書籍詳細
スパダリ御曹司の一途な策略婚~甘すぎる秘夜からずっと寵愛されています~
あらすじ
「無自覚で煽ってくるのは、反則だ」冷徹策士は愛も独占欲も庇護欲も全開!?
恋愛下手な真凜は、友人の結婚式帰りに寄ったバーで大人の色気溢れる良之助に出会う。密かに良之助の冷厳な優しさを知り、寂しげな彼の瞳に射竦められ「君が欲しい」と囁かれて…甘く蕩ける夜をすごした。だが彼に、実は御曹司で、真凜と思わぬ係わりがあると告白され動揺。それでも良之助は熱情と策略と愛で、真凜を掴まえようと激しく求め続けて!?
キャラクター紹介
鈴川真凜(すずかわまりん)
母亡きあと家族を纏める、しっかり者。良之助の溺愛攻撃に困惑しつつも惹かれていく。
犀川良之助(さいかわりょうのすけ)
クールで策士な犀川食品の御曹司。私生活は真凜への一途で熱烈すぎる愛で埋まっている。
試し読み
ジッと見つめられ、息が止まりそう。心臓があり得ないほど、大きな音を立てて動いている。
一瞬、躊躇する自分がいた。柄にもないことはしない方がいい。自分の中にいる常識人が声をかけてくる。
しかし、それを制止するのは、心に突如として現れた、もう一人の自分だ。
何も考えられないまま、口だけは勝手に動いていた。
「弱った男の人ってかわいがってあげたくなります」
「え……?」
驚いて固まる彼の肩に自身の両手を預ける。そして、つま先立ちをすると、彼の耳元で囁く。
精一杯大人の女を演じてみた。
「私が何もかもを忘れさせてあげましょうか?」
思いっきり背伸びをしている。知り合いが見たら、「慣れないことはしない方がいい」と噴き出して笑われてしまうだろう。
似合わないことをやっている自覚はある。それでも必死に妖艶な空気を作り上げるのだ。
酔いのせいだと思われてもいい。勢いだと思われても構わない。
ただ、震えている彼の心に寄り添ってあげたいのだ。
彼の肩に置いていた手を、今度は彼の大きな手に伸ばす。
ヒヤリとした冷たい手。その手を温めるように、私は両手で彼の右手を包み込む。
再び彼を見上げると、先程までの驚きの表情ではなく、空虚だった瞳に熱が込められていた。
え、と驚いた声は、彼の突然の行動でかき消される。
犀川さんが私の左手を掴み、グイッと引っ張ってきたからだ。
前のめりになり蹌踉めいてしまった私を、彼はグッと力強く抱きしめてくる。
胸板の厚さ、腕の中のぬくもり、力強い腕。それらを一気に味わってしまった私は、少しだけ戸惑った。
彼を一人にしたくない。その気持ちに変わりはないが、彼を煽ってしまったことを後悔する。
――多分、私……。このままだと、心臓が壊れてしまうかも。
キュッと彼に抱きしめられただけで、この有様だ。
これよりもっと肌と肌が密着したとしたら、のぼせてしまわないだろうか。
そんな心配をしつつ、抱きしめられた状態で彼を見上げる。
視線と視線が絡み合う。そらせないほどの強い眼差しを浴びせられ、身体の芯が熱くなっていくのがわかった。
こんなに密着していたら、あり得ないほどドキドキして心臓が躍っている状況が彼に伝わってしまいそうだ。
平静を装いたくて、彼から少し離れようとする。だが、それを彼の腕が拒んできた。
ギュッと力強く抱きしめてきて、息苦しい。
「……弱い俺でも、いいか?」
「え?」
低く魅惑的な声には情欲と、そして喪失感や孤独感が潜んでいる。
ハッとして見上げると、彼は眉を下げて小さく儚く笑った。
「君に……真凜に慰めてもらいたい」
心臓が止まるかと思った。ゾクゾクと背筋に甘い痺れが走り、身体がより熱くなっていく。
初めて呼び捨てで呼ばれたことで、より心臓がドキドキしてしまう。
いいか、と再度伺いを立ててくる彼を見て、逃げるのを止めた。
彼の目を見つめて、小さく頷く。それが今の私の精一杯だ。
彼の寂しそうでやりきれない感情を、私が受け止めてあげたい。そう思うのは、きっと……彼が好きだから。
好きになるのに時間は関係ない。本当にその通りだと思う。
なかなか恋愛ができず、出会いもない。それなのに、周りは幸せになっていく。
そんな友人たちの姿を見て、どれほど慌てもがいていただろうか。
ここ数年が嘘のように、ストンと恋に落ちていく。
この出会いは必然であり、これは運命であるのかもしれない。
「行こうか」
犀川さんは私を腕の中から解放して路上に置いていた引き出物の袋を肩にかけたあと、私の腰を抱く。
彼のリードで着いた先は、老舗ラグジュアリーホテル。迷わず彼の足はホテルのロビーに近づいていく。
「え? 犀川さん?」
私の驚きの声を聞いても、彼の足は止まらない。
