書籍詳細
シークレットベビーが発覚したら、天才外科医の執着求愛が始まりました
あらすじ
「やっと手に入れた。もう二度と離さない」一途なドクターとの再会で愛されママに♡
看護師として働きながら、エリート外科医・遥の赤ちゃんを産み育ててきた芹。ところが、海外留学していたはずの彼と再会し、子どもの存在も知られてしまって…!?遥に捨てられたと思い込んでいたのに、彼は「君への気持ちは変わらない」と独占欲全開!空白の期間を埋めるように子どもごと一途に溺愛され、芹も秘めていた想いが溢れていき…。
キャラクター紹介

市来 芹(いちきせり)
秘密で出産したシングルマザー。娘の父親・遥には真実を隠し、距離を置こうとするも、彼の求愛に抗えず…。

高遠 遥(たかとおはるか)
大病院の御曹司でもあるエリート外科医。クールに見えるが、芹に対してはどんどん溺愛を加速させていく。
試し読み
カーテンの隙間から差しこむ日差しで芹が目を覚ますと、寝転んだままの遥が隣でスマホを手にしていた。シャンパンベージュのカバーのそれは芹のものだ。
「この子が君の娘か?」
「ちょっと。勝手に見ないでください」
芹は彼の手からスマホを奪い返した。待ち受け画面は海央とのツーショットに設定していた。どうやら彼にそれを見られてしまったようだ。
芹はおそるおそる遥の顔色をうかがった。
(気づいた……はずはないよね)
芹の目から見れば、海央には遥の面影があるが、そっくりというほどではない。なにも知らない遥が勘づくことはないだろう。
「君のスマホのアラームがうるさくて目が覚めたんだよ」
芹は朝の七時にアラームを設定している。一度も目覚めることなく朝を迎えてしまったことに、芹は驚く。
「名前は?」
「え?」
「娘の名前だよ」
遥は他愛ない世間話のつもりで聞いたのだろう。けれど、芹は海央の話が続くことに必要以上に動揺してしまった。
「ひ、秘密です!」
海央の名前は、遥との最初で最後のデートが海だったから……そこからつけた名前なのだ。ひとりで育てると決めたくせに、遥との唯一の思い出を娘の名前に重ねてしまった。でも、これ以上にしっくりくる名前は思いつかなかったのだ。
遥は少し不満げな表情を見せたが、それ以上の詮索はしてこなかった。
「あ。それより先生、時間は大丈夫ですか?」
早番ならそろそろ準備をしなくてはならないはずだ。芹はベッドから上半身を起こしながら彼に聞く。遥は仰向けに寝転んだままだ。
「遥でいいと言っただろ」
「それはっ」
ベッドのなかでの睦言は朝になれば無効だろう。芹はそう主張したが、遥は子どものように拗ねて譲らない。
「名前で呼ばないなら答えない」
芹は呆れて、渋々彼の名前を口にする。
「は、遥。時間は大丈夫ですか」
彼は満足そうに、にこりとほほえんだ。
「今日は夜からだ。君は?」
「私はお休みです」
「そうか」
遥もようやくベッドから起きあがると、じっと芹の顔を見つめている。
「私の顔になにかついていますか?」
芹は自分の頬を撫でたが、特に異変はない。
「君はあいかわらず、俺を挑発するのが好きなんだな」
「え?」
彼の視線が芹の胸元へと落ちる。つられて芹も下を向き、そこでようやく彼の言葉の意味に気がつく。
「きゃあ!」
芹は慌ててシーツをたぐり寄せる。昨夜は情事を終えそのまま眠ってしまったから、下着も身に着けていなかったのだ。
遥は意地悪な笑みを浮かべて、芹ににじり寄る。
「俺も君も時間はたっぷりとあるし、君の誘いにのるのも悪くないな」
「さ、誘ってなんか」
ゆでだこのように赤くなる芹を見て、遥はくすりと笑みをこぼした。
