書籍詳細
別れた御曹司と再会お嫁入り~シークレットベビーの極甘パパは溺愛旦那様でした~
あらすじ
内緒の出産発覚で始まる溺愛子育て 初恋の彼と再愛婚
学生時代に出会った御曹司・駿との赤ちゃんを授かった真央。しかし妊娠発覚の直後、ある人物の策略で突然ふたりは無情にも引き裂かれ…。秘密で出産した真央は、数年後に駿と偶然再会!しかも社長として極上の男に成長していた彼から「俺と家族になってくれ」と溺甘求婚!?失われた時間を埋めるほどの独占欲で、子どもごと愛し尽くされていき…。
キャラクター紹介
宇野真央(うのまお)
文房具メーカーの会社員。大学時代の恋人・駿には内緒で出産し、シングルマザーとして息子を育てている。
青柳 駿(あおやぎしゅん)
大手家具メーカーの社長。離れていた時間を埋めるように、再会した真央を子どもごと愛し尽くして…。
試し読み
その日、駿は森山さんが帰ってから二時間ほどした夕方に帰宅した。ちょうど優太をお風呂に入れなくちゃいけない時間になっていて、私はお風呂の用意をしていた。
「ただいま、今から優太くんお風呂?」
駿が浴槽を洗っている私の背に声をかけてくる。私はしゃがんだ体勢のまま返事をした。
「あっ、おかえりなさい。そうなの、もうそろそろ入れなきゃと思って」
「ちょうどよかった。俺が入れるよ。優太くん、おいで」
今、仕事から帰って来たばかりで鞄さえも置いていないのに、優太のことを最優先に考えて行動してくれる。
彼の優しさと気遣いに甘えている認識は常にあった。けれど、これが駿の大きな負担となり、会社で疲れた顔をさせる原因になっていたのかと思うと、居た堪れない気持ちになる。私はなるべく平静を装って、駿にこう言った。
「駿、今日はいいよ。私がやるからゆっくり休んで」
私の言葉に、駿は不思議そうな顔をした。
「どうして? 別に疲れていないから大丈夫だよ」
「いいから。私がやる」
ままならないやりとりに、心がざわつく。私のこの応対は、きっと不自然に思われているだろう。
「でも」
「もう、本当にいいから。駿はリビングで休んでて」
ちょっときつい言い方になってしまったかもしれない。でも、彼に少しでも休息を取ってほしくて、つい早口で言い放ってしまった。
「じゃあ……お言葉に甘えて……」
駿は納得がいっていないような顔をしていた。だから私は手に持っていたスポンジを握ったまま、頭をペコッと軽く下げた。
「ごめんね、せっかく手伝うって言ってくれているのに」
「いや、こういうのは手伝うとかじゃないだろ。俺がいるんだから、できる時は俺がやるよ……ていうか、優太くんのことをやりたいだけなんだけどね」
駿はハハッと明るく笑っている。その笑顔の裏にはどれだけの疲労を隠しているのだろう。私は泣きそうになるのをグッと我慢して、駿の顔を見上げる。
「疲れているところ悪いんだけど……今夜、優太が寝た後、ちょっと話をしてもいいかな?」
少し硬い声になってしまった。なるべく普段通りに話そうと思っているのに、どうしても緊張を隠しきれない。そんな私の言葉に、駿は思いがけない言葉を返してきた。
「うん、いいよ。俺もそろそろ聞きたいなって思っていたことがあったんだ」
そう言った駿の顔は、真剣そのものだった。そこに普段の柔和な表情はない。アーモンド形の綺麗な瞳でじっと見据えられた私は、驚いて目を見開いてしまった。
「じゃあ……優太を寝かしつけた後、リビングで待ってて」
「わかった」
短く返事をすると、駿はリビングに向かう。優太はリビングのテレビで教育番組に夢中だったから、一緒にソファに座って観ていることだろう。
