書籍詳細
赤ちゃんを秘密で出産したら、一途な御曹司の溺愛が始まりました
あらすじ
捨てられママのはずが、独占欲全開で娶られて!?「君と娘のいない未来は考えられない」
一人で子供を産み育てている詩織は、かつての恋人・大雅と再会。とある事情で彼の前から姿を消し、内緒で出産したため、大雅の積極的なアプローチに戸惑うものの、恋心が再燃しそうになり…。「何があっても絶対に手放さない」――大雅を遠ざけようとするけれど、強烈な独占欲を露わにした彼から一途な愛を直球で注がれ、身も心も激しく揺さぶられて!?
キャラクター紹介
小桜詩織(こざくらしおり)
食品メーカー『小桜食品』の社長令嬢。大学生の頃に大雅と出会った。三歳の娘がいる。
筒香大雅(つつごうたいが)
筒宮ホールディングスの御曹司で、会社の営業部長を務めている。
試し読み
「詩織?」
低く魅力的ないつもの彼の声が聞こえてきた。
「あ、あの大雅……」
「どうした? 何かあったのか?」
まるでこちらの異変を察したかのように、彼の声音が変化した。
「私、車で事故を起こしちゃって……雅も一緒なのに」
「えっ?」
驚愕した声が耳に届いたが、すぐに冷静な声音に変わり問われた。
「怪我は? どこにいるんだ?」
「私も雅も怪我はしてない。でも車が動くか分からない……」
「すぐに行くから場所を言ってくれ」
迷いのない大雅の言葉に、詩織は目を見開いた。助けを求めたのは自分だけれど、すぐさま駆けつけてくれるとは思わなかったのだ。
泣きたくなるような感情の揺れを感じながら、詩織は大体の場所を彼に伝える。
大雅は通話を切らないまま移動しているのか、ときどき声が聞こえ辛くなったが詩織に何をすればいいか冷静に指示してくれたので、とても助かった。
彼の落ち着いた声を聞いていると、しっかりしなくてはと思う。
電話を切り、大雅に言われた通り警察に連絡をする。思ったよりは落ち着いて話せたようだ。その後、父にもう一度連絡をしてメッセージを残した。
保険会社との交渉などについて、父と相談しなくてはならないからだ。
全てを終えてから雅を抱っこして車を降りて待つことにした。
しばらくすると一台のタクシーが近くに停車した。
すぐに後部座席のドアが開いて大雅が降りてきた。彼はさっと周囲を素早く見回して詩織を発見すると足早に近づいてきた。
「詩織、大丈夫か?」
「大雅……うん、なんとか」
ほっとした。ずっと緊張し通しだった体から力が抜けていくようだった。
「大雅お兄ちゃん?」
幼いなりに緊迫した状況を察し言葉少なだった雅も、大雅を見て嬉しそうにする。
「雅ちゃんも大丈夫そうだな」
大雅はほっとしたように呟く。
「警察に連絡したからそろそろ着くと思う。お父さんはまだ連絡がつかなくて、メッセージは残したんだけど」
「そうか。警察が来たら現場検証だ。一時間以上かかると思う。初めてのことで不安だろうが正直に話せば大丈夫だ」
「うん」
「俺もついてるから」
今そう言ってもらえるのは……いや、ただ隣にいてくれるだけで本当に心強い。
「自分が事故を起こすなんて思ってもいなかった。すごくショック。怪我がなかったからよかったけど、雅をこんな危ない目に遭わせてしまうなんて母親失格だよ」
「反省するのは大切だが、あまり自分を責めるな。誰だって事故を起こしてしまう可能性はあるんだ」
大雅は詩織を慰めようとしてくれているのか、いつもよりも口調が優しい。
「車が急に飛び出してきたように見えたの。焦ってハンドルを切ってガードレールにぶつかっちゃったんだと思う。自爆だよね」
「相手がセンターラインを越えてきたんだとしたら、そんな状況で上手く回避するのは無理だろう。正面衝突しなかったから怪我がなくて済んだんだ」
大雅はそう言うけれど、もしも運転していたのが詩織じゃなくて他の誰かだったら上手く対応出来たかもしれない。
「飛び出してきた車は多分そのまま行ってしまったと思う」
「すぐに警察が捕まえるさ。ドライブレコーダーが記録してるし、定点カメラにも映ってるはず……」
大雅がはっとしたように道路の先に視線を向ける。詩織も追うようにそちらを見るとパトカーが近づいてくるのが見えた。
大雅が言っていた通り現場検証や事故車の後処理を終えたのは、午後九時になる頃だった。
雅はすっかり疲れてしまったようで、詩織の腕の中でぐっすり眠っている。
「いち段落だな、大丈夫か?」
彼はずっと付き添い、詩織が不安にならないように支えてくれた。
