書籍詳細
秘密の授かり婚~身を引こうとしたけど、エリート御曹司が逃がしてくれません~
あらすじ
身分違いなのに、赤ちゃんごと甘く捕まえられました
追いかけられて溺愛婚♡
母が営むおにぎり屋で働くすずは、偶然知り合ったイケメン・真司と惹かれあい交際を始めたが、彼が大企業の御曹司だと知る。「何があっても俺が守り抜くから、信じてついてきて」彼の誠意は感じつつも、ある事情で身分差に慄くすずは、彼の子を身ごもったことに気づいて身を隠し出産。しかし真司は諦めず、すずと子どもを探しだし、求婚してきて――!?
キャラクター紹介
丸川すず(まるかわすず)
シングルマザーの母の営むおにぎり屋で働いている。明るくて頑張り屋。
上根真司(かみねしんじ)
すずが公園で知り合った爽やかな好青年。実は大手ベビー用品メーカーの副社長で御曹司。
試し読み
「すず、おはよう」
「真司さん、おはよう」
交際して二ヶ月。もうすぐ五月に入ろうとしているところである。夏に向かって気温が上昇していき、空気が湿っている日も出てきた。
今でも彼は週に三回は出勤前に店に寄っておにぎりを買ってくれる。
母ともかなり打ち解けてくれ、このまま順調に交際が続きそうだなと感じていた。
「じゃあ、今日は鮭と、おかかチーズをいただこうかな」
「かしこまりました」
おにぎりを袋に入れて手渡し代金をもらう。
「忙しいのに寄ってくれてありがとう」
「すずの顔を少しでも見たいから。もちろん、おにぎりがおいしいからという理由もあるけどね」
甘いセリフに私の頬は熱くなった。でも彼は狙っているふうではなく本心で言ってくれているみたいだ。
ハンサムな彼が甘いセリフを言うとわざとらしく聞こえるかもしれないが、嫌な感じはまったくしない。
完璧な外見をしているので、隣を歩くのが恥ずかしくなるけれど、真司さんはいつもかわいいと褒めてくれるのだ。
見た目だけではなく、中身まで彼に見合うような人間になろうと、私は読書をする時間を増やし、メイクの研究をする日々。
真司さんと交際したことは私にとってプラスの出来事だったのだ。
自分磨きを頑張ろうと努力しているためか、ものの見え方が変わってきた。彼に出会えて感謝しかない。
私は真司さんの目の前に立ち、他にお客さんがいないのを見計らってネクタイを直す。完璧に締められているけど、少しでも彼に近づきたくて手を伸ばした。
「今日も一日頑張ってきてね」
「わかった。仕事が終わったら電話するから」
「いってらっしゃい」
私は笑顔で見送り振り返ると、母が微笑ましくこちらを見ている。
「本当に真司さんっていい人よね。早く結婚して息子になってほしいくらいよ」
「結婚だなんて……! まだそんな話出てないし」
交際するときは結婚を前提にという話だったが、まだ付き合ったばかりだ。このまま付き合いが続いていけば、いつかの未来に結婚はあるということである。
「孫の顔を見られるのは、もう少し先かな?」
母が茶化してくるので私は聞こえないふりをしてショーケースの中にあるおにぎりを整理した。
ランチタイムが終わるまでずっと立ちっぱなしだが、午後二時が過ぎると少し落ち着いてくる。それどころか最近は、午後からは暇で仕方がないのだ。
実は半年前、近所に新しいおにぎり屋ができて客が取られてしまい、経営状態が思わしくない。
そこは飲食スペースもあるおしゃれなおにぎり屋さんで、メニューも珍しい野菜を使っていたり、見た目が美しかったり、今時のアイディアが満載の斬新なお店になっている。
うちはテイクアウト専門。田舎のおばあちゃんが作ってくれるような温かいおにぎりである。
昔からの顔なじみは浮気をせずにうちのおにぎりを買ってくれるけど、学生やまだ若い人は物珍しさから新しいお店に行ってしまう。
他店にはお客さんが増え、テレビや雑誌にも取り上げられて連日大盛況。
その影響でうちの売り上げはかなり減ってしまったのだ。
ライバル店ができるまではアルバイトを雇っていたが、お給料を払うことが難しくなり、母と二人でやることになった。
夕方に買いにくるお客さんもいるので営業はしているが、微々たるもの。このまま続けていてもいいのだろうか?
