書籍詳細
身体から始まる極上蜜愛~完璧御曹司に心まで堕とされました~
あらすじ
「何が何でも、俺を好きにさせてやる」人違いの恋でも独占欲を注ぎ込まれています
人違いをきっかけに知り合ったホテル王の御曹司・頼人に交際を申し込まれた燈子。世界が違いすぎると断るが、「俺を好きにさせてやる」と甘く迫られる。自分に似ているという女性が気になり、素直になれない燈子だが、彼は予想以上に溺甘で…!?初心な燈子は戸惑いつつ、頼人が孕む色気と、蕩けるような溺愛に惹かれていくのを止められず…。
キャラクター紹介

奥野燈子(おくのとうこ)
映画配給会社に勤め、映画づけの毎日を送る26歳。料理は好きだが、片付けは苦手。

間宮頼人(まみやよりひと)
超有名ホテルグループの御曹司にして、元華族の家柄。ふと見せる気さくな一面が魅力。
試し読み
「君のその生活の中に、俺も入れてもらえたらうれしいな」
「えっ」
思わせぶりな発言に、燈子は咄嵯に何と返していいか迷う。
昨日交際を申し込んできたときもそうだが、彼はこちらがドキッとするような発言をすることがあり、燈子はそのたびにひどく動揺していた。
(最初はすごく折り目正しくて、いかにも“御曹司”って感じの印象だったのに、昨日から少しずつ変わってきてる。さらっと甘いことを言えちゃうのって、間宮さん、意外に恋愛経験が豊富なのかも)
燈子のほうはどうなのかといえば、近頃はとんとご無沙汰だ。
どちらかといえば派手に見られがちな燈子は、実は一人としかつきあったことがない。大学二年のときにようやくできた彼氏とは三年余り交際したものの、社会人になった途端に相手が同じ会社の女性と浮気をして、別れる羽目になってしまった。
信頻していた相手からの裏切りに傷ついた燈子は、以前にも増して仕事に打ち込むようになり、気づけば三年半ほど色恋から遠ざかっていた。交際した相手が一人しかいないこともあって、燈子の恋愛スキルは高くない。そのせいか、間宮の言葉にいちいちどぎまぎしてしまう。
(わたしの恋愛経験が少ないって、この人にばれるのは嫌だな。いや、そもそもつきあう気はないんだけど)
昨日に続き、なぜかこうして食事を共にしてしまっているが、はっきり「つきあえない」と言わなければならない。
そう思いつつもなかなか切り出すタイミングが見つからず、燈子はそわそわしながらワインを口に運ぶ。そして会計を済ませ、外に出たところで、彼に向き直って言った。
「間宮さん、昨日に引き続き、奢っていただいてすみません。ご馳走さまでした」
「俺が誘ったんだから、奢るのは当たり前だよ。気にしなくていい」
間宮は事も無げにそう答えたものの、燈子は「いえ」と首を横に振った。
「そういうわけにはいきません。以前もお話ししましたけど、わたしは奢られるのは好きではないんです。だってフェアじゃないですし」
すると彼は、困ったように笑って言う。
「フェアとかアンフェアを恋愛で出すのは、ナンセンスじゃないかな。少なくとも俺は、好きな子に何でもしてあげたいタイプだから」
「借りを作るみたいで嫌なんです。だからわたしと間宮さんは、たぶん価値観が合わないんだと思います」
“好きな子”と言われたことに図らずもドキリとしつつ、燈子は意を決して告げた。
「昨日は断りそびれてしまったんですけど、おつきあいする話は正式にお断りさせていただけないでしょうか。間宮さんとわたしはいろんな意味で差がありすぎますし、それを埋めるのは難しいと思うので……。お願いします」
少しひんやりとした夜風が吹き抜け、燈子の後れ毛を揺らす。
よく考えて出した結論のはずなのに、こうして実際に口に出すと罪悪感が疼いた。間宮に対して悪い印象は抱いておらず、彼はむしろとても素敵な男性だ。整った顔立ちと優雅な物腰、落ち着いた性格や話し方は見惚れるほどで、「上流階級の人間は、こういう人のことをいうのだ」と実感できる人物だといえる。
(……でも)
その出自が、問題だ。
いかに素敵な男性でも、自分はまったくそぐわない。しかも彼は「年齢的に、結婚も考慮する」と発言していて、燈子はすっかり腰が引けてしまっていた。
(だから)
だからはっきりと、断る。
その結果、友人づきあいを続けることが難しくなったとしても、それはもう仕方がない。傷が浅いうちにきっぱり引導を渡すことが、今の自分にできるもっとも誠実な対応だと燈子は考えていた。
すると彼はこちらに視線を向け、しばらく押し黙る。整った顔に正面から見つめられるとにわかに心拍数が上がって、燈子は小さく問いかけた。
「な、何ですか?」
「ん? 何となくそんな話をされるような気がしていたから、さして驚きはないんだけど。ひょっとして奥野さん、あまり恋愛経験がないのかなと思って」
