書籍詳細
極愛婚~(元)極道社長に息子ごと溺愛されてます~
あらすじ
「俺と結婚しよう。俺と家族になろう」元極道なイケメン社長の一途な求愛!子どもごと愛されて…♡
施設育ちの妃月は、極道の有己と愛し合い子どもを身ごもるが、とある理由から妊娠を告げず彼の前から姿を消した。五年後、シングルマザーとして息子を育てる妃月の前に、不動産会社の社長となった有己が現れる。「愛しい女が産んだ子だ。心から愛して、育てる覚悟はできている」再会した有己は、妃月と子どもを溺愛し、一途に求婚してきて…!?
キャラクター紹介
向坂妃月(さきさかひづき)
不動産会社に勤務するシングルマザー。両親に恵まれず児童養護施設で育つ。
秋名有己(あきなゆうき)
元極道で不動産グループAKINA社長。コワモテとは裏腹に面倒見がいい。
試し読み
不動産業に携わっていると、ときおり夢のような部屋に出会うことがある。
主に営業二部で用地仕入れをしている妃月でも、それは同じだ。
高い天井は日本離れした雰囲気を作り、その天井に合わせてデザイナーと職人があつらえた照明はいっそう部屋を美しく演出する。天窓がついているとなお開放感があり、広い掃き出し窓の外には都内とは思えないような緑が広がっている。
──うん、そう。たとえばこんなふうに……
目を開けたとき、妃月は自分がまだ夢の中にいるのだと思った。
でなければ説明のつかない、豪華な部屋だったのだ。
「ママ、おきた? ぐあいわるい?」
「コウちゃん……?」
頬にふれる小さな手に、これが現実だと我に返る。
──ここは、どこ?
妃月が横たわってもまだ余裕のある大きなソファは、横にはカウチセットと呼ばれる背もたれのない大きな座面もついていた。
「お、やーっと起きたか。幸生がお腹減って困ってたぞ」
「ゆ……っ……、秋名、さん」
優雅なアイランドキッチンに手をついて、有己がエプロン姿で笑う。
──そうだ。幸生を病院に連れていって、帰りに有己さんが送ってくれるって……。わたし、車の中で眠くなって、まさかそのまま寝た!?
恥ずかしさに頬を染め、妃月は両手で顔を覆った。
彼の言ってくれた言葉を使うなら、ふたりは昔なじみの関係だ。
──だからって、久しぶりに会って助けてもらった上に、車で送ってもらう途中で眠るってありえない。
「ママ、だいじょーぶ?」
「う、うん。ちょっとかっこ悪いだけだから、気にしないでコウちゃん……」
本音が口からこぼれる。
取り繕う余裕もないほどに、今の自分は情けない。
「幸生のこと心配して、ママ大変だったんだ。だから、少し休んでよかったよな」
「うん!」
妃月が寝ている間に、男ふたりは親睦を深めたのだろうか。
幸生の呼び方に親密さが感じられる。
「で、向坂さん、息子さんが空腹だそうなんだが、食品アレルギーは?」
室内には、ふわりと空腹をくすぐる香りがする。
野菜を煮込んだコンソメだ。
「ありません。好き嫌いのない子です」
彼が料理を作ってくれたことは、妃月も勘付いていた。
お腹が減った子には食事を。
有己はそういう人だ。
「よし、じゃあ幸生、一緒に夕飯の準備するか」
「はーい」
いい子の返事をして、幸生がキッチンへ駆けていった。
状況から察するに、ここは有己の暮らす部屋に違いない。
スマホを取り出して確認すると、すでに十九時をまわっていた。
──落ち着こう。まず、せっかく食事を準備してくれたんだから、食べずに帰るのは失礼だ。ご相伴にあずかって、きちんとお礼を言って帰る。うん、それでだいじょうぶ。だいじょうぶなはず。
ソファから立ち上がり、妃月は部屋の広さにあらためてため息をつく。
二十畳はありそうなリビングダイニングと、高級感あふれるアイランドキッチン。
天井は二階分もありそうな高さで、ピクチャーレールには妃月でも知っている海外の有名なシルクスクリーン作家の作品がかけられていた。
「秋名さん、ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「気にするな。幸生はいい子にしてたぞ。な、幸生」
「うん、ぼくいい子にしてたよ。でもね、あきなさんがおもちゃくれたの。くるまのかっこいいの!」
──ますますお世話になってる!
