書籍詳細
妊活契約で初めてを捧げたら、強引社長の独占欲を煽って溺愛されてます
あらすじ
恋愛経験ゼロなのにとろ甘な子作りが始まって…!?極甘授かり愛
日々忙しく働き、実家の家計を支える小梅。とある理由で跡継ぎを欲しがっているハイスぺ社長・龍人から、彼の赤ちゃんを産むよう突然熱望され…!?激しく動揺するも、このとんでもない依頼を条件付きで受け入れることに。恋愛経験ゼロなのに早速スタートした妊活で、普段は強引な龍人の態度が甘く一変。小梅は初めての愛と熱情を教え込まれて…!
キャラクター紹介
駒形小梅(こまがたこうめ)
25歳の若さで祖父母と弟妹の生活を支える大黒柱。会社では報酬付きで「龍人のお世話係」をしている。
郡 龍人(こおりりゅうと)
小梅の勤務先のイケメン社長。「俺の子を産むか?」と彼女にいきなり衝撃的な相談を持ちかけて…!?
試し読み
食事を終え、龍人さんの持ってきた最中をみんなで食べた。
二十一時過ぎ、私は龍人さんを車まで送る。玄関で見送ることもできるが、一応ご機嫌伺いだ。実家を不機嫌に出てきたということは、また何かあったのだろう。
「どうして、ご実家でごはん食べてこなかったんですか? 郡家のディナー、すごいんだろうなあ」
大企業を営む名家だ。品川の一等地に大邸宅がある。
「おまえも、うちのストレス値の高さを知ってるだろ」
「実際に見たことはないんでわかんないですよ」
曽祖父母と祖父母がご健在で、現・経営陣のお父さんお兄さんにかなり圧をかけてくるらしいとは聞いている。龍人さんもいろいろ言われているだろうことは推察できる。
「最近のお見合い三昧もご実家の意向ですか? そろそろ身を固めろ〜なんて」
「……面倒くさいことにな」
舌打ちせんばかりの仏頂面で龍人さんは答える。これは相当口うるさく言われていると見た。
「とっとと結婚しちゃえばいいじゃないですか。ご実家も静かになりますよ。身の回りのお世話をしてくれて、可愛くて、資産のあるお嬢様をぱぱっと選んじゃいましょうって」
「身の回りの世話はおまえがやるだろ」
「奥様がやるなら、私はしゃしゃり出られませんよ」
「……結婚なんて、したいときにしたいヤツがいたらするもんだ。周りに急かされてするもんじゃない」
龍人さんはそう言う。その恋愛観はたぶん正しい。ただ、彼は大企業の経営者一族の次男であり、子会社をひとつ任されている身だ。おそらくは、結婚相手も自由には選べないだろう。
株式会社ジョーグンのためになるお相手が理想。それとも、本社の後継者よりは融通が利くのかしら。
「いくら見合いをさせられても、気乗りしないものはしない。無理だ」
彼のこういう素直なところが、私は結構好きだ。上司として、人間として、という意味で。
御曹司で、清濁併せ呑む策士な部分も併せ持っているのに、自分の感情にはまっすぐ。そんなところが気分屋に見えたり怠惰に見えたりもするのだろう。私は人間らしいこの人が結構好き。隣にいて楽しいもの。
「龍人さんが必要としている限りは、お世話係しますよ。お賃金いいんですもん」
「ああ、励めよ。おまえがいれば、俺の生活は成り立つ」
龍人さんはそう言って自宅に向かって車を発進させた。手を振って見送りながら、私は考える。
ご実家がお見合いを勧めてくるということは、どんなに彼が拒否しても数年のうちには身を固める運びになるだろう。彼もまた、自分の役割をいずれ受け入れる。
そうなったら、お世話係は廃業だ。奥様のいる家でハウスメイドまでできないもの。しかも、独身時代から世話をしていた女の部下なんて、奥様からしたら気分のいいものじゃないでしょ。
その頃には、また別の稼ぎ方を探さなければならない。
いっそジョーグン本社に推薦してもらうとか、どうかな。あとは今の社内で役職に就けてもらうとか。とにかくお給料のいいセクションに配置換えを希望! ここ数年、龍人さんに尽くしているんだし、そのくらい融通してくれるといいなあ。
