書籍詳細
お見合い相手は初恋の彼でした~愛されすぎの身代わり婚~
あらすじ
「君の全ては俺のものだから」冷徹社長と即日結婚!?
喫茶店で働く桜は、常連客である大手ホテルチェーンの社長・隼人に片思い中。ところが彼が親友の縁談相手と知り、代役としてお見合いの場に臨むと…「彼女の代わりに俺と結婚できるよね」と迫られ、電撃結婚することに!?隼人は桜が身代わりで結婚したと思っているはずなのに、彼が見せる甘い態度や戯れのようなキスに、桜は心を揺さぶられる毎日で…。
キャラクター紹介
内田 桜(うちださくら)
『喫茶Waterloo』の看板娘。素直な性格で周りを笑顔にする。
姫野隼人(ひめのはやと)
世界的なホテルチェーン社長。結婚当初は桜に冷たかったが豹変し…!?
試し読み
エレベーターを降りた隼人さんが「こっち」と指さしたのは重そうなドアだった。
そのドアを開けると階段がある。
「この上だから」
私たちは階段をのぼり、その先にあるドアを開けたら、想像通り屋上だった。
だけど、なぜこんなところに?
隼人さんに「さあ、入って」と促され、言われるがまま一歩外に出た私の目に映ったのは、一面緑でいっぱいの屋上庭園だった。
まず目に入ったのは大きなオベリスク。淡いオレンジ色のバラが満開を迎えていた。
その周りには色とりどりの草花や、ハーブが植えられている。
右に目を向けるとパーゴラがあり、その下にはガーデンテーブルとイス。
左にはアンティークレンガで囲ったポタジェガーデンがあり、花や野菜がバランスよく植えられていた。
「ここは、俺の両親が手掛けた庭なんだ」
「え? そうなんですか! すごく素敵です」
ライトアップされた屋上庭園に私は見惚れてしまった。
何より隼人さんのご両親の手掛けた庭を実際に見られたことがうれしかった。
落ち着きのある色合い。無造作に植えられているようだけど、ちゃんと計算されて作られている。
ポタジェには料理に使えそうなハーブが植えられている。
バラも小さなものから大輪まで色のバランスを考えた配置だ。
「本当に素敵です。もっといい言葉があればいいんだけど、うまく言えなくて……本当に素敵で……」
「このビルのオーナーが管理してるんだけど、知り合いってことで自由に使っていいと言ってくれてね……今日はケータリングを頼んだんだ」
隼人さんはパーゴラを指さした。
ケータリング?
彼の指す方を見ると、シェフとアシスタントの女性が私たちに会釈した。
「え? じゃあここで食事を?」。
「普通にレストランでもと思ったが、こういうのもいいかと思って」
隼人さんは照れているのか、私にではなく植物に話しかけているようだった。
それにしても本当に驚いた。
こういうのをサプライズって言うのよね。
隼人さんが私のためにしてくれたことが嬉しくて、ドキドキが止まらない。
「夢みたい。私なんて隼人さんの足をひっぱってばかりなのに……」
「それを言ったら僕も一緒だよ。忙しくてなかなか君との時間がとれなくてすまなかった」
「そんなこと気になさらないでください」
気持ちだけで胸がいっぱい。
だがさらに驚いたのは……。
「それと芋羊羹を買いに行く約束も果たせてないから、今日はそのお詫びも兼ねて」
隼人さんは約束を忘れていなかった。
すると再び手を差し出された。
「席までご案内します」
隼人さんは私の手を取り、私を席までエスコートしてくれた。
ガーデンテーブルにはテーブルクロスがかけられ、真ん中にはキャンドルが灯されていた。
「リクエストを聞いたらサプライズにならないから、料理はこちらで勝手に決めさせてもらったが」
「ありがとうございます」
嬉しさのあまり両手で口を押さえる私を見て隼人さんがクスッと笑った。
どうしよう。自然な笑顔が素敵すぎる。
「じゃあ、お任せで」
隼人さんがシェフに伝えた。
「かしこまりました」