午後三時。私は母とぽつぽつと会話をしていた。
「昼間だけの営業にしようかなと思っているの」
「やっぱり夕方は難しいよね……」
「前はお客さんが多くて売り上げがよかったんだけど厳しいね。それに体力もきつくて」
やつれた表情の母を見ると胸が締めつけられる。
母と二人で夕方までの営業は負担があり、毎日が疲労困憊だった。
もし、昼営業だけにするなら、売上が減り私への給与は雀の涙になってしまうだろう。
母の体力を考えても、朝から夜まで働く生活はいつまでも続けられない。
「仕事を探してみようかな? でも安心して。朝の仕込みは一緒に手伝ってから行くから」
「そんな無理をさせられないわよ」
「無理なんかじゃないよ。私、秘書の仕事がしたいって言ってたでしょ?」
過去に見たドラマの影響で、もし可能なら秘書の仕事をしてみたいと通信講座で検定を取得していた。
女手一つで母は私を大学に行かせてくれ、本当はどこかに就職しようと思ったが、当時はおにぎり屋の仕事がとても忙しく、私が手伝う流れとなったのだ。そのため一度も一般企業に就職をした経験がない。
大学時代にも実家の仕事を手伝っていたので、社会に出たことがなく不安がないと言えば嘘になる。
しかし、やっと外で働けるのかもしれないと思えば、楽しみな気持ちも湧き上がってきた。
「検定も頑張って取ってさ。忙しいながら、あんたは偉いと思う」
「ありがとう。頑張り屋なのはお母さんに似たのかな?」
からかうように言って私はにっこりと笑顔をかけた。そして真面目な表情に戻る。
「すぐに秘書っていうのは難しいかもしれないけど、そういう仕事を探してみようかなって思うんだ」
「そうね。すずの仕事が見つかったら、昼だけの営業にしようかな」
私は納得したように一つ頷いた。
仕事を終えて店のシャッターを下ろし、階段を上がっていく。
夕食を簡単に済ませ、入浴をしながら今後の未来を考えていた。
二十六歳になって仕事を探すというのは、経験がない私にとって難しいことかもしれない。
結婚には憧れがなかったが、彼と出会って考えが変わった。
交際してまだ二ヶ月でも、真司さんとは結婚したい。心から彼のことが大好きだ。
付き合ってまだ日は浅いのに、これ以上好きになれる人はいない自信がある。
結婚して子供ができて……という流れが一番理想ではあるけれど、授かり婚でもいい。今はそういうカップルもたくさんいる。
彼のお嫁さんになることができればどんなに幸せだろうか。でも家を出るための口実として、一緒になることを提案したくない。
自分からではなく、彼のタイミングのいいときにプロポーズをと願っている。
男の人は家庭を守るために仕事の基盤をしっかりさせなければいけないと、女性よりもプレッシャーが大きいと聞いたことがある。
今は年齢的にも大事な時期だろうから私は陰ながら彼のことを応援したい。だから今は自分のできることを精一杯頑張るしかない。
「よっし、早速、求人を確認してみよう!」
すっかり長湯をしてしまった。バスルームから出て火照った頬に化粧水をたっぷり塗りこんだ。
浴室から自分の部屋に戻り、求人サイトを確認しようと思いスマホを手に持った瞬間、着信が入った。
画面には真司さんの名前が映し出されている。急いで通話ボタン押して耳に当てた。
「もしもし、真司さん? お仕事お疲れ様!」
『ありがとう。今日は忙しかった。でも、すずが握ってくれたおにぎりのおかげで頑張れた』
電話越しでもよく響く素敵な低音。耳に受話器を当てて話しているだけで、囁かれたような気分になって恥ずかしくなってくる。
「お役に立ててうれしいなぁ。頑張れたならよかった」
自分でも驚くほどやさしい声で言った。温厚な彼と話をしていると、自分まで人に温かく接しようという気持ちになるのだ。
『すずの声を聞いていると心が和む』
「ありがとう……私もだよ」
『家に帰ってきたら、すずがいつも近くにいてくれたらいいのに』
心臓の鼓動が少しずつ加速していく。このリズムが心地よくて、いつまでも浸っていたくなる。
本当は電話越しではなくて、直接会って彼の体温に触れたい。
こんなにも会いたくてたまらなくなる人はなかなかいなかった。
きっと真司さんは運命の人なんだと思う。
『すず、好きだよ。……本当に好きだ。手放したくない』
「私も、真司さんのこと、大好き」
