書籍詳細
エリート警察官僚は交際0日婚の新妻に一途愛の証を宿したい
あらすじ
「愛するのは生涯で君一人だ」蜜愛に満たされるとろ甘子作り婚
まひろは合コンで出会ったエリート警察官僚・公貴と、想定外の電撃婚をすることに。「君と子作りがしたい」――天涯孤独なまひろに庇護欲全開な彼の溺愛が加速して、夜ごと甘く抱き尽くされる毎日が始まった。ある日、二人の仲を揺るがす人物が現れるが――それでも公貴を愛し抜こうとするまひろの健気さに、彼の過保護な激愛もさらに増すばかりで!?
キャラクター紹介
清水まひろ(しみずまひろ)
スーパーマーケット勤務。天涯孤独だが、愛情深く、明るく前向き。幸せな家庭に憧れている。
御堂公貴(みどうきみたか)
日本最高峰の大学を卒業したエリート警視正。強面だが、実は人情派で熱血漢。
試し読み
「あ……雨が」
「やはり降ってきたな。迎えにきてよかった」
公貴が紺色のワンタッチ式の傘を広げた。彼はそれをまひろに差し掛け、チラリと上空を見上げた。
「雨脚が強くなりそうだ。少し急ごうか」
「はいっ」
公貴が歩き出し、まひろはそれに合わせて早足で歩を進めた。彼はさっきよりも大股で歩いているが、まひろが追い付けないほど速くはない。こちらに歩調を合わせてくれているのがわかるし、肩は依然として彼に抱き寄せられたままだ。前に進むごとに彼への想いが溢れ、胸の高鳴りが大きくなる。
(天気予報が外れてよかった)
まひろは喜びに頰を染め、密かに口元を緩ませた。
「帰ったら、すぐに晩ご飯を作りますね」
「晩ご飯なら、もう作ってある。冷蔵庫にひき肉があったから、ハンバーグを作った」
「えっ? 御堂さんがハンバーグを? うわぁ、ありがとうございます!」
まひろは嬉しさに声を弾ませる。
一人暮らしが長い彼が日常的に料理をするとは聞いていた。
一緒に朝食づくりをした時に彼の手際のよさに驚きもしたが、多忙な彼は本格的に炒めたり焼いたりはしないだろうと思い込んでいたのだ。
「礼には及ばない。僕は今日休みだったし家事はできる限り分担すると言っていただろう?」
確かにそう話した。けれど、同僚達から夫の家事負担はゴミ出しと電球を替えるくらいのものだと聞いていたし、正直あまり期待はしていなかった。
日々激務に追われる公貴が、ここまでしてくれるなんて完全に予想外だ。
「そうですけど、休みの日くらいゆっくりしたかったんじゃないですか?」
「ゆっくりはした。それに、料理をしている間はそれに没頭できるし、いい感じにリラックス効果も得られるんだ」
公貴曰く、休みの日でも仕事のことを考えてしまうことが多々あり、まったく気が休まらない時もあるという。けれど、料理などほかに集中が必要な用事をしているとそうならずに済むのだ、と。
「そうですか。じゃあ、これからも無理のない程度でお願いしますね」
「もちろんだ」
公貴という人は、いったいどこまで生真面目で実直な人なのだろう。いったいなぜこんな素敵な男性がつい最近まで独身だったのか、首を傾げたくなるレベルだ。
「もう風呂の準備もできてる。よければ食事の前に入ったらどうだ?」
「お、お風呂の準備まで! なんだか申し訳ないくらいです」
「結婚前は、ぜんぶ一人でやっていたことだ。それくらいなんでもない。忙しい時にはまったく何もできない時もあるし、その点は承知しておいてほしい」
「当然です! 御堂さんが忙しい時は、遠慮なくすべて私に任せちゃってくださいね」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
自宅に到着し、玄関前で傘を閉じる時に公貴の手がまひろの肩から離れた。
勧められるままに入浴を済ませ、迷った末にパジャマではなくスウェット生地のワンピースを着込む。キッチン経由でリビングに向かうと、もうすでにダイニングテーブルの上に料理が並んでいた。
丹波焼の大皿に載せられたハンバーグは楕円形をしており、ふっくらとしていていかにも美味しそうだ。その横には野菜たっぷりのポトフとグリーンサラダが置かれている。
「わぁ、美味しそう」
壁際にいた公貴が振り返り、まひろを見て席に着くよう促してくる。二人が向かい合わせに座ったところで、彼がテーブルの上に置かれた陶器のワイングラスを手に取った。
「君も少し飲まないか?」
「はい、いただきます」
受け取ったグラスに赤ワインを注いでもらい、どうぞと言われてひと口飲む。フルーティーだが少し渋みのあるワインが、からっぽの胃袋をじんわりと熱くする。
