書籍詳細
無敵の最強弁護士と懐妊契約いたします
あらすじ
交際0日で子作り相手に志願され…!?完璧な旦那様に愛し尽くされる妊活ライフ♡
結婚詐欺に遭い、職場の先輩の紹介で法律事務所を訪れた環奈。事件解決の約束と引き換えに、弁護士・亮平と子作り必須の結婚をすることに。「契約を果たしてもらう」――亮平に導かれるまま初夜を迎え、愛のない日々が続くかと思いきや…始まったのは過保護に甘やかされる新婚生活。身も心も愛される中、環奈はついに新たな生命を授かって…!?
キャラクター紹介
横尾環奈(よこおかんな)
広告代理店で働くOL。結婚詐欺の被害に遭い、亮平の事務所へ相談に訪れる。
高須亮平(たかすりょうへい)
『高須法律事務所』の弁護士。家庭の事情で強い女系遺伝子を求めている。
試し読み
「よし、じゃあ行こう」
駐車場につくと、私は意気揚々と彼の車に乗り込んだ。が、すぐに眠くなってきた。今日一日の疲れが一気に襲ってきたようだ。
助手席で寝ちゃうなんて、失礼かな。ダメだ、起きてなきゃ……。
しかし意思とは反対に、瞼が勝手に閉じ、私は眠りの世界に旅立ってしまった。
どれくらいの時間が経っただろう。肩をとんとんと叩かれた刺激で目を覚ました。
「おはよう。目的地だよ」
ハッとした私は慌てて口元を拭い、姿勢を正して外を見た。が、普通の駐車場が広がっている。まるで駐車場から駐車場にワープしてきたみたい。
彼に続いて車から降りる。
そういえば、お泊まりする準備をしてこなかった。ホテル内にコンビニがあるといいんだけどな。
なんてのんきに歩いていた私は、連絡通路からホテル内に入って絶句した。そこには昼間の宝石店と似たようなきらびやかな世界が広がっていた。
露天風呂付き客室って言うから、もっと和風のしっとりしたホテルを想像していた。
ところがここは、完全に近代のホテルだった。
ロビーにはいろんな人がいるけど、親子連れや学生グループはいない。品のいい老夫婦や、質のよさそうなスーツを着たビジネスマン風の人々が多い。
「会員制のホテルだから、静かだろう」
「か、会員制」
会員制のホテルって入会金だけで百万円以上、年間使用料が数十万で、それとは別に宿泊料が数万もかかると聞いたことがある。
うーん、嫌だな。昼間の宝石店あたりから、私の頭は電卓になっちゃったみたい。お金のことばかり考えている。
しかしもうここまで来てしまったら拒否するのもなんだし、恐縮しながらも覚悟を決めた。
カウンターで手続きを済ませ、キーを受け取りエレベーターホールへ向かう。コンビニに行きたいなどと言い出せる雰囲気ではない。
クラシックな見た目のエレベーターに乗り込み、亮平さんとふたりきりになると、やっと少しホッとした。
「今日は緊張してばかりです」
「そのようだな。もっと肩の力を抜けばいいのに」
抜けばいいのにって言われても。だって私、庶民だもの。慣れない場所は誰だって緊張するでしょう。
「私とあなたは、やっぱり住む世界が違うんですね」
今さらだけど、エリート弁護士と結婚するって大変そう。まず彼の感覚に合わせるまでにどれだけの時間がかかるかな。
「ご両親にも言ったけど、俺自身の生まれは大したことない。だから、そう異世界の人間みたいに言われると違和感を覚える」
「はい?」
「今の生活ができるのは、生まれた環境だけでなく、今までしてきたことの結果。ただそれだけだ」
少し機嫌を損ねたような亮平さんは、目的の階に着いてエレベーターを降りると、先にスタスタと歩いていってしまう。
その背中を見て、私は自分を恥じた。
お父さんは超お金持ちのエリート弁護士。生まれつきのセレブの息子は感覚が違うよな、なんてどこかで思っていた。
でも彼は、自分で努力して今の成功を摑んだのだ。有名私立幼稚園の受験に落ちても、挫けずにやってきた。
一方私は、実家で大事にされてぬくぬくと過ごしてきた。好きな絵ばかり描いていた。
危機感を覚えたことは、ほぼない。潤一にお金を取られ、貯金が残り少ないと実感したときに初めて、危機感という言葉の意味を知った気がする。
