書籍詳細
一夜限りのはずが、クールな帝王の熱烈求愛が始まりました
あらすじ
「俺のものになるって言えよ」蜜夜を共にしたのは、天敵エリート同期!?
大手化粧品会社に勤める結愛は、初恋を拗らせ恋愛に後ろ向き。だが、マーケティング部の帝王と呼ばれるエリートの亮磨と、ひょんなことから熱く甘い一夜を過ごしてしまう!平静を装う結愛に、亮磨は蕩けるような声と瞳で「俺だけを見ていればいい」と迫り、甘やかしてくる。そんな亮磨に惹かれていく結愛は、彼のため初恋にけじめをつけると決めて!?
キャラクター紹介
桃瀬結愛(ももせゆあ)
明るくひたむきな27歳。亮磨から怒涛の溺愛を受け、反発しながらも惹かれていく。
遊佐亮磨(ゆさりょうま)
容姿も能力も群を抜くスペシャルエリート。実は入社以前から結愛のことを愛している。
試し読み
コテン、と私の頭は彼の腕の中へ収まってしまう。
ここは、中年サラリーマン率が高く、焼き鳥を焼く煙がもくもくと立ちこめている赤提灯。
ワイワイ騒いで酒を酌(く)み交わす騒がしい店内だ。男女がイチャつくような場所では決してない。
それなのに周りの目を気にせず、遊佐は私を抱き寄せてきた。
心臓が痛いほどドクドク鳴っている。
彼の体温に包まれて、身体が熱くなってきてしまう。
こんなふうに、男性に抱きしめられた経験はない。だが、嫌悪感はない。
それどころか、心地よい体温にもう少し包まれていたい。そんなことを考えてしまう自分がいることに唖然とする。
急に今の状況を把握し、彼の腕の中で身じろぐ。
「ちょっと……! 遊佐? どうしたの?」
大声を上げたら、周りの視線がこちらに向いてしまうだろう。
それを恐れて小声で訴えたのだが、依然として抱きしめたままだ。
斜め上に見える彼の目を見て「離して」と訴えてみるが、却下される。
「人事課長に恋人になってほしいってお願いするつもりか?」
「そうじゃないけど……」
「そうじゃないけど?」
遊佐が、冷たい視線で見下ろしてくる。
彼の視線を受け止める自信がなくて、ソッと目を伏せた。
一瞬脳裏に「頼んでみようか」と浮かんだことは確かだが、それではあまりに誠意にかけるだろう。
そんなことをして、実際課長のことを好きになれなかった場合に困ることになる。
ただ、何かきっかけは必要ではないかと思ったのだ。
初恋を振り切る努力をしなければ、いつまでもこの場で蹲(うずくま)って指を咥(くわ)えているしかできないのだから。
いつもと違う様子の遊佐に驚きつつも、正直な気持ちを告げる。
少しだけ拘束が緩まった彼の腕から抜け出した。
店の中はとても賑やかだ。サラリーマンたちの豪快な笑い声、注文を聞いて威勢よくお礼を言う店員。目の前では、焼き鳥を焼く炭の爆(は)ぜる音。
しかし、私と遊佐の間には沈黙が落ちる。
気まずい空気を吸い込んで呼吸がしにくい。
「出よう」
彼が立ち上がり、店員に「おあいそを」と言う。その背中を見つめながら、私も立ち上がった。
店員たちの「ありがとうございました!」という威勢のいい声を聞きながら、引き戸を閉めた。
ただならぬ空気感が二人を包んでおり、それだけで何も言えなくなってしまう。
なんとか重い雰囲気を払拭したくて、彼に声をかけた。
「遊佐。お金……」
「今日はいい。次はモモがよろしく」
「でも……」
そんなことを言っていても、結局次回あやふやにされてしまう気がする。
財布を開こうとしたが、彼の手に止められた。
「いいから」
「ん……。了解。ごちそうさまです」
なんとなく今日はこれ以上押すことができず、私は素直に財布をバッグにしまった。
そこで再び無言になった彼を見て慌てた私だったが、頬に当たる冷たい滴(しずく)に意識が向く。
「あ……雨」
