書籍詳細
極上彼氏の愛し方~溺甘上司は嫉妬深い~
あらすじ
愛される覚悟はあるか? ヤキモチ焼きのイケメン御曹司に愛されまくり
ラグジュアリーブランドに入社した志帆は、ブランド創始者の孫でイケメン御曹司・天海の秘書に大抜擢! 何かと世話を焼いてくる天海に、戸惑いつつもドキドキしっぱなしの志帆だけど、彼から想いを告げられ、つき合うことに。大人な彼に甘やかされ、愛される幸せいっぱいの毎日。そんなある日、知人男性からのつきまとい行為がエスカレートして……!?
キャラクター紹介
須田志帆(すだ・しほ)
世界的ラグジュアリーブランド「ジャン・クール」の新入社員。支社長秘書に抜擢される。
天海瑠依(あまみ・るい)
「ジャン・クール」創始者の孫で眉目秀麗な御曹司。日本支社長を務める。
試し読み
恥ずかしさMAXでロッカールームを出ると、先ほどの女性スタッフが待っていた。
「すみません。お待たせしました」
「シューズはきつくないですか? 失礼しますね」
女性スタッフはサッと腰を下ろして、シューズの上から私の踵やつま先に触り、具合を確かめている。
「ちょうどよさそうですね」
すっくと立ち上がった女性スタッフの後ろから、瑠依さんが近づいてくるのが見えた。とたんに全身を隠したくなる。
「志帆」
瑠依さんは半袖の黒のTシャツにグレーの膝丈のパンツ姿だ。肩や胸のあたりにきれいに筋肉がついているのがTシャツ越しでもわかる。
彼はミネラルウォーターのペットボトルを二本持っていた。
「瑠依さん、ごめんなさい。お待たせしました」
「いや、少し身体を動かしていた。ウエア、似合っている。わが社もスポーツウエアを手がけようか」
冗談を言う瑠依さんは、額にうっすらと汗をかいている。女性スタッフは頭を下げて、私たちのそばから離れた。
「じゃあ、まずはバイクからいこうか」
瑠依さんは窓際に並んでいるバイクのほうへ、私を連れて行く。
バイクを漕(こ)ぐだけなら問題ないだろうと、ホッと安堵した。
「これに座って」
私がバイクのサドルに落ち着くのを見て、瑠依さんはハンドル近くのドリンクホルダーに水のボトルを置いた。
それから私に合った負荷(ふ か)を選んでスイッチを切り替える。
「OK。漕いでいいよ」
「はい」
私がバイクを漕ぎ出すのを見て、瑠依さんも隣のバイクに移動した。
バイクを漕ぎながら、ようやく周りを見る余裕が出てきた私は、窓の外へ視線を向けた。
外はあいにくの雨で、どんより曇ったビル群と窓についた水滴しか見えない。晴れていたら、景色を眺(なが)めながらの運動は気持ちいいだろう。
瑠依さんは毎日、早朝の動きはじめた街並みを見ながら、身体を動かしているんだ。頭がスッキリすると言ったのも頷(うなず)ける気がした。
バイクを十五分漕いだあと、レッグプレス、チェストプレスといった脚や腕の部位を鍛(きた)えるマシンを使った。
回数はそれほどではないのに、汗をたくさんかき、全身の疲労感に襲われる。
「身体が痛い? 疲れただろう?」
「何年も運動をしていなかったから、ダメダメですね……」
明日は筋肉痛だろうな。
「今日はこのへんでやめておこう。シャワーを浴びてお茶にしようか」
「はい。あ、でも瑠依さんはもっと──」
「いや、メニューは今朝、消化済みだ」
そう言って笑う瑠依さんと共にロッカールームへ行き、男女の扉の前で別れた。
高級ホテルのジムのシャワールームには、海外ブランドのロゴが入ったアメニティが用意されており、タオルまで最高の柔(やわ)らかさだ。
急いでシャワーを浴びて着替え、パウダールームで濡(ぬ)れた髪の毛をざっと乾かす。
