書籍詳細
勘違いパパの溺甘プロポーズ~シークレットベビーのママは私じゃありません!~
あらすじ
「俺が君を子どもごと守る」CEOは新妻と赤ちゃんに愛を誓う♡
アメリカ留学中に知り合った容姿端麗な晃から、真摯な瞳で告白された映理。戸惑いつつも、初めての熱く蕩ける夜に溺れ…。しかし突然帰国を余儀なくされ、晃との連絡手段も失ってしまう。1年半後、赤ちゃんを連れた映理は晃に再会!彼が超一流ホテルのCEOと知り、身を引こうとするが、晃は「もう離さない。必ず二人を守る」と熱烈に求婚してきて!?
キャラクター紹介
安原映理(やすはらえり)
純真で真面目なインテリアコーディネーター。悩みながらも、晃に真心と愛情を捧げる。
市岡 晃(いちおかあきら)
情熱的で行動力のあるCEO。一途な映理に惹かれ、彼女だけを愛し抜く。
試し読み
部屋のチャイムが鳴った。映理は急いで玄関に向かい、扉を開ける。
「ただいま」
スーツ姿の晃が立っていた。長旅の疲れか、少しくたびれた様子だったけれど、映理に満面の笑顔を向けてくれる。
「おかえり、なさい」
いろいろと話したいことがあったはずなのに、いざ晃を目の前にすると何も言葉が出てこない。彼も同じなのか、無言のまま部屋に上がる。
「シャワー浴びる?」
「あぁ、そうだな」
緊迫した空気をお互いに感じ取っている。晃がトランクを部屋に運び、浴室に消えると映理はホッとしてしまったくらいだ。
これからふたり暮らしになるのに、こんな風でいいのだろうか。まさか帰宅してすぐ求められるとは思っていなかったけれど、最後にホテルで会ったときの甘い雰囲気はなくて、どこか残念な気持ちになる。
「もしかして、忘れちゃったのかな……」
映理は自分の小指を眺め、静かに独りごちた。
来日が予定より遅くなったということは、それだけ忙しかったということ。映理のことばかり考えていられるほど、晃はきっと暇じゃない。
晃がこちらに来れば、ずっと一緒にいられるなんて、映理の認識が甘かったのだろう。仕方ないことだけれど、寂しい時間のほうが長いのは少し心許ない。
「ふぅ、サッパリした」
バスローブ姿の晃が、浴室から出てきた。濡れた髪をタオルで拭く仕草や、はだけた胸元が色っぽくて、映理は彼を直視できない。
「お疲れ様。ミネラルウォーターが冷蔵庫に入ってるよ」
「ありがとう」
晃はペットボトルを取り出し、ゴクゴクと喉を鳴らしながら水を飲んだ。
「っぷはぁ。うまい」
シャワーを浴びてスッキリしたのか、晃の表情が朗らかになっている。彼は映理の座るソファの隣に腰掛けて、彼女の顔をのぞき込んだ。
「帰ってきたら家の中が整頓されてて、映理が迎えてくれるなんて、夢を見てるみたいだ」
「私のほうこそ、晃が帰ってきてくれて嬉しい」
ここはひとりじゃ広すぎる。前に暮らしていたアパートが恋しくなるほどだ。
大浴場やプール、バーラウンジなど、充実した共用施設がいくら魅力的でも、映理だけではどうしても楽しめない。
「ちょっぴり心細かったの。この素敵な部屋を、持て余している気がして」
「時間が掛かって、ごめん」
晃がローテーブルにペットボトルを置き、うつむいたまま続ける。
「思っていたより手間取ってしまって。こっちにいられるのも、半年くらいになりそうだ」
「そう……」
生活も仕事も、晃にとっては向こうが拠点。わかっていたことだけれど、母や久美と離れるのはやはり寂しい。
「映理に負担を掛けて、申し訳ないと思ってる」
眉尻を下げた晃が、映理を見つめる。彼女が後悔していないか、気遣うような表情だ。
「謝らないで。私が決めたことなんだから」
映理は晃の手を取り、ぎゅっと握りしめる。彼は彼女の手をさらに強く、握り返してくれた。
「絶対、幸せにする」
晃が映理の手を恭しく持ち上げ、唇を手の甲に押しつけた。王子様がお姫様にするみたいなキスが、彼女の胸を高鳴らせる。
先々の不安よりも、今は晃がここにいてくれることを喜ぼう。ずっと映理が待ちわびていた瞬間なのだから。
「映理」
晃が甘く呼びかけ、映理の小指に小指を絡ませた。
「約束……、覚えてる?」