突然の指摘に心臓が跳ね、図星を指された燈子は動揺しながら言う。
「そんなことはありません。わたし、これでも結構もてるほうですし」
「君はきれいで魅力的だから、それは否定しないよ。でも反応のいちいちが初心で、もしかしたらと思ったんだ」
自分の挙動には、そんなにも経験の浅さがダダ洩れだったのだろうか。
そう考えるとむくむくと反発心が湧き起こり、燈子はむきになって訴えた。
「恋愛慣れしてるかどうかなんて、ちょっと話したくらいじゃわからないじゃないですか。わたしの対外的な態度に騙されるなんて、間宮さんも意外にたいしたことないですね」
「そうか、俺の観察眼のなさが露呈されたってわけか。だったら本当の奥野さんは、恋愛慣れした大人の女性ってことでいいのかな」
「も、もちろんそうです」
どぎまぎしつつ、精一杯普通の顔を作って燈子が答えると、間宮がニッコリ笑って言う。
「じゃあ今後は、そういう前提で君に接することにするよ。とりあえず自宅まで送るから、車に乗ってくれ」
燈子は慌てて「自分で帰る」と固辞したものの、彼は聞かず、結局送ってもらう羽目になる。
走り出した車の中、居心地の悪い気持ちで助手席に座りながら、燈子はじっと考えた。
(さっき今後がどうとか言ってたけど、この人、わたしの話をちゃんと聞いてたのかな。「おつきあいする話は、正式にお断りしたい」って言ったのに)
とはいえ恋愛経験の話題についてはさらりと流してくれて、ホッとした。
今までの友人づきあいが楽しかったこともあり、このまま疎遠になるのには一抹の寂しさがあるものの、いろいろ考えた末に“間宮とは恋愛できない”という結論に達したのだから、仕方がない。
そんなことを考えているうち、自宅付近までやって来る。燈子が「ここでいいです」と言うと、間宮が緩やかに車を減速させた。
彼がハザードランプを点灯させ、カチカチという音が車内に響いた。そのタイミングで、燈子は少し緊張気味に「間宮さん、あの……」と切り出す。しかしそれを遮り、彼が言った。
「――さっきの話だけど、俺は受け入れかねる」
「えっ?」
「『おつきあいを、正式に断らせてほしい』って言ったことだ。君には昨日交際を申し込んだばかりで、まだ俺についてよく知っていないだろう? そんな状況で断られるのは、納得がいかない」
思いがけない間宮の言葉に、燈子はしどろもどろになって答える。
「でも……わたしは」
「そういう結論を出すのは、もっと様子を見てからでもいいはずだ。君と交際するに当たって、俺は家柄とか立場はネックにはならないと考えてる。たとえ誰かに横槍を入れられたとしても、自分が好きになった相手のことは全力で守るつもりだから」
街灯に照らされた顔は端整で、燈子の胸がドキリと跳ねる。
彼の眼差しは真剣で濁りがなく、本心からそう言っていることが如実に感じられた。
(でも……)
間宮は「家柄や立場はネックにはならない」と言うが、燈子の考えは違う。
名家に生まれ育った人間には考えもつかないのかもしれないが、平凡な一般庶民であればこそ感じる気後れがある。
(どういう言い方をすれば、わかってもらえるんだろう。あんまり卑屈なことは言いたくないのに)
「あの……」
言いよどむ燈子に対し、ふいに彼が「ああ、それとも」とつぶやく。
「やっぱりさっきの指摘は、図星だったってことかな。君は恋愛経験の浅さゆえに、俺に対して腰が引けてる」
「そ、そんなことないから!」
かあっと頬が紅潮し、燈子は敬語を使うのを忘れて言い返す。
「どうしてそういうふうに思うのか、まったく意昧がわからないんだけど。変な勘繰りはやめて」
「ふうん。じゃあ君は、色恋の酸いも甘いも知り尽くした大人の女性だと?」
「も、もちろんそうよ」
ぎこちなく間宮の言葉を肯定すると、彼は思いがけないことを言う。
「だったら試してみないか? 俺が君のお眼鏡に適う男なのかどうか」
一瞬何を言われたのかわからず、燈子は間宮の顔を見つめ返す。そしてポツリとつぶやいた。
「試すって……」
「身体の相性を確かめるのはどうかと提案してるんだ。お互いに大人なんだし、そういう方法もありだと思うんだけど」
彼の言っている意味がのみ込めてきて、燈子は頬がじわじわと熱を持つのを感じる。
見た目は貴公子のように品のある間宮の口から、まさかそんな発言が飛び出すとは思わなかった。あまりにもさらりと言われたため、一瞬聞き間違いかと考えたものの、聞いたとおりの内容らしい。
(どうしよう、何て答えるべき? いきなりこんなふうに誘ってくるなんて、この人、今までもどこかの女性と即物的な関係を結んできたのかな)
