書籍詳細
極上ドクターはお見合い新妻を甘やかしたくてたまらない
あらすじ
交際0日から始まる溺甘新婚 愛しの旦那様はお医者様!?
大企業の経営者一族なのに、庶民的で恋愛経験ゼロの咲良は、祖母の主治医で大病院の御曹司・梗介とお見合いすることに。初恋の彼と両思いだとわかり、晴れて結婚&新婚生活がスタート。するとクールで無表情な彼が「かわいいな。食べてしまおうか」と甘い言葉を囁く旦那様に豹変!想像を超える溺愛尽くしの日々に、咲良の気持ちも昂って…!?
キャラクター紹介

津田咲良(つださくら)
ウエディングドレスの販売会社で働く、ウブな地味OL。花を育てるのが大好き。

讃良梗介(さがらきょうすけ)
大病院の院長の息子で、咲良の祖母の主治医。クールであまり感情を表に出さない。
試し読み
「つまり、咲良から旦那さんを誘いたいけど、どうすればいいのかわからない、と」
「……そうです」
「一緒に寝てるのに何もないの?」
芽依は目を丸くして、パチパチと何度も瞬きをする。さすがに驚きを隠せない様子だ。
ダイレクトに聞かれて恥ずかしい。こんな話、友達同士でするのもそわそわして落ち着かない。
観念したように頷くと、「そっかあ」とこぼすように言って黙る。
何年かつき合ってから結婚した芽依とは違って、お見合い後に両想いだとわかったものの、交際なしでスタートした結婚生活だ。
最初の状況からして違うのに、相談して困らせてないかな。
のんびりホットチョコを飲んでいた芽依が、へらりと笑う。
「『気持ちの準備できましたよ』って言葉で言いにくいなら、セクシーな下着で意思表示してみては?」
「セクシー……?」
突然の提案にどぎまぎする。
「あーっと、下品じゃなくて大胆って感じの。ちょっと見に行ってみようよ。あっちのビルにいろんなテナントが入ってたと思うよ」
芽依が窓の向こうに見える、ファッションビルを指差す。
「行きたいっ」
普段、私が着ている下着はごく普通で無難なものだと思う。でも、誰にも見せたことがないから本当のところはわからない。子供っぽいかもしれないから、ちょっと恥ずかしいけどガラリと変えるつもりで選ぼう。
そうと決まれば早速カフェを出て、ファッションビルへと向かう。
風は寒く冷たいのに、興奮のせいか身体はぽかぽかしている。
ビルの中に入り、一番カジュアルで敷居の低そうなランジェリーショップを見つけて中に入る。そこで正確なバストのサイズを測ってもらい、芽依と一緒に選んでいく。
いざ見てみると、どれもセクシーすぎて固まってしまう。芽依のセンスのよさに感心しつつも、私が身につけたら、どれも笑われてしまいそう。
「咲良、私には似合わないって思ってない?」
「う……顔に出てる?」
私が頬を隠すと、真面目な顔で頷く。
「赤や黒のものばかり見てるからそう思うんだよ。そんないかにもって色じゃなくて大丈夫。ピンクとか水色の淡い色で透けているやつのほうが、逆にときめいたりするものなんだから」
うぅ……確かに先ほどから毒々しいぐらいの紫や赤、黒ばかりを目で追っていたから、かわいい色の物が着られるのはうれしい。
でも……透けてるって、それはそれで大胆すぎないかな!?