私は軽い気持ちで思い、鼻歌を歌いながら自宅に戻った。
「龍人、またお見合い駄目だったっぽいんだよね」
那賀川さんがそんなことを呟いたのは、翌週月曜の朝だった。始業前のデスク、私はスープジャーから朝の味噌汁の残りをすすっていた。今朝、龍人さんのお世話がなかったので、自宅から持ってきたものだ。
「はあ、そうなんですか」
正直、龍人さんのお見合いはどうでもいい。だって、先週の時点であのテンションだった龍人さんが一週間でいきなりお見合いに開眼し、前向きになるとは思えない。
「今日はご実家から本社直行で会議ですよね、龍人さん」
実家に戻っているのは知っているので、私は朝ゆっくり自宅から出勤できたのだ。
まあ、その分実家でストレスを溜めて戻ってきそうではある。那賀川さんも同じことを考えているようでため息をつく。
「こっちに帰社するのは夕方だね。今日はめちゃくちゃ不機嫌だよ、たぶん」
みんな、社長に気をつけろよーと那賀川さんがオフィスにいる社員に言い、どっと笑いが起こる。
明るく楽しいオフィスだ。社長の不機嫌くらい、笑い話にできるんだもの。こういうメンバーだから、龍人さんも肩肘張らずに素直でいられるのだろう。
「あ、その龍人から連絡だよ。ええと、帰社は十八時過ぎだってさ。……みんな、定時で帰れよ。残ってると不機嫌社長にやられるぞ!」
那賀川さんが再び社内におふれを出し、社員たちが笑いながら、今日は定時退勤死守だと言っている。私もそうしようっと。
「あ、駒形には別途伝言。『夕食を作れ』だって」
「マジですか、不機嫌な龍人さんに!?」
慄く私に、他の社員たちがからかうように声をかける。
「駒形ファイトー」
「頑張れ、我が社の爆発物処理班」
なんという喜ばしくない二つ名。というか、社長を爆発物扱いできる会社って……。
龍人さんは、なんでその伝言を私に直接しないのだろう。たぶん面倒くさいから、那賀川さんに連絡するついでにしたのだとは思う。
「何、作ろう」
こういうときは好物がいい。野菜は嫌いでお肉が大好きな子ども味覚の我らがボスに、何を作ってあげましょうかねえ。
龍人さんは予告通り十八時過ぎに帰社した。オフィスはすでに人もまばらである。
「龍人さん、クラウドに今日の分の報告上がってるんで見ておいてください。決算のデータも」
私はいつも通り声をかける。龍人さんは社長デスクにどさっと鞄を置くと、ちらっと私を見た。
「小梅」
「はい、なんでしょう」
「手ぇ空いたなら、もう上がれ。飯頼む」
「はーい。今夜はハンバーグですからね」
私は笑顔で予告し、先に退勤した。龍人さんは思ったより不機嫌そうじゃない。むしろ、ちょっと元気がないように見えた。やはり、ご実家でいろいろ言われたのだろうか。
自転車でスーパーに寄り、龍人さんのマンションに直行した。龍人さんのマンションは会社のある九段下から歩いて麹町駅のちょっと手前あたり。千代田区のど真ん中だ。いつも九段下のオフィスまでは歩いて来ている。
それなりに距離があるから、自転車で先回りすれば、彼が戻るまでに食事の準備ができる。築浅のマンションのエントランスを抜け、預かっている鍵で入室。
龍人さんの部屋は最上階の十四階だ。十四階は一戸しか入っていない。ウッドデッキがついていて、インテリアはすべてシンプルなオーダー品。広々とした部屋は本当にお金持ちの住まいって感じである。というか、この立地でこのクラスのマンションに住んでいる人たちなんてみんなセレブなのに、その最上階ってすごい話だ。
たまに思う。このお坊ちゃんと貧乏暮らしの私がなんで一緒にいるのだろう。住む世界も、生きる世界も違うのに、なんの因果でこうしてこの窓から都心のビル群を眺めているのか。本当なら重なる人生じゃなかった気がする。
「まあ、ご主人様と召使いって構図なら重なるか」