リビングから二人の楽しげな笑い声が聞こえてくる。その声で少しだけ穏やかな気持ちを取り戻した私は、掃除の続きを始めた。
それから優太とお風呂に入り、夕飯は優太のリクエストでオムライスとクラムチャウダーとコーンサラダにした。
お腹がいっぱいになり、駿とたぬたぬのおもちゃで散々遊んだ優太はすぐに眠たくなってしまったみたいで、この日の寝かしつけはすんなりと終わった。
二階から下りる階段で、私はどう切り出そうかと必死に考える。話し下手の私がうまく駿を言いくるめて、この生活を終わらせることができるのだろうか。
それに、泣かないように喋れるかな。一緒に暮らし始めることより離れる時の方が格段に難しく、そして辛い。
難しい顔をしながら階段を下りると、リビングにはコーヒーのいい香りが広がっていた。
「お疲れ。カフェオレをいれたんだけど飲む?」
「ありがとう、飲みたいな」
「じゃあ座って待ってて」
駿はカップを二つ手に取り、笑顔をこっちに向ける。今からこの笑顔を崩すことになるのかと思うと、たまらなく苦い感情に襲われる。
でも言わなきゃ。この生活はもうおしまいにしようって。
深呼吸をしてダイニングテーブルの椅子に座ると、そのタイミングで駿がいれてくれたカフェオレのマグカップが私の前に置かれた。
「いただきます」
甘くて少しぬるめのカフェオレはすんなりと飲めて、身体の中の苦さを緩和してくれる。私は駿に笑顔を向けることができた。
そして駿も椅子に座り、私達は対面する。どう説明をしたらいいのか考えがまとまらないまま、私は口を開く。
「駿、あの……」
「先に俺から質問をしてもいい?」
「えっ……」
私の言葉を遮り、駿がじっと私を見つめてくる。その圧にちょっと怯み、目が泳いでしまった。
「うん……なに?」
「優太くんのことなんだけど」
駿は前のめりになって私から視線を逸らさず、口を開いた。
「一緒に暮らし始めてから時々、感じるんだけど……優太くん、俺に似ているところが多くないか?」
「えっ」
心臓が破裂しそうなくらい大きく動いた。まさかこのタイミングで、その話をされるなんて。心の準備をしていなかった私は激しく動揺して、次の言葉が出てこなかった。
予想外の彼の質問に身体が一気に冷える。それなのに汗が止まらない。私は瞬きも忘れて固まってしまった。
そんな私を見据えながら、駿は何かを思い出すようにうなじを掻く。
「肌の弱さとか、仕草とか。あと……初めて見た時から思っていたんだけど、目が俺にそっくりだよね。特に瞳の色。あと髪質も」
「そ、そうかな……」
まるで確信を持っているかのように次々と言い当てられ、動揺を隠せない。駿の言う通りだ。
優太の肌の弱さや目の形、それに瞳の色と髪質は彼にそっくり。私に似ているのは鼻と唇の形くらい。それは私も常に感じていた。
小さい頃の駿はこんな感じだったのかな……と優太を見て何度も思うことがあったから。
駿が、一緒に暮らしていくうちに優太が自分に似ているかもしれないと気付くのは自然なことだ。
「優太くんも色素が薄いだろ。俺も生まれた時から髪の色素が薄かったんだ。それに……無意識にこの子は他人じゃないって感覚が、一緒に暮らし始めてからどんどん生まれてくるんだ」
やっぱり、本能で感じ取っていたんだ。優太は自分の子どもじゃないのかって。それを聞かされた私は無言になり、唇をギュッと結ぶ。もう息をすることさえままならない。
「真央、優太くんは……俺の子じゃないか?」
駿が決定的な言葉を発した。森山さんとのやり取りを瞬時に思い出した私は目を瞑り、咄嗟に頭を左右に思い切り振る。
「それはごめん。駿の勘違いだよ。優太はあなたとの子どもじゃない。父親はちゃんといる」