「冗談だよ。昨夜は無理をさせすぎたし、これ以上は君の身体を壊しそうだ」
遥は芹のこめかみにキスを落とすと、エスコートするように彼女を優しくベッドからおろした。
「腹が減ったからなにか食べにいこう。それとも……君が作ってくれるか?」
悪戯な瞳で彼が問う。芹が料理下手なことをからかっているのだろう。でも、昔とは違う。必要に迫られて、料理も覚えた。
「馬鹿にしてますね。よ~し、見ててくださいよ」
芹はキッチンを借りて朝ごはんを作ることにした。メニューはきちんと出汁を取った味噌汁、玉子焼きにほうれん草のおひたしだ。
「どうですか? この完璧な朝食」
自信満々な芹に遥はふっとふき出した。
「人間は変われば変わるもんだな」
遥は芹の作った食事に箸を伸ばす。ひと口食べて、「うまい」と言ってくれた。
「娘のため、か?」
「はい。仕事で寂しい思いをさせることも多いから、食事の時間は大切にしたいなって思ってるんです」
もちろんスーパーのお惣菜に頼る日もあるけれど、時間の許すかぎりは手作りを心がけてきた。
「いつか先生に言われた食事は大切って言葉も、子どもができて、より実感できるようになりました」
病気や怪我、つらいことから可能なかぎり海央を守ってやりたい。そのために必要ならと、苦手な料理もがんばれるようになった。
「……旦那は?」
「え?」
「娘の話ばかりだなと思って」
芹は焦った。慌てて弁解の言葉を口にするが、なんだか上滑りしているような気がした。
「私の話はもういいですから! 先生はアメリカどうでしたか?」
「そうだなぁ」
彼は看護師である芹にも勉強になるような話を選んで聞かせてくれた。話しぶりからも、彼の向こうでの生活が充実していたことがよくわかる。
「先生の渡米後、高遠病院のみんなが先生は帰ってこないんじゃないかと噂してました」
遥の父親が引退し、いよいよ病院を継ぐとなるまでは帰らないんじゃないかと言われていたのだ。遥のように優秀な医師にとって、米国の最先端医療の現場は最良の環境だからだ。
「まぁ、もう少し向こうにいてもよかったんだが」
「そもそもなんで東理大学病院に? 高遠病院に戻られるものだと思っていました」
涼介も知らないと言っていた、その理由はなんなのだろう。
意味ありげな笑みを浮かべて彼は言う。
「君を追いかけてきた。と、言ったらどうする?」
うろたえてしまって言葉の出ない芹を見て、遥はふんと鼻を鳴らした。
「冗談だ。実家を継ぐ前にほかの現場も経験しておきたいと思ったんだよ」
遥は立ちあがると、芹のぶんまで皿を片づけはじめた。芹も手伝おうと腰をあげたが、彼に断られてしまった。
「いいからソファにでも座ってゆっくりしてろ。コーヒーと紅茶どっちがいい?」
彼は俺さまタイプに見えるが、こういうところは現代的だ。雑用は女性の仕事などと考えるタイプではない。芹は素直に甘えることにした。
「えっと、じゃあ紅茶を」
真帆子がコーヒー党なので自宅ではもっぱらコーヒーばかりだが、芹はどちらかといえば紅茶が好きだ。遥は皿を洗い、紅茶を準備してくれる。芹はふかふかのソファに腰かけ、彼の後ろ姿をぼんやりと眺めていた。
(新婚夫婦の休日みたい)
芹の人生にはおとずれることのない幸せな光景。虚しくなるだけとわかりつつも、考えてしまう。もし彼と結婚して、その後に海央が生まれていたなら……彼とごく普通の夫婦になれていたら、芹の人生はどうなっていたのだろう。
(馬鹿だな。恋人にすらなれなかったのに、奥さんなんてもっと無理よ)
「はい、どうぞ」
遥が大きめのマグカップを差し出すと、紅茶の香りがふわりと芹の鼻をくすぐった。