ドクンと心臓が一際強く打った。
忘れているわけがない。ついさっきも思い出していた。
「覚えてる、よ」
映理は消え入りそうな声で答えたものの、晃のほうを向けない。彼の顔が近づいてくる気配がして、彼女の耳に熱い吐息がかかった。
「よかった」
喜びとも戸惑いともつかぬ声音だった。映理が不思議に思って晃を見ると、彼は真っ赤な顔をしている。
「どうしてそんな顔、するの?」
「覚えててくれて嬉しいけど、がっついてるみたいで格好悪いなって」
晃がすごく照れているのがわかり、映理もまた恥ずかしくなる。まさにあの夜のふたりのようだ。
「晃が言い出したんだよ?」
映理がふふっと笑うと、晃はバツが悪そうに言った。
「あのときは、嬉しくてつい。映理が俺に触れたいって言ってくれたから」
離れている間も気持ちを口にしてきたつもりだったけれど、晃にはまだちゃんと伝わってはいないのだろうか。映理はゆっくりと息を吐き、勇気を出して言葉にする。
「今もそう、思ってるよ」
言ってしまった。これでは自分から誘っているみたいだ。
映理は恥辱のあまり晃の小指を振り解き、両手で顔を覆った。彼の手が彼女の頭をなで、優しく尋ねる。
「……映理も、待ってた?」
ためらいながらうなずくと、晃に両手をとられ、あらわになった頬に軽く口づけをされる。唇の触れ方があまりに柔らかくて、彼女の身体が密やかに疼いた。
「言ってくれたらいいのに」
「そんなこと」
「言ってくれなきゃ、わからない」
映理の肩を抱き寄せ、晃は彼女のつむじにキスをして続ける。
「俺の欲望を一方的にぶつけてる気がして、怖かったんだ」
予想外の言葉だった。晃は経験豊富で、映理を巧みにリードし続けてくれていると感じていたから。
「そんな風に思ってたの?」
「あの夜の俺、全然余裕なくて。映理が初めてだってわかってたのに、自分のことしか考えられなかった」
お酒の力を借りないと、先へは進めなかったふたり。確かにスマートではなかったかもしれないけれど、映理は晃が自分本位だなんて思わなかった。
「晃は、優しかった、よ?」
他の人を知らないから比べようもないが、晃が映理を大事にしてくれているのは、しっかりと伝わってきた。
「そう言ってくれると、気持ちが楽になる」
安堵する晃を見ていると、本当に悩んでいたのだとわかる。彼を取り巻く女性は幾人もいただろうに、彼は映理のためだけに胸を痛めてくれていたのだ。
「なんか、びっくりしちゃった。晃はそういうことに、慣れてると思ってたから」
「昔も言ったろ? 映理は特別なんだ」
晃は映理の首筋に顔を近づけ、啄むようにキスを始めた。肌が甘く吸い上げられ、蕩けるような感覚が身体中を走る。
「ぁ、ちょ」
「映理の匂いがする」
鎖骨に舌先の感触がして、映理は思わず首をすくめた。まだベッドにも行かないうちから、刺激が強すぎる。
「あの、今すぐじゃないと、ダメ?」
「待ってたんだろ?」
確かに首を縦に振りはしたけれど、いざ強烈に求められると、晃の迸る情熱に腰が引けてしまう。
「――ん……っ、あ」
唇がキスで塞がれ、頭の中が痺れる。口づけは何度もしているのに、一向に慣れる気配はない。
「映理の感じてる声、たまらない」
「感じてな、ぅん……っ」
否定したいのに、映理の声は甘く濡れるばかりだ。晃はそんな彼女の反応を楽しむように、淫らなキスを貪る。
「もう我慢しなくていいだろ?」
尋ねるというよりは、念押しという感じの言い方だった。映理の答えを待たず、晃は彼女を抱き上げる。
「どこに、行くの?」
「わかってるくせに」
晃は映理を軽々とベッドまで運び、そっとシーツに横たえた。しなやかな指先で彼女の髪を掻き上げ、額に唇を触れさせる。
「約束どおり、寝かさない」
返事のしようもない断言するみたいな言い方。映理が戸惑って顔を背けると、晃が頤を柔らかく掴んだ。
「映理の顔、ちゃんと見せて。前は無我夢中だったから、今日は映理の表情も仕草も全部味わいたい」
「そんな、恥ずかしい……」
照れるあまり視線をそらすと、晃が映理の上に覆いかぶさった。彼の瞳は熱を帯びて色っぽく、彼女を捉えて離さない。
