書籍詳細
極秘出産するはずが、獣な御曹司に激しく愛され離してもらえません
あらすじ
秘密のご懐妊発覚!溺甘パパに執着愛で娶られて…!?
極上シークレットベビー婚♡
恋人から一方的に捨てられたまちは、失意の底でクールな御曹司・旺太郎と出会う。「俺が慰めてやろうか?」と囁かれ、濃密で刺激的な夜を過ごすと…それ以降、彼の猛愛が爆発!さらに、まちも恋心を自覚し始めた矢先、妊娠発覚!? 結婚願望がない旺太郎のために身を引き、内緒で赤ちゃんを産もうとするけれど、彼の甘い執愛からは逃げられなくて…。
キャラクター紹介
月野木まち(つきのきまち)
失恋直後のデザイナー。心の傷を旺太郎に癒され、絆されていくも、予想外の妊娠を彼に隠そうとして…。
岸 旺太郎(きしおうたろう)
『顔面国宝』と評されるほど美形な、大手化粧品メーカーの御曹司。まちの匂いが好きで好きでたまらない。
試し読み
つけていたテレビ番組は、年越しを目前にして盛り上がっている。各地に中継が入り、早くもお参りにやってきた人たちにインタビューのマイクを向けている。
お腹いっぱいになった私たちは、テーブルの空いた食器を片付けて、まったりとテレビを眺める。
「休みの日って、なにしてるの?」
「庭に出てみたり、動画配信サイトでキャンプの動画見たりしてる。あと植物に水をやったり」
「あれ、おうちってマンションとかじゃないんだ」
「ああ、爺さまが若い頃に建てた一軒家だよ。古い洋館だから、常にメンテナンスとリフォームの繰り返しで……いまは鎧戸の調子が悪いから、年が明けたら業者を呼ぶ予定だ」
「いいなぁ、建築学科出身としては興味ある! 将来、年季の入った実家の役に立つかと思ったのが動機だけど、すっかりそういう世界が好きになっちゃった」
「まち、建築学科出てるのか。じゃあ、今度遊びに来て。古いけど味のある家だから。そうしたら庭の端で焚き火してマシュマロ焼こうぜ。あれ一回やってみたいんだ、キャンプ動画でたまに見るやつ」
「庭で焚き火なんてしたら、火事だって勘違いで通報されちゃうと思うよ」
「……世知辛いなぁ」
旺太郎に私と実家のこと、話したいと思いながらも、いまは野暮な気がして一旦考えるのをやめる。
暖かくて、お腹が満ちていて、バラエティ番組を眺めながら世間話をする。
思った以上に楽しくて穏やかな時間だ。
だけど疲れからか、旺太郎の目はとろんとして、いまにも閉じてしまいそうだ。
タレ目がさらに下がって見えて、可愛い。
可愛いけど、だからっていつまでも眺めている訳にはいかない。畳んであったブランケットを手に取ったけれど、体の大きな旺太郎には明らかに足りなそうだ。
今日も会社から、うちに来たんだもんなぁ。
「あっちの部屋にお布団敷くから、少し眠っていきなよ」
「……ん、大丈夫」
そう返事する旺太郎は、もう目を開いていない。
このあと用事があるとも言っていなかったし、数時間、仮眠を取っても問題はないだろう。
私はそっと立ち上がって、寝室に来客用の布団を敷きに向かった。暗い寝室の、私のベッドの下に布団を準備する。
不思議な気持ちだ。
旺太郎とは一度肌を合わせている訳だから、そういうことを意識しない、と言ったら嘘になる。
もしも、なんて不埒なことが何度も頭によぎる。
でも、いまは眠ってもらいたい。休息を取って欲しい。
ぐるりと寝室を見渡して、特に見られたら困るものがないかチェックする。
寝室は極力物を置かないようにしている。白とベージュで寝具とカーテンの色をまとめ、サイドテーブルには小さな明かりを灯すランプだけ。
元彼の荷物が片付いたぶん、かなりすっきりした。
ベッドの半分を占領しているぬいぐるみの頭を撫でて、旺太郎を呼びに行く。
リビングへ戻ると、旺太郎は完全に座ったまま眠ってしまっていた。
「旺太郎、おーちゃん、起きて」
隣に座り、肩を軽く叩く。完全には寝入っていなかったのか、私の呼びかけにすぐに目を開けた。
「ごめん……寝てた」
「いいよ、あっちにお布団用意したから行こ? ジャケットは皺になっちゃうから、脱いでいこうね。ネクタイも取っちゃえ」
私の言葉に素直に従い、気だるげにジャケットを脱ぎ始める。ネクタイを緩める姿は色っぽくて、いけないと思いつつまじまじと見てしまった。
「疲れてそうだね、少しは休めてる?」