私はひとり呟き、買ってきた食材を整理した。換気扇をつけ、食事の支度を始める。お米は明日の分を考えて多めに研ごう。
早炊きでスイッチを入れ、ハンバーグの材料を並べる。煮込みハンバーグにするのでタマネギを炒めるのは省略。一緒に煮込むキノコはしめじとマッシュルーム。付け合わせはブロッコリーでいいかな。
今日の我が家の夕食は、祖母と桜子が協力して作る予定。私の分はいらないと伝えてあるし、今作っているハンバーグも多めに作って実家に持って帰るつもりだ。
龍人さんの食事に関して、食費はもちろん預かっていて、食材の流用については許可をもらっている。龍人さん自身、駒形家にふらっと夕飯を食べに現れたりするし、我が家から朝ごはんを龍人さんの家に持ってくることもあるので、もらいすぎ・支払いすぎにならないように気をつけている。まあ、あのお坊ちゃんはあんまり気にしていないみたいだけど。
ハンバーグを煮込んでいるうちにお米が炊ける。うんうん、美味しそうな香り、と思っていたら玄関が開く音がした。
「ハンバーグ」
「ただいまでしょう、龍人さん」
お腹が空いているのはわかった。でも、帰宅の挨拶がメニュー名ですか。
一応、嗜めてから食卓の準備を始める。
龍人さんはスーツの上着をソファに放り、キッチンにやってくる。私を押しのけるようにしてフライパンを覗き込んだ。
「煮込みか。普通に焼いたヤツが好きだ」
「もう遅いですね。煮込みの方が工程少なくてラクなんです。すぐ食べたいだろうからってこっちは時短で作ってるんです。文句禁止」
「キノコも入ってるぞ」
「そりゃ入ってますよ。うま味たっぷり出るんですよ。美味しいんです」
好き嫌いが多い彼はキノコ類も苦手。でも、食べさせないわけにもいかない。食事を預かるってことは健康管理も含まれる。そして、私が出せば渋々でも龍人さんは食べるのだ。
冷蔵庫に残っていたネギと豆腐で味噌汁も作り、煮込みハンバーグとごはんを並べて食事の完成だ。
「さあ、食べましょう」
いただきますも言わないで龍人さんは無造作に食べ始める。育ちがいいから所作は綺麗なんだけど、おいおい、キノコを避けるな、食べなさい。
「うまい」
そう言った顔が、一瞬緩んだように見えてホッとした。
何かあったとしても、美味しいごはんを食べたらちょっと元気は湧いてくるよね。うんうん、よかった。
ふたりで向かい合って食事を済ませた。食後、私は後片づけ。食器を手早く洗い、水切り籠へ。
この水切り籠も私がお世話係に就任するまではなかったもんなあ。この家にはお掃除ロボくらいしかなくて、そのロボも充電器まで戻れず、部屋の隅で引っかかって息絶えていたっけ。洗濯物は業者に頼んで、外に出しておくと持っていってもらえるサービスを使っていたみたい。はあ、不経済。
今は人が住める部屋になったと思う。洗濯も私が定期的にしているから、お金もかからないし、ドラム式の洗濯機が埃をかぶらずに済んでいる、せっかくマンションの最上階でのびのび暮らしているんだし、綺麗で文化的な生活を送ってほしいものだ。
「はい、お茶ですよ」
食後のお茶を淹れて持っていくと、龍人さんが私を見つめた。
「小梅、ちょっとそこに座れ」
なんだろう。コの字型のソファの片隅に、指示されたように座った。
日頃、多弁な人ではない。今日はご実家の愚痴でもあるのかな。
「何かありました?」
「週末、見合いをしてきた」
「また、失敗したんでしょう」
茶化すと、龍人さんが眉間に皺を寄せた。
「おまえ、言うに事欠いてそれか。俺の方が断った」
「いつもの流れじゃないですか。結婚したくないんですもんね、龍人さんは」
お見合いの経緯だけで彼がこんなに悩んだ顔をするだろうか。なんとなく様子が変なままなので、あえて私は明るく笑った。
すると、龍人さんが真面目な顔になる。
「実家が俺に見合いをさせたがるのには理由がある。俺の兄夫婦の話だ」