店に入る前は、雨は降っていなかった。
梅雨時期だから、いつ雨が降り出してもおかしくはないだろう。
だが、今日は朝から天気がよかったために傘の準備を怠(おこた)ってしまった。
そうこうしているうちにも、ポツリポツリと雨粒は空から落ちてくる。
店先で突っ立っておらずに早く駅へと向かわなければ、濡れてしまうだろう。
わかっているのだが、どうしてか足は動かなかった。
隣に立っている遊佐の足も、同様で動かない。
彼が何を考えているのかわからず、戸惑いだけが溢れてしまう。
抱擁は、私を慰めるためか。それとも、バカなまねをしそうになっている私に対しての戒(いまし)めか。
何か話さなくちゃ。通常時の二人の空気感を求めて、声をかけようとしたのだが先に声を出したのは遊佐だった。
「初恋を、忘れたいか?」
「え?」
突然そんな質問を投げかけられたため、反応が遅れる。
瞬きを繰り返して見上げると、彼の表情に初めて見る陰りが見えた。
どこか硬い表情の彼に、首を傾げる。
「忘れたいんだろう? で、一歩を踏み出したい」
「遊佐?」
「そういうことなんじゃないのか?」
「まぁ……うん」
先程の話について、遊佐なりの見解を言おうとしているのだろう。
雨脚が強くなってきた。降りしきる雨を見つめながら頷く。
「って言ってもさ。簡単にできるようなら、今頃たくさん恋愛しているとは思うんだけどね」
わざと軽く笑い、私は「ごめんね」と謝りを入れた。
「面倒くさくてごめん。遊佐にはなんでも話せちゃうからって、今日のこれはないわ。うん」
「……」
「酔っ払いはたちが悪いよね。本当、ごめん。ごめ……」
感情がグチャグチャだった。ただ、無性に寂しくなってしまう。
このまま、誰とも愛し合うことができずに一生一人でいるのかな。そんなふうに考えたら、悲しくなってきてしまった。
いや、切ないという気持ちが正しいのだろうか。
自棄(やけ)な気持ちになり、この世界のどこかにいるであろう黒髪の彼に悪態をつきたくなる。
さっさと、彼のことなんて忘れたい。
思い出を美化して一歩が踏み出せずにいると思う一方、それは言い訳なのだろうとも思う。
私は、臆病で怖がっているだけだ。
あの初恋で見えたものと言えば、外見しか見ない男性が結構たくさんいるということだ。
私は黒髪の彼を好きになったことをきっかけに、ダイエットに励んだ。
少しでもかわいくなりたくて、必死に痩せようと努力した。
結果としては、ダイエットは成功して見た目もかなり変わったはずだ。
だが、それが正解だったのか。今でもよくわからない。
ぽっちゃりだった私に心ないことを遠慮なく言っていた男子たちの陰口は、急に鳴りを潜めた。
それどころか、私のことをチヤホヤし始めたのである。
戸惑う私を前にして『痩せる前のお前は女としてあり得なかったからな。この体型を維持しろよ?』そんな酷いことを言う男子もいた。
相手は何気なく言った言葉だったのかもしれない。でも、私にとっては大人になった今も思い出してしまうほど辛い言葉だった。
容姿が変わっただけで、周りの人間は私を見る目が変わってしまうのか。私の中身はどうだっていいのだろうか。
その考えに至ったとき、愕然(がくぜん)としたことを鮮明に覚えている。
学生の頃も特に顕著だったが、年を重ねるにつれて外見にこだわるのは、男性が多いと感じた。
それがわかってからだ。男性が信用できなくなってしまったのは。
高校卒業後は、私がぽっちゃり容姿だったことを知る人は周りにいない状況になった。
しかし、どうしてもあのときの手のひらを返したような態度を思い出して怖くなってしまうのだ。
理想の桃瀬結愛像を勝手に作り上げられ、少しでも私が彼らのイメージに外れたことをしたら……?