「ぼくせんようなの」
「そっかあ。よかったね、コウちゃん。あとでママにも見せてね」
「うん」
かつて一緒に暮らしたマンションとは、まったく違う景色。
それなのに、どうしてだろう。
あのころと同じ優しい時間に、妃月は泣きたくなる。
だけど、泣きたくなったからといっていつでも泣くほどもう子どもではない。
泣くときに、ワンクッション置くようになったのは有己と離れてからだった。
周囲を確認して、人がいないのをたしかめて、大きな声をあげても誰にも気づかれないと安心しないと泣けない。
幸生が生まれて、初めて抱っこしたときが最後に声をあげて泣いた記憶だ。
──そう。わたしだって、五年の間に少しは強くなった。
「おいしそうな香りだね、コウちゃん」
「あのね、ちいさいコーンがはいってるんだよ」
「小さいコーン?」
普段から幸生が好んで食べるコーンは、缶詰のものが多い。
とうもろこしを茹でて食べさせたことはないので、小さいコーンというのはもっと粒が小さいものという意味だろうか。
「ヤングコーンな」
「なるほど」
有己の言葉にうなずいて、妃月は息子の頭を撫でた。
「やんるコーンはちいさいコーンのことだって、あきなさんにきいたの」
「うん、そうだね。小さいコーンだ。幸生、今日はいっぱい新しいこと覚えたんだね」
三人で料理をダイニングテーブルに並べていると、ひとつだけ子ども用の椅子がセットされていることに気づく。
いったい、いつの間にこんなものを準備したというのか。
──でも、この部屋を見た感じ、小さい子どもが暮らしているようには思えないし……
「ああ、その椅子?」
妃月の視線に気づいたのか、彼は子ども用の椅子を両手で引いて、こちらに見せてくる。
座面が高く、足を置く台がついたダイニングチェアだ。
側面には、高さを調整できる穴がある。
「取引のある業者に頼んで、急いで運んでもらった。作りもしっかりして、座りやすそうだろ?」
「そう、ですね。あの、でもこんなにいろいろ準備していただいては心苦しいです」
「いいんだ。俺がしたいことをしてるだけだからな。な、幸生?」
今日初めて話したとは思えないほど、有己は自然と子どもを扱う。
両脇に手を入れて抱き上げ、椅子に座らせる手付きは慣れたものだ。
──弟さんは歳が近かったけど、妹さんは七歳下だって言ってた。子どものころから、面倒を見ていたからできることなのかな。
面倒見のよさは、相変わらず。
男ぶりはより磨きをかけ、精悍な横顔に目を奪われそうになる。
何より、彼の優しさが伝わってくるから、また泣きたくなった。
「ママ、見て。このいすも、ぼくせんようなの」
「うん。コウちゃん、秋名さんにちゃんとありがとうした?」
「あっ、わすれてた。あきなさん、ありがとうございますっ」
ぺこりと頭を下げる仕草が、たまらなく愛らしい。
その姿を見て有己も頬を緩めている。
「どういたしまして。幸生、いっぱい食べるんだぞ」
「うん、いただきます」
ほんとうならばこうして三人で食卓を囲むのは、幸生に与えられる幸福のひとつのはずだった。
「……ごちそうになります」
「妃月もいっぱい食え。相変わらず細いぞ、おまえ」
「昔よりは筋肉質になりましたよ」
懐かしさと真新しさに目がくらむ。
当たり前のように子ども用スプーンやフォークを準備してくれる有己に、幸生は何も疑問を持っていない。
有己のほうも、自分の息子と思って接しているわけではないのだろう。
──だけど、きっと今日のことはずっと思い出に残る。
特別な時間、特別な夜。
もう恋人には戻れないけれど、この日のことをいつか妃月は感謝する。そう思った。
