書籍詳細
円満離婚するはずが、帝王と呼ばれる旦那様を誘惑したら昼も夜も愛されてます
あらすじ
「俺は君を独占したい」甘く切ない契約婚 マーマレード文庫創刊4周年SS特典付き!
大学生の彩葉と、「帝王」の異名を持つエリート弁護士の夫・理人は、日本とNYで離れ離れの夫婦生活。実はこの結婚は契約で、彩葉の卒業と同時に離婚することが決まっていた。離婚回避のため一念発起でダイエットを成功させ、華麗に変身した彩葉。「君と愛しあいたい」――理人に会いにNYへ行くも、彼は妻だと気づかず熱烈に口説いてきて!?
キャラクター紹介
花野井彩葉(はなのいいろは)
大学四年生。ぽっちゃり女子だったが、理人と釣り合うためにダイエットを成功させる。
篠宮理人(しのみやりひと)
アメリカのNY在住で、法律事務所のCEO。投資家としても一流で莫大な財産を築く。
試し読み
「腹が減っただろう?」
パーティーではカナッペをつまんだくらいなので、スパークリングワイン三杯は自分のキャパシティの限界にきている。
靴擦れも痛かったが、かろうじて足を引かずに歩けていたので、椅子に座って安堵する。
「はい。スパークリングワインでちょっとふわふわしています」
「アルコールに強くなければその仕事はやっていけないだろう?」
指摘されて、素人丸出しだったことに気づく。
「そうなんです。あまり飲まないようにするのが大変で」
取り繕う私に篠宮さんは口元を緩ませて頷く。
ボロをなんとか隠せたようでホッと胸を撫で下ろす。
「あと一杯くらいは大丈夫だろう? 君のおかげで心配事がなくなった。乾杯しよう。料理は君が好きなものを頼むといい」
「……雇われている身としては、お任せしたいと思います」
「なかなかエデュケーションが行き届いているな」
篠宮さんが片手を上げると、すぐさまウエイターがやって来る。スパークリングワインと、メニューの説明を彼から聞いてオーダーを済ませた。
ふと視線を感じて、斜め先のテーブルへ顔を動かす。
あの女性……。
男性とテーブルに着いているが、あの女性は篠宮さんを遠巻きに見ていた人だ。
「理人さん、サンドラさん以外にも女性に気に入られていますか?」
「何人か誘ってくる女はいるが?」
「斜め左うしろのテーブルにブルネットの綺麗な女性がいるのですが、こちらが気になっている様子で」
篠宮さんは振り返り、顔を私に戻すと苦笑いを浮かべる。
「うちの事務所の弁護士だ」
彼はそれだけ言って、ワインクーラーに入ったスパークリングワインを運んできたソムリエに軽く頷いた。
彼女も篠宮さんが好きなのだと推測できた。
事務所の弁護士なら、話す機会も多々ありそうだから大変そうだ。
篠宮さんの性格だから、ビシッと妻がいることや断りを言っているとは思うけれど、実際一緒にいる場面を見ていなかったはずだから、本当に妻がいるのか彼女は半信半疑だっただろう。
ソムリエは二脚のグラスにスパークリングワインを注ぎ、瓶をワインクーラーの中に戻すと、丁重に頭を下げて去って行った。
篠宮さんは軽くグラスを掲げて口をつけ、私も一口飲む。
うわっ、劇場のものよりもアルコール度数が強い……。
そっとグラスを置いたとき、海老のマリネの前菜が運ばれてきた。
考えてみたら今日初めての食事だ。緊張で一日、食事をとることを忘れていた。
「食べようか」
「とてもおいしそうです。いただきます」
早く口にしたいのを抑えて、ナイフとフォークを手にする。
「さすが高級交際クラブだ。その上品な話し方は本来のものか、仕込まれて学んだものなのか」
「もちろん仕込まれたものです」
ずっとお嬢様学校だったので、「ごきげんよう」などの上品な言葉遣いは身についていたけれど、フィニッシングスクールで学んだことも多い。
探られているわけじゃないよね……?
海老のマリネを食べながら篠宮さんの様子を探るが、彼の表情は読めない。
篠宮さんは仕事の電話を忘れていたと席を立ち、数分で戻って来た。
「中座してすまなかった」
「いいえ……」
日本にいる妻、つまり私のことや彼の職業の話はできない。
私は会話に困り、給仕された牛肉の濃厚な赤ワインソースがかかったメインディッシュを黙々と食べ続ける。
「ずいぶんと、お腹が空いていたようだな」
ふいに聞こえてきた篠宮さんの声に「え?」と、切り分けていたお肉から顔を上げる。すると、彼はおかしそうに笑っている。
「空腹だったみたいだ」
「あ……はい。忙しかったので、食事をするのを忘れていて。マナーに反していましたら申し訳ありません」
「別にマナーには反していない。君を見ていたら妻を思い出したよ」
ドキッと、心臓が跳ねた。
今ここで自分が彩葉だと伝えたら、篠宮さんはどんな反応をする?