そんな私が、まるで自分の感覚が一般的みたいに考えていた。
彼の感覚に「合わせる」だって。なんて押しつけがましいんだろう。
「ごめんなさい」
私は立ち止まり、うつむいた。廊下に敷かれた絨毯の模様を見つめる。
「なにが」
前の方から亮平さんの声が聞こえた。
「住む世界が違うなんて言って」
彼の言う通り、相手を異世界から来た変わった人みたいに言ってはいけなかった。
「別に謝る必要はない。ただ、寂しかっただけだ」
「寂しい?」
どういう意味だろう。思わず顔を上げる。亮平さんはこちらを振り返り、眉間に皺を寄せて言った。
「私とあなたは合わないんだって、言われた気がした」
亮平さんの目の中に、ちらりと孤独の影がのぞいたような気がした。
「そ、そういう意味じゃありません!」
「そうか。ならいい」
彼は眉を開き、静かにうなずいた。
亮平さんは「もしお父さんからの援助が打ち切られたら」というプレッシャーの中で生きてきたのだ。のんきな私とは違って当たり前。
なら、今からお互いのことを知っていくしかない。
今日は私が驚きの連続でぐったりしてしまったけど、逆に彼が私の常識を非常識だと思ってげんなりする日も来るだろう。
それでも私たちは夫婦なのだから、お互いの常識をすり合わせて仲良くやっていくしかない。結婚って、そういうものだろう。
気後れしている場合じゃない。私はこの人の妻になった。それらしく振る舞っていいんだ。
覚悟を決めると、急にお腹が空いてきた。漂ってきた芳しい香りに、鼻孔をくすぐられる。
「ここはレストランフロアなんだ。部屋に行く前に夕食をとっていこう」
「賛成!」
もう午後七時になる。私の空腹は限界を迎えていた。
勢いよく右手を上げると、亮平さんが「挙手はしなくてよろしい」と言って笑った。
夕食は和洋折衷のビュッフェだった。
疲れたから軽めに済ませようと思っていたのに、気がつけばお腹いっぱいになるまで食べていた。
どれもこれもおいしかったというのもあるが、とどめは色とりどりのデザートコーナーだった。
ケーキやマカロン、ゼリー、チョコレートファウンテンなどなど。
料理でおなかいっぱいになったあとに、さらに甘いもので追い打ちをかけてしまった。しかもちょっぴりお酒まで飲んだ。
「妊婦さんみたいなお腹になっちゃった」
ぽっこりと張り出たお腹をさすりながら部屋に向かう。亮平さんが慣れた足取りで目的の部屋まで案内してくれた。
「どうぞ」
ドアを開けてくれた亮平さん。私は重くなったお腹を抱えて中に入る。と、照明が自動で点いた。
「お邪魔します……って、え? ええっ?」
廊下からドアを開けて部屋の中を見た私は、目をぱちくりしてしまった。
目の前に広がるのは、私が住むマンションの五倍くらいの広さがありそうな、豪華な部屋だった。
ガラス張りの壁の向こうには、ちかちかと光が瞬く。なにかと思えば、豪華な夜景だった。
ちょうど大きな電波塔の真上に三日月が乗っかり、オシャレなオブジェのように見える。
バルコニーに繫がるすりガラスのドアを開けると、露天風呂がそこにあった。真四角の浴槽はふたりで入ってものびのびできそう。
「すごい……」
それきり、私は声を失ってしまった。夜景から目を離すと、ダブルベッドが見えた。
ダブルということは、私たちここで一緒に寝るのよね。
お風呂に入ってバタンキューしちゃえば寝る体勢はどうでもいいと思うけど、やっぱりちょっと緊張する。
いびきとか歯ぎしりとかしたらどうしよう。
いろんなことを考えていると、後ろから肩を叩かれた。
「どうぞ、先にゆっくり風呂に入っておいで」
「いいんですか?」
「ああ。一緒に入りたいなら喜んで同行するが」
いやいやいや、初めてのお泊まりで、いきなり一緒にお風呂に入るのはキツイ。まだ明るいところで裸になれるような仲じゃない。
ぷるぷると首を横に振ると、亮平さんは「残念だな」と言ってソファにゆったりと腰かけた。
私は備え付けの化粧品やバスローブを持って、先にお風呂に入ることにした。
よくよく考えれば、ものすごく大胆なことをしていないか? 私。
外や室内から見えないようになっているとはいえ、ドア一枚隔てただけのところで、お風呂に入っているなんて。
