書籍詳細
身ごもったら、この結婚は終わりにしましょう~身代わり花嫁はS系弁護士の溺愛に毎夜甘く啼かされる~
あらすじ
天敵な旦那様の一途愛を孕んでご懐妊!?さよなら前提の溺愛婚
政略婚の直前に逃げた姉の身代わりで、秘めた初恋の相手・藤吾との結婚を命じられた葵。仕方なく受け入れるも、彼が愛しているのは姉。仮面夫婦として義務で子作りをするつもりが、猛々しい独占欲で貫かれ…。「お前が俺を大嫌いでも、俺はずっと好きだった」――さらに妊娠が発覚すると、我慢の限界とばかりに藤吾は隠していた激愛をぶつけてきて…!?
キャラクター紹介
本庄 葵(ほんじょうあおい)
蒸発してしまった姉の代わりとして、幼なじみの藤吾との結婚を決められて、跡継ぎを産むことに!?
東雲藤吾(しののめとうご)
法曹界の名家・東雲家の御曹司で、自身もエリート弁護士。妻になった葵にSっ気全開で迫り…。
試し読み
「ちゃんと、できてた?」
(私、藤吾の花嫁に……なれてたのかな)
少し不安げな表情で藤吾を見あげる。
「上出来。……悪かったな、東雲の事情で振り回して」
葵は胸の前で両手を振る。
「いやいや。もとはといえば、撫子が急にいなくなるから……」
藤吾の手が葵の首筋に触れる。まるで電流が流れたように、葵の肩が跳ねる。
藤吾はじっと葵を見つめ、ささやいた。
「それでも、ありがとう。この俺が珍しく礼を言ってるんだから、ありがたく受け取っておけ」
「なによ、その上から目線は」
文句を言いつつも、急に甘く濃密になった空気に戸惑いを隠せない。首筋をくすぐるぬくもりに、葵はそっと自身の手を重ねる。その瞬間、藤吾がかすかに身を引くようにビクリと動いた。熱っぽい瞳が葵をとらえる。
鼓動が速まって、息苦しい。
(望んだらダメよ。この大きな手も、まっすぐな瞳も、決して私のものにはならないんだから)
その証拠に、まだ婚姻届は提出していない。それどころか、それについて一度も話し合ってすらいなかった。気持ちはなくとも、正式に夫婦となるのか否か。
(聞きたいけど、知るのが怖い気もする)
藤吾の答えがどちらでも、きっと傷つくだけだ。葵はフッと自嘲を漏らす。自他ともに認める勝気な女だったはずなのに、最近はグズグズメソメソしてばかりいる。
(子どもができてから……藤吾もそう考えているのかも)
ふたりの間に子どもができれば、その子に東雲姓を与えるために籍を入れることになるだろう。授かれないのなら、それまでだ。
「お前のほうから俺に触れたのは初めてだな」
「え?」
藤吾は葵の手の下にある自身の手をそろりと動かすと、指先を絡めてきつく握る。そのままそこに顔を寄せて、白い手の甲に甘く吸いついた。
「んっ」
静かな部屋に葵のひそやかな声が響く。
『結婚式が終わるまでには、子どもを産む覚悟を決める』
葵がそう言ったことを、藤吾は覚えているだろうか。彼の瞳の奥に火がともった気がした。
「ねぇ、藤吾」
「なんだ?」
葵はうつむき、ためらいがちに口を開く。
「言うなって言われたけど……聞いてもいい?」
藤吾は答えない。だが、葵は続ける。
「撫子のこと、怒ってる?」
(政略結婚とはいえ、急にいなくなった撫子を藤吾はどう思っているの?)