「大雅ごめんなさい、迷惑をかけて。でも傍にいてくれて本当に助かりました。ありがとう」
彼がいなかったらパニックから立ち直れなかったと思う。
「いいんだ。連絡をくれてよかった」
「でも、せっかくの休日を台無しにしちゃった」
「詩織に頼ってもらえて嬉しかったよ」
大雅が詩織を見つめる。その目は真摯で決して社交辞令で言っている訳ではないのだと感じた。
「……ありがとう」
「よかったら代わろうか? ずっと抱っこしてたから疲れているだろ?」
大雅は遠慮がちに手を差し伸べていた。眠る雅を引き取ろうとしてくれているのだろう。
彼の言う通り腕はしびれかけていて、正直言えば辛かった。
一瞬躊躇ったけれど彼に甘えて雅を抱っこしてもらうことにした。彼女が起きないようにそっと渡す。
「雅は抱っこが大好きなんだけど、最近はずっしりしてきてなかなか大変なの」
大雅は壊れ物を扱うように大切に受け止めた。
「思ったよりずっと軽い」
詩織の言葉でそれなりの重みを想像していたのだろうか。彼は少し驚いたように言う。
「初めは大丈夫だけど時間と共に重くなる気がして」
「そんなこと全然ないだろ。心配になるくらい軽いよ」
大雅は体力があるからそう感じるのだろう。
雅を抱っこした大雅と並んで歩く。大通りまで出てタクシーに乗る予定だ。
何から何まで世話になって申し訳ない。そう思う一方で頼りになる彼の隣にいることに心地よさを覚えている。
ひとり親であることで卑屈にならない、他人を羨ましいと思わないと自分に言い聞かせて今までやってきたし、今後も家族以外に頼るつもりはなかった。
だけど今詩織は大雅を頼り、心身共にもたれてしまいたい気持ちになっている。
タクシーはすぐに捕まった。
後部座席に雅を抱いた大雅と並んで座る。彼は雅をしっかり抱き慈愛に満ちた眼差しで見つめていた。
「ぐっすり寝ている。疲れたんだな」
「うん。でも夜中に泣いて起きるかもしれない。怖い目に遭った日の夜はそうなるの。ずっと抱っこしてなんとか落ち着かせる感じ」
「そうなのか? じゃあ詩織も眠れないな」
「そうだね、でも仕方ないよ。三歳になって言葉も増えておしゃべりになったけど、まだまだ幼いし」
「そうだな。早く不安を取り除けるようにしてあげないとな」
大雅が雅を心配そうに見つめた。
彼は雅が自分の子だと知るはずもないのに、親身になって考えてくれている。
(もし本当のことを知ったら大雅はどうするのだろう)
隠し子というスキャンダルにショックを受けて距離を置く? いや今の彼ならより一層関わりたがるかもしれない。
(認知とか親権を主張するかも)
どちらにしても詩織と雅は今まで通りの暮らしは送れなくなる。
(本当にそうなったら、どうすればいいんだろう)
今の環境を変えたくない。
そう思ったとき、ふと気が付いた。
彼にとっての負担になるから真実は言わないと決めていたけれど、本当は自分が怖かったのかもしれないと。
(私は結局、自分自身の都合で黙っているんだ)
自覚したら黙っていることの罪悪感がより一層大きく膨らんできた。
大雅は雅の年齢的に自分が父親の可能性があるとは考えているようだけれど、疑惑が濃いとは考えていないようだ。
雅はとても小柄で色素が薄い。そんなところは詩織にとてもよく似ている。
でも、彼女の目鼻立ちは完璧と言っていいほど整っていて、それは間違いなく大雅譲り。今はふっくらしたほっぺや、いつもニコニコしている表情で気付かれ辛いけれど、もう少し大きくなったら大雅との共通点が目立ってくるはずだ。
そのとき彼は改めて疑惑を持つかもしれない。
詩織が内心悩んでいる間に、タクシーは自宅に着いた。
現場検証中に連絡が取れた両親は、宿泊の予定を変更して戻ってくると言っていたが、距離的にあと一時間以上はかかるだろう。
家の鍵を開けて電気をつけて大雅に雅を運んでもらう。二階の寝室ではなく一階の和室に布団を敷いて横たえた。何かあったときに、すぐ対応するためだ。
今日の雅は精神的に不安定だから、ひとりにはさせられない。
しばらく様子を見守ってからリビングに戻った。
ふたり分のコーヒーを淹れて、ソファ前のローテーブルに置く。
「ありがとう」
大雅は詩織が淹れたコーヒーを口に運ぶ。
「美味しい」
「本当? よかった」
詩織もカップを口に運ぶ。久しぶりにミルクと砂糖をたっぷり入れた。
温かさと甘さが今の気分にぴったりだと感じた。同時に身体が酷く重いのを自覚した。