「でもこれ、ほとんど肌が透けて見えない?」
「インパクトは強くないと! 私、このリボンがついたのかわいいと思う」
芽依に渡されたブラジャーは、胸元がリボンで結ばれている。それをほどくと左右に開かれ、胸が露わに……。
これはもう『引っ張ってほどいてください』って自分から誘っているようにしか見えない。
ごくりと息を呑む私。
「い、いやあ、これは、さすがに私にはちょっと」
もう少し初心者向けの無難なやつから始めさせてほしい。
ハンガーを戻そうとすると、芽衣が私の手をつかんだ。
「自分から誘うんでしょ。言葉では言えないんでしょ」
「でも、でも、もっと恥ずかしくないのがいい!」
口を尖らせる芽依に、冷や汗をかきながら必死で抵抗する。
「大丈夫だよ。咲良に絶対に似合うし、かわいいってば。ね?」
天使のような微笑みを向けてくるのに、私の手をつかむ彼女の力は、強い。そのまま強引に、私をレジに引っ張っていく。
「これ、私とお揃いで買おう! すみませーん、ラッピングお願いします」
「ラッピングまで!?」
「うん。テンション上がるし、自分へのプレゼントだよ」
総レース、胸元リボンのピンク色。攻めすぎじゃないかな。こんな姿でベッドで私が待っていたら、コントみたいになりそう。
会計を済ませ、逃げるように店から出た。にこやかに見送ってくれた店員さんには申し訳ないけど、しばらくあの店には行けない。
「咲良ってば、悩みすぎだよ。咲良は咲良らしく、堂々としていれば大丈夫だから」
満足そうな笑みで背中を大きく叩かれ、視界が揺れる。
そうだよね。私に甘い梗介さんだから、きっと喜んでくれるよね。少なくとも嫌な顔をするような人じゃない。優しくて誠実で、たくさんの幸せをくれる人。
だから、私もちゃんと意思表示していきたい。
彼はあさって当直明けで、次の日、一日お休みがある。狙うならその日だ。
帰宅して、買った下着をクローゼットの奥に隠そうとして、手を止める。
奥に隠したら、着るのを躊躇してしまいそう……。
思い直した私は、すぐ着替えられるように、あえてど真ん中にかけた。
その時が来たら、ちゃんとうまくできるかな。
不安と緊張で、心臓は大きく波打っていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
梗介さんの当直開けの日――。
いよいよこの日がやってきた。
私は職場の休憩室で、少しドキドキしながら今日のシミュレーションをしていた。
帰ったらご飯を作って、それからシャワーを浴びたあとに、用意した下着に着替えて、と。
明日は彼の休みに合わせて、私も休みを入れていた。これほど念入りに機会を作っていたと知ると、彼は私を計算高い女だと呆れないだろうか。
今さらながら心配でドキドキしてきた。
「せんぱーい」
「わっ」
美里ちゃんが後ろから声をかけてきたので、慌ててスマホをテーブルに置いた。
「またサラダだけだあ。知ってますぅ? 脂肪って胸からなくなっていくんですよ」
軽口の中に、美里ちゃんの優しさが滲んでいる。
最近、私がサラダしか食べてないのを心配してくれているのか、唇を尖らせている。
「これ以上、減らないだろうから大丈夫。どうしたの?」
美里ちゃんは隣に座ると、タブレットの液晶画面を見せてきた。
「衣装が一つ、返却されてないのがあって。同行したスタッフが誰だったか調べたいんですけど、どのファイル開いたらいいですか?」
私も覗き込んで、ファイル欄を見てみる。
「日付別でわからなかったら、衣装の名前で検索してみて。もしほかの店舗のファイルに交ざってたら見つからないから、作成した吉(き)良(ら)さんに聞いてみて」
「ありがとうございまーす」
席を立ち、そのまま仕事に戻るようだ。先に休憩をもらっていたから、私も一緒に確認しようとサラダをかき込む。
「わからなかったら、食べ終わり次第、行くから」
「大丈夫ですから、安心してサラダ食べていてください」
頼りになる美里ちゃんはガッツポーズで帰っていく。
うちはオーダーメイドで作ったドレスと、レンタル衣装が交ざらないように管理を徹底しているから間違いはないはず。
ウエディングドレスはレンタルする人のほうが多いけれど、オーダーメイドで一から作るほうが高額で長期の対応になる。
だから、オーダーメイドの注文を増やすため、その技術をアピールするべくレンタル衣装もうちで作ったデザインの物を使用している。
毎年クリスマスのイベント後は、オーダーメイドの注文が増えるので、今年も増えてほしい。SNSに投稿してくれたら割引キャンペーンもあるので、口コミで評判になるのも期待している。
イベント前後の繁忙期を乗り越えたら少し余裕ができるので、それまで頑張ろう。
「せんぱぁーい」
先ほど、ガッツポーズしていたはずの美里ちゃんが、顔を真っ青にしてタブレットを持ってやってきた。
「ファイル見つからなかった?」
最後の一口のキュウリを突き刺した時だった。
「ありました。やっぱりほかの店舗のファイルと交ざってました。ありがとうございます」