しかもここを出たらすっぴんでノーブラだ。
亮平さん、がっかりしたりして。
すっぴんだと顔が子供っぽくなるし、ブラがないと盛っていた分がなくなるからなあ。
でもま、仕方ないか。がっかりされても。結婚ってそういうもんよね。結局いつかは見られちゃうんだもの。
広い湯舟に浸かっていると、心が開放的になってきた。詐欺でズタボロになっていた気持ちまで癒されるようだった。
「お待たせしました。どうぞ」
お風呂から上がった私は亮平さんの後ろをすり抜け、洗面台へ直行した。
私はアメニティでスキンケアをし、髪を乾かした。
亮平さんがお風呂に行った気配がしたので、部屋に戻ってバッグの中から化粧ポーチを取り出した。
眉の形をパウダーで整える。いつもより自然な仕上がりになるように気をつけた。
アルコールのせいか、胸がドキドキする。
ここに来るまで考えていなかったけど、よく考えればこれってそういう流れだよね。
だって、夫婦になった二人が初めて一夜を共にするんだもの。
早く女の子の赤ちゃんが欲しい彼は、一分一秒だって惜しいのだろう。だけど、入籍までは律儀に待ってくれていたのだ。
「そうか、そうだよね……」
きっと私はこれから、彼に抱かれる。
結婚し、子供を生む。それが私たちの契約だ。
覚悟を決めなくてはならない。私は亮平さんの妻になったのだ。
とはいえ、それこそ人生で初めてのこと。覚悟は決まっても、緊張はおさまらない。深呼吸を繰り返していると、バタンとドアが閉まる音がして、息が止まりそうになった。亮平さんがお風呂から出てきたのだ。
バスローブのままで部屋の中をウロウロしていた私は、とりあえずベッドの脇で止まった。
亮平さんが近づいてくる。顔を上げると、彼のバスローブの合間から、鎖骨や胸の筋肉が見えた。
どくんと鼓動が跳ねた。急に恥ずかしくなり、自分のバスローブの胸元をギュッと握って合わせた。彼からも、私の肌が見えているかもしれない。
「環奈」
手首を優しく握られ、引き寄せられる。私は亮平さんの腕の中に閉じ込められた。
素肌同士が触れ合う慣れない感覚に、体が震える。
「やっと君を妻にできた」
顎を持ち上げられ、唇を奪われる。この前の優しいキスを思い出す。
彼の唇のぬくもりに身を任せていると、ぬくもりが熱に変わっていく。
熱いそれは私の唇をむさぼるように、深く重なった。
彼の舌が口腔内に侵入してきたとき、思わず身を引きそうになる。知らない感覚に溺れるのが怖かった。
覚悟を決める時間が短かったかも。
すっかり怖気づいた私は、彼の腕から逃れる術を探した。
だが亮平さんは私が離れるのを許さず、強く抱きしめた。頭の後ろに手を添え、激しい口付けを繰り返す。
口腔内を蹂躙されたあと、やっと唇を離された。
濡れた唇が懸命に酸素を求める。
激しく打つ鼓動を宥めようとしているのに、うまくいかない。彼に摑まってやっと立っている状態だ。
「契約を果たしてもらうよ」
彼と私の契約。
私が果たすべきことは、結婚して彼の子供を生むこと。
「はい……」
もう、逃げることはできない。
私がうなずくと、彼は私を優しくベッドに横たえた。
自分の眼鏡を外す亮平さんの顔に、一層胸が高鳴った。彼の素顔を見るのは、これが二度目だ。
私は彼の顔にそっと触れた。そこにはエリート弁護士ではなく、ただのひとりの男性がいた。
一瞬目を細めた彼に、再び口付けを繰り返される。バスローブのベルトを外され、直接触れられた素肌が熱くなる。
指や舌で翻弄され、いざ繫がろうというときに、私は身を固くしてしまった。
最初に、なにもかもが初めてなのだと言っておけばよかった。
あまりに慣れていない私の態度からなんとなく察したのか、亮平さんは私を安心させるように声をかけてくれる。
「大丈夫だ。大事にする」
必死にうなずいた私は彼の背中に手を回し、強くしがみついた。
これから慣れていけば、いつかは本当の夫婦みたいになれるかな?
そんなことを考えたけど、それもたった一瞬。
私は目の前の亮平さんのこと以外、なにも考えられなくなってしまった。