食べ終わるころには、幸生は疲れてしまったのか椅子に座ったまま、うとうとと目を閉じていた。
「どこでも寝るところは、母親似だな」
「わたしの子ですから」
車の中で眠って、ソファまで運ばれる間も起きなかった自分を思うと恥ずかしさがこみ上げてくる。
有己は幸生を起こさないよう、そっと抱き上げた。
「すぐお暇します。寝かせてくれなくてだいじょうぶです」
「そういうわけにはいかないだろ。見ろよ、この寝顔」
慈愛に満ちた表情で、彼は幸生をソファに横たえる。
何度見ても愛らしい、天使の寝顔だ。
「──なあ、妃月」
息子を見つめたまま、低い声で彼が名前を呼ぶ。
鼓膜が甘く震えて、心まで彼の声が染み込む錯覚に陥った。
──何を言われるんだろう。
心臓が早鐘を打つのが体の内側で反響する。
この子は、俺の子じゃないのか。
あのとき、どうして急に姿を消したんだ。
脳内で、彼の言葉を想定して返事を考えてみたけれど、今は答える言葉を持ち合わせていない。
幸生が眠ってしまった。
母親としての自分では、もう乗り切れなくなってしまう。
「五年間、がんばったんだな」
「え……?」
想像したどの言葉とも違う、あたたかい有己の声。
「そうだろう? ひとりで幸生を育ててきたんだ。仕事だって、正社員で働いてる。俺が知っていた幼くてか弱い妃月が、いつの間に大人になったんだよ」
彼もまた、思い出を懐かしむ様子が伝わってきた。
──わたしを、責めないんだね。
知っている。
この人は、誰かを責めるより褒めるほうが得意だった。
「そうですね。でもつらくはなかったです。幸生がいたから、わたしはずっと幸せでした」
「母は強し、か。だが、こんなかわいい息子がいたら、幸せなのも納得だ」
「ありがとう、有己さん」
言葉には出さない。
──わたしに、最高の子どもを授けてくれてありがとう。
「どういたしまして。それで、向坂親子は今夜はうちに泊まるってことでいいか?」
「や、それはよくないです」
「は? なんで?」
再会してから、口調がだいぶ落ち着いていた。
少なくともそう思っていたが、急に有己はあのころと同じような調子に戻る。
「取引先の社長の家に泊まるだなんて、おかしいことです!」
「ああ、そっち。だったら問題ない」
──何が?
妃月の心の声に応えるかのように、有己は艶のある笑みを見せた。
「仕事関係者である前に、俺はおまえの恋人だ」
「こっ……!?」
五年前なら、その言葉にうなずくこともできただろう。
だが、どこの誰が五年も会っていない相手を継続的に恋人だと言えるものか。
「少なくとも俺は別れると言った覚えがないし、妃月は手紙を残して勝手に消えただけだ。だったら、俺たちはまだ終わってない」
「おち、落ち着いてくださいっ。終わってますよ? わたし、もうあのころとは違うんです!」
「お互いさまだ。あのころのままでも変わっていても、俺の気持ちは変わらないから安心だな?」
去る者は追わず来る者は拒まず。
それが有己のポリシーではなかったのだろうか。
妃月の考えていることなどお見通しだと言いたげに、彼がニッと口角を上げた。
「ああ、ちなみに気持ちは変わらないけれど、モットーは変えた。去る者は追わず来る者は拒まずなんて言っていたら、大事な相手を手放すことになると教えてくれたおまえに、心から感謝してるよ。これからは、好きな女はどこまでも追いかけることにした」
「な……っ、え、それは……」
「おまえのことだよ、妃月」
最高の笑顔でそう言われて、妃月は完全に硬直した。
──有己さんが、以前と違いすぎる!