「わぁ、ロイヤルミルクティーだ」
きちんと牛乳で煮出して作られた、芹の大好物だった。芹はひと口飲んで、思わず笑顔になる。
「甘~い。おいしい! 私、これ大好きなんです」
遥はふっと目を細めながら、芹の隣に腰をおろした。
「知ってるよ。舌が痺れるくらい砂糖たっぷりがいいんだろ」
「え?」
なんでそんなことを知っているのだろう。芹の思考を読んだかのように、彼は続ける。
「昔、自分で言ってただろ」
「そうでしたっけ」
そんな会話をしたことがあっただろうか。考えたが、思い出せない。
「先生の記憶力って本当にすごいですね」
芹は純粋に感心していた。ずっと昔にした他愛ない会話の端々まで正確に記憶しておくなど、芹の脳みそには絶対に不可能だ。
「……まぁ、な」
遥は含みを持たせるような口調でそう言った。
「それより、少しすっきりした顔になったな」
遥に言われ、なんのことかと芹は目をまたたいた。
「ここ数日、ずっと思いつめた顔をしていたから」
「あっ……」
(海央との関係に悩んでいたこと、先生にまで気づかれていたなんて……おまけに職場で倒れるなんて大失態だ)
「すみません、自己管理がなっていなくて」
「君は昔から自分を追いつめすぎるところがあるな。けど……看護師としてはすごく成長していて正直驚いた」
遥に褒めてもらえるとは思ってもいなくて、芹はなぜだか焦ってしまう。
「いや、私なんかまだ全然で」
「向いてないと泣きわめいていたのが嘘みたいだな」
「そ、それはもう忘れてください」
芹が訴えると、遥は破顔し笑い声をあげた。彼のこんな全開の笑顔はとてもめずらしい。宝物を見つけたような気持ちで、芹は彼を見つめていた。
「仕事を続けてこられたのは、娘のおかげなんです」
海央を育てると決めたら、仕事に対する覚悟が大きく変わった。それから、遥のあの言葉も支えになっていたが、それは彼には内緒にしておこうと芹は思った。
「でも、娘が私の仕事のためにつらい思いをしているのも事実で」
芹はぽつりとこぼした。冷たそうに見える遥だが、案外聞き上手だと芹は思っている。どうしてかはわからないが、彼の前では弱音を吐けてしまうのだ。
「病院で子どもと接していると、こちらが思うより彼らはずっと大人だなと驚くことがある」
「あぁ、たしかにそうですね」
海央もそうだ。親の思う以上に、彼女はいろいろな感情を知っている。子どもは大人が思うほどには無邪気でも純粋でもない。でも、大人が思うよりずっと思慮深く、強く、優しい。
「君の娘はきっと君の葛藤を理解していると思う。君がどれだけの愛で育てているかも、知っているはずだ。だから、大丈夫だよ」
優しさにあふれた声でそんなふうに言われ、芹の涙腺は崩壊してしまった。制御できなくなって、ポロポロと涙がこぼれ頬をつたう。
「高遠先生のくせに、そんな優しいこと言わないで」
「その台詞もどこかで聞いたことがあるな」
遥は芹の背中に腕を回すと、ゆっくりと彼女の身体を抱き寄せた。
「今日は……もうしばらくここにいろ」
ためらいがちに彼は言葉をつむぐ。うれしいようなくすぐったいような、芹の胸にあたたかいものが広がっていく。
「いえ、これ以上迷惑をかけるわけには」
「迷惑じゃない。俺が芹にいてほしいんだ」
彼は耳元でそっとささやくと、いっそうの力をこめて芹の身体を優しく抱いた。
彼のたくましい胸のなかで芹は心がほどけていくのを感じた。いつまでも、この場所にいたい。そんな気持ちだった。
「高遠先生」
芹は彼を見あげた。彼は柔らかな笑みで芹の視線を受けとめてくれる。
「遥、だと言ったろ」