彼の視線は目の前の葵をすり抜けて、どこか遠くを見つめている。
「別に怒ってない」
藤吾は複雑そうな顔でフッと口元を緩めると、葵の顔をのぞき込んだ。
「なに? もし俺が傷ついてるって言ったら、慰めてくれんの?」
形のいい薄い唇に吸い寄せられるように、葵のほうからキスをした。痺れるほどの甘さが胸に痛い。人を死に至らしめる劇薬は、きっとこんなふうに甘美なのだろう。ほんの一滴が命取りで、手遅れになる。
「はっ」
わずかに唇が離れ、藤吾が熱い吐息を漏らす。その熱さが葵を狂わせる。
(藤吾の心にいるのが撫子なことはわかってる。でも、それでもいいから……)
「お願い。なにも聞かずに……キスして、藤吾」
震える声で決死の覚悟を伝えた。藤吾は耐えかねたような表情で、ゆっくりと動く。その身を獣に変えた彼が、秘めていた情熱をぶつけるような激しさで葵を抱きつぶす。唇を割って、彼の舌が侵入してくる。吐息も唾液も混ざり合って、どちらのものか判断がつかなくなる。息つく間もないほどの深い口づけに、溺れていく。
「あっ、待って。苦し……」
藤吾は答えず、角度を変えながら幾度もキスを繰り返す。甘く、熱く、葵の心と身体をとろけさせていく。
(流れ込んでくるような激情は、きっと私に向けられたものじゃない)
わかっているはずなのに、葵の身体は悦びに震え、のぼせあがる。
とろんと溶けた瞳で彼を見つめる。
「藤吾……」
切なげな声が告げる。
「悪いけど、今夜はもう止まれない。葵のすべてを俺のものにする」
藤吾は葵の背中を片腕で支えながら、どさりとベッドに押し倒した。逃がさないとでもいうように、グッと体重をかけて葵の身動きを封じる。
もう、彼の重みに恐怖を感じることはない。むしろ――。
(どうしてだろう、藤吾のぬくもりは安心する。ずっとこうしていたいと思えるほどに……)
それはきっと叶わぬ願いだ。だからこそ、葵は今を感じたいと思った。
(今だけ、身代わりでいいから……藤吾に愛してほしい)
葵の下肢で藤吾の分身がはっきりと存在を主張している。彼の唇が葵の首筋から鎖骨へと流れるようにすべり落ちる。もどかしそうな手つきで、彼はブラウスのボタンを外す。大きく開いた胸元から、あでやかなバラ色の下着がのぞく。
「この色、似合うな」
短く言って、藤吾は下着の上から口づける。肩紐が落とされ、背中のホックも外された。ぷるんと露出した葵の豊かな乳房に、彼は舌を這わせる。
葵は藤吾の頭を抱きながら声をあげた。
「待って。その、ちゃんと脱ぐから」
中途半端に乱された衣服が、かえって恥ずかしかった。だが、藤吾は少し笑って首を横に振った。
「いい。待てないから」
「ひあっ」
藤吾の舌が敏感な場所をかすめる。すると葵のそこはピクリと上を向き、なにかをねだるように甘く震えた。
「ん、んぅ」
身体の芯に火がつき、切なく疼く。込みあげる熱をなんとか逃がそうと、浅い呼吸を繰り返す。藤吾の舌先がとうとう赤く熟れた果実をとらえ、甘がみする。舌で押しつぶすように刺激し、転がす。
この快感は以前に藤吾から教わったものだ。葵の身体はそのときよりずっと敏感に反応する。
「あんっ」
葵の唇からこぼれる卑猥な声音に、藤吾は意地悪な笑みを浮かべた。
「なんだか前より感度がよくなってないか? まさか俺以外の誰かに……ってことはないよな?」
「そんなことっ、あるわけないっ」
葵は白い肌を桃色に染め、羞恥に耐えた。むしろその逆なのだ。一度快楽の片鱗を知ってしまった葵の身体は、この数か月、藤吾を求めてやまなかった。待ち望んでいたこの瞬間に、身体が悦び震えていた。藤吾は柔らかくほほ笑み、葵の髪を撫でる。
「わ、笑わないでよ」
葵は涙目だ。藤吾が耳元でささやく。
「いや、葵のこの顔を知っているのが俺だけとは、たまらないなと思って」
「きゃっ」
今度は舌が耳孔に差し入れられた。ピチャリと淫靡な音を立てて、葵の脳を侵していく。舌で耳を攻めながら、指先は胸をもてあそぶ。爪弾くように優しく触れたかと思うと次の瞬間にはキュッと強くつまみあげる。波のように次から次へと押し寄せてくる快感に翻弄され、思考を奪われる。
「もっ、ダメ……」
息も絶えだえに訴えるが、藤吾はますます楽しそうな顔になる。
「ダメじゃなくて、感じるって言えよ。教えただろ」
葵はイヤイヤをするように純白のシーツの上で身体をよじる。
「じゃ、ここでやめるか」
嗜虐的な瞳で彼は言ったけれど、台詞とは裏腹に手は葵の秘められた場所へと伸びる。タイトスカートのスリットから素早く侵入してきて、内ももをヤワヤワとさする。すでに湿っている薄布を彼の指先が撫であげた。
「ん~っ」
脳天を抜けるような強烈な刺激に葵の背中は大きくしなる。艶めいた声で藤吾はクスクスと笑う。
「ほら、どうするんだ?」
指先を動かされるたびに、葵のそこから蜜があふれた。