言葉に出すとくすぐったくて照れくさいけれど、自分が彼のことを想っている気持ちがさらに強くなっていく。
「秘密主義なところはちょっと気になるけどね」
『あははは。そうかな? 俺はすずには何でも話しているよ』
真司さんは、どんな仕事をしているのか具体的には教えてくれない。
メーカーで働いているということは教えてくれるが、休みの日は仕事の話をするよりも、二人で楽しく過ごしたいと言う。
しつこく聞くのもどうかと思って詳しくは聞いていなかった。
大金持ちの企業の御曹司とかでなければ、どんな仕事をしていてもいい。
彼の家は私たちが出会った公園のすぐそばで、至って普通のマンションに住んでいた。その部屋に入って私は安心した記憶がある。
あまりにもお金持ちそうだったら、交際するのはやめようと言うつもりだったのだ。詳しく話は聞いていないけれど、きっと彼は普通のサラリーマンだと信じている。
富豪男性が私のような庶民に興味を持つわけがない。母のような例もあるから一概にはそうとは言えないかもしれないけど。
「じゃあまた明日ね。おやすみなさい」
『おやすみ』
電話を切って私はスマホを胸に抱きしめた。
どんどんと好きになっていく。好きになっていきすぎて怖い。
私たちに別れの日はやってこないと思うけれど、永遠に一緒にいられますようにと願うような気持ちだった。
◆
日曜日になり、白いコットンワンピースにカーディガンを羽織って、メイクも頑張って、準備万端な状態で玄関の前で待つ。
真司さんに会えるのがうれしくて顔が緩む。こんなに浮かれていたら怪我をしてしまうかもしれない。
気をつけなければと気を引き締めているところに、車が到着し運転手席から彼が降りてくる。
薄手のジャケットを羽織りジーンズというラフな格好でも、足の長さが目立っていて今日もかっこいい。
洗いたてのシャツのような爽やかな笑顔を浮かべて、助手席を開けてくれた。
「おはよう、すず。今日もかわいいね」
「ありがとう。真司さんもかっこいいよ」
朝から砂糖たっぷりなパンケーキにハチミツをかけて、トッピングにバニラのアイスを乗せたぐらい甘い会話をしている。恋人関係というのはこんなものなのか。
「さ、乗って」
「うん、お邪魔します」
彼が私を車に乗せてから運転席に回って、覆いかぶさってきた。朝からドキッとして目を強く瞑る。真司さんは私にシートベルトをしてくれただけだった。
(私ったら、何を破廉恥な想像してんのよ)
「ちゃんとシートベルトしないと危ないだろ?」
「ごめんなさい。ついつい浮かれちゃって……」
「俺に会えることがそんなにうれしかった?」
からかうように言う。
「うん。楽しみだった」
隠さず気持ちを伝えた私に微笑みかけて、長い手が伸びてくる。やさしく頬を包み込まれ、朝から甘い眼差しを向けられた。私の心臓の鼓動が加速し頬に熱が溜まってくる。
「素直に伝えてくれてありがとう」
アクセルを踏んで出発進行だ。
横顔をちらっと見ると鼻が高くて肌が綺麗で、見惚れてしまう。
「今日はイタリアンを食べたいって言ってたから、予約しておいたぞ」
運転しながら話しかけてくれる。
「すごく楽しみ! 寝坊しちゃってまだ何も食べてないの」
「そっか。眠れなかった?」
「うん、考えごとをしていて」
「大丈夫か? 俺に話せることだったら言ってほしい」
実家の店の営業時間を縮小して、私が働きにいくという家の話をしてもいいのだろうか。それで求人票を遅い時間まで見ていて眠れなかったなんて話したら心配させてしまうかもしれない。
なかなか言い出せず黙っていた。赤信号で止まったタイミングでこちらに視線を向けられる。
「なんかあったんじゃないのか?」
隠しごとをするほうが彼に悪い気がして、素直に打ち明けようと口を開く。
「実は仕事をしようと思っていて……」
「仕事?」
「近所に競合店ができてしまって実家の経営がちょっと大変なの。しかも母も長い時間働くのが難しくなってきて、営業時間を縮小するつもりでいてね。私はこの機会にどこかの会社で働こうかと思っていて」
「そうだったのか」
信号が青になりまた車が走り出す。
「私、一般企業で働いたことがないから憧れもあるんだ。せっかくだからチャレンジしてみたい。前向きにとらえているの」
「その言葉を聞いて安心した。すずがチャレンジしたいなら俺は応援するから」
「ありがとう」