私の質問に、旺太郎は無言で首を左右に振る。
「……いま、新しい香水の開発が始まりそうなんだけど……こう……うまく意見が出せなくて精神的に結構まいってるんだ」
ネクタイを抜き取って、旺太郎はため息を小さくついた。
「そんなに難しいテーマか、なにかがあるの?」
「テーマというか、まち、香水ってどこにつける?」
「どこって、私は手首とか、耳の後ろとか」
聞く話だと、脇腹や、空中にシュッと吹きかけた中にくぐる、という楽しみ方もあるという。
「……ランジェリーパフュームって、知ってる?」
「ランジェリーパフューム?」
「下着につけて楽しむ香水なんだ。いま、下着メーカーとコラボして、それをファッション雑誌で特集するって企画が立ち上がってるんだ……まだ内緒なんだけどな」
旺太郎は、もごもごと、まだなにか言いたそうにしている。
「それで、あの、女性社員からは『下着の雰囲気に合った香りを選んだら気分が上がりそう』とか、建設的な意見が出るんだ。でも、俺は自分のパンツに香水をつけるっていまいちぴんとこなくて。そうしたら、もし彼女がつけていたら、どんな香りがセクシーだと思いますかって……ぶっちゃけ、ムラムラするかって話なんだけど」
「ムラムラ……」
「まぁ、彼女の下着の匂いを近くで嗅ぐ機会って、セックスするときだよな。そんなの、この間初めてした俺にはハードルが高い質問で……」
んん? いま、ものすごいことをサラッと言わなかった?
初めてとは。いや、いままで聞いた話からは、お付き合いした女性はいなかったみたいだけど。
初めて……! うわ、なんだかものすごく嬉しい。いまならゴリラでもヒグマでも、捕まえられる気がする。
旺太郎は、自分が結構な発言をしていることには気づかないままだ。
「そ、それ、どうしたの」
「こう、真面目な顔を作って」
キリッとした表情を作っている。
「プライベートなことなので……って、乗りきろうとしたら、企画部長にちゃんと発言しろって怒られた」
誤魔化そうとして怒られる旺太郎を想像すると、可笑しくて仕方がない。
こういうところが、この人の可愛いところだ。
「秘書からは、彼女さんにお願いしてみてください、なんて言われるし……」
なんて言ってちらっと、頬を染めて私を見てくる。
旺太郎は、自分の顔の良さをわかっている。そしていま、明らかに私の庇護欲をガンガンに刺激してくる表情をしている。
でっかいワンコの、困った顔。実際、旺太郎は目の下にクマまで作るほど困っているのだけど。
「私がその顔に弱いの知ってて、やってるでしょ」
「そんなことない。いや、いいんだ……自分のパンツで試してみるよ。こんなこと、いくら友達だからって、まちに頼める訳ないよな……」
また、ちらっと私を見る。今度は、同情を引く芝居がかったセリフまで言ってるし。
そりゃそうだ。確かに、友達からこんな頼みをされても即お断り案件だ。
だけど、悩むほど困っている様子に、私の悪い癖が出てしまう。
放っておけない。ちょっと嗅がせるだけ。一度肌を合わせてしまっていることが、判断基準のハードルを低くしている。
それにこんな風に、旺太郎が心を開いておねだりしてくれるのがたまらない。
「それって、香水をつけた自分のパンツを嗅いでムラムラするか、旺太郎自身で試してみるってこと?」
少し、意地悪く言ってみる。
しばしの沈黙のあと、旺太郎は眉を下げた。
「……やっぱり、やだなぁ」
お互いに顔を見合わせて、大笑いする。
大晦日にして、今年一番笑ったかもしれない。そして、そんな旺太郎の姿も初めて見た。
「あはは、はー……笑った笑った。いいよ、香水つけるよ。ただ、下着ってブラジャーでもいいんだよね?」
根負けだ。でも、ブラジャーがギリギリの妥協点だ。
「本当に? 無理してないか? 助かるけど……」
「じゃあ、自分のパンツ使う?」
「やだ。まちのがいい」
即答だ。
「ひとつ交換条件ね。布団敷いたから、休んで欲しいの。その間に香水はつけておくから、起きたら確認して。香水って、とりあえず自分のでいい?」
「あっ! あのな、別にこの流れをわざと作ろうとした訳じゃないんだ。ただ、この香りは、まちに似合うんじゃないかって思って」
そう言って、自分の鞄をごそごそして、綺麗に包装された小さな箱を取り出した。