恋人になった男性は、私がイメージ通りの女性ではなかったと思った時点で距離を置くかもしれない。
そんなふうに考えてしまうようになってしまった。
その考えが根底にあるため、今まで男性と距離を置いてきた。
黒髪の彼なら、そんな考えをしない。心優しい彼なら、私の中身を見てくれる。
そんな漠然とした理想を抱いているから、私は初恋から抜け出せないのだろう。
黒髪の彼以外の男性は、信用ならない。何年もそんなふうに思い込んでしまっていたからこそ、私は他の男性に目が向けられないのだと思う。
でも、遊佐は――。
私にとって特別で、唯一の例外。それだけ、彼に信頼を寄せている。
彼に泣き顔を見られたくないと思っているのに、ポロポロと涙が零れ落ちていく。
地面に落ちた涙は、雨と交じり合ってその痕跡はすべて消えていた。
雨に消えていくのを見て、涙に音がなくてよかったと思う。
もし、雨音のように音がするのなら、私が今泣いていると彼が気づいてしまったはず。
慌てて手の甲で涙を拭ったあと、スマホを取り出す。そして、写真フォルダを開いて、とある写真を見せた。
「これ見て、どう思う?」
黒髪の彼に初恋をする前、ぽっちゃり体型だった頃の私だ。
真新しい制服に身を包んだ私は、満面の笑みを浮かべている。
高校を卒業してから出会った人には、見せたことがない写真だ。
遊佐は、これを見てどんな反応をしてくるだろう。
彼に限ってないとは思うが、ぽっちゃりだった過去を笑ったりしないだろうか。
不安を抱いて息を殺しながら、スマホを覗(のぞ)き込んでいる彼を見た。
(え……?)
ドクンドクン――。胸が苦しいほど高鳴ってしまう。
(どうして……? どうして、そんなに優しい顔で昔の私を見ているの?)
彼がどんな反応をするのか、予想はできなかった。
「変わったな、モモ」と言うぐらいかなと思っていたが、まさかこんなに柔らかい表情で昔の私を見ているなんて。
彼の反応に言葉をなくしていると、その柔らかい表情のまま笑いかけてきた。
「モモは変わらない。この笑顔なんて、今のまんまだな」
「え……?」
優しい声色で言う彼は、目尻を下げて写真をほほ笑ましいという表情で見つめている。
「高校の頃のモモも、今と同じで元気いっぱいだったんじゃないか?」
「えっと……」
「で、お人好しで友達に宿題とか見せてあげてただろう。クラス委員とかやっていたクチか?」
「う、うん……」
慌てて頷くと、遊佐はフフッと楽しげに笑ってきた。
「全然変わってねぇな、モモは」
「え?」
「今も誰かに頼られて、それに応えようと頑張っている。桃瀬結愛は、いつも一生懸命だ。何事にも」
そう言った彼の表情があまりに綺麗で、息を呑んでしまう。
彼は慈(いつく)しむように、スマホの画面にゆっくりと指を滑らせた。
私の頭を優しく撫でるような指遣いを見て、込み上げてくる嬉しさや照れくささなどの感情を抑え切れない。
彼は、屈託なく笑う。
「俺がモモと同じ学校に通っていてさ。クラスメイトだったら、どうだったんだろうな?」
「え?」
遊佐に見惚れていた私は、我に返って返事をする。
すると、零れるほどの笑みを見せてきた。
「クラスの決め事とかで、あれこれ意見言い合っては白熱していたかもな」
楽しげに笑う遊佐は、いつもの彼だ。想像していた展開ではなく、拍子抜けしてしまう。
私は、恐る恐る気になることを聞いてみる。
「すごくぽっちゃりしているでしょ? 今とは随分変わっていると思うけど。この頃の知り合いが今の私を見ても誰も気がつかないと思う」
気持ちが落ち込んでしまい、声が沈んでしまう。
そんな私に、彼はなんでもないという素振りで言った。