「料理もお皿も素敵ですね。なんだか特別な日のディナーみたいです」
テーブルに並ぶ皿はすべて焼き物で、代々受け継いだもののほかに、公貴が少しずつ買い足したものもあると聞いている。いずれも趣があり、使い込むほどに味が出そうな逸品ばかりだ。
「特別な日、か。ある意味、そうなるのかもしれないな。今朝、明日の朝少し話したいことがあると言っただろう? それなんだが、もう今夜のうちに話してしまおうと思ったんだ。食べながら聞いて、その上で君の意見を聞かせてもらいたい」
公貴がグラスの中のワインを飲み干し、二杯目を注ぎ足した。見つめてくる目力が強くなり、まひろの身体に緊張が走る。
もしかして、あまりいい話ではないのでは……。
(まさか、離婚とかじゃないよね? えっ……私、何かしでかした? やっぱり昨夜の馬鹿踊りがいけなかったのかな? それとも――)
まひろの頭の中に、いろいろな考えが浮かんでは消えていく。
「冷めないうちに食べようか」
公貴とともに「いただきます」と言って、湯気が立つハンバーグを切り分けて口に入れる。ふっくらとした食感でありながら、しっかりとした肉の味が口の中でソースと絡み合う。
これはご飯が進む味だ。けれど、これから聞かされるであろう話が気にかかりじっくり味わうどころではなかった。
「ハンバーグ、すごく美味しいです。野菜も甘みがあって毎日でも食べたいって感じで。……それで、早速ですけど、お話を聞かせてもらっていいですか?」
まひろは箸を握りしめたまま思い詰めた表情を浮かべた。いささかせっかちだと思うが、どうしても聞かずにはいられなかったのだ。
公貴が頷き、持っていたワイングラスを傍らに置く。
「そうだな。言うべきことはさっさと言ってしまうべきだ。思わせぶりなことを言ってすまなかった」
「いえ、そんなことは……」
今気づいたのだが、彼はまだ料理に一切箸をつけていない。なんとなく落ち着かない様子だし、心なしか顔が強張っているような気もする。
(もしかして、御堂さんも緊張してるの?)
いよいよ何を言われるのかと不安になる。まひろが見守る中、公貴が今一度グラスを持ち、二杯目のワインを一気に飲み干した。
「率直に言う。まひろ、僕は君と子作りがしたい。それについて、どう思うか率直な意見を聞かせてほしい」
「こ、子作り……?」
頷く公貴を目前にして、まひろは驚きを隠せない。
まさか、彼からこんな話を持ち出されるなんて……。
驚きの展開だが、まさに願ったり叶ったりだ。
「子作りなら、私もしたいです! 前からそう思ってたし、私、御堂さんとの子供なら何人でも欲しいと思ってます!」
気がつけば、まひろは椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がっていた。
テーブルに手をついて前のめりになっているまひろを見て、公貴が驚きつつもホッとしたような表情を浮かべる。
「そうか。君もそう思っていてくれてよかった」
いつもと変わらない冷静さでそう言われ、まひろはハタと気がついてそそくさと椅子に座り直した。
「す、すみません。つい……」
焦って答えたせいで、いささかはしたない言い方をしてしまった。まひろは恥ずかしさに肩を縮こめて下を向いた。だが、嬉しさに口元がゆるゆるに緩んでいる。
「早速、僕からの提案なんだが、これからは排卵日を目途にベッドをともにするということではどうだろう? ちなみに、次の排卵日がいつになるかわかり次第教えてくれるとありがたい」
公貴に訊ねられ、まひろは頰を紅潮させたまま顔を上げた。
「まさに今日です! 周期的にいつも安定してるし、今週いっぱいは妊娠しやすいってことで間違いないと思います!」
まさか本当に子作りができるとは思わなかったが、常々公貴との子供が欲しいと思っていたまひろは、優香からの進言もあって一応毎朝基礎体温をつけていたのだ。
「そうか。わかった」
公貴が頷き、おもむろに箸を持ってハンバーグを食べ始める。
今、微妙な間があった。
まひろはそれに気づいて、ますます顔を赤くする。
(私ったら、まるで盛りのついた猫みたいな答え方をしちゃった!)
だが、言ってしまったものはもう仕方がない。それに、もはやそんな小さな恥なんてどこ吹く風だ。
(御堂さんが私と子作りをしてくれる! 私がお母さんになる――御堂さんの赤ちゃんのママになるんだ……!)