フロントへ行くと、「鍵を」とだけ言う。
ホテルマンを前にしても、私の腰を抱いていて離してくれない。
私は一人で戸惑うしかできずにいるのに、犀川さんはフォローをしてくれずほほ笑むだけだ。
笑顔を向けられても、何が何だかわからない。そんなふうに憤って言いたいところだが、ホテルマンの前で醜態は晒せないだろう。
私だけでなく、彼も恥をかいてしまう。グッと堪えて押し黙っていると、ホテルマンは私たちに向かって折り目正しく会釈をする。
心得た様子で「いらっしゃいませ、犀川様。こちらでございます」とカードキーを彼に手渡した。
「ありがとう」
それだけ言ってキーを受け取ると、彼は再び歩き出す。もちろん、私の腰を抱いたままだ。
エレベーターホールには、ちょうど上階に向かうエレベーターが来ていた。
それに乗り込むと、すぐそばにいたベルボーイがこちらも心得たもので指定階のボタンを押して頭を下げている。
ゆっくりと扉が閉まる間も、ベルボーイは深々と頭を下げていた。
その様子を唖然としながら見つめていると、扉が閉まってエレベーターは動き出す。
時間が時間だ。ホテルのロビーにはゲストは誰もいなかったが、エレベーター内にも人はいない。
犀川さんと二人きりだと思うと、より緊張してきてしまった。
それにしても、犀川さんは一体何者なのだろう。
フロントでのやり取りを見る限りでは、上客のような対応を受けていた。
このホテルは由緒正しきラグジュアリーホテルで、私は名前を聞いただけで怯んでしまうほどのハイクラスなホテルだ。
そんなホテルに来ても、顔パスで通る彼はどういった立場の人なのだろうか。
「犀川さ――」
声をかけようとしたのだが、私の声は彼の唇に奪われた。
「っふ……んんっ」
鼻から抜ける声が甘ったるくて、自分の声ではないように感じる。
それがまた、私の羞恥心をかき立てた。
エレベーター内には、私たち二人きり。だけど、いつ人が乗ってくるかわからない状況だ。
彼の胸板を押して、首を横に振ってキスを拒む。
ダメですよ、と彼を諭したのだが、反対に彼に押しきられてしまう。
「ダメじゃない。君をもっと味わいたい」
「犀川さん!」
ここではダメだ、と厳しい口調で彼の名前を呼んだつもりだが、なぜだか甘えた声しか出てこなかった。
彼からのキスで、すっかり身体が蕩かされてしまったのか。
力が入らない私は、彼のジャケットを握りしめて見上げる。
ポーンという到着音とともに、エレベーターが止まった。だが、すぐさま犀川さんはクローズのボタンを押してしまう。
そして、私を壁に押しつけると、彼は腰を屈めて顔を覗き込んできた。
「部屋まで我慢できない」
息を呑んで彼を見つめるだけしかできないでいると、犀川さんは再び私の唇を奪ってくる。
何度も角度を変えては、唇と唇を重ねていく。
チュッと口づけの音がし、淫らな音を聞くだけで身体が熱を持ってしまう。
誰も使用していないエレベーターは動かず、指定階に止まったままの状態だ。
ただその庫内には、私と犀川さんの熱い吐息が零れ落ちていく。
熱気でむせかえりそうなほど、庫内の気温が上昇している気がする。
求め、求め合った証拠のように感じて、恥ずかしくなってしまう。
ようやく離れた彼の唇を間近で見て、ドキッと胸が高鳴る。
形のいい唇が、濡れている。その原因は、私とのキスだと思うと直視できない。
キュッと彼のジャケットを握りしめて、恥ずかしさを紛らわせる。
そんな私の頭を優しく撫でたあと、彼は「おいで」と耳元で囁いてきた。
オープンのボタンを押してエレベーターを降りると、待ちきれないという言葉通りに彼は部屋へと急ぐ。
カードキーを翳して部屋の扉を開けると、引き出物の袋をドア付近に置いて彼は私の腰を抱いたまま中へと入っていく。
「あ……っ」
彼が早足すぎて、足が縺れてしまう。倒れそうになったのだが、その瞬間にフワリと身体が浮く。
「抱き上げた方が、早そうだ」
気がついたときには、犀川さんに横抱きにされていた。所謂、お姫様抱っこだ。
男性にお姫様抱っこされた経験などなく、まずは胸がときめいてしまった。
だが、すぐにそんなことを言っていられなくなる。
あまりの高さに、怖くなってしまったからだ。慌てて、彼の首にしがみつく。
彼は歩みを止めず、怯えている私に視線を向けて柔らかく頬を緩めた。
「大丈夫だ。落とさないから」
「そ、そういう問題じゃなくて!」
「じゃあ、どういう問題なんだ?」
「うっ」
そう言われると、なんと返答していいものか。ググッと押し黙ると、頭上で小さく笑われた。
――笑っている……?