それって、私が聞いてしまってもいい話だろうか。
一瞬思ったものの、龍人さんが理由もなしにこんな話を持ち出すはずがない。少なくとも、私は話し相手に適格だと判断されているのだ。それなら聞くべきだろう。
「兄夫婦は結婚六年目。子が授からない。実家のじいさんたちに急かされて、夫婦で不妊の検査をしたところ、夫婦双方の理由で妊娠しづらい状態らしい」
それは郡家としては由々しき事態ではなかろうか。ジョーグンは一族経営、お兄さんの龍臣さんは後継者で、その子どももゆくゆくはジョーグンを継ぐ。
「ふたりは不妊治療を始めるそうだが、老い先短いじいさんたちが、兄に愛人を持たせろと騒ぎだしてな。兄嫁も責任を感じて、まいっているらしい。双方に原因があるって言っているのに、じいさんたちはまったく聞く耳を持たない」
「ええ!? ひどい話ですねえ! いっくら龍人さんのお身内でも、私がそんなこと言われたらめちゃくちゃ怒ります! 愛人? なめてるのかって感じですよ!」
「小梅の感覚で普通だ。しかし、兄嫁は物静かで責任感が強い人でな。落ち込んでいる姿をうちの両親が哀れに思って俺に相談してきた。嫁をもらって子どもを作る気はないか。そうすれば、じいさんたちから兄夫妻へのプレッシャーが弱まる。兄嫁も精神的にラクになるだろう、と」
なるほど。龍人さんの子どもだって直系にあたる。跡継ぎとしては相応しいはず。
「それで、お見合い三昧だったんですね。それじゃ、余計に断りまくっちゃ駄目じゃないですか」
私のもっともな指摘に、龍人さんが面倒くさそうに背もたれに身体を預け、眉根を寄せる。
「毎週のように、右も左もわからないような箱入りのお嬢さんたちと会うんだぞ。そうでなければ、高学歴や留学経験、コネクションを自慢してくる鼻持ちならないタイプの女ばかり。いい加減うんざりする」
龍人さん目線の話なので全部を鵜呑みにはできないけど、確かに一般的な感覚じゃないお嬢様たちも多いのかもしれない。そんな中から、お家のためとはいえ、一生一緒にいる人をいきなり決めろと言われても困るだろう。
浮世離れした世界の話で、私も他人事として聞いているけれど、庶民の感覚だと跡継ぎ作りのために結婚を急かされるなんて現代社会にそぐわないことだもの。
「見合いがうまくいかないもんだから、昨日親に言われた。他に好きな人がいるのか、と」
「いるんですか?」
「そんなもんいるか。俺は結婚に興味がないだけだ。……まあ、そうしたら言うわけだ。『誰でもいい。子どもを産んでくれるだけの女性でもいいから、心当たりはないか』と」
だいぶ乱暴な話になってきた。それほど切羽詰まっているのだろうか。
……もしかしたら、兄嫁さんはかなり精神的に追い詰められているのかもしれない。龍人さんのご両親が焦るほどに。
「そこでだ」
龍人さんが背もたれから身体を起こし、私を見た。
「小梅、俺の子を産むか?」
ん? 話が見えない。
私は首をかしげる。
「オレノコ……」
オウム返ししてみたが、頭がよく理解してくれない。何を言っているの?
「龍人さん、すみませんが、もう一回説明してもらえます?」
龍人さんは苛々と前髪をかき上げる。
「だから、俺の子どもを産む気があるのかと聞いている」
「いや……意味わかんないです……」
「おまえ、俺がここまで懇切丁寧に説明と相談をしているというのに……」
待ってほしい。私はご実家の事情を聞いただけだ。それがどうしてこうなったのよ。
「え、今のって説明と相談だったんですか? 状況説明と依頼がうまくかみ合わないんですけど。え? これって社長命令?」
「こんなことを命令できるか」
龍人さんが業を煮やした様子で、ぐっと身を乗り出してきた。
誰もが目を奪われるイケメンフェイスが目の前にある。こんなに近づいたことってあったかしら。
「小梅、もう一度言うぞ。俺の子を産む気はあるか?」