「はっ、やめ、やめないで!」
熱に浮かされたような状態で叫ぶ。藤吾の頭を抱き締めると、彼はむき出しになっている葵の下腹部に熱いキスを落とす。ショーツを脱がされ、指が奥へと進むほどに、下半身の力が抜けていく。
藤吾がなかで指を折ると、葵の腰が大きく浮く。
「うんっ」
「気持ちいいか?」
その声までも媚薬のように、葵をグズグズにしていく。ぬれた唇からこぼれるのは、淫らな嬌声ばかりでもう言葉にならない。葵はうなずき、彼のキスを受け止めることで質問に答える。
「痛かったら、言えよ」
熱くたぎるものが入口にあてがわれる。痛かったような気もするのだが、すぐに甘い熱に押し流されてしまって、はっきりとは覚えていない。覚えているのは、自分を抱く藤吾の腕が残酷なほどに優しかったことだけだ。
それからひと月。マンションのエントランスを彩る装花は、初夏を感じさせるヒマワリのアレンジメントに変わっていた。
あの初夜を境に、藤吾は毎夜のように葵を求めた。脳裏で鳴り続ける警鐘は、肌を重ねるたびにはっきりしたものに変わっていくが、葵も自身の欲望に逆らうことができずにいた。藤吾が欲しくて、触れてもらえるのがうれしくてたまらなかった。
真夜中の薄暗い寝室に、葵の白い背中が浮かびあがる。下にいる藤吾が腰を動かすたびに、葵の上半身は大きく跳ねた。肌がぶつかる淫らな音が静かな部屋に響く。
「あぁ!」
切なく疼く葵のなかが藤吾を優しく締めつける。藤吾の顔から余裕が消えるさまを見るのは、最近の葵のひそかな楽しみだ。
「葵、それはっ」
「藤吾……」
あなたが好き。その言葉をなんとかのみ込んだ。こんなふうに夜毎愛し合っていても、そのひと言は決して口にしてはいけない。葵はそれを知っている。
(言葉にしたら、終わってしまう気がするの。もう少しだけ、夢を見させて)
藤吾が葵を求めるのは、熱く愛をささやくのは、きっと子どもを作るという目的があるからだろう。もしくは、撫子を忘れるために葵を愛そうと彼なりに奮闘しているのかもしれない。どちらにしても、自分たちのこれは幸せな夫婦のマネごとであって、所詮はまがいものだ。
(それでもいいの)
まだ目を覚ましたくない、そのくらいは許されるはず。
「くっ」
熱を吐き出した藤吾はそのまま葵の身体を引き寄せ、抱き合ったままベッドに寝転ぶ。
「明日、早いんじゃなかったの?」
少しあきれた声で言えば、藤吾は平然と返す。
「だから今夜は早めに終わりにした。本当はまだ全然足りないのに」
くるりと身体を回して葵を組み敷くと、藤吾は葵の額に軽いキスを落とす。額に残る彼のぬくもりに、思わず頬が緩む。
「藤吾、あさっての日曜日はお休みだよね?」
「あぁ。だから明日の夜はいつまででも葵を堪能できる」
ニヤリと笑って、藤吾は瞳を輝かせる。
「もうっ、そうじゃなくてさ」
葵は唇をとがらせながら言う。
「観たい映画があって、よかったら一緒にどうかなと思って」
ぶつかってばかりのふたりだが、昔から不思議と映画の趣味は合うのだ。葵好みの映画ならきっと彼も気に入るはずだ。タイトルを告げると、案の定、藤吾ものってきた。
「いいな。俺も観たかったやつだ」
「やった! チケット予約しておくね」
無邪気に笑う葵を藤吾はギュッと強く抱き締めて、耳元でささやいた。
「あんまり朝早い上映はなしな。夜の楽しみは捨てられないから」
クスクスと笑いながら、葵は藤吾の髪をくしゃりと撫でた。
「一番早い時間にしようっと」
ふたりの笑い声が重なる。
イミテーションの幸福。それでも、本物以上に葵を酔わせ、満たしてくれる。
七月が始まったばかりの日曜日。
初夏の日差しに映えるスカイブルーの半袖ワンピースに身を包んで、葵は玄関を出る。隣に立つ藤吾は、ネイビーのシャツにベージュのパンツというラフなファッションだ。休日出勤が常態化している彼は出かけるときはたいていスーツ姿なので、私服は新鮮に感じる。
「藤吾が丸一日お休みって珍しいよね」
「まぁ、もう慣れた」
あまりのワーカホリックぶりに葵は苦笑する。そんな彼と家から一緒にデートに出かけるのは初めてで、自然と顔がにやけてしまう。藤吾は当然のような仕草で、葵の手を取り歩き出した。
(ちゃんとわかってるから。今だけ、もう少しだけよ)
自分に言い聞かせながら、葵はデートを楽しんだ。映画は期待どおりのおもしろさで、ふたりとも大満足で映画館を出る。
「あのラストは衝撃だった~! レーガン監督はやっぱり天才」
興奮気味に言うと、彼もうなずく。
「気持ちよく騙されたって感じだな。来年辺りに続編くるかな?」
「続編、期待しかないね! ねぇ、公開されたらまた一緒に――」
そこまで言いかけて葵は言葉を止めた。自分たちは未来を語れる関係じゃない。
(来年……藤吾はまだ私の隣にいてくれるだろうか?)
