書籍詳細
冷徹御曹司と政略結婚したら、溺愛で溶かされて身ごもり妻になりました
あらすじ
執着されて捕らわれて、子作り蜜婚でご懐妊!?
老舗酒造の娘・雪華は実家を救うため大企業の御曹司・晴臣と政略結婚することに。彼は以前バーで出会い好意を持った相手だった。「探してたんだ。どんな手を使ってでも、君を手に入れたいと思って」愛のない結婚だと諦めていたのに、溺愛執着する晴臣に身も心も愛される雪華。彼に近付く元カノの噂に戸惑うも、妊娠が発覚し、愛情はさらに加速して!?
キャラクター紹介
大元雪華(おおもとゆきか)
明るく努力家のデザイナー。日本酒が好き。実家のために晴臣と政略結婚することに。
宇佐川晴臣(うさがわはるおみ)
大手アルコールメーカーの副社長。クールな御曹司。バーで出会った雪華を好きになり、探し出して結婚する。
試し読み
「はい、もしもし」
『俺だ』
愛子と呑んだ帰宅途中、スマホが鳴った。ちゃんと確認せずに慌てて出ると、晴臣さんからだった。
最近、毎日のように電話がかかってくる。ほとんどが業務連絡みたいな内容だったが、声を聞くのが日課になりつつあった。
『今どこだ?』
「会社帰りに同僚と呑んで帰宅途中です」
『会社の近くか?』
「はい」
『迎えにいく』
まさかの提案に私は驚いて言葉にならない。慌てて声を出した。
「大丈夫ですよ! もう少しで電車なんで」
『明日も出勤だろ? 俺の家から行ったほうが楽じゃないか』
どこら辺に住んでいるかは知っていたけれど、考えてみれば晴臣さんの家に行ったことがなかった。たしかに私の職場から近いはずだ。
でもお言葉に甘えて泊まらせてもらうのはどうなのだろうか。思ったことを口にしてみる。
「洋服もパジャマもありませんし……」
『コンシェルジュにお願いすれば持ってきてくれるだろう』
その感覚がわからない。コンシェルジュがいるなんて一体どんなマンションに住んでいるのだろうか?
『とにかく、こんな時間に女性一人で歩くのは危険だから迎えにいく』
有無を言わせない雰囲気だったので、私はそのままお願いしてしまった。
近くの喫茶店に入って居場所をメッセージに入れておく。
アイスカフェオレを飲みながら、晴臣さんの到着を待つ。
私はスマートフォンで、近い未来にやってくる『初体験の方法』を検索していた。ちゃんと乗り越えられるか、そのことばかり気になって仕方がない。
心の準備が大切だと書かれていて、痛みが強い人はパートナーにその気持ちを伝え、ローションなどを使うといいと書かれている。
(でも、そんなこと言えるかな)
不安に苛まれていると、到着した連絡が入り喫茶店を後にした。
外に出ると珍しく自ら彼が運転していた。助手席に座らせてもらい扉を閉めてシートベルトをする。
「わざわざ迎えに来てもらってすみません」
「……心配だったから」
ボソッとつぶやいた。『心配だ』というキーワードが聞こえた気がしたけれど、気のせいだろうか?
もし本当にそう言ってくれていたとしても、跡取りを産んでくれる女性に怪我をさせたくないとかの理由だと検討がつく。それなのになぜ私はいちいち期待してしまうのだろう。
「会社の同僚って何人で?」
「二人です」
明るく言うとなぜか彼は不機嫌そうな表情に変わる。何かまずいことでも言ったかと逡巡する。思い当たることがなく私は首を傾げた。
「結婚するのに二人きりで?」
「勘違いしないでください。もちろん女性とです」
「あぁ、そうか」
(もしかして、妬いてくれたの? まさか、そんなはずはないよね。自分の都合のいいように解釈しないようにしなきゃ)
二人きりには何回もなっているが、密室にいるということでなぜか彼の存在をいつも以上に意識してしまう。
変な誤解はしないでほしいと、私はさらに詳しく説明することにした。
「仲よくしてくれていた子で、今日、会社を辞める報告をしていました。私が結婚するなんてすごく驚いていて」
運転に集中しているのか、彼は返事をしてくれない。でも、無言の空間は苦手なので、ペラペラと話をしていた。
「会社の上司も驚いていました。私は結婚するキャラクターじゃないと思われていたみたいで」
赤信号で車が止まり、ちらりとこちらを向いた。
「今まで近くにいた男たちが雪華の魅力に気がつかなかっただけじゃないか」
「……えっ?」
甘いセリフを言われて私の耳が熱くなる。
(心臓が苦しいのはシートベルトで押さえつけられているせい?)