瑠依さんを待たせたくない。
せわしく動いていると、ドアに膝を強くぶつけてしまった。
「いたっ……はぁ~。私ってばドジなんだから」
ぶつけた膝を撫(な)でてから、バッグを持ってロッカールームを出た。
瑠依さんはロッカールーム前のベンチに座っていた。長い足を組み、スマートフォンをいじっていたけど、私に気づいて立ち上がる。
ここでも当たり前のようにバッグを持ってくれるところが紳士的だ。
お茶と言っていたから、隣接するカフェに行くのかと思っていたけれど、その店の前を通り過ぎ、瑠依さんはエレベーターに向かっている。
「瑠依さん、お茶はどこで……?」
「部屋では嫌か? もう用意してもらってあるんだが」
首を左右に振る私のこめかみに、瑠依さんは唇を落とした。
瑠依さんの言ったとおり、ペントハウスのリビングのローテーブルには、お茶の用意がされていた。
驚くことにアフタヌーンティー仕様で、三段のお皿に様々なケーキやサンドイッチがきれいに並んでいる。
「どうした?」
突っ立っている私に瑠依さんは言葉をかける。
「私を太らせたいんですか? 痩せさせたいんですか?」
恨みがましい声が思わず出てしまう。
だって、ケーキの魅力には逆らえない!
瑠依さんはフッと笑みを漏(も)らして、私の手を引いてソファに座らせる。
「どっちでもない。しいて言えば、志帆を甘やかしたいかな」
ボッと顔から火が出てきそうなくらい、恥ずかしくなるセリフだ。
「紅茶? コーヒー? どっちがいい?」
ポットはふたつある。
「あ、私が淹れます」
「いいから。何にする?」
と、瑠依さんは私を制止する。
紅茶を淹れてもらい一口飲むと、まだ舌が火傷しそうなほど熱い。運ばれてきたばかりのようだ。
瑠依さんも私の隣にゆったりと腰を下ろし、おいしそうにコーヒーを口にしている。
私はマカロンをひとつ手に取った。
ピンク色のマカロンを半分口に入れると、残りの半分を、私の指ごと瑠依さんがパクッと口に入れる。
指に瑠依さんの舌が触れて心臓が跳ねた。
「お、おいしいですね」
気にしないようにしないと、心臓がもたない。
「サ、サンドイッチ、お取りしましょうか?」
手を伸ばして二口サイズのサンドイッチを取り、瑠依さんに渡そうとすると、手首を?まれ、そのまま彼の口に誘導される。
甘い雰囲気に、飲まれてしまいそうだ。
「志帆も食べて」
「はい」
サンドイッチに手を伸ばそうとした時、瑠依さんが先にそれを取り、私の口元に持ってくる。
「瑠依さん……」
「ほら」
私は思い切って口を開け、瑠依さんの手からサンドイッチを食べた。
お腹がいっぱいで、隣には好きな人がいて、まさに至福の時と言える。
瑠依さんは私を抱き寄せたまま、スマートフォンでメールを確認していた。仕事なのだろう。メールはフランス語のようで、穏やかな時間にいつの間にかウトウトしていた。
そんな私に瑠依さんはクスッと笑って頭を撫でてくれる。
「おやすみ」
眠ってはダメなのに、瑠依さんの手が気持ち良くて。
瞼(まぶた)が落ちてくるのを止められない。
瑠依さんのキスをおでこに感じながら、私はすとんと眠りに落ちた。
ハッと目を覚まし、ソファから身体を起こす。私の身体には薄手の毛布が掛けられていた。
キョロキョロあたりを見回すと、大きな窓から高層ビル群のキラキラした夜景が目に飛び込んできて、その美しさに目を奪われた。
昼間降っていた雨はやんだようだ。
無防備に眠ってしまった自分が信じられない。きっと寝顔を見られてしまった。
口を開けて寝ていなかったよね……?