安心したせいか疲れが一気に表に出てきたようで溜息が漏れる。
「大丈夫か?」
「なんとか」
微笑んで答えると、大雅も表情を和らげた。
「少しは落ち着いたみたいでよかったよ」
「うん」
「顔色はよくなってきてる。でも明日は仕事を休んだ方がいい」
大雅の発言は気遣ったものだが、詩織は困ったように眉を下げた。
「難しいかな。雅が心配だから休みたい気持ちはあるんだけどね……」
職場は融通が利く。直属の上司に事情を言えば快く休ませてくれるだろう。
だけどそういった待遇をよく思っていない人が部署内にいる。
詩織が社長の娘だということは周知されているので、表立って何かを言う人はいないけれど、距離を置かれているのは感じていた。
有利な面はもちろんあるが、反発されやすい立場でもある。
しかも未婚で子供がいるという事実はごく一部の社員以外には伏せているので、よく休みを取り残業も滅多にしない気楽なお嬢さまといったイメージで見られがちだ。
それらの要因で、不満を持たれているようだ。
率先して面倒な雑用を引き受けたり、詩織なりに気遣っていても評価を変えるまでには至らない。
(月曜日に急に休んだら遊び疲れたって思われそう)
以前、雅の急な発熱で休んだときそんなことを言われてショックを受けて、出来るだけ突然休みは取らないと決めているのだ。
しかし事情を知るはずもない大雅が眉をひそめた。
「事故にあったんだ。今は何もなくても明日不調が出るかもしれない。そうは見えなかったが休みに理解のない職場なのか?」
「上司の理解はあるけど、同僚に対して気まずくて」
「子育て中に休みが多くなるのは仕方がないんじゃないか? 気にし過ぎだ」
「私が子持ちだってこと、ごく一部の人以外は知らないの」
「え? どうしてだ?」
「父の意向で。自分の娘が未婚の母だとはなるべく知られたくないみたい。上司は事情を分かっていて協力的なんだけど、何も知らない同僚との関係もあるから気を遣うの」
「そうか……大変だな」
大雅は黙り込んでしまった。
沈黙に気まずさを感じながら、詩織はコーヒーで喉を潤した。思ったより喉が渇いていたようで染みわたる感じがする。
「なあ……本当に父親が分からないのか?」
隣の部屋で寝ている雅を気にしてか、大雅が声を潜めて言う。
「……うん」
迷いながらも打ち明ける勇気が出なかった。
「今でも探す気も確かめる気もない?」
「もし父親が分かったとして、実は子供がいましたって急に言われたらショックだろうし怒りも覚えると思う。その人の今の生活を狂わせて迷惑をかけちゃうかもしれない。だから言わない方がいいと思うの。それが正しいのか自信は持てないけど」
大雅は眉をひそめる。詩織の考え方が納得いかないのかもしれない。だけど彼はそれ以上追及せずに代わりに思いがけないことを口にした。
「そうか。だったら俺が父親になると言ったらどうする?」
詩織は大きく目を見開いた。
「大雅が父親? 何言って……冗談はやめて」
「本気で言ってる……今日詩織から事故に遭ったと言われて本当に焦ったんだ」
大雅はそう言うが、彼が慌てているようには一切見えなかったから意外だった。
「心配で傍で守りたいと思った。でも駆けつけても他人じゃ出来ることが限られてる。詩織が大切にしている雅ちゃんに対しても助けてあげられない」
大雅の目は真剣だった。遊びで言っているのではないと分かる。
「両親に連絡が付かなくて、どうしようと思って気付いたら大雅に連絡をしてたの。大雅なら助けてくれるって無意識に思っていたのかもしれない。でも……雅の父親になるとまで言ってくれるとは思わなかった」
「混乱しているときに俺を頼ってくれた。そんなことを聞いたら期待するなという方が無理だ」
「でも……」
「詩織は俺のことをどう思ってる?」
ストレートに聞かれ、詩織は思わず彼から目を逸らした。
だけどもう誤魔化せないと分かっている。
彼が更に後押しをするように言葉を続ける。
「嫌われてはいないと思ってる。避けようとするのは、雅ちゃんのことがあるからだろ?」
「……うん。それと大雅がどうして私を気にかけるのかも分からないし戸惑ってる」
四年前は今よりもっと深い関係だったけれど、詩織が連絡を絶ってもアクションはなかった。
まさに去る者追わずで、ほんの少しだけ連絡してきてくれるかもしれないと期待していた詩織の心を打ち砕いた。
(あのときは他に女性がいたから?)