まずスパークリングワインで乾杯をすると、サラダが出てきた。
ベビーリーフにクレソン、ルッコラ、ペパーミント。それに生ハム。
ドレッシングはお店特製のドレッシングらしいのだけれど……。
「おいしい~」
野菜は採れたてのように新鮮で、生ハムの塩味も強くなくドレッシングが引き立っていて、そのおいしさに私は頬に手を当てた。
「こちらのサラダですが、あちらに植わっているものを使用してます」
女性スタッフに教えてもらい、さらに驚いた。
でもこんなにおいしいのはきっと新鮮だからというだけではない。
大好きな人と一緒に食べるからおいしさも倍になるのだ。
続いてフォアグラと伊勢海老のソテー、和牛ひれ肉のステーキとおいしい料理が次々と運ばれる。
でもおいしい料理をいただけるほど私は隼人さんの役に立っているのだろうか。
もちろん私は隼人さんが好きだから、すごく楽しいけど、隼人さんは好きでもない私と一緒にディナーを楽しんでいるのだろうか。
ついネガティブなことを考えてしまい、フォークを持つ手が止まってしまう。
「どうかした?」
「なんだかすごく贅沢で……もったいないというか……」
隼人さんはフォークとナイフを置いた。
「ここまでジェットコースターのような速さだったよね。突然決まった結婚。二人で過ごす時間もあまりなくて、ゆっくり話すこともなかったが、君には感謝している」
「感謝するほどのことはしていません。逆に足を引っ張ってるんじゃないかって……」
「君はよくやってくれているよ」
間髪をいれずに返ってきた言葉が彼の本心のようで、胸が熱くなる。
するとタイミングよくデザートが運ばれてきた。
アールグレイのシフォンケーキのアイスクリーム添え。
さっぱりした味わいと濃厚なバニラがたまらなくおいしい。
「あ~~。本当においしい。これならいくらでも食べられちゃう」
心の声のつもりが知らぬ間に声に出ていた。
しまった。と思った時には遅く……。
「本当に君はおいしそうに食べるね」
「ごめんなさい」
隼人さんはクスッと笑いながら首を横に振る。
「そんなことないよ。それよりよかったらちょっと歩かないか?」
「はい」
席を立つと、私たちは庭園を散策することにした。
アーチ型のオベリスクには淡いオレンジの小さなバラとベビーピンクの小ぶりでかわいらしいバラが咲いている。
「本当に綺麗ですね」
「両親が日本を発つ前に手がけた庭なんだ。もう十年経つけど、ここまで丁寧に手入れしてバラもここまで大きくなったんだ」
「バラは難しいって聞いたことがあります」
隼人さんは、歩きながら丁寧に花の育て方の説明をしてくれた。
アーチを潜って花の咲いてる場所へ移動する。
するとちょっと変わった花が目に入った。
「隼人さん。あの花、花びらが反ってて真ん中が膨らんでる」
「ああ、あれはエキナセアっていうんだ」
「エキナセア……」
初めて聞く名前だ。でももともと花には詳しくない……。
「この膨らんだ部分はドライフラワーにもなるんだ」
「じゃあこれは?」
「これはチェリーセージ」
「じゃあこれは?」
「ルッコラ」
どうしたんだろう。スパークリングワインのせいか、私はいつになくお喋りになっていた。
だけど隼人さんは私の矢継ぎ早の質問に全て答えてくれる。
それに引き換え私ったら本当に何も知らなすぎて恥ずかしい。
「どうかしたのか?」
「隼人さんって花に詳しすぎます」
「いや、それは親がやってたことを横で見ていただけで」
「でもなんかずるいです。私なんて全然ダメダメで……」
「そんなことは――」
「あっ! これ知ってる」
どうせお世辞を言うのだろうと思ったから、私はそれを遮るようにしゃがんだ。
それは青い花びらが五つついたかわいらしい花。
「ブルースター」
彼が花の名前を口に出した。
「ああっ! ずるい。私の好きな花なのに」
隼人さんがクスッと笑った。
なんで好きかって?