「できれば日曜日は休みの仕事がいい。そうじゃないとなかなか会えないから。でも、もし平日しか休みがない仕事についてしまったとしても、遅くなっても少しでも顔を見に行くから」
「真司さん、大好き」
照れくさそうに笑って「わかっているよ」と言ってくれた。何度も好きという言葉を口にすると嘘っぽく聞こえてしまうかもしれないが、あふれる気持ちが口をついて出てくる。
日曜日といえばぼんやりと一人で散歩をすることが定番だったが、彼と付き合いはじめてから素晴らしい休日を送っている。
ランチをしてドライブすることもあるし、公園でぼんやりと過ごすこともある。
土曜日の夜から会うこともあって、彼の家でお泊りし、甘い夜を過ごす日もあった。
とにかくどこに行っても何をしていても真司さんと一緒なら楽しくて仕方がないのだ。
到着したレストランにはイタリア人のシェフがいて、メニューを見たらどれも美味しそうだった。迷う私にアドバイスをしてくれる真司さん。二人でシェアをして食べることになった。
どれも料理は絶品だった。店の雰囲気もよかったし、彼の店を選ぶセンスはずば抜けて素晴らしい。
食事をした後、珍しく彼がリクエストしてきた。
「デパートに行きたいんだけど、付き合ってもらえる?」
「うん、いいよ」
そう言ってレストランの近くのデパートの駐車場に車を入れた。ぶらぶらと歩きながらウィンドウショッピングを楽しむ。
何か欲しいものでもあるのだろうかと思いながら歩いていると、なぜかおもちゃ屋さんに入っていく。
真司さんにくっついて一緒におもちゃを眺めていた。
ふと横を見ると彼はものすごい真剣な表情で見つめている。
「おもちゃ、誰かへのプレゼント?」
「あ、いや。今の子供って、どんなおもちゃで遊んでいるのかなと思って」
「真司さん、子供が好きなんだね」
真司さんの子供だったら、とてもかわいい子供が生まれてくるに違いないと勝手に想像してしまった。彼の赤ちゃんを産むのが、自分だったらいいなと頬が緩む。
愛する人と家族を作っていく未来を思い浮かべた。
それはまだまだ先のことだろうし、彼と結婚できるかなんてわからない。約束はしているけれど未来は変わるし、絶対というものはないと思う。
何を幸せな想像をしていたのだろうかとハッとした私は、気を引き締めた。
「子供は大好きだ。結婚したらたくさん子供を作って、賑やかな家庭にしたい」
「私は一人っ子だから、いっぱい家族がほしい。それこそ野球のチームを作れるくらい!」
にっこり笑って言うと彼はじっと見つめてきた。
子供をたくさん作りたいと言っていたけれど、産んでほしいとは言われていない。今の質問に対して適切な答えじゃなかったと反省する。
交際するときに結婚前提にと言われていたから、ついつい調子に乗ってしまった。
「ごめんなさい……あのっ、深い意味はないの。気にしないでね」
ごまかしているのにそれでも彼は真剣な眼差しを向けてくる。気を悪くしてしまっただろうかと焦燥感に駆られていた。
「……すずには、父がいないだろ?」
「うん……」
「もしよかったら、どうしていないのか聞かせてくれるか?」
この話は、仲のいい友人でさえしたことがなかった。容易に言えるような内容でなくて、私は口を噤んでしまう。
「すずとは本当に結婚を考えているんだ。だから、教えてほしい」
まっすぐに気持ちを伝えられ、結婚を意識してくれているのがわかった。そうであれば、家庭環境が気になるのは当たり前のことだ。
私もできることなら真司さんと結婚したい。だから勇気を出して話さなければ。
「場所を移してもいいかな」
「そうだな。公園でゆっくりしようか」
彼の住んでいる家の近くの公園に移動した。
私をベンチで待たせて、彼は近くの自動販売機でアイスココアを買ってきてくれた。
受け取ってお礼をする。
「ありがとう」
しばらく無言の時間が流れた。
私のタイミングで話すのを待っていてくれているのだろう。いつまでも重たい空気の中にいるのはいたたまれなくて、口を開く。
「私は父に一度も会ったことがないの」
「それは……、離婚したから?」
私は首を横に振った。
「母は、結婚をしないまま、私を産んでくれたの」
「そうだったんだ」
「どうしても結婚できない理由があって……」
「その理由、話せそうか?」
すんなり口にすることはできなくて躊躇した。でも結婚を考えてくれている彼に、いつまでも隠しておけない。
