書籍詳細
至極の不動産王に独占執着され、英国で最愛妻として娶られます
あらすじ
「自分がこんなに嫉妬深いとは――」異国の地で身分を超え愛されて…!?
古城取材でイギリスを訪れたライターの夏妃は、不動産投資会社のCEO・瑠偉と交渉し、彼が城主を務める憧れの城に滞在することに。爵位を持った高貴な身分にもかかわらず、瑠偉は夏妃を過保護に愛でて、溢れる大人の色気で魅了してくる。「早く君を、私のものにしたい」――身分違いだとわかっているのに、底なしの愛に惹かれる想いを止められず…!?
キャラクター紹介
広瀬夏妃(ひろせなつき)
フリーライター。イギリスの城に魅了され、書籍にまとめるのが夢。真面目で努力家。
瑠偉・バンクス・ブレイクリー(るい・ばんくす・ぶれいくりー)
ブレイクリー城主で子爵位を持つ。不動産投資会社のCEOとしても活躍。母親は日本人。
試し読み
「瑠偉さん、これは……?」
ソファに座っていた瑠偉さんに尋ねる。
「明日からの服を選ぶために、ロンドンから来てもらった」
年配のスタイルの良い女性と、私くらいの年齢の女性ふたりが、並んで立っている。
『話した通り、彼女の衣装を一通り頼む』
瑠偉さんは英語で年配の女性に頼む。
『ブレイクリー子爵、かしこまりました。私どもが相応しいお洋服を選ばせていただきます』
年配の女性はうやうやしくお辞儀をする。
「る、瑠偉さん、ちょっと待ってください。こんなことなら私は行かなくてもいいです」
「夏妃に支払わせるつもりはないから安心してくれ」
そこが問題なのだ。そうは言っても、この場に用意されたドレス一着でも、私が支払える金額ではないだろう。
「君は私の連れだ。それなりの格好でなければならない」
「だから……」
「服なんてどうにでもなると言っただろう? 夏妃は気にせずに好みを言うだけでいい」
「瑠偉さん……」
「行かなくてもいいなんて強がりを言うな。昨晩だって、部屋へ行くまでビクビクしていただろう?」
彼は思い出したように「ふっ」と笑う。
「そ、そうですが……」
私が同意したものと解釈した瑠偉さんは、年配の女性に頷いた。
彼の言葉の通り、幽霊なんていないのだと思い込むようにしているのに、昨晩も廊下を進んでいると、部屋に入ったあとも鳥肌がしばらく治まらなかった。
瑠偉さんはソファから立ち上がると、困惑して突っ立っている私の前まで来た。両手を私の肩に置き、くるっと体の向きを変えさせられ、うしろから軽く押された。
一歩進んで彼の方へ振り返る。
「瑠偉さん……」
「ほら、行って。洋服を君に買うこと自体たいしたことじゃないし、私のメンツもあるから、夏妃は気にすることはない。言わば、これは私のためだと思っていい」
子爵の友人として行くのだろうから、今着ているような格好はできないと言っているのだ。
「……わかりました」
申し訳ない気持ちでいっぱいになり、頭を下げて年配の女性の元へ歩を進めた。
瑠偉さんはその場を離れ、書斎へ行ったようだ。
彼女は色やデザインの好みを私に尋ねてくる。戸惑いながらもそれに答えると、アシスタントの女性に細かく指示をして次々と服を持ってこさせる。
簡易試着室も用意してあり、そこで試着させられた。
まずは出発の際の膝丈のワンピースを着てみたが、どこにも値段がついていない。
上質な触り心地の生地や、着心地の良いデザイン、おそらく目が飛び出るほどだろう。
できるだけ値段のことは考えないようにする。
着替え終わり、カーテンを開けて年配の女性に姿を見せると、『とても良く似合います』と両手を合わせて褒めちぎる。
ブレイクリー子爵──瑠偉さんに思う存分、支払わせるつもりなのかも。
上品なワンピースを着て姿見に映る私はいつもの私ではなく、服のおかげか育ちもよく見える。
パーティードレスを二着、乗馬服一式、その他滞在中に必要と思われる服や靴、バッグ、さらには下着まで選んでいく。
積み重ねられた衣装のそばで、アシスタントの女性がタブレットを見ながら何かを打ち込んでいる。
どれだけの金額がかかったの……?
そこへ瑠偉さんがゆったりとした足取りで現れた。
『ブレイクリー子爵、ご希望通りシーン別に選ばせていただきました。こちらのお嬢様はスタイルが良く、どれもとてもお似合いでしたわ』
「ありがとう。夏妃、気に入ってもらえたか?」
ニコニコ顔の年配の女性から、私に顔を向けた瑠偉さんが微笑みを浮かべる。
「それは……もちろん。でも、そんなに必要なのかなと……」
ソファの背に並べられた一式へ、私は困惑した視線を向ける。
「困らないくらい余分にあっていいと思う。どれも君に似合いそうだ」
瑠偉さんは年配の女性とアシスタントに『満足している。ありがとう』と言った。
バトラーは彼女たちにアフタヌーンティーを勧めている。
「夏妃、私たちも図書室でお茶にしよう」
図書室で彼とお茶をするなんて初めてのことだ。
ちょうどいい。原稿を確認してもらおう。
図書室のテーブルにはすでにアフタヌーンティーの用意がされていて、イヴリンが待っていた。
窓際のひとり掛け用のソファがあるテーブルに対面で座ると、イヴリンが薫り高いアールグレイティーを陶器のポットからカップに注いで退出する。
「瑠偉さん、あとで原稿をチェックしてもらってもいいですか? パソコンだと見づらいでしょうか?」
「それなら、書斎でプリントアウトして確認させてもらおうか」
「わかりました」
紅茶を飲んで、生クリームたっぷりの小さなパンケーキを口に入れる。
「失礼」
そう言いながら、瑠偉さんは私の口の横に手を伸ばす。
彼の指先が唇の横に触れた。
その瞬間、電流が走ったみたいに心臓がドクンと跳ねた。
衝撃に固まる私に、瑠偉さんは指についた生クリームを見せて微笑む。
「夢中になるほどおいしい?」
流麗な笑みに見惚れてしまいそうになる。
「お、おいしいです。すみません。マナーに反してますね」
瑠偉さんは私に見せていた生クリームのついた指を舐めた。
「あっ……」
彼の思いがけない行動にあぜんとなる。
まるで恋人のような親密な行為に心臓がバクバクと暴れ出す。
「甘いな。夏妃はおいしそうに食べるから見ていて気持ちがいい」
私、褒められてるの……?
