつだって完璧で強くて、悠花よりとても優れている。助けなんていらないに決まってる。
言いだした自分が恥ずかしくなり、かかとを返そうとすると手を取られた。
ふらついた腰に理央の左腕が巻き付き、そのまま身体を引っ張られる。
とん、と小さな音がして、理央の頭が悠花の身体にもたれかかった。
「拗ねるな。冗談が過ぎた。……本当は、こうして欲しかった」
はあっと深く溜息を吐いて、悠花の鼓動を聞きながら理央が微笑する。
「理央、さん……」
「悪い。付き合うって、悠花からまだちゃんと言われていない俺が、こうして甘えるなんてダメだよな。……でも、今だけでいいから、このままで」
きゅっと心が疼く。
ずるいと思う。こんな風に甘えられるなんて。
手が届かないほど遠いと思っていたのに、今は腕に抱けるほど近い。
この不安定な距離感にも構わず、理央を愛おしいと思ってしまう。
一拍ごとに早まりだす鼓動をそのままに、悠花は腕を伸ばし理央の頭を抱く。
指で髪を梳くと、気持ちよさげに目を細めるのが、なんだか無防備でかわいい。
この瞬間だけ、男じゃなくて、男の子になってしまったようだ。
腕や胸越しに伝わる彼の体温が、悠花の気持ちまでもほぐしていく。
悠花にもたれかかり、されるままだった理央が、腰を抱く腕にぐっと力を込めた。
途端に生々しさを持ちだす感触と、身体から放たれる熱に心臓が跳ねる。
喘ぐように吐息をこぼし、目を伏せがちにすれば、見上げてくる強い瞳。
「悠花」
理央さん、と答えようとしたのに、唇はわななくだけで声が出ない。
力なく落ちていた彼の右腕が持ち上がり、覗き込むようにしていた悠花の頭に当てられる。
そのまま優しく顔を引き寄せられ、唇が重なる。
(ダメだ。仕事中だ)
わかっているのに、抗えない。
恋の引力に囚われ、ただ理央からのキスだけを求めてしまう。
感触を確かめるように、そして次は、何度も角度を変え、触れあう部分の柔らかさや体温、吐息までもが味わわれだす。
「んっ……っ、ふ」
緊張で引き締まっていた筈の唇が、甘いキスで蕩けほころぶ。
は、と小さく息を呑んだ理央の口から、ちろりと舌が覗いた。
深い口づけを予感させるように、濡れた感触が唇の上をなぞり、艶を与えていく。
「ぁ……」
小さくつぶやいた途端、理央の舌先が濡れ開いた口から中へ入り込もうとし――そこで、テーブルの上にあった医療用PHSが鳴り響いた。
「ッ……!」
夢見心地から現実に引き戻され、悠花は羞恥に身悶えしながら理央の頭を放す。
すると彼は流し目で笑い、通話ボタンを押した。
「消化器外科、大神です。……ええ。いえ、二、三点質問事項があっただけですよ。蜂谷先生もいるのに不埒なことなん……ああ、彼がオペに入ったのがバレましたか」
受話器から響くがなり声で、上司の重熊部長だとわかり、いたたまれなくなる。
戻って来ない悠花を心配し、電話を掛けたのだろう。
「そんなに怒らないでくださいよ。名前通りに俺がオオカミだからって、十分やそこいらで、ひつじの早食いなんてしません。もったいない」
くくっと喉を鳴らし言うけれど、腰を抱く力は緩まない。
それどころか、抱き寄せた悠花の身体に頬ずりしながら、理央は電話を続ける。
この状況を重熊に見られたら、いや、他のスタッフに見られたら、生きていけない。
そこまで思い詰め、耳まで真っ赤になっていると、ようやく理央が電話を切った。
「……早食いしないだなんて、嘘ばっかり」
自分は、先ほどのキスだけでこんなに混乱させられ、動揺しているのに、涼しい顔で冗談まで言う理央が恨めしい。
「味見程度はいいだろう。……おかげで、そこそこ疲れが取れた」
腕の力を緩めるついでに、悠花の腰から背骨を撫でながら理央が身体を起こす。
「悠花が俺と一緒に寝起きしてくれたら、完璧に元気になれるんだけどな」
「そういう冗談を言るようになれて、よかったですね」
「だから拗ねるな。もっとかわいがりたくなるだろう」
「かわ……ッ」
「まあ、どんな顔をして見せても、悠花は最高にかわいいよ」
甘い言葉を囁かれても、恋なんて後にも先にも理央以外にしたことのない悠花は、切り返すこともできない。
「もう。……それで? 重熊部長は」
「宮森と一緒にタクシーで帰宅させるから、いい加減に手放せと。……俺が送ってやりたいが、一部がうるさいしな」
「大神先生は仕事中なので仕方ないです。それに、送りオオカミも嫌ですから」
舌を出して見せると、理央が困ったように眉を下げた。
「……まあ、いろいろとあるんだよ」
悠花の手を取り、その甲にキスして理央が笑う。
「家に着いたら電話しろ。一時間以内に連絡がなかったら、誰がなんと言おうと全部ほっぽりだして、お前を探しに行くからな」
「なんですか、そのタイムトライアル」
心配され、気づかわれていることにくすぐったい嬉しさを感じつつ、素直になれず文句を言う。
「ああ、それから」
「まだありますか。過保護ですよ」
「黙って聞け。……悠花、日曜日は空いているか?」
「え?」
唐突に違う話題を振られ、きょとんとしてしまう。
確かに、今度の日曜は休みだが。
「約束しただろう。出掛けるって」
「そうでしたっ……け?」
首を捻ってみたものの、理央と出掛ける約束に覚えがない。
そもそも、平日以外で理央と出掛けるなど。
「デート、じゃないですか」
「それ以外に聞こえたなら、教えて欲しいな」
「えっ、いつ約束なんて」
はーっと溜息をついて、大きく肩を落とされる。
ただ、目と口は笑っているので、理央が本気で失望している訳でないとわかる。
「つれないな。俺は悠花とした約束は、全部、覚えているのに」
「それ、は……、ごめんな……」
「謝るな。ただ、わかりました。とだけ言え」
どこまで強引なのだろう。
でも不快ではない。
多分、理央は悠花が本気で嫌がることはしないという信頼があるからだ。
「これだけの仕事があるのに、休みなんて取れるんですか?」
「これだけの仕事があるから、人参をぶら下げて貰わなければ、やっていられない」
「私とのデートは人参ですか」
「ひつじを骨まで堪能して溺愛するなら、まずは前菜からだろう」
「前菜……って。……じゃなくて、骨まで堪能ってどういう意味ですか」
いよいよ顔が赤い。首筋どころか、身体のいたる所が熱っぽくてたまらない。
意味深で無駄に色気のある理央の眼差しに、意識がクラクラとしてしまう。
「これから。時間を掛けてたっぷり教えてやるから、そう焦らなくていい。それで予定は?」
真っ直ぐに見つめられ、緊張に乾きだす唇を舐める。
じりじりと炙るような理央の視線に耐えきれず、悠花はついに降参した。
「わかりました。でも、どこへ行くんですか?」
「知りたければ、約束を思い出せ」
「約束……約束って、うーん」
「そうだな、ヒントぐらいやるか。……デートする場所では、動きやすいほうが楽だと思う。以上だ」
訳がわからない。
頭の中に疑問符を浮かべていると、理央は自分の手をヒラヒラと振る。
御機嫌な様子にあっけに取られ、微笑み続ける彼を見ていた悠花は、重熊部長からの二度目の電話で我に返り、一目散にそこから逃げ出した。