まるで私に魅力があるみたいな言い方をされたけれど、本気なのかわからない。
青信号になり車がまた走り出した。
微妙な空気が流れていたので、私はなぜか大笑いしてその場をごまかそうとする。
「あははは、晴臣さん、何かありました? 変ですよ」
「……別に何もないが」
なんだかいつもと違って、違和感を覚えながらも私は車に揺られていた。
このままいくと晴臣さんのマンションにお泊まりすることになる。
キスを飛び越えてそのまま秘密の関係に……という流れになってしまったらどうしようか。先ほどインターネットのサイトで読んだ『相手に気持ちを伝えること』が大事ということを思い出す。
「話しかけてもいいですか?」
「どうぞ」
了承をもらったのにも関わらず、うまく言葉が出てこない。
横目でチラチラと見ていると、不機嫌そうにため息をつかれた。
「言いたいことがあれば何でもはっきり言ってくれ」
「そうですよね……」
大きく息を吸い込んだ。
「打ち明けなければいけないと思っていたのですが、私はキスもしたことがないんです」
予想外の話だったのか、彼が息を呑んだ気がした。
「……で?」
何を言いたいんだと話を促されたようで口を開く。
「まずは、キスからはじめてもらってもいいですか?」
我慢しきれなかったのか冷静な顔をしていた彼の表情が崩れ、吹き出した。
「運転中に面白いこと言わないでくれ。事故ったらどうする」
「すみません……。パートナーにはちゃんと気持ちを伝えたほうがいいと書いてあったので」
「なるほど。たしかに素直に打ち明けてくれたほうがやりやすい」
「ありがとうございます」
晴臣さんって、優しい人だ。少しぶっきらぼうな話し方をするけれど、ちゃんと聞いてくれるし、案外私のことを考えてくれているようだ。
車が超高級マンションの門をくぐり抜けた。
「ここですか?」
「そうだ」
見上げると首が痛くなるほどの高層マンションで、敷地内に入った途端、ゴージャスな雰囲気に私は飲み込まれてしまった。
こんなのドラマの世界でしか見たことない。
地下駐車場に入っていくとモーターショーのように高級車ばかりが並んでいる。
車の種類はよくわからないけれど、有名な高級車くらいは私にもわかった。車から降りると、エレベーターの前に警備員が立っていた。
彼は住人専用のエレベーターに乗り込む。最上階に到着し扉の外に出ると、玄関が一つしかない。
「玄関、一つだけなんですね」
「プライベートを重視した作りだからな」
カードキーで扉が開くと、背中をそっと押されて中に入った。爽やかなミントのような香りが玄関に広がっている。ちらりと見るとアロマが置かれていた。
「お邪魔します」
「どうぞ」
ふかふかのスリッパに足を入れて長い廊下を抜けていくと、広い空間のリビングがあった。
「わあ、広いですね! 綺麗」
大きな窓からは夜景が一望できる。家具は最低限しか置かれていない。フローリングの上にある革張りの黒い大きなソファーが目立つ。
「寝るだけなんだが。一応週に一回は掃除に入ってもらっている」
「そうでしたか」
「結婚しても、掃除も料理も任せてもいい」
「家政婦さんの美味しい料理もいいですけど、たまには作りたいです。なんと言うか結婚する予定もなかったのに、結婚したら料理だけはちゃんとやりたいって、漠然とした夢があって」
「好きなようにしていい」
冷たい言葉に聞こえるけど、これが彼の言い方なのだ。
「自由に見てくれ」
私が興味ありそうに視線を彷徨わせていたので、声をかけてくれたに違いない。
遠慮しながらも見させてもらうことにした。
ダイニングテーブルがあって、その奥には広々としたキッチンが備えつけられている。調味料は調理台に置いているわけではなく、どこかに収納されているのか、すごくスッキリとしてスタイリッシュだ。
「広くて料理がしやすそう」
「好きなときに自由に使ってくれ」
「ありがとうございます」
感動しながらキッチンを見ていると「何か飲むか?」と声をかけられ、振り返る。すぐ後ろに彼がいたのに気がつかず、心臓がドクンと跳ねた。
「いただきます!」
晴臣さんが冷蔵庫を開ける。ミネラルウォーターとアルコールしか入っていない。
「つまみはナッツかチーズしかないな。それと、日本酒は用意していなかった。コンシェルジュに電話をして持って来させようか?」
「いえ、大丈夫です!」
「わかった。俺はまだ食事をしていないんだ。アルコールだけでもいいから、付き合ってくれ」
お腹を空かせているのに私のことを迎えに来てくれたのだ。
愛情はないけれど、将来の妻を大切にしようと思ってくれているのかもしれない。
「私でよければお供します。ところで食事は何を召し上がるんですか?」
「温めれば食べられるものを作ってもらっている」
「じゃあ私が準備しておくので、着替えてきてください」
「ありがとう」
彼は素直に姿を消した。
冷凍庫には温めたら食べられる魚や煮込まれた肉の料理が作られている。温めて皿に盛りつけると、どれも美味しそうだ。料理がしたいなんてさっき言ってしまったけれど、口に合うだろうか。
スウェットとTシャツ姿になった彼が近づいてきた。
「何か手伝おうか?」
「大丈夫です。座っていてください」
スーツ姿しか見たことがなかったのでラフな格好は新鮮だっった。筋肉質な腕がむき出しになっていて、目のやり場に困ってしまう。
先ほどまで深く考えていなかったけれど、男性と過ごしているのだと意識してしまった。
こんなに素敵な人と一緒にいるとドキドキして頭がおかしくなってしまいそうだ。
お互いに服を脱ぐ日が来るのだろうけれど、それまでにダイエットを頑張ろうと決意する。だってそうじゃなければ不釣り合いだ。
でもその日はすぐ近くまで迫ってきているだろうから、そんなに体を絞ることはできない。
晴臣さんは電話を片手にこちらに視線を向ける。
「コンシェルジュに伝えて、洋服と洗面道具を持ってきてもらう。リクエストはあるか」
「いえ、お手数かけます」
彼はフロントに電話をして用件を伝えていた。
コンシェルジュが今から服を持ってきてくれるなんてものすごいなと感心してしまう。
盛りつけた食事をダイニングテーブルに乗せて、グラスとビールを一緒に出した。
「では私もビールをいただきますね!」
お互いのグラスに注いで乾杯をする。少々緊張していたけれど、アルコールを呑むと少しリラックスした気持ちになった。
お酒が好きな人と一緒に過ごせるのは嬉しい。
満腹だったはずなのに、美味しそうだなと思ってついつい見つめてしまう。すると晴臣さんは柔らかな瞳をこちらに向けてきた。
「もしよかったら、食べてみるか?」
「いいんですか?」
お言葉に甘えて少しいただくことにした。すると彼はスプーンですくって私の口元に近づけてくる。
(……これはまさか間接キス!)