結局、彼が夜勤に出る時間まで彼の部屋でともに過ごした。彼に抱きしめられたまま、ぼんやりとテレビを眺めたり音楽を聴いたりしていた。
(今日だけ。この日を思い出に明日からは現実に戻るから……)
「すっかり長居しちゃってごめんなさい」
「いや」
車で送るという彼の提案を固辞して、芹はマンションのエントランスで彼に別れを告げた。
「あの、わざわざ確認するまでもないと思いますが昨夜のことは忘れてくださいね」
芹自身も忘れるつもりだった。彼女の念押しを遥は呆れた顔で聞いていた。
「君は本当に、悪魔のような女だな。昨夜はあんなに情熱的に俺を求めてくれたのに」
「あれは、どうかしてたんです!」
彼の身体は芹にとって媚薬のようだった。触れてしまえば、一瞬で堕ちてしまう。溺れきって、抗うことなどできなくなる。
遥は芹の肩を抱き、鼻先が触れ合うほどに顔を近づけた。
「君は忘れてもいい。だけど、俺は忘れない」
「どういう意味ですか?」
遥は熱のこもった瞳でじっと芹を見ている。彼の本音がわからなくて、芹は戸惑う。
「そのままの意味だ。俺は芹との時間を忘れたりしない」
なぜ、彼はあんな顔をしたのだろう。まるで芹に恋い焦がれているかのような切ない表情。かつてあんなに苦しんだにもかかわらず、芹はまた勘違いしてしまいそうになる。
(甘い言葉をかければ、私が思い通りになると思ってる? それとも、本当に?)
芹はブンブンと強く頭を振った。若くて未熟だった昔とは違う。もういい年齢の大人で、海央の母親だ。むくわれない恋に振り回されている暇などない。
そもそも、彼は芹を既婚者だと信じているのだから本気になるはずがない。
(もう忘れよう。これ以上、先生にかかわったらダメ。私には海央をきちんと育てるという重大な使命があるんだから)
今夜こそ海央に電話をしてみよう。そう決意して、芹は真帆子のマンションの鍵を回した。
「あれ?」
誰もいないはずのリビングから明かりがもれていた。真帆子と海央が戻るのは二日後のはずなのだが。芹がリビングの扉に手をかけると、反対側から勢いよく扉が開いた。
「わっ」
「おかえり、ママ!」
元気いっぱいの海央が芹を出迎えた。
「海央。帰ってたの?」
芹の質問に答えてくれたのは真帆子だ。
「海央が急にママのところに帰りたくなったって言うからさ。私たちも今さっき着いたところよ」
時刻は夜八時過ぎ。芹は真帆子にわびた。
「いろいろごめんね、真帆ちゃん。ふたりともお夕飯は? なにか作ろうか?」
「実家で食べてきたから平気よ。お土産にプリン買ってきたから芹も食べようよ」
三人でプリンを食べながら、話をした。お喋りの主役は海央だった。
「おばあちゃんに教えてもらって、みおも玉子焼き作ったんだよ~」
海央はあちらでの生活がよほど楽しかったのか、すっかり機嫌を直していた。どう謝ればよいのか、延々と悩み続けていた芹としては拍子抜けだ。
「おばあちゃん、お料理上手だもんね」
真帆子の母親は料理の先生をしていたほどの腕前なのだ。海央のリクエストに応えて腕を振るってくれたようだ。
「料理の腕は遺伝しないみたいね~」
真帆子がそんなふうに自虐を言って、芹も海央もおおいに笑った。
「海央、手の怪我は大丈夫なの?」
「うん! もう痛くない」
「そっか、よかった」
芹はほっと安堵した。怪我もそうだが、海央が元気を取り戻していたことがうれしかった。
「ね、ママ。プリンおいしい?」
海央は芹の顔をまじまじとのぞきこむ。
「うん。この栗のクリームがすごくおいしいよ」
「それ、海央が選んだの。ママが一番好きなやつを選ぶってはりきったのよ」