話すなら今が絶好のタイミングである。私は勇気を振り絞って、遠くを見つめながら話しはじめる。
「母は大企業の副社長さんとお付き合いしていたんだって。本当に父のことが大好きで、愛していて……。そんなときに私を身ごもったの」
「……うん」
急かすわけでもなくしっかりと耳を傾けてくれていた。
「でも母は幼い頃に父を病気で亡くしていて、決して裕福な家庭とは言えなかった。 どちらかというと貧乏で学校も中学までしか行けてないの」
「そうだったのか」
「母は父に妊娠したことを告げて。父は結婚しようと言ってくれたみたいなんだけど、父のご両親に挨拶に行ったら、身分差がありすぎるって言って反対されたみたいでね」
いつしか彼は相槌を打つこともなく、集中して話を聞いているようだった。
真司さんがどんな表情をしているのかわからないけれど、息を詰めているのがわかる。
「もし、子供を産んだら子供だけは血筋を引いているからもらうって言われたそうで。母は我が子と引き離されることに恐怖心を抱いて、愛する父の元から消えて、一人で私を産んでくれたの」
本当のことを打ち明けて、私はひどく緊張していた。
幼い頃に父がいないという理由でクラスの男子にからかわれたことがあって、普通の家庭ではないのだと思いながら生きてきた。母が私を一生懸命育ててくれたことは間違いないが、こんな話を聞いて彼はどう思うだろうか。
「お母さん、一人で頑張ってくれたんだな」
柔らかくて温かい声だった。
「私を産んでから必死で働いて、そして、おにぎり屋さんを開業して、大学まで行かせてくれたの」
「すずをこんなに素敵な女性に育ててくれたことに感謝だな」
否定することもなくすべてを受け止めてくれているようだった。真司さんはとてもやさしい。こちらまで穏やかな気持になってくる。
「すずは、お父さんのこと、どう思ってる?」
その質問に顔が強張っていく気がした。
「父に対しては複雑な感情を持っていて。きっと父も母を愛してくれていただろうと思うんだけど。どうしても恨むような気持ちがあって……。好きだったら本気で探さなかったのかなとか。母を引き止めることを真剣にやらなかったのかなとか考えちゃうの」
「それは仕方がないことだよな」
切ない声でつぶやいた。
気持ちをわかってくれたことに安堵感を覚えていた。なので、私は自分の中に溜め込んでおいた感情をつい吐き出してしまう。
「私は大企業の社長の息子さんとか、お医者さんの息子とか、社会的地位のある人とはお付き合いをしたくないと思っているの。そういう人と知り合う機会もないから、心配する必要はないんだけどね。差別していると思われるかもしれないけど、母の生きてきた背景を思うと、どうしても受け入れられない」
なぜか彼は口数が減り、何も話さなくなってしまった。こんなに暗い話をして嫌な気持ちにさせてしまったかもしれない。
「重たい話になってごめんなさい」
真司さんは、私の膝の上に置いてある手をそっと握る。どんな表情をしているのかおそるおそる顔を左に向けると、慈愛に満ちた瞳をしていた。
「話を聞かせてくれてありがとう。話しづらかっただろう?」
「いつかはちゃんと話さなければいけないと思ってたから、聞いてくれてありがとう」
「絶対にすずのこと幸せにするから。何があっても俺のことを信じてほしい」
私の手を握る力が強くなる。出生の秘密を知っても変わらずに思ってくれる真司さんの温かさが胸に染みて、涙があふれてきた。
彼は太陽の日差しよりも温かな笑顔をかけて、指の関節で涙を拭ってくれる。
「すず、ちゃんと時期が来たらプロポーズするから待っていてほしい。俺、仕事頑張るから」
「うん。私も真司さんに相応しい女性になれるように、努力していく」
その後、私たちは真司さんの家に移動した。玄関に入るなり、お互いを求め合うように唇を重ね合わせ、キスをしながら移動してベッドに寝かされた。
愛する人の瞳の中に自分が映っていることに幸せを感じる。
私は笑みを浮かべてそっと手を伸ばし彼の頬に触れた。その手を取ってやさしく指にキスをしてくれる。
「すず、愛してる」
「私も……愛してる」
口に出して愛の言葉を言うのは恥ずかしかったけれど、自分の気持ちが相手に伝わることに喜びを覚えた。
いつも壊れ物を扱うようにしてくれるけれど、今日は細胞一つ一つまで彼の愛情を刻み込まれたみたいな気がして、私と彼が本当に一つになったような気がしていた。