「クリスマス、なにも贈れなかったろ。女性にこうやって改めてプレゼントを選ぶのは初めてで……手前味噌だけど、今年のも自信作だから。つけてもらえたら、嬉しい」
そっと差し出される。
受け取ってもいいのかな、なんて躊躇したら、手を取られて乗せられた。
「これって、もらっちゃってもいいの?」
「大晦日になっちゃったけど、クリスマスプレゼント。プレゼントって、友達にも贈ったりするものなんだろ? だから、まちにあげたかったんだ」
開けて欲しいと急かされて、高級感のある艶消し加工がされた白い箱から瓶を取り出す。
「すごい、綺麗……! 寿珠花のクリスマス限定の香水だ」
ころんと手のひらに収まる、小ぶりなサイズ。
薄く丸いピンク色のガラス瓶を覆うようにして、繊細で精巧な金の細工が施されている。
よく見ると、細工は花や葉を形作っていて、まるでさっきまでみずみずしく咲いていたような生気さえ感じる。
明かりにかざして傾けると、その金色の花びらがきらりと光の雫を浮かべた。
手のひらの中に、自分だけの特別な花咲くテラリウムでもあるようだ。
このデザイン、雑誌でも取り上げられた今年の新作で、例年以上に争奪戦が激化したという超人気の香水だ。
「瓶はチェコにある、ヤブロネツというガラスが有名な街の工房で作ってもらってるんだ。人の手で作っているから、毎年数がそんなに確保できない。それに採算度外視だから、うちのこの香水はクリスマスにしか出せないんだ」
この細工、大量生産は難しいだろう。そのぶんお値段もなかなかだけど、寿珠花のクリスマス限定の香水はその瓶の姿も美しく、コレクターが多い。
「こんなすごいの、何回も言うけど、もらっちゃっていいの?」
「瓶も綺麗だけど、中身も最高だからな。ここぞとばかりにいろいろ挑戦してる」
手のひらの香水が、とぷりと揺れて主張する。
緑が春に備えて眠る冬の季節に、私の手の中には花園がある。
「ありがとう! へへ、すごく嬉しい……大事にするね」
旺太郎にお礼を伝えると、照れくさそうにはにかんだ。
私はその顔を見て、ちくりと胸が痛んだ。やっぱりひとりの男性として好きだなって、思ってしまったから。
私の気持ちのほうは勘違いじゃないんだって、改めてわかってしまった。
布団を用意した寝室へ案内すると、まず私のベッドのヌシにびっくりしたようだ。
以前、旺太郎に『持っている』と教えたオオサンショウウオのぬいぐるみだ。
百七十センチはあるから、私より大きい。最初はその大きさや容姿に驚いていたけれど、ふわふわで暖かいので旺太郎の布団に入れてあげた。
それを断れずに戸惑う表情も、抱いてみてとすすめたオオサンショウウオを抱きしめた表情も、手元にスマホがないことを悔やむほど可愛かった。
一時間したら起きる、なんてアラームをセットしていたけど、起きられるかな。
香水をつけたら風呂には入らず待っていてくれ、と念押しされてしまった。それは旺太郎の趣味で?と聞きたいのを我慢する。
寝室をあとにして、リビングへ戻る。
さっきもらった香水を眺めて、服の下から、つけているブラジャーに向けてひと吹きしてみた。
とたんに、ふわりと広がるジャスミンやローズの華やかで正統派なフローラルの香りが鼻をくすぐる。
「……好きな香りだ」
最近は石鹸や柔軟剤のパウダリー系の香りが流行っているけど、このずっしりとした優雅な香りは本当に私を特別にしてくれそう。
この香りが、時間経過とともにどう変化していくんだろう。
ランジェリーパフュームとは違うけれど、『どう感じたか』はわかるはずだ。
あと一時間したら、旺太郎が起きてくる。
そうしたら……。
自分から引き受けたことなのに、変な想像をしてぼっと全身が熱くなってしまった。
「汗かいても、起きてくるまでお風呂に入れないのに」
熱を冷ますために慌ててベランダに出ると、ひやりとした空気が身を包んだ。冷たいサンダルが足の裏を冷やして気持ちいい。
「平常心、平常心……」
そう呟いても、旺太郎を思うとなかなか熱は冷めない。
そんな私の目に、室外機の上に避難させたビールの六缶パックが出番とばかりに飛び込んできた。
旺太郎が起きてきたのは、きっちり一時間経ってからだった。
私がどんどん緊張して、しまいには二本目の缶ビールに手を伸ばしそうになっていたところだった。