真帆子の説明に、海央は得意げに鼻を鳴らした。
「えへへ。ママが好きだと思ったんだ!」
「うん、さすが海央!」
海央はちょっと照れくさそうにうつむいて、ぽつりと言った。
「ごめんね、ママ」
「ううん、ママのほうこそっ」
芹が勢いよく返すと、海央はアンニュイな表情でつぶやいた。
「みお、大人げなかったよね。はちあたりだった」
「はちあたり?」
芹と真帆子は顔を見合わせて、同時にふき出した。
「海央。はちあたりじゃなくて、八つ当たりよ」
その夜は芹のベッドに海央がもぐりこんできて一緒に眠ることにした。
「おばあちゃんのお料理はとってもおいしいんだけど、ママのごはんが食べたくなって帰ってきちゃったの。明日はあさりの酒蒸しがいいな」
芹はクスクスと笑いながらうなずいた。
「あいかわらず、渋いんだから。了解、奮発して大きなあさり買ってくるね」
海央の温もりがたまらなく愛おしい。と同時に罪悪感が押し寄せてきた。海央がいないからといって、遥と抱き合っていた自分が恥ずかしくてたまらなくなる。
(本当に馬鹿なことをした)
我が子がいれば、恋人も夫もいらない。その覚悟でシングルマザーとして歩むことを決めたのに。その思いをあっけなく手放し、遥の前でひとりの女に戻ってしまった。母親だから恋をしてはいけないと思っているわけではないが、海央に話せないようなことはすべきではなかった。
(先生とは距離を置こう。海央との生活を大切にしないと)
芹はそう決意をあらたにした。
しかし、そんな芹を揺さぶるかのように遥は病院でもいやに親しげに芹に話しかけてくる。
「芹。このカルテなんだが」
遥に話しかけられるなり、芹は飛びあがるように席を立ち彼につめ寄った。
「名前で呼ばないでください。高遠先生!」
威勢はいいが、周囲に聞かれないよう声は小さい。この病院でも、あっという間にアイドル的存在になってしまった彼との関係を疑われてはいろいろとまずい。
「だが、君が倒れたときにも名前で呼んでしまったし。みんなには説明しておいたよ」
遥が悪びれずに言うと、芹の顔は一瞬で青くなった。
「せ、説明しておいたって……いったいなにを言ったんですか?」
答えを聞くのが恐ろしいが、聞かずにはいられない。遥は芹の耳元に唇を寄せる。吐息がかかり、芹は思わず身体をびくりと強張らせた。
「もちろん。君と俺との関係をね」
芹が大きく目を見開くと、彼はにっこりとほほえみ、続けた。
「以前に同じ病院で働いていて仲がよかったと。嘘ではないだろう」
芹は安堵のため息をつく。と、同時に自分をからかって楽しんでいる彼に腹を立てた。
(忘れようにも、こう毎日顔を合わせていると……)
「そもそも、最近どうしてこうもシフトが重なるんですか」
それは彼の責任ではないだろうが、芹は思わず愚痴をこぼした。
「さぁね。医者は常に欠員状態だしな」
飄々としている彼を前にして、芹は深いため息を落とす。椅子をくるりと回し彼に背を向けた。
「とにかく、職場では仕事以外の話はやめてください」
遥はくっくっと肩を震わせ笑っている。
「俺は仕事の話をしにきたのに。名前がどうだとか、雑談を始めたのは芹のほうだ」
彼はわざとらしく芹の名前を強調する。
「うっ……わかりましたよ、仕事の話はきちんと聞きます」
芹は自身の敗北を認めて、彼に向き直った。
大人の男の色気を醸し出す切れ長の目、薄い唇から発せられる艶のある声。彼のそばにいると、胸の奥が切なく締めつけられる。
芹はいつもどんなときも母親でありたいと願っているのに、遥の前だとひとりの女に戻ってしまう。未熟で愚かな、昔のままの芹に。