恥ずかしさで熱くなった?を冷ますように両手で触れる。
ソファから降りようと床に足をつけた時、膝に違和感を覚えてスカートをめくる。
ロッカールームのドアにぶつけた膝の上に、薄手の湿布が貼られていた。
「ぁ……」
スカートは膝より少し下だったけれど、めくれて見えてしまったんだ。
「湿布を貼ってくれたのも気づかないなんて! すっごいバカっ」
独り言(ご)ちていると、瑠依さんが開いていたドアから出てきた。あの部屋は、確か書斎だ。
「志帆、起きた?」
「ごめんなさい。今、起きたところです……」
「かまわない。私に気を許してくれている証拠だろう? 他の男にはそんな姿は見せてほしくないが」
瑠依さんはニヤリと口の端を持ち上げ、バーカウンターの冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをグラスに注いで手渡してくれる。
「毛布と、湿布もありがとうございます」
「ああ、そうだ。膝の痣はどうしたんだ?」
「ロッカールームのドアにぶつけちゃって……。私、おっちょこちょいなんです」
小さく笑って、コップを口につけた。冷たい水が喉を通っていく。
「今、何時ですか?」
「二十時だ。下のレストランへ食事に行こうか」
「この格好では、ホテルのレストランにはふさわしくないかと……」
しかも服のまま寝てしまったから、スカートは皺が目立っていた。
「私には問題なく思うが? でも、志帆が気になるならルームサービスにしようか。レストランでもここでも、どっちにしても同じ料理だ。何が食べたい?」
「瑠依さんは?」
「志帆が食べたいものでいい」
考えた結果、お寿司を食べることにする。
三十分後に届けられたお寿司をダイニングテーブルでいただきながら、私は初めて食事に連れて行ってもらった時のことを思い出していた。
あの時はまさか、瑠依さんとこんな関係になるとは思ってもみなかった。
瑠依さんに惹かれていたけれど、好きという感情はなかったから。今は気を許すほどに好きになっている。
好きという気持ちが溢れてしまいそう。
愛しい気持ちで彼を見つめていると、瑠依さんが明日、取引先の銀行の頭取とゴルフのスケジュールが入っていたことを思い出した。
「明日はお天気だといいですね。ゴルフは得意なんですか?」
「嫌いではないが、一緒に回る人にもよるな。今回は特別だ。ゴルフは普段は断っているから頭に入れておいて」
「わかりました」
頷(うなず)いてみせると、瑠依さんは口元を引き締め、苦々しい顔になった。
「どうしたんですか?」
「志帆、明日のゴルフにおそらく頭取の娘も一緒に回る。彼女と合わせるのが目的だろうが、私にとっては仕事上の付き合いだ。何かの折りに志帆の耳に入るかもしれない。先に言っておきたかったんだ」
瑠依さんは?偽りない真摯(しん し)な瞳で私を見つめる。
「はい。大丈夫です。それにしても瑠依さんは大変ですね。昨日は徐(じょ)氏の姪御さんに、三友(みつとも)デパート総裁のお孫さんでしたし」
ジャン・クールの御曹司(おん ぞう し)である瑠依さんは、理想の婿に見えるのだろう。
「昨晩は志帆のおかげで助かったが、明日はそうもいかないな」
うんざりしたような顔を見せる瑠依さんだった。
瑠依さんに送られてマンションへ戻ってきた。今日はお酒を飲んでいないから、瑠依さんの運転だ。
「今日はありがとうございました。ウエアも助かりました」
車が静かに止まると、私は瑠依さんにお礼を言った。
「ああ。また行こう」
瑠依さんの手のひらが私の後頭部に回って引き寄せられた。そして唇が重ねられる。
「じゃあ、月曜日に」
「はい。気をつけてくださいね。明日も……」
瑠依さんは私の?をひと撫でしてから、車外へ出た。
助手席のドアが外から開けられる。
この二日間のシンデレラタイムが終わったのだ。
月曜日からはこんなに甘い時間は過ごせないだろう。仕事と私生活はしっかり区別しなくてはいけない。
次にこんな時間を過ごせるのは週末……?
その時間が一日も早く来てほしいと、そう思った。
「おやすみ」
瑠依さんは通り過ぎるひと目もはばからず、私を抱きしめて額に口づけを落とした。