ふとそう考え、暗い気持ちになった。
今は二股のようなことはなかったとしても、また裏切られるかもしれない不安がないとは言えない。
「詩織が困惑するのは分かる。自分でも性急だと自覚してるんだ」
「大雅は再会したときから私に対してフレンドリーで、疎遠だったブランクを感じなかった。それも不思議で……」
「そうだな。ただ俺にとって詩織は過去の人じゃなかったから。思いがけなく嬉しくて距離感を誤った」
「過去の人じゃないって、私のことを思い出したりしてたの?」
そうだとしたら驚きだ。
(私との思い出なんてすっかり忘れているだろうと思っていたのに)
他の人との恋愛経験のない詩織と違い、彼は疎遠の間にも数々の出会いがあっただろうに。
「思い出したよ。沢山後悔した。そんな気持ちになったのは初めてだった。詩織とは話したいことが沢山あるんだ」
彼の優しい微笑みを見ていると切なさがこみ上げる。
いくつもの事情で彼との将来などあり得ない。期待してはいけないと自分に言い聞かせていたけれど、それでも惹かれる気持ちは止められなかった。
今でも好きなのだ。そして頼っている。
(血が繫がっていると知らないのに雅の父親になると言ってくれたんだもの)
不安はいくらでもあるけれど、頑なに拒否する必要はないのではないだろうか。
再び彼との関係を一歩踏み出すのは怖いけれど。
「私も大雅のことをよく思い出してた。忘れたことはなかったよ」
詩織の言葉に大雅が喜びの表情になった。
「これからのこと、前向きに考えてもらえるか?」
「その前に……私大雅に噓をついているの」
失望されるか不安だった。けれど彼は分かっているというように頷いた。
「恋人がいるって話だろ? 噓だって大分前に気付いてた」
「え、どうして?」
「詩織と居ても男の気配が一切なかったから。冷静に考えると俺を遠ざけるためについた噓で、彼は友人か親戚あたりじゃないかと思ってた」
完敗した気分になった。
「その通りです。理久はときどき雅が話題にするりっちゃんなの」
「なるほど、そういうことか。だからあの顔か」
「あの顔?」
「彼、詩織が恋人だって言ったとき、ぎょっとした顔をしてた。俺に対する警戒も見られなかったし今思い出すと違和感だらけだ。その場ではショックで気が回らなかったんだけどな」
「ごめんなさい」
しゅんとする詩織に、大雅は優しく答える。
「いいよ。それよりさっき言った通り、これからの関係について考えてほしい」
「本当に私でいいの? 大雅はこの先もっと相応しい人と出会うかもしれないよ?」
「俺は詩織じゃなくちゃ駄目なんだ」
はっきり宣言した彼の言葉に、詩織は頰を染めながら頷いた。
彼の迷いのない返事が嬉しかった。
「分かった。ちゃんと考える」
「ありがとう」
ほっとしたように微笑む彼を見ていると、詩織の気持ちも前向きになった。
もしかしたら幸せになれるのかもしれない。そんな期待がこみ上げてくるのだ。