前向きな想像をしてみようと思うのに、脳裏に浮かぶ一年後の彼の隣でほほ笑んでいるのは葵ではなく撫子だった。こうして楽しい時間を過ごしていても、どうしても彼の隣にふさわしいのは彼女だという思いを消すことができない。
「葵?」
気遣わしげな声で顔をのぞき込んでくる彼に、泣きたい気持ちをこらえて精いっぱいの笑顔を向ける。
「なんでもないの。興奮しすぎて喉が渇いちゃった! ね、アイスでも食べない?」
大通りの反対側のジェラート店に視線を送りつつ葵は言う。返事を待たずに、横断歩道に向かって足を速めた。
うだるような暑さも手伝ってか、ジェラート店は大繁盛している。店の外にまで続く長い列の最後尾にふたりは並んだ。
「私はヨーグルトとイチゴのダブルかな。藤吾は?」
「アイスコーヒー」
「えぇ? せっかく来たのに?」
「甘いもの、そんな好きじゃないし」
そんなおしゃべりをしていると、行列の前のほうからラムネ色のジェラートを手に持った小さな男の子がやってきた。
(三歳くらいかな?)
瞳をキラキラさせて喜んでいる姿が、なんともほほ笑ましい。
「見て、かわいいねぇ」
葵に言われて子どもに目を走らせた藤吾が「あっ」と小さく声をあげて、彼に駆け寄る。なにかに足を引っかけてつまずいたその子を助けようとしてのことだ。すんでのところで、藤吾の腕が小さな身体を支える。葵も慌てて近づいて、大きく傾いている彼のジェラートを支えてあげる。
「よかった! 僕もアイスも無事だったね」
無邪気な瞳が葵を見あげ、ニコッと愛らしい笑顔をくれる。ちょうどそこに彼の母親らしき女性が小走りでやってきた。
「あ、ごめんなさ~い」
葵たちとそう年の変わらなそうな若いママだ。彼女は藤吾の姿を一目見るとポッと頬を染め、何度も礼を言って去っていく。
母子の姿を見送ってから、葵は藤吾に話しかける。
「美人ママだったね。男の子はママに似るって本当なのかも」
さっきの子も整った顔立ちをしていた。
藤吾は興味なさそうに返す。
「そうか? 母親の顔までは見てなかった」
あんなに礼をしてくれたのに……藤吾にときめいていたであろう彼女に少し同情してしまった。
「子どもはかわいかったな。近くで見ると、あまりに小さくて驚くけど」
普段、子どもに接する機会がそう多くない葵も同じ感想だった。アイスを食べられるような年齢の子でも、あんなに小さいのだ。生まれたての子はどんな感じなのだろう。子どもを作ると言いながらも、自分は無知だ。本気で妊活を進めるつもりなら、もっと勉強しなくてはダメだろう。
葵は先ほどの母子が歩いていったほうへ視線を向ける。飲食店や百貨店などが立ち並ぶ大通りはたくさんの人でにぎわっている。もちろん家族連れも多い。
「家のためとかじゃなくてさ……藤吾自身は子どもが欲しいと思う?」
その問いに、藤吾はえらく真面目な顔で考え込んだ。そして、ゆっくりと口を開く。
「昔は苦手だと思ってたけど……いざ生まれてきたら、きっとかわいいだろうな」
そう言いながら、藤吾は慈しむように目を細める。俺さまな彼が、我が子にはあっさりメロメロになる。そんな想像が容易にできて、おかしかった。
「葵は?」
ふいうちの質問返しに、目を瞬く。恋愛経験が乏しすぎるせいで結婚願望を抱いたことはなかったけれど、子どもはいつか産みたいとは思っていた。だけど、今は……どうしてか言葉が出てこなかった。心に黒いものが広がる。
(子どもができたら、この関係は終わってしまう。もしできなければ……?)