もしかしたら、嘘をついていたと怒るかもしれない。そんな考えが頭を過ぎって、真実を口にするのが怖くなる。
もう少し様子を見てから……。
「奥様は私のように、よく食べる方なんですね?」
「そうだな」
スパークリングワインのグラスに手を伸ばし、嘘をつき続けることを誤魔化すように、ついお酒を口に運んでしまう。
胃の中に食べ物を入れたので、頭がくらくらするほどではない。それを過信して、少なくなったグラスに注がれたスパークリングワインを半分飲み進めた。
篠宮さんもスパークリングワインを喉に通す。その様を見ていた私は、喉仏の動きにドキッと鼓動が跳ねた。
見ないようにしていたのに、篠宮さんの形のいい唇にも意識がいってしまう。あの唇でキスをされたら、あの大きな腕に抱き締められたら……どんな気分だろう。
アルコールのせいで、いつもとは違う自分に困惑するどころか、篠宮さんに抱かれたいなどと不埒なことを考えてしまう。
私は篠宮さんと離婚したくないから、ここにいるのだ。
〝彩葉〟ではなく、〝乃亜〟としてならば、大胆に振る舞えるのではないか。
グラスを空にして、通りすがりのウエイターがスパークリングワインを新たに注ぐ。
「そんなに飲んで大丈夫か?」
「はいっ……。とてもおいしくて」
体が熱くなって酔いがまわってきているが、意識はしっかりしている。
食事が終わる頃には乃亜さんを演じているのが楽しくなっていた。
篠宮さんが私の椅子を引いて立ち上がるが、足元がふらつき彼の腕に手を置いた。
「大丈夫か? このまま掴まっていて」
「ふぅ……は、い……」
篠宮さんの腕に手をかけて歩き出す。靴擦れは痛いが、ふわりと香った篠宮さんの香水に意識が向く。
ああ、いい香り……。香水は変えていないのね。
一階のレストランを出たが彼の足はロビーに向かわず、エレベーターに向かった。
「理……人……さん……?」
彼の大きな手のひらが私の頬から首へと滑り、ぞくりと体が震える。彼の顔を見上げると、そのまま唇が塞がれた。
「部屋へ行こう。契約は一夜を過ごすことも含まれているだろう?」
このまま終わらせたくないと思ったことも確かだけれど、そんな契約内容だと知ってショックだった。
「私……」
でも、ここで篠宮さんの元を去ったら?
その後のことが予想できない。
「君と愛しあいたい」
もう一度、食むように唇が甘く重ねられた。
私、星さんのフリをして何をしているの?
ラグジュアリーな部屋に入り、キングサイズのベッドを目にして怖気づきそうになっている。
篠宮さんの指先がネックレスを外す。私も大きすぎるルビーの指輪を指から抜き、彼のタキシードの上着のポケットに入れた。
「ポケットに入れるとは頭がいい」
「高価な、ものなので、失くしたら大変ですから……」
酔った頭で必死に冷静さをかき集めている。
篠宮さんは笑みを浮かべながら上着を脱ぐと、半分に畳んでひとり掛けのソファ椅子の背に無造作に置き、続けてカマーバンドも外して上に放る。
フリルのあるドレスシャツにスラックスだけになった篠宮さんは、さらに官能をかきたてる雰囲気になった。
彼はそのまま部屋のバーカウンターへ行ってグラスに琥珀色の液体を注ぎ、ぼうっと突っ立っている私と目を合わせながら、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。
手にはウイスキーなのか、バーボンなのか、お酒の入ったグラスを持っている。
篠宮さんはそのまろやかな琥珀色の液体に口をつけて、私の後頭部に回した手で自分の方に引き寄せた。
ドギマギしているうちに唇が重ねられ、飲んだことのないカラメルを思わせる香りとともに、喉に流し込まれた。
ほんの少しのアルコールなのにカッと胃が熱くなり、体から力が抜けていく。
意識はまっすぐ篠宮さんの唇へ。
「乃亜」
篠宮さんの口から別の女性の名前が出て胸が痛いが、これはチャンスなのだ。
自分から彼の頬へ両手を伸ばし引き寄せて、唇を重ねた。篠宮さんの薄めの唇をそっと食んで吸う。
バージンなのに大胆に振る舞えるのは、きっと他人を装っているから。
そんな自分がおかしくて、小さく微笑みを浮かべる。
「……好きに……して、ください」
「……っ!」
篠宮さんの喉の奥から絞り出すような声が聞こえ、私はピンと張られたシーツの上に押し倒された。
ちゅ、ちゅっと、喉から鎖骨、胸元へ移動していく唇に夢中になった。
気づけばドレスは脱がされ、篠宮さんも身につけていた服がなくなっていて、綺麗に筋肉がついた体に組み敷かれていた。
「好きにしていいんだな?」
ここでやめられたら、体の奥で疼く熱をどうしたらいいの?
初めての体験は怖いが、目の前の美しい男性は私の〝夫〟だ。
彼に私を見直してほしくてニューヨークまで来たのだ。
愛し合って篠宮さんに満足してもらえたら……。
「……もちろんです。好きにして」