彼と夫婦になれただけでも嬉しいのに、二人の子供という家族が増えるのだ。
公貴が自分との子供を望んでいるという事実が、まひろを有頂天にしていた。
そうと決まれば、これまで以上に健康に気をつけて少しでも妊娠するにふさわしい身体づくりをしなければならない。
まひろはにっこりと笑みを浮かべ、スプーンに山盛りになった野菜を口に入れた。
今までも身体にいいものを食べるよう心掛けていたが、今後はもっと気をつけようと思う。
「明日は君も休みだったね。ちょうどいいタイミングだな。では、早速今夜から子作りを始めよう。今夜は書斎で少し仕事をするが、君は先に準備して僕のベッドに入っておいてくれるか?」
「はいっ! ……えぇっ?」
元気よく返事をしたあと、一秒遅れて公貴が言った言葉の意味を理解する。
つい子供を持てる喜びにばかり意識が集中して、それに至る過程が頭からすっかり抜け落ちていた。
(御堂さんのベッドに入る……ってことは、つまりそういうことで、そうしなきゃ子供は作れないわけで……)
まひろの頭の中に、公貴の寝室が思い浮かぶ。
結婚したのなら、通常夫婦の営みが自動的についてくる。けれど、まひろにとってベッドインは緊急事態であり、子供を望みながらも自分達夫婦には無縁のものだと思い込んでいたのだ。
御堂家の人達と顔を合わせた時、皆当然のように子供ができるのを期待した。
だが、それを夫婦の問題だと言って退けたのは彼自身だ。てっきり公貴にはその気がないものだと思っていたし、望みはないと諦めていた。
事の重大さがわかった途端、まひろは瞬きも忘れる勢いで目を見開き、ただ一心に箸を進めた。何か話さなければと思うものの、今は口を開いてもとんちんかんなことしか言えないような気がして、結局は無言のままになってしまう。
「ごちそうさま。仕事を進めるから、先に失礼するよ」
公貴が箸を置き、空いた皿を重ね合わせる。後片付けは基本的に食事を作ってもらったほうがすると決めたから、今日の担当はまひろだ。
「はいっ! お仕事頑張ってください。ハンバーグ、また作ってくださいね。それと、今度レシピを教えてもらってもいいですか?」
一気にまくし立て、自分を見る公貴を見つめ返す。少々声を張りすぎてしまったのは、それだけ胸の高鳴りが激しいからだ。
「ああ、もちろんだ」
公貴が頷いて微笑みを浮かべた。彼が自室に向かい、まひろはリビングで一人きりになった。その途端、一気に緊張が解けて大きく深呼吸をする。
『特別な日、か。ある意味、そうなるのかもしれないな』
ついさっき彼が言った言葉が、まひろの頭の中で繰り返し聞こえてくる。
とにかく、こうしてはいられない。
まひろは勢いよく立ち上がり、来るべき時に向けて準備をすべくいつも以上にテキパキと後片付けを終わらせた。
時刻は午後八時前。
公貴は健康のために遅くとも午前零時には寝るようにしていると言っていたし、子作りをするからにはそれよりも早い時間にベッドに入るだろう。
(ってことは、午後十時には御堂さんの寝室に行ったほうがいいよね? でも、どんな恰好で? 「先に準備して」って言ってたけど、何をどう準備したらいいの?)