「よかった。イベントのほうにかかりっきりで、ファイルチェック疎かにしちゃってたね」
ファイル管理を任せていたのは吉良さんなので、あとで一緒にチェックしてみよう。
「じゃなくて、もっと大変な問題が起こっているかもです」
「へ?」
オーダーメイドのファイルと交ざっていたのは、マリアベールのレンタル記録ファイルだ。
うちのデザインの一番人気のマリアベール。
ファイルには、先月貸し出ししたマリアベールの記録が書かれている。
「この前、ボロボロになって帰ってきたマリアベール、修繕したはずなのにうちに戻ってきてないですよね?」
「その修繕の対応したの私だけど、もう終わってるよ。吉良さんから受け取っている連絡はもらってるし」
私が連絡を受けて修繕に出したマリアベールは、修繕が完了して無事に受け取ったと吉良さんから聞いている。
吉良さんは、今年入社したばかりのハキハキしてしっかりした新人さん。ボーイッシュで、パンツスタイルのスーツがカッコいい子だ。部長も彼女の仕事ぶりを褒めていたし、ファイルをまとめるのも速くて感心した。
私の発言に、美里ちゃんの顔がさらに真っ青になる。
「でも、そのマリアベール、レンタル衣装のほうに見当たらないし、この前新品が売れたはずなのに、新品の在庫は全く減ってなくて……。言いにくいんですけど、修繕したマリアベールを、新品として送ってるんじゃないかと思います」
「え……えええっ!?」
キュウリを突き刺したフォークを離す。床へと落ちて弧を書くフォークを眺めながら自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。
担当者の吉良さんから事情を聞いた。
新品のマリアベールを購入したお客様に対して、吉良さんは修繕したマリアベールをお渡ししたらしい。
簡単にまとめると、彼女は『修繕したのだから新品と同じだ。倉庫から探して送るよりも、戻ってきた衣装をそのまま段ボールに入れ直したほうが早い』と判断したらしい。
これは絶対にあってはいけないことだ。本来なら、修繕したマリアベールを倉庫に戻して終わればいいだけの話なのに、手間を省くために会社の信用を落とすようなことをしてしまった。
吉良さんを普段から『仕事が速い』と褒めていたことが、仇になったのかもしれない。彼女は急いで仕事をこなそうとして、自分の間違った判断で行動してしまった。
これはクリスマスのイベントを優先して、彼女の動きをきちんと把握していなかった私たちにも責任があった。この仕事についてまだ半年ちょっとの彼女をなぜもっと見てあげられなかったんだろう。
吉良さんも、忙しそうにしていた私たちに、相談しづらかったのかもしれない。
とはいえ、仕事を早く終わらせようと適当なことをしたのは確かだ。真実をきちんと受け止めて、反省してほしい。
美里ちゃんに促されてやってきた吉良さんは、うろたえていた。
そして私と美里ちゃんが顔を真っ青にしているのを見て、これが大きなミスなのだとわかったようだ。
でもきっと、何が悪かったのかわかっていない。私は大きく息を吸い込み、冷静に伝えるためにまっすぐに彼女の顔を見た。
「一生に一度しかしない大切な式で、一からオーダーメイドしたウエディングドレスを着るほどこだわって。そして人気のベールを、レンタルではなく購入したいとおっしゃってくださったの。そこで修繕したベールと新品のベール、あなたならどっちをつけたい? 手間を省くためにレンタルの商品を新品として送るなんて、あってはならないことだよ」
その言葉に、自分のした失敗に気づいたらしく、彼女の顔が青ざめた。
吉良さんには急いでお客様に電話で謝罪させ、改めて彼女と一緒に直接お会いしてお詫びした。
相手の方がまだ写真撮影前だったらしく、何とか許してくださったので大事にはならなくて済んだ。
始末書を書き、管理の甘さを痛感したのでファイルをすべて見直した。
定時はとっくに過ぎていて、二十一時を回ったところだ。
バタバタしていて梗介さんに連絡するのも忘れていた。
「お疲れ様でーす。明日からまた気合い入れていきましょ」
美里ちゃんに肩を叩かれて、申し訳なさそうに何度も謝っていた吉良さんが、少しだけ微笑んだ。
私もここの衣装の多さやファイルの多さに、新人時代は苦しんだ。でも、効率を求めるのは大事だけど、それが手抜きになってはいけない。今回のことは、自分への戒めにもなった。
「お疲れ様です。吉良さんも駅まで行く?」
背中を縮こまらせていた吉良さんが、こちらを振り向き、真っ青な顔で何度も頭を下げる。
「はい。あの、遅くなってすみません……」
「大丈夫。でも暗いし、一緒に帰りましょ」
彼女はまだ落ち込んだままだ。
厳しく言いすぎちゃったかなって少し心配になったけど、今は自分のしたことをしっかり反省して、今後に生かしてほしいな。
始末書の提出を待ってから、吉良さんと一緒に駅へと向かう。
電車に乗ってから、彼に返信しよう。遅くなってしまったから、今から帰宅して何が作れるかな。簡単にパパッと作れる料理って何があったかな。
「咲良」
挽肉が冷蔵庫にあるから、ハンバーグ作ろうかな。