中学生並の発想で頭の中にお花が咲いてしまう。恋愛経験はまるで女子中学生の私が、結婚なんて大丈夫なのだろうか。
躊躇してなかなか口を開けられない。すると何かに気がついたように彼がスプーンを引っ込めた。
「同じスプーンを使うのは嫌だったか?」
「いえっ、そうではなく、逆に嫌じゃないんですか?」
質問で返してしまって申し訳ないけど、おそるおそる彼を見た。
「嫌なわけがない。これから家族になるんだから。俺だって誰でもいいわけじゃないんだ」
その言葉を聞いて、自分の心の中にある氷が少し溶けていくような気がした。
彼となら本当の家族になることができるかもしれない。
私の知り合いでもお見合い結婚をして、ほとんどお互いのことを知らないままでも幸せになれた人がいる。
これから生活をともに営む自分たち次第。そう思うようになってきた。
「安心しました。ありがとうございます。では、あーん」
まるで子供のように大きな口を開けると、彼はクスクスと笑って私の口に入れてくれた。
トマトで煮込まれた牛肉がとても甘くて、家庭料理というよりはレストランのような味がした。
「すごく美味しいですね! 優秀な家政婦さんが作ったのでしょうね」
「料理で人気の家政婦らしい」
「なるほど! さすがだと思いました」
笑顔を向けると彼も笑顔を向けてくれる。
美味しい料理を二人で食べてお酒を呑んで微笑みを向け合う。なんとも幸せな時間だ。
「ところで雪華は、一軒家とマンションどっちがいい?」
「ご両親は、一軒家がいいとおっしゃっていたので」
「そんなに気を遣うことがないんだぞ。自分たちの好きなようにある程度していい。両親は俺が結婚することで満足しているんだ」
いつもより穏やかな雰囲気で、彼がいつも以上に魅力的に見えてしまうのは気のせい?
話題性のために私と結婚することを選んだと言っていた。それが前提にあるのに、だんだんとあなた色に染められていく。
素直に心に従いたい。でも私が心から愛してしまったところで、晴臣さんからの愛情をもらうことはできない。
彼は今までの人生で誰かを愛してきたことはあったのだろうか。
家のために結婚を決めてしまうぐらいだから、そんなにいい恋愛はしてこなかったのではないかと予想がつく。
そんなことが頭の中に浮かんできて切ない気持ちになってくる。
「雪華、どうかしたか?」
「いえ、私はゆっくりと晩酌ができるそんなスペースがあったらいいなってそれだけです、希望は」
「それは俺と同じだ。好きなアーティストの曲を聴きながら酒を呑むって最高だよな」
優しい目で見つめられ、呆然としてしまった。頬が火照る。まさかこれぐらいの量では酔っ払うはずがない。きっと私は彼という存在に酔ってしまっているのだ。
夫になる人だから、好きになってもいいはずなのに、政略結婚という壁が私たちの間を阻む。だめなのに心が惹かれていく自分に気がついた。
チャイムが鳴り、晴臣さんが玄関に向かう。一人になった私は両頬を手の平で押さえて熱を感じる。
「持ってきてくれたぞ」
袋を手渡されて中を確認すると、シンプルなベージュのワンピースだった。これなら明日会社に着ていくのも問題はない。
「コンシェルジュさん、素晴らしいですね。晴臣さん、ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべてお礼をすると、彼は私から目を逸らした。
「構わない」
そしてまたテーブルについて食事の続きをする。
少し距離が近づいた気がしたが焦らないほうがいい。ゆっくりと晴臣さんのことを知っていければと思う。