寝室からリビングへ戻ってきた旺太郎の腕には、しっかりとオオサンショウウオが抱かれている。
「……おはよう。オオサンショウウオは、置いてきても良かったんだよ」
そう声をかけると、前髪をぴょこんと跳ねさせた旺太郎は、さらに腕に力を込めた。
「まちの匂いがするから、離しがたくて……」
「毎晩一緒に寝る相棒だからね。ベッドの半分は占領されちゃうけど、安心できたでしょ」
旺太郎は私の話を聞きながらも、すんとオオサンショウウオのぬいぐるみの匂いを嗅ぐ。
そのままソファーまで来て座り、自分のそばにぬいぐるみを置いた。
「ふふ、前髪跳ねてるよ」
「これ、寝るといつも跳ねるんだ。癖なのかな、毎朝格闘してる」
「ちょっとは眠れた?」
「うん……あっという間に寝落ちしてた」
クマが消えた訳ではないけど、少しは休めたようで安心した。
そのまま朝まで寝ていきなよって、泊まっていけばって、言えたらいいんだけど。
旺太郎が男で、私が女で。しかも一度寝ちゃってからの友情の構築中なので、こじらせないようにその辺りは慎重にいきたい。
「その……つけた?」
旺太郎が小さな声で、私に尋ねる。
「つけたよ。正統派で重厚な香りだね、ドレスに着替えた気分になれる」
旺太郎の隣に座ると、その喉がごくりと息を呑んだのがわかった。
「……あんまり、時間かけないでね。やっぱり恥ずかしいし」
「うん」
ここで躊躇して手が止まると、照れが爆発して、『やっぱりなしで!』と自分が叫ぶのがわかるから、勢いでぐっといってしまいたい。
「俺がめくったほうがいい?」
「じ、自分でやる……!」
着ているハイネックセーターのすそを掴んで、じりじりと引き上げていく。
旺太郎がそれを、じっと見ている。
あっ、拳をぎゅっと握ってる。もしかして、私に触れないように我慢しているのかな。
紳士だ。いまから私のブラジャーの匂いを嗅ぐんだけど。
……うう、やっぱり、二本目の缶ビール飲んでおけば良かった!
セーターを胸元まで上げた。そっぽを向いて恥ずかしさに耐えようと思ったけれど、旺太郎がどんな顔をしているのかのほうがずっと気になる。
私も相当赤い顔をしているだろうけど、旺太郎の顔を見ていようと決めた。
あっ、ちょっと口開けてる。
目が、ぐんって私の胸元に引き寄せられたのがわかる。
じり、じりって、視線で焦がされちゃいそう。
「……これで、役に立てそう?」
気まずい沈黙に耐えかねて声をかける。
目線が胸から私の顔に移る。
「だっ、大丈夫。俺からは、まちには絶対に触らないから。それに、不快だと思ったらすぐに言ってくれ。では、よろしくお願いします」
旺太郎は試合でも申し込むかのごとく、深々と頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします……?」
私もつられて、疑問形で返事をしながら頭を下げる。
拳をぎゅっと握ったまま、顔だけを私の胸元に近づけてくる。旺太郎の動きに合わせて、ギシッと安いソファーが音を立てた。
「……っ!」
旺太郎の前髪が、さらりと肌をくすぐる。肌が熱を持ち出して、体温が上がったのか、私の鼻にも香水の香りが届く。
「……こういう感じなのか……これはかなり……」
旺太郎が、熱に浮かされたように呟く。
頭の中で、理性を総動員させる。そうしないと、こっちから旺太郎を押し倒してしまいそうだ。
旺太郎とのセックスの気持ち良さを知っている体は、そわそわと理性を裏切り、謀反をくわだてようとする。
薄い皮膚の上を這う、熱くて大きな手のひらの温度を覚えている。
腕を回した広い背中も、すがるように何度も合わせられた唇の柔らかさも覚えている。
あれが、旺太郎にとって初めてだったなんて。
これが生殺し。旺太郎は目の前にいるのに!
負けるな私の理性! ゴリラもヒグマも私を羽交い絞めにして止めて!
奥歯を噛みしめて、自分の欲と戦う。
気をまぎらわそうと身じろぎをすると、胸の柔らかな肉が旺太郎の高い鼻に触れてしまった。
「わっ、ごめん! じっとしてなきゃだよねっ」
「……いや、まったく構わない。むしろラッキーだ」
「ラッキーって……」
「このまま、舐めたくなってきた」
掠れた声がしたあと、べろりと温かい舌が胸に這ったことで、私がびっくりしてセーターを強引に下ろし強制終了となった。