「それじゃあ、証拠を見せてくれ。前に家族写真はないって言っていたけど、いくら離婚したからって、父親の写真の一枚くらいはあるだろ?」
私が否定することなどわかっていたのだろう。駿は畳み掛けるように私を問い詰める。グッと言葉に詰まりそうになるけれど、乾いた口を必死に開く。
「それもごめん。本当にないの」
「真央」
「あの、私もう寝るね。明日、ちょっと早く行かなくちゃいけないから」
「真央、待って」
もうこれ以上話したら、ぼろが出る。一刻も早く、この場を去らなくては。そう思って急いで椅子から立ち上がり、二階へ逃げようとする。そんな私を、駿が後ろから勢いよく抱きしめた。
四年ぶりに密着した駿の身体。伝わってくるその体温に、私の全身が反応している。息が止まり、全身が熱い。
学生時代の思い出が一気に溢れ出す。私を何度も抱きしめてくれた、この身体。当時に比べて、今はずっとがっしりしているけれど。私を優しく包み込むその温かさは、何も変わっていない。
「お願いだから、逃げないで」
駿の熱い吐息が髪にかかり、さらに強く抱きしめられたせいで衣類の擦れた音が耳に聞こえてくる。
顔のすぐ近くで動く駿の唇を見ないように、私はギュッと目を瞑った。そんな私の頑なな態度を見て何かを感じ取ったのか、駿は優しくこう言った。
「わかった。もう俺の子どもじゃないってことで構わないよ。証拠を見せろなんて言って、真央を困らせたりもしない。それでも、優太くんのことは可愛いし、キミのことも大好きだ。この気持ちは変わらない」
耳のすぐそばで駿の甘く切ない声が聞こえてくる。こんなに近くで言われたら聞こえなかったことにできないじゃない。
彼が発した「大好き」という言葉に反応して、身体全体が熱くなる。絶対に顔も真っ赤になっているに違いない。私だって大好きだ。ずっとずっと好きだった。
その気持ちは四年経った今でも変わらない。
「一緒に暮らし始めてから、昔よりずっと真央のことを好きになった。本当の父親じゃなくたって、俺なりに二人のことを大事にする」
駿が軽い気持ちで言っているんじゃないってことは、よくわかっている。まだ一緒に暮らし始めて一ヶ月ほどだけど、駿が私達を大切にしてくれていることは充分伝わってきたから。
改めて感じた駿の愛の強さに、私の心の中の暗く重い部分が浄化されていく。
「真央と優太くんが受け入れてくれるまで、いつまでも待つ。だから、俺との将来のこと、本気で考えてくれ」
「駿……」
ここまで自分達のことを大切に思ってくれる人に、どうして嘘をつき続けることができるだろう。
駿の将来のため。優太を悪意ある目から守るため。これが最善の方法だと思っていた。それに『森山さんに言われたから』なんていうのも、人のせいにして逃げる言い訳だ。そんな私に駿は、いつも真っ直ぐな気持ちを向けてくれている。
その気持ちから逃げちゃダメだ。私も目を逸らさず、しっかり彼と向き合わなきゃ。
グッと唇に力を込めて、彼の腕を両手で握った。
「ごめんなさい……」
「真央?」
とてもか細い私の声に、駿はすぐに反応してくれた。いつだってそうだ。駿は私の声を、絶対に聞き逃さない。
「私……嘘をついてた。ずっと、あなたに隠してたことがある」
「隠していたこと?」
「優太は……優太は」
彼のことを信じているのに、そこまで言って言葉に詰まった。
今まで誰にも言えずにいた真実。これを口にしたら、もう後戻りはできない。私は大きく息を吸ってから、強い意志をもって改めて駿と向き合った。
「優太は、駿……あなたの子どもなの」