それとも……からかわれてるの?
「……瑠偉さんのお友達の前で、笑われないように気をつけます」
「いや、君は今のままで充分だ。もし何かミスしたとしても、私の友人なのだから嘲笑されることはない」
でも、陰でブレイクリー子爵の友人は非常識だとバカにされるのは瑠偉さんだ。
想像するだけで、胸がギュッと痛む。
迷惑をかけないようにしなければと決意する。
「明日、おうかがいする城館ですが、イギリス南部にあるとおっしゃっていましたよね。もしかしてバーネット館でしょうか?」
「よくわかったな。そうだ、バーネット館だ」
やっぱりそうだったのね。
「お友達のお名前とカントリーハウスに、南部だとお聞きしたのでそうかなと。書籍で拝見しています。一度観てみたいと思っていたんです」
「君の知識にはイギリス人も舌を巻くよ」
滞在中、瑠偉さんに迷惑をかけないよう気をつけなければ。
翌日の十四時過ぎ、運転手がいつもとは違う高級ワゴン車のトランクにキャリーケースをそれぞれ二個ずつの四個を収める。
現地まで車でどのくらいかしら……。
「行こう。乗って」
スライド式の後部座席のドアが開けられ、手を差し出される。
普段乗る車と高さがあるせいだと思うけれど、昨日の生クリームといい、今といい、瑠偉さんの手に触れる機会が多くて、そのたびに心臓がキュンとなる。
「は、はい」
差し出された瑠偉さんの手を掴んで、ドアステップに足を掛ける。クリーム色のパンプスはとても履き心地が良く、ベージュのテーラードカラーのワンピースはウエストを共布のリボンで結んでいる。
歩くたびに緩やかに波打つようで女らしい気分になるワンピースだ。
私を乗り込ませた瑠偉さんは、続いて横に腰を下ろした。
バトラーをはじめ、管理人やメイドたちに見送られ、車が走りだす。
錬鉄製の門を通り過ぎるとすぐに右折する。
そちらに大きな道路はなく、広々とした牧草地が広がっている。その先は葡萄畑だ。
困惑しているうちに、車はロイヤルブルーに白のラインが入ったヘリコプターの横に止められた。ブレイクリー家の紋章も見える。
「瑠偉さん、車で向かうのではないのですか?」
「いや、今回はヘリにした。車だと移動時間がかかるからな」
さらっと言ってのける彼に、あっけにとられる。
移動にヘリコプターとは……。
本当に住む世界が違う。今日、城館に集まる招待客たちもそうなのだろう。
気を引き締めなきゃ。
私たちが車から降りている間に、トランクのキャリーケースは、すべてヘリコプターに積まれた。
「ヘリが怖い?」
「実はヘリコプターに乗るのは初めてで……驚いています」
「そうか。今日は風も穏やかで、機体の揺れも少ないだろう。三十分ほどで着くから、その間、空からの景色を楽しんで」
「はい」
ヘリコプターの座席に座り、瑠偉さんはヘッドセットを手にする。
「失礼。機内はうるさいからこれで会話ができる」
そう断りを入れながら、瑠偉さんは私の頭にヘッドセットを装着し、自分も同じように着けると、操縦士に『準備は済んだ』と告げた。
すぐにヘリコプターのプロペラが回る音がして、機体がふわりと浮いた。
どんどん高度が増し、ブレイクリー城の全景が眼下に広がる。
やはりブレイクリー城は美しい。
晴天なので眺望は最高だ。
書籍に空から撮った写真を載せたいと考えるが、一眼レフカメラは今回持って来ていないし、窓が邪魔をするのでうまく写せないだろう。
う~ん……残念。
「どうした?」
ため息をついたのを気づかれてしまい、瑠偉さんが片方の眉を上げて尋ねる。
「上空から見るブレイクリー城も美しかったので、写真を撮って書籍に載せたいと思ったんです。でも、窓越しに写しても良い写真は撮れなそうなので、あきらめました」
「それは思いつかなかった」
「本当に美しいお城ですよね」
「ありがとう」
瑠偉さんは口元を緩ませる。
今日の彼はグレーのスーツ姿で、ネクタイではなくアスコットタイを身につけている。
高貴でいて親しみやすい笑みを見るたびに、深みのある声で名前を呼ばれるたびに、最近の私の心臓はおかしくなる。
私……瑠偉さんに恋をしている……?