まひろは自室のクローゼットを開けて、奥にしまってあった新品のシルクのネグリジェを取り出した。
それは結婚祝いにと優香がプレゼントしてくれたもので、色は薄いピンクでスクエアネックの襟元には薔薇模様の刺繍が施されている。一度試しに着てみたら丈は膝上二十センチと、かなり短かった。
(だけど、これのほかは地味なパジャマしかないし、いくらなんでもそれじゃ色気なさすぎるよね)
実質、今夜が夫婦の初夜になるのだ。否が応でも緊張するし、それなりの恰好でなければ公貴に申し訳ない。
(今夜は思い切ってこれを着よう! せっかくだから下着も新しいものにしたほうがいいよね)
こちらについては結婚に際して自分で新調した。デザインは至ってシンプルなものばかりだが、それまで黒かグレーばかりだった色を一新し、すべて白で統一した。
上下のセットになったそれらは、いずれも縁がレースになっており上品な上に清楚な感じだ。そのうちのひとつを選び出して、それを身に着ける。
これなら万が一公貴に下着をチェックされても、大恥をかかずに済む。
着替え終えたまひろは、クローゼット横の姿見の前に立って自分の下着姿をまじまじと見つめた。中肉中背で特に太っているわけでもないが、ところどころに余分な肉がついている。欲を言えばもう少し胸が欲しいし、腰のくびれも足りない。脚に至ってはちょっと細めの大根といった感じだ。
こんなことなら日頃からきちんと運動をしておけばよかった。今後は意識して身体を鍛えなければ。いずれにせよ、今はこのままの自分でいくしかない。
覚悟を決めてネグリジェに袖を通し、鏡に向かってくるりと一回転してみた。
「六十五点……大幅にオマケして七十五点ってところかな?」
ブツブツと独り言を言いながら裾を引っ張り、むっちりとした太ももをパンと叩く。
幸いまだ若いから張りはあるし、毎晩ボディクリームを擦り込んでいるおかげか、肌の水分量は適切に保たれている。もともと体毛は薄いほうだし、肌触りはいいほうではないだろうか。
普段からメイクは薄いほうだから、すっぴんについては特に問題はない。けれど、お世辞にもセクシーとは言えないし、むしろ少しメイクしたほうがいいように思う。
(でも、布団にメイクがつくのは嫌だし……。もし、そのまま寝るとしたらノーメイクのほうがいいに決まってるし)
ただでさえ慣れない恰好をしているのに、これ以上普段とは違うことなどしないほうがいいと判断する。そのほかにできることといえば、髪の毛を入念に梳かし歯を磨くくらいのものだ。
(そうだ、爪もケアしておかなきゃ。確か、先々月買った桜色のマニキュアがあったはず――)
思いつく限りの準備をし、ようやくいち段落ついて自室の真ん中に座り込む。
壁の掛け時計を見ると午後九時半を少し過ぎたところだ。公貴はまだ書斎にいるようだし、今はまだ彼の寝室に行くには早すぎるだろう。
(ほかに準備することはあるかな? だけど、もう思いつかないよ……)
これまで男性と付き合った経験がないまひろは、ベッドインはおろかキスひとつしたことがない。テレビや映画などを通してラブシーンの大まかな手順は知っているが、実践するとなるとそんなちっぽけな知識など役に立ちそうもなかった。
(大丈夫かな……。なんだか、ものすごく緊張してきちゃった……)
おそらく、すべて公貴に任せておけば間違いはないだろう。
しかし、だからといって丸太ん棒のように寝そべったままじっとしているのも悪い気がする。あれこれと考えるうちに、頭の中がパンパンになってきた。ふと気がつけば、もうじき午後十時になろうとしている。
意を決して立ち上がり、全身の最終チェックをした。肩に薄手のカーディガンを羽織り、公貴の寝室に向かう。
その手前にある書斎の前で立ち止まり、そっと耳を澄ませる。すると、微かにキーを叩く音が聞こえてきた。
(御堂さん、まだお仕事中なんだな)
そのまま歩を進め、公貴の寝室のドアを開けた。中は、和風モダンな旅館の一室のようで、家具は濃いブラウンでまとめられている。部屋の灯りをつけないままベッド横のテーブルに近づき、シェル型のスタンドライトを点けた。ほんのりとした灯りに包まれた部屋を横ぎり、窓のカーテンを開けて庭の景色を眺める。空を見ると、もうすでに雨は上がっており綺麗な満月がぽっかりと浮かんでいた。
「わぁ、綺麗」
思わず声を上げ、ハッとして掌で口を押さえた。
(静かに! 御堂さんは、まだお仕事中なんだから)
そのまましばらくの間月を眺め、ベッドの端にそっと腰を下ろす。どっしりとしたキングサイズのベッドにはキャメル色のブランケットが掛けてあり、ヘッドボードの前には大きめの枕がひとつ置かれている。
ここへ越してきてまだ八日目だが、公貴の出張中に家の掃除をしながら各部屋の探検は済ませた。住宅街の真ん中に建つこの家の周りは本当に静かで、今も遠くから微かに車の音が聞こえてくるのみだ。