「本当に可愛いな、映理は」
晃が服の上から胸元の膨らみに触れた。優しく手を添わせ、ソフトな感触を確かめているみたいだ。
「ゃ、っ」
肌が触れ合っているわけでもないのに、身体が淫らにわななく。ほのかに伝わる指先の熱や動きが、映理の感覚を甘やかに刺激するのだ。
「まだ何もしてないよ」
晃はクスクス笑うと、すぐに切なく眉を寄せた。込み上げる欲望を持て余しているのか、蕩けてねだるような声を出す。
「激しくても、いい?」
映理はふるふると首を左右に振った。
「久しぶりだし、ゆっくり」
「俺もそう思ってたけど、ごめん、無理かもしれない」
興奮を抑えられない様子で、晃が映理に顔を近づけてきた。ふたりの唇が重なった途端、彼は荒々しく彼女を抱きしめる。
「もう離さない――」
晃の過激なまでの愛情が伝わってきて、映理もまた彼の首に腕を回していた。言葉より先に身体が動いてしまうほど、彼女も彼を求めていたのだ。
*
失われた時間を取り戻すような、甘くしとどに濡れ尽くした夜だった。
熱に浮かされ、翻弄され、映理の記憶が全部現実だったのかわからない。気がついたら、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
「おはよう」
トレーにオレンジジュースや、クロワッサンを載せて、晃が寝室に入ってきた。彼に朝食の支度をさせてしまうなんて。
「ごめんなさい、私」
寝過ごしたことを恥じて、映理は慌ててベッドから降りようとするが、晃はそれを押しとどめる。
「寝てていいよ。今日は休みだから」
晃はトレーをサイドテーブルに置き、ベッドに腰掛けて映理の頬にキスをした。気怠い身体が、彼の柔らかい唇にびくんと反応する。
「疲れただろ?」
「う、ん」
朦朧とした意識の中で、晃にひと晩中求められた、気がする。彼は欲に侵されたみたいに、宣言どおり映理を寝かせてはくれなかったのだ。
「映理は、覚えてる?」
「何を?」
「俺に縋りついて、潤んだ目で何回も晃って呼んだこと」
映理は真っ赤になって、顔を背けた。昨夜自分がどうだったかなんて、全然覚えていないのだ。
「私、知らない」
「俺の理性をガタガタに崩すから。抱いても抱いても、抱き足りなくて、映理を離せなかった」
晃は微笑みながら、映理の耳たぶに唇を寄せて言った。
昨日の出来事に比べたら、可愛らしいスキンシップに過ぎないのに、映理はものすごく恥ずかしくなってしまう。
「そういうこと、言葉にしないで」
顔を背けると、晃は映理の頬に触れて、彼のほうに向けさせる。
「映理はどうだった?」
ふたりの身体が溶け合って、映理という自己の感覚が曖昧だった。痺れるほどの愉悦が彼女を満たし、晃の愛が全身に刻み込まれたのを感じている。
でもそれを口にするなんて、とてもできない。
「……答えなきゃ、ダメ?」
上目遣いで映理が尋ねると、晃は不敵に笑って言った。
「じゃあ身体に聞くよ」
「ちょ……んッ……」
晃に唇を奪われ、甘く蕩けるような時間が蘇ってくる。身体の力が抜けてしまい、映理は彼にしがみついたまま懇願する。
「お願い――、ゃめ……っ、ぁき、ら」
晃が映理の肩を掴んで、そっと引き離した。彼は困惑とも欲情ともつかぬ笑みを浮かべ、切なくささやく。
「ほら、その顔。めちゃくちゃそそられる」
映理は自分の頬に手を当てるが、どんな顔をしてるかなんてわからない。晃は戸惑う彼女の髪を弄びながら、切実な調子で言った。
「俺、映理に溺れて、これから仕事にならなそう」
驚いて目をパチパチさせた映理を見て、晃が可笑しそうに噴き出す。
「冗談だよ。結婚を認めてもらうんだから、今まで以上に結果を出すつもりだ」
晃はそのために帰ってきたのだ。映理もまた今の幸福にうつつを抜かすことなく、気合いを入れ直さなければならない。
「私にも、手伝わせて」
「うん。秘書には明日から、研修に入れるよう頼んである」
手配はもう済んでいるらしい。どういった内容かはわからないが、晃に近づけると信じて頑張るだけだ。
「ありがとう」
「無理はしなくていいから」
「わかってる」
