書籍詳細
再会求愛~一途なドクターは初恋の彼女を甘く奪いたい~
あらすじ
「今度こそ君の全部を手に入れる」空白の時間を埋めるような溺愛に陥落寸前!?
作業療法士として働く千夏は、勤務先の病院で学生時代の初恋相手・由也と再会する。大病院の御曹司である彼は大人の魅力を備え、優秀なエリート外科医に成長していた。ある衝撃的な出来事から、由也に失恋したと思い込んでいた千夏だったが、「君のことは忘れていない」と激しく抱きしめられ、唇を奪われて…!情熱的な溺愛に心が甘く乱されていき…。
キャラクター紹介
佐々千夏(ささちなつ)
いつも前向きに患者に寄り添う作業療法士。初恋の彼を今も想う。
遊馬由也(あすまよしなり)
大病院の跡取り息子。冷静で優秀な外科医。千夏を愛するあまり激しく迫ることも。
試し読み
約束の金曜日。奇しくも今日は私の誕生日だ。
空はあいにくの雨。そして夕方には由也先輩と会うのだと思えば、気持ちまでどんよりしていた。
仕事を終えた私は、職場を出て傘をさした。この期に及んで足が竦む。
いつもなら、落ち込んだり苛立ったりする気持ちをすっきりさせるために身体を動かして解決するのに。今回ばかりは、心に相乗して身体すら重く感じる。運動する気力もない感じだ。
徒歩でバッティングセンターまで向かうと、すでに由也先輩は到着していた。黒い傘をさしている彼は、私を見つけるなり笑顔を見せて軽く手を上げる。
私は嘘でも笑いかけることができず、かろうじて会釈をするのが精いっぱいだった。
「千夏。こんなに降っててもやるのか? バッターボックスは屋根があっても地面は濡れてるだろ。怪我でもしたら……」
「今日は……止めておきます」
空を見上げていた彼は顔を戻し、目をぱちくりとさせる。
「そう。じゃあ、どこかへ移動する?」
私は小さく首を横に振った。
「いえ。今日は、しばらくここへ通うのも休もうと思ったので、それを伝えにきただけですから。もう、会いません」
さっきから由也先輩をまともに見られない。顔を見れば、お見舞い帰りに目撃した光景が脳裏を過る。
私は軽く会釈をし、視線を落としたままその場から離れようとした。
次の瞬間、手首を掴まれる。
「どうして? いや。その前に大事なことを忘れてないか?」
彼はどちらかといえばクールで、普段は慌てるタイプではない。だけど、今は表情だけでなく言葉からも指先からも焦りを感じられた。初めて知る彼だ。
目の前にいる彼と、あの日女性の隣で笑っていた彼、どちらが本当の顔なの……?
「ごめんなさい。やっぱり私はあなたを信じられない」
雨音が響く中、はっきりと告げた。
束の間静まり返り、まるで時が止まったようだった。でも傘の上を弾き、アスファルトに落ちていくとめどない雨の音が、時間は進んでいることを証明していた。
「なぜ? 俺は自分の正直な気持ちを言った。理由を聞かせてもらう権利はあるはず」
由也先輩は私の手を離すつもりはないらしい。まっすぐにこちらを見つめ、答えを待っている。
だけど……彼が求める理由を説明して、一体なんになるのだろう。
目にした事実を糾弾して、過去を責めて、彼から聞かされる無情な答えに傷つくくらいなら、もうこのまま終わりにしたほうがいい。
すると、私たちの気まずい空気などお構いなしに明るい着信音が鳴り始める。私のスマートフォンの着信をきっかけに、由也先輩はスッと手を離した。
私はバッグからスマートフォンを出し、発信主は父だと確認する。
「俺のことは気にせず、出ていいよ」
由也先輩の前で通話するのは落ち着かなかったが、遠慮する雰囲気でもなくて仕方なく電話に出た。
「も、もしもし? お父さん、私、今」
『お? まだ外か? 雨の音であんまり声がはっきりしないな』
原因はきっと雨だけではない。由也先輩の前なのもあり、いつもより小さな声で対応していたかもしれない。
そんな理由を説明する暇も与えられず、父は矢継ぎ早に話し出す。
『今日誕生日だな。おめでとう』
「あ、ありがとう。あのね」
『で、あれから約一週間経ったな。見合いの件、腹は決まったか?』
私は咄嗟に片目を瞑り、しかめっ面になっていた。急にスピーカーから聞こえる声のボリュームが大きくなったからだ。