濃い青や鮮やかな青い花は見たことがあっても、水色の花は見たことがなかったから、初めてこの花を見た時、そのかわいらしさに感動した。
だからお花屋さんでこの花を見かけるとつい買ってしまうほど一番好きな花なのだ。
でも隼人さんに先手を取られて正直悔しい。
私は立ち上がると隼人さんの方を向いた。
「じゃあ、隼人さん。ブルースターの花言葉知ってます?」
それは勢いというか、私の方がこの花には詳しいということを示したくて出た言葉だった。正直深い意味などなかったのだが……。
「さすがにそれは……」
男性、女性問わずだが、花言葉は知っている人の方が断然少ないし、きっかけがなければずっと知らないままだ。
私もこの花が好きじゃなかったら知らなかった。
「幸福な愛、信じ合う心ですよ」
得意げに言った後にハッとする。
なんか今の私たちの関係とは真逆?
まるで自分の願望を口にしているみたいじゃない。
隼人さんは黙って私を見ている。
なんだか恥ずかしくなって、ポタジェのある方へ移動しようとしたその時だった。
「幸福な愛、信じ合う心か……今僕たちに一番足りていないものだな」
私と同じことを思っているの?
隼人さんは望んでいるの? 私は……。
「そうですね……」
ここでなんて答えたらいいの?
「幸福な愛とはどういうものなんだろうな」
「愛する人が側にいるだけで幸せだったり、相手を思い、その人のために何かできることに幸せを感じることなのかって……思います」
私は彼に好かれていないけれど、今こうやって一緒にいられることはある意味幸福な愛なのかな……。
すると彼が私の手をそっと握ってきた。
びっくりして彼を見ると穏やかな笑みを浮かべていた。
「幸福な愛というのが君の言うような意味なら……僕は今幸福な愛を感じているのかもしれない」
「え?」
ちょっと待って。なんで? 隼人さんは私のことなんてなんとも思っていないのでは?
驚きのあまり言葉を失う私を他所に、隼人さんは話を続ける。
「結婚なんて信用を勝ち取る手段としか思っていなかったのに……」
彼が私を引き寄せ、反対の腕は私の腰に回した。
「隼人さん?」
「君のおいしそうに食べる姿、花を見てはしゃぐ姿、そして君のそのはにかんだ笑顔に僕はすごく……」
彼の顔がグッと近づいてきた。
「は、隼人さん?」
どうしたの? いつもの隼人さんじゃない。
だって今のってまるで私のことが好きみたいな言い方じゃない。
「すごく愛おしいよ」
これは花言葉のせい? それとも幻想的なナイトガーデンのせい?
気づけば私はライトアップされた二人だけの庭園で彼とキスをしていた。
彼の舌が私の口を割って入るとふわっとお酒の味がした。
――もしかしてお酒のせい?
そう思ったのも束の間。彼の舌が私の唇の中で動いている。
そして知り尽くしたかのようにピンポイントで刺激を与える。
初めての時もそうだった。
隼人さんから与えられるキスは私の足元をふらつかせる。
「んっ……んんっ」
呼吸なのか、それとも与えられる熱に感じてなのか、自分の意思とは関係なしに声が漏れる。
まだシェフがいるんじゃないの?
恥ずかしさのあまり体に力が入るが、角度を変えながら何度も唇を重ねられる。
「桜……」
名前を呼ばれ、彼に求められていることに胸が熱くなる。
たとえ仮初のキスだとしてもいい。
私にとって今この瞬間が、幸福な愛を感じられる瞬間なのだから。
だが、それは時間にするととても短いものだった。
まるで魔法が解けたかのように、唇の感触が消えた。
「すまない。お酒を飲みすぎたようだ。好きでもない男からこんなことをされて嬉しいわけないのにな」
お酒のせいにしてほしくなかった。