(なんだか昔おばあちゃん達と住んでいた田舎を思い出すなぁ)
懐かしさにふっと緊張が解け、強張っていた口元に笑みが浮かぶ。そのままベッドの上に寝そべり、丸くなって月を眺め続ける。
両親を亡くし祖父母も他界したあと、たった一人でなんとか生計を立てて暮らしてきた。いろいろとたいへんな時期もあったし辛くなかったと言えば噓になる。
けれど、そんな日々が自分を強くしてくれたのは間違いないし、今の自分があるのは過去を乗り越えてきたからこそだ。
そう思えるくらい今は心に余裕ができたし、この上なく幸せで公貴のそばにいられさえすればほかに望むことはないくらいだ。
「おばあちゃん、私、今幸せだよ」
まひろがいつも夢で聞く祖母の声に答えた時、寝室のドアが開き公貴が中に入ってきた。ダークブラウンのガウンを着た彼の全身が、窓からの月明かりに照らされてぼんやりと浮き上がる。
いかにも精悍で猛々しい立ち姿は、眉目秀麗な仁王像のようだ。まひろがうっとりと見惚れている間に、公貴がゆっくりと近づいてきた。
「おばあちゃんとは、亡くなるまで一緒に住んでいた母方のおばあ様のことか?」
彼はまひろのすぐそばに腰かけて、上から顔を見下ろしてきた。その目は思いやりに溢れている。
まひろは我知らず微笑みを浮かべ、こくりと頷いた。
「はい。祖母は私の夢によく出てきてくれるんです。それで、いつも『まひろ、幸せになってね』って言ってくれて」
「おばあ様が今でも、まひろの幸せを願ってくれている証拠だ」
「私もそう思います。祖母だけじゃなく、祖父も両親も私をずっと見守ってくれてるんだって感じます」
「きっとそうに違いない。それで、まひろは今、幸せだと思ってくれているんだな?」
公貴が、若干不安そうな顔でそう訊ねてくる。
まひろは、すぐさまベッドから起き上がって、繰り返し首を縦に振った。
「もちろんです! これ以上の幸せはないって思うくらい幸せです。私、御堂さんと一緒にいるだけでものすごく幸せを感じるんですよ。御堂さんがそばにいてくれるなら、私はずっとずっと、未来永劫幸せなんです!」
言い終えた途端、まひろは心底照れて首元まで赤くなった。けれど、それが本当の気持ちだったし、今後も決して変わることのない真実だ。
「だが、仕事柄まひろには寂しい思いをさせたり気を遣わせていると思うが――」
「それもぜんぶ、ひっくるめて幸せです。公貴さんがどんなにたいへんで重要なお仕事をしてるか私なりに理解してるつもりだし、私は警察官である公貴さんを心から尊敬して誇りに思ってます」
まひろは肩で息をしながら、公貴をじっと見つめた。力んで話していたせいか、気がつけばいつの間にか息が荒くなっている。
「そう言ってくれて嬉しいよ。まひろのような人を妻に迎えられて、僕は本当に幸せ者だ」
優しく髪を撫でられ、耳朶が熱く火照った。
その熱が徐々に顔全体に広がり、首を下りて胸元を熱くする。
「僕も、まひろと同じくらい幸せだ。まひろが一生幸せでいてくれたらいいと思うし、一生まひろのそばにいて、何があっても全力で守り続けると誓うよ」
きっぱりとそう断言され、感謝と感激で胸がいっぱいになる。
これ以上嬉しい言葉があるだろうか?
公貴を見るまひろの目から大粒の涙が零れ落ちた。
「ありがとうございます……御堂さんっ……」
まひろが彼の肩に手を回すと同時に、公貴が背中を強く抱き寄せてきた。
「礼を言うのは僕のほうだ。まひろ……これからは、まひろも僕を名前で呼んでくれないか?」
いいきっかけをもらい、まひろは涙を流しながら明るい表情を浮かべる。
「はい、そうします。き、公貴さん……」
「うん」
掌で頰を包み込まれ、指先で涙を拭いてもらう。公貴が眼鏡を外し、サイドテーブルの上に置いた。ランプの灯りが消え、部屋を照らすのは窓からの月明かりだけになる。
「まひろ」
名前を呼ばれるなりそっと唇を重ねられ、身体に熱い戦慄が走り抜けた。そのままベッドの上に仰向けに倒れ込み、何度となく唇にキスをされる。
その流れが、驚くほど自然だ。
身体の上に彼の体重を感じるとともに、唇の隙間から温かな舌が口の中に滑り込んできた。キスが徐々に深くなり、もはや平常心ではいられなくなる。
公貴の背中に回した手が小刻みに震え、全身が熱に浮かされたようになった。
何もかもはじめてで、どうすればいいのかまるで見当もつかない。まひろの戸惑いを感じ取った公貴が、額にかかる髪の毛をそっとうしろに撫でつけてくれた。
「決して急がないし無理はしないと約束する。止めたくなったらすぐにそう言ってくれていい。……まひろ、ぜんぶ僕に任せてくれるか?」
「は……はい」
公貴が僅かに頷き、また唇を重ねてきた。
彼がそう言うのなら、何も心配はいらない。この世で公貴ほど信頼できる人はいないし、彼になら安心してすべてを任せられる。
そう思ったまひろは、ぎこちないながらも自分から顎を上向けて彼からのキスに応えるのだった。