慌ててディスプレイを見れば、スマートフォンを耳に押し当てるあまり、スピーカーホンに切り替えるボタンが作動したらしい。狼狽えて通常モードに切り替えるものの、視界の隅に映る由也先輩の反応が気になって仕方がない。
さりげなく彼へ背中を背け、こそこそと返事をする。
「お、お父さん。その話は家に帰った後でゆっくり電話するから!」
『あ~、それもそうだな。悪い。じゃ、気をつけて帰れよ。あとでな』
とりあえず短めに通話を終えられてほっと息を吐くも、後ろにいる由也先輩の存在を思い出すと、ばつが悪い。
私はそろりと振り返り、頭を下げた。
「す、すみません、話の途中で……」
「お見合い? 君が?」
由也先輩は私の言葉を遮って聞いてくる。
「あっ……あれは、その、なんというか……」
正直に話せばいいものを、彼の切迫感がこもった視線を受けて冷静になれなかった。
これじゃあお見合いの話が舞い込んだから、彼の告白を断ったと誤解されかねない。
即座に否定しようとしたけれど、ふと気づく。
誤解されたままでもいいのかもしれない。そのほうが、由也先輩から失望されて私もすんなりあきらめがつくよね。
心の中で葛藤していたとき、ふいに左肩を押さえられた。驚く間もなく彼は鼻先を寄せ、唇を重ねた。
なにが起きているのか瞬時には理解できない。
はっと我に返った私は、両手で彼の胸を押しやった。
「なにっ……を、んッ」
アスファルトに私の傘が落ちた後、今度は彼の傘も同様に音を立ててひっくり返る。
私の抵抗なんて難なく受け止め、由也先輩は腰を引き寄せて再び口を塞いでいた。頭の中がパニックで、雨に打たれている感覚さえなかった。
数秒後、唇が離れていく。しかし、身体は密着したままだ。
恐る恐る瞼を押し上げると、由也先輩は怖いほど真剣な眼差しを向けて言う。
「見合いをするくらいなら、俺と結婚すればいい」
唖然としてなにも言葉が出て来ない。
彼の黒髪が雨で濡れ、毛先から落ちた雫が頬を伝う。それをひとつも煩わしそうにせず、ただ綺麗な瞳に私を映し出していた。
次の瞬間、パン、と緊張の走る音が響く。私が彼の頬を打った音だ。
感情がぐちゃぐちゃで言葉にならなくて、咄嗟に手が出てしまった。
だって……いくらなんでもひどい。由也先輩にはほかに親しい女性がいるのに、簡単に『俺と結婚すればいい』だなんて。
由也先輩は平手打ちの衝撃で横を向いた顔をゆっくり戻し、ぽつりと謝る。
「……ごめん。言葉で信用してもらえないなら態度で伝えるしかないと思って、つい」
「なに言って……」
「好きだ。簡単にあきらめたりなんかできない。見合いにだって行かせたくない」
言下に二度目の告白をされ、驚愕する。
彼の情熱的な双眼に絆されそうになりながらも、頑張って理性を繋ぎ止めた。
「それって本心ですか? ほかにもいるんでしょう?」
私は抑揚を抑えたトーンで言って冷たく突き放す。彼は訝しげに声を漏らした。
「ほかにも……?」
「とにかく! もうこうして会うのは終わりにしましょう。あなたは東京に居場所も、必要としている女性もいてお忙しいと思いますから」
最後は目も合わせずに捲し立て、落とした傘を拾って踵を返した。
一方的な態度を取って逃げているって自覚はある。でももういろいろと限界。自分の中の感情を処理しきれない。
すると、彼が私の肩を掴んで制止する。
「終わりにしない。信用も心も唇も、今度こそ君の全部を手に入れる」
彼の熱意に圧倒され、振り向かないと決めたのに顔が後ろを向いてしまった。刹那、冷えた頬に唇が落ちてくる。
軽いキスとはいえ、私にとっては大ごとだ。
さっき絶縁宣言したというのに、容易く心を乱される。至近距離の彼の艶っぽい眼差しとシリアスな雰囲気に気圧される。
「ま……待って」
「待たない」
もはや傘もまともにさせず、降りしきる雨に濡れ続ける。
私は傘の柄を握り締めるのがやっと。
「まだ想いを断ち切る気もないし、逃がすつもりもない」
彼の力強い瞳に吸い込まれる。間近でそうささやく由也先輩は、再びゆっくりと顔を傾ける。一瞬受け入れそうになる直前、声を振り絞った。
「ちょ……っ、ダ、ダメッ」
顔を背けて身体の距離を取り、一拍置いて言い放つ。
「か、帰ります!」
心臓がバクバクしてる。一体なにが起きているのか、頭がついていってない。