「見た目は変わったかもしれないけど。お前のここは何も変わってないんじゃないのか?」
そう言って彼は、自分の胸をトントンと指で叩く。
そして、スマホを私に返してきた。
「目を見ればわかる。それに、モモの礎(いしずえ)だぞ? この頃のモモがいたから、こうして今のモモがいる。そうじゃないのか?」
「遊佐」
「何をコンプレックスに思っているのか知らないけど。今も昔も、モモはモモだ。そうだろう?」
遊佐は狡い。クールな顔をして、私が一番欲しかった言葉をくれる。
スマホを受け取り、バッグにしまいながら再び涙目になってしまう。
そんな私に、彼は雨空を見上げて呟いた。
「なぁ、モモ」
「ん?」
「断言してやる」
「え?」
雨を眺めていた彼が、真剣な顔をして見つめてきた。
ドキッとするほどセクシーな眼差しに、心臓が忙しなくなってしまう。
息苦しいほど鼓動が速まってしまい苦しい。
辺りは薄暗く、視界が悪い。
私が頬を真っ赤にさせていることには気がついていないようで、彼はより私の心臓を切なくさせてくる。
「真新しい制服を着た、高校生モモを好きだった男は必ずいた。断言してやるよ」
そう言い切る彼の顔は、清々しく真剣だ。
どこにもからかいの色は見えず、ただ真実を言っている。そんな自信さえも感じられた。
情熱的な目で見つめられ、私はどうしたらいいのかわからなくなってしまう。
咄嗟(とっさ)に出た言葉は、恥ずかしさで小声になってしまった。
「いいよ、慰めてくれなくても……」
慌てて視線を落とした。
遊佐なりの優しさだってわかっている。だけど、あんなに真剣な目で言われたら本気にしてしまいそう。
そんなこと、あり得るわけないのに。
ぽっちゃりだった私に恋してくれていた男子が本当にいたんじゃないかと勘違いしそうになる。
首を横に振ると、彼は私の頭にその大きな手を乗せてクシャッと髪を乱してきた。
「嘘はつかない」
「遊佐」
「このかわいい笑顔にやられていた男は、絶対にいたぞ? 賭けてもいい」
「っ!」
ドキドキして息ができない。遊佐に慰められている。それは、わかっていた。
慰めだとわかっているのに……私は――彼にだけしか感じない、心の奥底に眠っていた甘く蕩(とろ)けてしまいそうな気持ちに背中を押された。
初めては、彼がいい。そんな想いが込み上げてくるのはなぜだろう。
彼のことを考えるだけで胸のときめきが止まらなくなり、鼓動が速くなる。
そんな現象を、なんと呼ぶのか。
ただ、彼が欲しい。彼に触れてほしい。そんな感情が、私を大胆にしていく。
「モモ?」
遊佐に手を伸ばし、背の高い彼を見上げる。
戸惑う彼の腕をキュッと掴み、緊張して震える唇で言葉を紡いでいた。
「遊佐……お願いがある」
「モモ?」
「トラウマから抜け出す手伝いをしてほしい」
「手伝い?」
「私を大人にしてほしい。心も身体も、全部」
「……っ」
息を呑む彼に、私はしっかりとした口調で言っていた。
やめておけ、と心の中の自分が騒いで止めようとする。だが、それを振り切って懇願している自分がいた。
「私と……一晩一緒に過ごしてくれない?」
「モモ」
「私、遊佐になら全部曝(さら)け出すことができると思うの」
「……っ」
言ってしまった。どうしようと戸惑いつつも、私の心は彼に縋ってしまっていた。
黙りこくっている彼に、必死に懇願したくなる。
少しだけ背伸びをし、彼に身体を近づけて見上げた。
「迷惑だってわかっている。だけど、遊佐にしか頼めない」
「……」
「一歩を踏み出す勇気が欲しいの。ボランティアだと思って……お願い!」