確かにこれだけの容姿と家柄、そして肩書があれば、異性からは引く手あまただろう。
片や自分はというと一人としかつきあった経験がなく、燈子の中でコンプレックスが疼く。それと同時に、心にはかすかな好奇心も確かに存在していた。
(ベッドでのこの人は、一体どういう感じなんだろう。……全然想像できない)
ずっと折り目正しい話し方だった間宮が素の口調になったとき、燈子はドキリとした。
もしかしたらベッドでも今までとは違う顔を見せるのかもしれないと思うと、落ち着かない気持ちになる。運転席に座る彼が、こちらをじっと見つめて再度問いかけてきた。
「――どうする?」
「……っ」
挑発に乗るなんて、馬鹿馬鹿しい話だ。
燈子は今日、交際の申し込みを断ろうと考えていた。そんな相手と身体の相性を確かめる意味は、まったくない。なのに思いがけない間宮の強引さと酒の酔いのせいで、気持ちがグラグラと揺れている。
(どうしよう……わたし)
御曹司に迫られるという非日常的な出来事に、気持ちが舞い上がっているのだろうか。
彼の視線を意識し、心臓の鼓動が速まるのを感じながら、燈子はぎこちなく口を開いた。
「あの、わたし……今は酔ってるし、それにもう家が目の前で、だから」
「君が酔ってるのは、よくわかってる。でも俺は、これっきりになるのは嫌だ」
間宮が腕を伸ばし、燈子の右手を握る。そして押し殺した熱情を感じさせる眼差しを向け、言葉を続けた。
「誰よりも大切にするし、どんなことからも守ると誓う。だからどうか、俺を拒まないでくれないか」
真摯な声音、握る手の強さから彼の真剣な想いが伝わってきて、燈子はぎゅっと心をつかまれる。
元々友人としては嫌いではなかっただけに、気持ちをぐんと引き寄せられるのを感じた。これまでの印象では間宮はとても誠実で、浮ついた部分は微塵も感じられない。ならば彼との関係を、もっと前向きに考えていいのではないか。
そう結論づけた燈子は間宮の顔を見つめ、小さく答えた。
「わかった。……身体の相性うんぬんはさておき、間宮さんの『恋人になってほしい』っていう申し出を受け入れる」
「本当か?」
「でも、わたしの中の不安はまだ完全に払拭できてない。間宮さんみたいな家柄の人と接するのは初めてで、尻込みする気持ちはあって……それに」
それに、やはり出会いのきっかけになった人物のことが気にかかる。
しかしいざ問い質そうとすると、上手く言葉が出てこなかった。しばらく逡巡した燈子は口に出すのを諦め、「だから」と言って隣に座る彼を見つめた。
「間宮さんが言ってた“お試し期間”を、そのままおつきあいに移行するのはどうかと思って。要は“プレ恋人”って感じで、二ヵ月後にもし無理だと感じたらお別れするみたいな」
するとそれを聞いた間宮が、物言いたげに眉をひそめる。燈子は小さな声で続けた。
「……駄目、かな」
この期に及んで往生際が悪いと思うが、これが燈子の偽らざる本音だ。
手放しで彼との交際に踏み切る度胸はないが、心は揺れている。だったら“お試し期間”という形で少しずつ互いを知っていけば、もしかしたらずっと間宮と一緒にいようという気持ちになれるかもしれない。
しばらく押し黙っていた彼だったが、やがて小さく息をつく。そして慎重な口調で言った。
「確かに君の中の不安を一言で払拭するのは、難しいだろう。こう言っちゃ何だが、聞こえのいい言葉を言うのは誰にでもできるし、すぐに信じられない気持ちもよくわかる」
間宮は「でも」と続け、燈子を見つめた。
「要はその二ヵ月のあいだに、君との信頼関係を構築できればいいんだよな。だったら俺も頑張りがいがある」
彼は一旦言葉を区切り、ニッコリ笑って問いかけてくる。
「確認しておきたいんだけど、俺と君は今日からつきあいを開始するってことでいいのかな?」
燈子はドキリとしながら頷く。
「えっと……はい」
「よかった」
ホッとしたように微笑んだ間宮が、おもむろにハザードランプを切り、緩やかに車を発進させる。燈子は慌てて言った。
「ねえ、どこに行くの? わたしのアパートはすぐそこなのに」
「晴れて“恋人”になったんだ。それらしいことができるところに行こうと思って」
それは一体、どういう意味だろう。
そう考えた燈子はふと思い当たり、慌てて言う。
「ねえ、さっき言ってた『身体の相性を試す』とかいうのは、別の機会でいいんじゃない? もっと関係を深めてからとか……」
何も心構えができていない状態でいきなりそういうことをするのは、気が引ける。そう考える燈子を見つめ、彼がニッコリ笑って言った。
「“鉄は熱いうちに打て”って言うだろう? 君は何も心配せず、俺に任せてくれ」