書籍詳細
愛され注意報~初恋御曹司は婚約者を逃がさない~
あらすじ
政略結婚だったのに、許嫁から一途に求愛されるなんて!?
結婚したいと思うのは君だけだ
琴葉には誰もが羨む完璧すぎる超イケメンの優しい許嫁・黒瀬楓がいる。親同士が決めた政略結婚だが、琴葉は初恋の人との婚約に幸せを感じていた。ところが、父が事業に失敗し、琴葉はつましい一人暮らしの身の上に。こんな私と結婚しても彼には何もいいことはない……。楓からのプロポーズに「考えさせてほしい」と告げると、彼の態度が一変して――?
キャラクター紹介
大友琴葉(おおとも ことは)
法律事務所で事務員として働く。真面目で頑張り屋。
黒瀬楓(くろせ かえで)
琴葉の婚約者。不動産会社の御曹司。
試し読み
「今日はどこに行くの?」
「秘密」
明るい声で尋ねると、なぜか教えてくれず首を傾げる。
いつもだったら、すぐに教えてくれるのに。
「着いてからのお楽しみにしてて」
「……うん」
不思議に思いながらも、彼が運転する車に揺られてたどり着いた先は、まだオープン前の複合商業施設。
世界的にも有名なブランドショップや飲食店が入り、宿泊施設は豪華な造りだとテレビで放送されていたのを見たことがある。
あれ、そういえばこの施設を手掛けたのってたしか……。
車から降りて玄関口で地上三十階になる建物を見上げていると、ホテルマンに車を預けた楓くんが、私の隣で口を開いた。
「ここ、うちの会社が手掛けたんだ。俺も少し携わっている」
やっぱりそうだった。楓くんの会社が手掛けた施設だった。
「そっか」
すると楓くんは私の背中に腕を回し、歩を進める。
「え、楓くん!?」
慣れないエスコートにアワアワしてしまう。だって楓くんとこれほど密着するのは、大人になってからは初めてだから。
テンパる私を見て、楓くんは愉快そうに笑う。
「こういうところでは、男性が女性をエスコートするものだろ?」
「そ、それはそうかもしれないけどっ……!」
今まで一度もしたことないじゃない。手を繋ぐまでだった。それなのに急にどうしたのだろうか。
戸惑う私を連れて彼が向かった先は最上階。エレベーターから降りると、すぐレストランの入口があった。
「いらっしゃいませ、黒瀬様。お待ちしておりました」
正装したレストランスタッフが丁寧に頭を下げ私たちを出迎えると、案内してくれた。
「うわぁ……すごい」
一歩足を踏み入れると、目の前には都内の夜景が一望できて、美しさに思わず声が漏れた。
大きな窓ガラスいっぱいに広がる夜景は幻想的で、息を呑むほど。歩を進めながら視線は釘づけになる。
「夜景、綺麗だろ?」
「うん、すごく」
すぐに答えると楓くんは頬を緩めた。
窓側の席に案内され、スタッフに椅子を引いてもらい腰掛ける。そしてすぐに見てしまうのは店内の様子。私たち以外客はおらず、スタッフが数名いるだけ。
「あの、楓くん。他にお客さんはいないの?」
メニュー表に目を通している彼に、小声で問うと耳を疑うような答えが返ってきた。
「いないよ。オープン前だし、今夜は俺たちふたりで貸し切り」
「貸し切りって……」
嘘でしょ。こんなに広くて豪華なレストランを貸し切りだなんて。
唖然とする私を尻目に、彼はスタッフに料理を注文していく。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
「頼むよ」
スマートに注文を済ませた楓くんは、優しい眼差しを私に向けた。
「プレオープン前の視察も兼ねているんだ。料理の味や盛りつけはもちろん、スタッフの対応や店内の様子も見てくるよう、言われている」
「そ、うなんだ」
そっか、じゃあこれも仕事なんだね。
「あ、だったらよかったの? 私が一緒で。仕事なら私より、会社の人と来た方がよかったんじゃない?」
心配になり聞くものの、彼は首を左右に振った。
「仕事の一環でもあるけど、第一に琴葉にこの夜景を見せたかったんだ。なにより会いたかったから」
ふわりと笑って放たれた言葉に、目を見開いてしまう。
けれどすぐに彼の言葉が頭の中でリピートされ、次第に顔中が熱くなる。
「それは、えっと……ありがとう」
なんて答えたらいいのかわからなくなり、なぜか『ありがとう』と言ってしまった私に、楓くんはクスリと笑う。
「どういたしまして。だから気にせず堪能しよう。料理も夜景も」
「……うん」
どういう気持ちで、楓くんが言ってくれたのかわからない。本心じゃないかもしれない。ただ単に、一緒に来る人がいなかったからかもしれないし。
それでも『会いたかったから』って言葉を信じたい自分がいる。……それと同時に、改めて楓くんと今の私が住む世界の違いを再認識させられた。
楓くんのお父さんは、ここみたいな施設を日本だけではなく、海外にも作っちゃうようなすごい人で、彼はいずれその後を継ぐ人なんだって。
そう思うと、せっかく美味しい料理をいただいているのに、味がわからなくなる。
ナイフとフォークを持つ手に力が入った時、彼が私の様子を窺いながら聞いてきた。
「どう? 料理の味は」
「――あ、とっても美味しいよ」
我に返り答えると、彼はホッとした顔を見せた。
「ならよかった。デザートもあるんだ。琴葉が好きなチョコレートを使ったものもあるよ」
「本当? 楽しみ」
喜びを顔に浮かべるものの、心の中は複雑な思いだった。