きっと晃は映理の隣にいてくれるために、無理をしてきたはずだ。おくびにも出さないのは、彼の優しさだと思うけれど、映理はそれに甘えるばかりではいけない。
晃の妻になるのだから、その資格は自分で勝ち取りたいのだ。
*
翌朝、映理は晃とともにパレスベイ・ジャパンに出社した。
晃は執務室に向かい、映理は彼の秘書に預けられる。彼女のために制服も用意されており、身が引きしまる思いだった。
「それではこちらへ」
着替えを済ませた映理を、秘書が研修場所へ案内してくれる。相変わらず彼女は美しく、女の映理でさえ見惚れてしまうほど。
容姿もそうだが、声の出し方、足や手の動かし方、姿勢などなど、見習うことが多く、研修を通して映理もその所作を身につけられたらと思う。
「映理様」
小さめの会議室に到着し、向かい合って座ったところで、秘書がおもむろに口を開いた。映理は緊張した面持ちで返事をする。
「は、はい」
「実はこちらで研修内容をご用意していたのですが、相談役のほうから提案がございまして」
「相談役、というのは」
「CEOのお父上です」
それは、つまり、試されるということ?
誠は映理を、直々にテストするつもりなのだろうか。
そもそも晃の両親に認められたいと言い出したのは映理で、先方がその機会を与えてくれるというなら願ってもないこと。ありがたいのはありがたいが、突然のことに怖じ気づき、彼女は肌が粟立つのを感じた。
「あの、どういった、内容なんですか?」
「映理様にとっては、むしろ対応しやすいと思われます」
秘書は映理を安心させるためか、ニコッと笑って続ける。
「以前はインテリアコーディネーターとして、お客様のご希望を聞き、レイアウトの提案をされていたんですよね?」
「はい、そうです」
どうも話が見えない。
誠の研修と映理の経歴に、一体なんの関係があるのだろう。
「実はパレスベイ・ジャパンには、長期滞在プランというものがございます。年間契約されたお客様は、二十四時間ホテルスタッフのサポートを受けることができるのです」
パレスベイ・ジャパンの客室を、ひと部屋貸し切る――。
いくらかかるのか想像もつかない。きっと利用できるのは、とんでもない富豪だろう。
「お客様は館内施設を自由にお使いいただけるのですが、このたび新サービスといたしまして、ご要望に応じた室内のレイアウト変更を、試験的に導入することになったのです」
「レイアウトと言うと、照明や調度品など、ですか?」
「はい。もちろん現状復旧はしていただきますが」
それではホテルというより住居だ。一流だからこそ、様々な新しいサービスに挑戦しようとしているのかもしれない。
「そこで映理様には、ある長期滞在中のお客様の、お部屋を模様替えしていただきたいのです」
「私、が?」
長期滞在中ということは、パレスベイにとって上得意様ということ。そんなお客様に対して、部外者の映理がお相手をするなんて。
「いいんですか、そんなこと」
「相談役が許可を出されていることですので」
ここまで淡々と説明をしていた秘書が、わずかに声を落とし、重要事項を説明するように付け加える。
「ただ、CEOにはご内密にと仰せです」
晃には秘密でということは、パレスベイという企業には無関係ということ。
誠の完全な独断なのだ。
それだけ映理を信頼して、ということではないだろう。きっと彼女の人柄や力量を測るために違いない。
しかしこれは、あまりにも責任重大だ。
もしお客様のご機嫌を損ねたら、パレスベイはお得意様をひとり失ってしまうことになる。下手をしたらその方の関係者や、ご友人などにも影響が出るかもしれないのだ。
映理に、できるのだろうか――?
不安が胸をよぎるけれど、ここで逃げたら一生映理は、晃の妻として認めてもらえない。当初考えていた研修とは大きく違うものの、彼女の頑張り次第で状況が好転するなら、やってみるしかない。
「わかりました。私でよければ、ぜひ」
映理が強くうなずくと、秘書はにこやかに微笑んだ。
「では、お部屋にご案内いたします。直接お客様のほうから、ご要望を聞いていただけますか?」