頑張って出した声は確実に震えていた。声だけじゃない。身体全体が震えている。それだけこの真実を告げることに私は緊張していた。
私の口からこの言葉を聞いて、駿はいったいどう感じる? どんな反応をする? 彼を見るのが怖い……だけど、ここまで言ってしまったのだから、覚悟を決めなければ。そう思って、彼の目を真っ直ぐに見つめる。
驚愕した彼の目は瞬きを忘れたように大きく開かれ、しっかりと私を見つめ返している。
「それは……本当? 俺が無理に言わせてしまっているんじゃなく?」
「本当に……本当のこと。DNA検査をしてみる?」
「そんなことしないよ。しなくてもわかる……やっぱり、優太くんは俺と真央の子どもだったんだな!」
嬉しさが爆発したみたいに、駿は語尾を強くして声を上げて満面の笑みを浮かべる。そして、私を思い切り力強く抱きしめた。
「わあ! しゅ、駿……!」
「嬉しい……! よかった、本当に俺の子どもなんだ。本当なんだよな!」
「ほ、本当だから……落ち着いて! お、お願い。優太が起きちゃう」
彼の胸に押しつぶされそうになっていた手をどうにか動かして抵抗するけれど、駿は私を強く抱きしめることを止めない。それどころか私の髪に顔を埋め、ぐりぐりと押し付け始めた。
「嬉しい……そうであったらいいのにとずっと願っていたけれど、実際に叶うと言葉では言い表せないくらい嬉しいね」
「駿……」
私の頭に顔を埋め、言葉を噛みしめるように絞り出している。彼の言葉を聞き、私もただ彼の胸に添えていただけの両手を、駿の背中にゆっくりと回した。
駿は私の顔を覗き込み、至近距離で微笑を浮かべる。
「どうして隠していたのかは後で聞くよ。今はただ、これだけは言わせてほしい」
「な、なに?」
私の頬まで指を滑らせると指先で優しく撫で、フワッと包み込んでくれる。今にも鼻と鼻がくっつきそうなくらい近くにある駿の目には、泣きそうになっている私の顔が映っていた。
「真央。俺は真央も優太くんのことも同じくらい愛している。だから、俺と家族になってくれ」
耳に届いたのは、私が四年間ずっと心に抱いて夢に見続けていた言葉だった。
駿と家族になれる……優太に父親を作ってあげられる……その事実が嬉しくてたまらなくて、涙腺が崩壊し大粒の涙が止まらない。
「これからは真央と優太くんの笑顔を俺が必ず守る。約束するよ。もう辛い思いはさせない」
駿は私の頬に流れる涙を指先で拭い、額にそっとキスを落としてくれる。はにかんだ表情を浮かべるその顔はまるで、付き合ってから初めてキスをした日を思い出させるそんな顔だった。
胸の奥がきゅうっと締めつけられるくらい愛おしい。そんな感情が込み上げてきて、私は駿に思い切り抱きついてしまった。
「……ありがとう。私も……愛してる。ずっと好きだった。忘れられなかった」
「真央」
「今までごめんなさい。勝手をしてごめんなさい」
「真央、もう謝らなくていい」
ぼろぼろに泣きながら謝る私の後頭部を駿は優しく撫で、なだめてくれる。その温かい手に心は救われ、ずっと嘘をついていたという罪悪感も、少しだけなくなった気がした。
「愛してる、真央。やっと俺を受け入れてくれたね」
感慨深げにそう言い、駿はまた、私の額にキスをする。熱を帯びた唇はそのまま頬をなぞり、私の唇のすぐ横で、小さな音を立てる。そして私達は、そっと唇を重ねた。
駿と四年ぶりのキスをした。長い時間、募らせた思いが込み上がってきて涙となり、止まらない。
もっと……と彼の背中に腕を回し、大胆に求めてしまう。駿もそれに応えてくれて、深い口づけをくれる。
私は心の深い部分で触れ合えたことに最大限の幸福を感じた。そして私達は何度も何度も繰り返し、四年分のキスを重ねた。