無茶苦茶だなぁ、と頭の片隅にいる冷静な自分が言う。
だけど、こんなお願いは彼にしかできない。
お酒のせいで気が大きくなっているのだろう。だが、今のこの勢いでなければ、こんなことは言えない。
明日になり酔いが醒(さ)めれば、きっと今までのままコンプレックスを抱えたウジウジした自分に戻ってしまうはず。
縋るように彼を見つめていたが、何も言ってくれない。
誰だってこんなお願いを言われたら困ってしまうだろう。良識があれば、尚更だ。
(そりゃ、そうだ。ボランティアだとしても、遊佐だって相手を選ぶはずだし)
遊佐が選んでくれなかった。そのことに、なぜか言いようのない切なさが込み上げてくる。
これ以上、彼を困らせてはいけない。
酔っ払いの戯れ言(ざれごと)で処理してしまおう。笑ってごまかせば、彼もなかったことにしてくれるはず。
申し訳なさに土下座したい気持ちのまま口を開きかけたが、急にスーツのジャケットが私の頭に被せられた。
「え?」
フワリと遊佐の香りがする。
ドクン――。私の思考が動きだす前に、心臓が忙しなく動き始めた。
驚いて彼を見上げると、熱っぽい目で見つめられていた。忙しなく胸が騒いでしまう。
「いいぞ? 初恋が枷(かせ)になっているモモの気持ちは痛いほどわかるし」
「え?」
どういう意味だろう。小首を傾げると、困ったように眉を下げた。
「俺も一緒だったからな」
「遊佐も? 初恋拗らせていたの?」
「まぁな。だから、モモの気持ちはわかる。それに、俺もそろそろ一歩を踏み出したいと思っていた。モモと一緒だな」
「遊佐……」
「いい人でいるのも飽きた。もう……なりふり構っていられないってことだ」
「え?」
どういう意味なのかわからず聞き返したのだが、その返事はくれない。
だが、彼がなかなか彼女を作らなかった理由はなんとなくわかった。
それは、私と同じで初恋を拗らせていたからだ。
とはいえ、どうしてなりふり構っていられないという言葉に繋がっていくのだろう。
何か引っかかりを覚えたのだが、次の彼の言葉を聞いて我に返る。
「俺として、後悔しないか?」
「え?」
最初はなんのことを言っているのか、わからなかった。だが、すぐに気がつく。
私が抱いてほしいとお願いした答えだ。
まさか話に乗ってくれるなんて思わなかった。
冗談を言っているのか、と彼の目を見たが、真摯(しんし)な色以外何もない。
それならば、と躊躇なく頷く。
少しだけ話を持ちかけたことに後悔していたが、彼の言葉を聞いて覚悟ができた。
今の私は、お酒の力を借りているのだと思う。だけど、酔いの勢いがなければこんな大胆なことはできなかったはず。
今はお酒のせいにして、いつもならあり得ないことをしてしまいたい。
敢えて、彼の優しさに飛び込んでしまいたくなる。
そう、優しさ。これは彼なりの優しさだ。だからこそ、無理をさせるわけにはいかない。
彼の目を見て、もう一度だけ問うてみる。
「私は後悔しない。だけど、遊佐はいいの?」
「もちろんだ」
はっきりと頷く彼を無言で見つめたままでいると、「ジャケット、しっかり被っていろよ」と言って私の肩を抱いてきた。
「後戻りはもう、させないから」
「遊佐?」
「俺はもう、遠慮しない」
「え?」
「チャンスは絶対に見過ごさない主義だ」
私を慰めるために抱く。それは、彼の優しさのはず。
だが、彼が発する言葉に、勘違いをしてしまいそうになる。
どういうことかと聞こうとしたのだが、彼は強引に私を引きつれて一歩を踏み出す。
「走るぞ」
「え? え?」
慌てる私を抱き寄せ、彼は雨の街へと走り出す。
それに連れられて私もまた、促されるままに飛び出した。