「おーい、咲良」
「津田さん」
「ん?」
スマホを取り出し、梗介さんからのメールを見ようとしていた私は、吉良さんを見たと同時に、ポスンと誰かにぶつかって飛びのいた。
「す、すみませっ」
「ふっ」
小さく笑った目の前の男性は、目尻を優しく滲ませた。
「きょ、梗介さんっ?」
目の前には、愛しい旦那様の姿がある。
思わず後ろを振り返った。
確かに私の会社がある。
会社の目の前に、彼がいるという違和感……。そして疲れているであろう彼に迎えに来てもらうなんて……。
混乱と申し訳なさが相まって、あわあわしてしまう。
「連絡しても返信はないし、明日は休みだからと遅くまで仕事しているのかなと。何だか心配で、気づいたらここまで迎えに来てた」
うれしい。申し訳ない気持ちも強いけど、うれしい。でも職場の人がいる手前、にやけるわけにはいかない。
「津田さん、お疲れ様です。終電ありますのでお先に失礼します。今日は本当にすみませんでした」
「あ、お疲れ様ですっ」
そそくさと駅へと向かう吉良さん。
気を使わせてしまったかな。
チラリともう一度彼を見上げると、微笑んでいた。
こんなに遅くなるのに、連絡一つ寄こさない私に怒らないなんて、彼はまさに聖人君子だ。
「すみません。お迎えありがとうございます。ちょっとトラブルがあって、連絡する時間もなくて……。帰って急いでご飯作りますね」
「それは大丈夫。頑張ってカレーを作ってみたから、一緒に食べよう」
「梗介さんの、手作り……」
うれしくて飛び跳ねそう! だって彼、料理は全くしないって言っていたのに、私のために作ってくれたんだ。
「早く食べたいです。保存して毎日食べます!」
思わず身を乗り出して、力説してしまった。
「そんなにたくさん作ってないよ」
彼の言葉も弾んできた。梗介さんは、車だとすれ違うかもしれないからと、電車でここまで来てくれていた。
だから、駅まで腕なんか組んで歩いてしまった。今日一日の疲労がすべて吹き飛んで、まるで羽が生えたようにふわふわして夢見心地だ。
「それで、仕事は大丈夫だった?」
電車に乗って、二人でドア付近に立つと、梗介さんが聞いてきた。
「はい。もっといろいろ、周りに目を配れるように頑張ろうって思いました。私の仕事は、お客様にご迷惑をかけることが一番ダメなので」
仕事で疲れた私の目の前に、一番元気をくれる相手がいる。
私の帰りを待っていてくれていたんだ。
テンションが上がり、心が温まる。
そう。私は梗介さんが大好きなんだ。
電車が揺れるたび、私の身体も揺れる。
彼が私の肩を優しくつかんで、揺れないように入り口の戸にもたれかかるように誘導してくれた。
優しい。そして私にはもったいないぐらい素敵な旦那様だ。
「私……」
耳が熱くて、恥ずかしくて、視線を逸らしながら床を見る。
月の光に照らされて、私と梗介さんの影が重なっている。
「私、もうずっと前から怖くなくなっていて。むしろ怖かったことはなくて」
心臓が口から飛び出してしまうんじゃないかというくらい、激しく鳴っている。
「私、本当はもっと梗介さんに……ふれてほしかったんです」
こぼれ落ちるように漏れた本音。
“好き”が止まらなかった。止めたくもなかった。気持ちが溢れて止まらない。本当は、ふれてほしいだけじゃない。心も身体も、彼ともっと繋がっていたいんだ。
恥ずかしくて目を逸らしたまま、おずおずと彼のコートをつかむ。それが今、精一杯の意思表示だ。
「長いお預けだったな」
梗介さんはうれしそうな声を漏らす。
見上げると、今度は意地悪そうな笑みを浮かべて、ぽつりとひと言。
「今日は、カレーもお預けだな」
私の背中に置いてあった彼の手が、私を強く引き寄せた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「あの、あの」
家に帰ると換気扇を弱にしていたせいか、カレーのいい香りやほかほかのご飯の美味しそうな匂いがしていた。
なのに、私を抱えた梗介さんの足はキッチンへ向かうことなく、一直線に寝室へ。
緊張でドキドキが止まらない。
寝室に入るとカーテンが半分開いていた。電気がついていない部屋には、遠くのネオンと月の淡い光が注がれている。
梗介さんは私をそっとベッドに下ろす。
月に照らされた至近距離の端正な顔に、つい見とれてしまう。
「ん?」
熱に浮かされたようにぼーっとしている私に、小首を傾げる彼。
愛おしくて今すぐ抱きつきたくなる。
でもダメ。せっかく用意したあのセクシー下着に着替えなくては。貧相な身体だけど、あれを着れば少しはマシに見えるはず。
「き、着替えを、その……すごいのに着替えますんで」
言葉に詰まりながらも、何とか説明をして慌てて立ち上がろうとする。
すると、彼は覆い被さるように私の足の間に片足を乗せ、立ち上がれないように阻んできた。
ベッドが軋む音と二人の息が、やけにリアルに私の聴覚を刺激する。ふれそうでふれない彼の足に、緊張が一層増す。
「それは次にとっとく。これ以上は待てないな」
彼は小さくこぼれるように笑うと、私を愛おしそうに見つめてきた。