その間は彼のそばにいられる。偽りでもなんでも、彼の妻として藤吾を独占できるのではないだろうか。
「葵?」
藤吾の呼びかけでハッと我に返る。自分の浅ましさに嫌気がさす。
「そんな怖い顔して考えることか?」
苦笑する彼に、なんとか平静を装って笑い話に変えた。
「藤吾の反抗期を思い出しちゃったのよ。我が子があんなふうになったらどうしようって」
藤吾は不機嫌そうにぼやく。
「俺はそこまでひどくなかったぞ」
「どの口が言うのよ、万年反抗期だったくせに」
「男はみんな、あんなもんだ」
葵の目から見れば立派な反抗期だった中等部時代の彼を思い出す。当時と比べると横顔はずいぶん精悍になったけれど、意志の強さを感じる目元などはあまり変わっていない。
(藤吾が好き。自覚していなかっただけで、きっとずっと前から……)
泉のように湧きあがる思いを、葵は持て余す。
イートインスペースでジェラートを食べ終えてから店を出ると、藤吾がそっと葵の手を握った。
「葵。さっきの映画の続編が公開されたら絶対に一緒に観に行こう」
弾かれたように顔をあげて彼を見た。先ほど葵が言いかけてのみ込んだ言葉を彼がしっかりとすくいあげてくれたことに驚く。未来の約束が葵をどれだけ喜ばせるか、彼はきっと知らないのだろう。
藤吾は射貫くように葵を見つめる。
(この宝石みたいに綺麗な瞳に、私はいつまで映ることが許されるのかな?)
眼差しと同じくらい強い声で彼は言う。
「葵は俺に似た子どもは嫌だろうけど、俺は男の子でも女の子でも……葵に似ていたらかわいいだろうなと思った」
「え?」
葵の手を、藤吾は痛いほどに強く握り締める。
「葵の産む子なら何人でも溺愛する自信がある」
それから、彼は照れたようにパッと顔を背け、無言のまま葵の手を引いて歩き出した。言葉はなくても、つないだ手から思いが伝わってくるような気がした。
(もしかしたら、藤吾は本気で私との未来を考えはじめているのかもしれない。子どもが生まれたら、私たちも本物の夫婦になれる? それを期待してもいいのかな)
希望と不安のはざまで、葵の心は大きく揺れた。
自宅マンションの扉を閉めるなり、藤吾は背中から葵を抱き締めた。
「と、藤――」
呼びかけようとした声はキスで塞がれる。葵は無意識のうちに舌を動かし彼を受け入れた。いつの間にか、藤吾に教えられたとおりに身体が反応するようになっている。この唇がもたらす甘美な味わいを、身体がしっかりと覚え込んでしまったのだろう。
銀糸を引いてゆっくりとぬくもりが離れていく。目の前に大好きな人の甘い笑みがある。愛おしくて、切なくて、無性に痛い。
「キスがうまくなったな」
からかうような声音に葵はぷいと顔を背ける。
「お、おかしなこと言わないでよ」
艶めいた彼の吐息がうなじをくすぐって、大きな手が脇腹を撫であげる。背中に感じる彼の体温に身体が熱を帯びていく。
「事実だろ。この身体は完全に俺になじんだ」
忍び笑いを漏らしながら、藤吾はワンピースの裾にするりと指先をすべり込ませた。膝から内ももに、焦らすように優しく触れる。
「ふっ」
声を押し殺し、せりあがってくるなにかに耐えた。身体の芯が潤み、脚がかすかに震え出す。
「我慢することない。素直に啼いて、俺が欲しいとよがれ」
藤吾の声が葵を支配し、正常な思考を奪う。キスとほんの少しの肌の触れ合いだけで、快楽という名の濁流にのみ込まれてしまう。本当は、このまま彼にすべてを委ねてしまいたい。与えられる幸福をただ、むさぼっていられたら……。