寂しさを抱えて辛そうにしていた彼だったが、今は少しだけ元気が出てきたのだろうか。
私の存在が、彼の心を癒やせたのなら嬉しい。
そんな気持ちを込めて彼を見つめていると、私の視線に気がついたのか。犀川さんは足を止めて、首を傾げた。
「どうした?」
「ううん、何でもないです」
ユルユルと首を横に振る。
笑ってごまかしておいた方がいいだろう。
しかし、隠そうとする私が気に入らなかったのか。彼はググッと顔を近づけてきて、私の唇に触れてくる。
「はぁ……っ、ぁ……ぁ」
情熱的な唇は、私の何もかもを食んでくる。
口内に入り込んできた熱い舌は、私のすべてを奪うように舐った。
何度も角度を変えて重ねたあと、ゆっくりと彼の唇は離れていく。
その形のいい薄い唇をトロンとした目で見つめていると、彼は熱情を孕んだ声色で言う。
「教えてくれ」
「え?」
「君が何を考え、何を思っているのか。全部……教えてほしい」
「犀川さん?」
「真凜。俺を見て、何を思った?」
まっすぐすぎる目が、私を射貫くように見つめている。
その上、「隠さずに教えてくれ」と懇願されて、逃げられそうにもない。
おずおずと彼を見上げ、小声で呟く。
「犀川さんが笑った、って」
「え?」
「ずっと苦しそうだったから。笑ってくれて嬉しかった」
「……っ」
「犀川さんの笑顔、もしかして私がきっかけなら嬉しいなぁって」
私の勘違いだと思うが、もし私といることがきっかけなら嬉しい。
えへへ、と照れ笑いを浮かべて言ったのだが、彼は真顔のまま私を見つめ続けている。
どうしたのかと心配になって「犀川さん?」と声をかけようとしたのだが、私の口から飛び出たのは驚きの声だった。
「キャッ!」
私は目を丸くしたまま、より彼にしがみつく。
身動きしなかった彼がようやく動き出したと思ったら、先程よりもっと足早になった。
そのまま、ベッドルームへ連れ込まれて、私は勢いよくベッドに押し倒されていたのだ。
「さ、犀川さ……ん?」
一瞬の出来事すぎて、動揺が隠せない。瞬きを繰り返していると、彼は私に覆い被さりながら真摯な表情を向けてくる。
身体を密着させ、もっと距離を縮めてきた。クールだと思っていたその目に熱さを感じて、身じろぎさえもできない。
ハーフアップにしてあった髪が解け、ベッドに広がる。乱れた私の髪を一房摘んで、彼は唇に導いた。
髪にキスをしながら、彼は真顔で私を見下ろしてくる。
「そうだ」
「え?」
「真凜のおかげだ」
「犀川さん?」
「君と一緒にいると、心が温かくなる。嬉しくなる」
息が止まるかと思った。
犀川さんは、大真面目で言い切る。
彼の表情に嘘の感情は見えない。本音をぶつけられているのだ。それが心底嬉しい。
彼は、より私に顔を近づけてきた。
「どうしてだろうな……。真凜には、不思議な力があるに違いない」
「べ、別に……。そんなものありませんよ」
あまりに真摯な視線を注がれて、恥ずかしくなってしまう。
慌てて顔を背けたのだが、それを咎めるように彼は私の両頬をその大きな手で包み込んできた。
そして、ゆっくりと彼の方に向けさせられる。
「君を初めて見たときも、同じように思った」
「え?」
「俺の気持ちを和らげたのは間違いなく君だ……真凜」
幸せに包まれて、涙が滲んでしまいそうだ。
胸が苦しい。身体が熱い。このあり得ない身体の疼きや渇望を満たせるのは、彼しかいない。
「犀川さん」
彼に腕を伸ばし、キュッと抱きつく。すると、すぐさま力強く抱きしめ返された。
体温と体温が蕩け合い、心が満たされていく。
本当は一つだったのに、何かの拍子に離ればなれになっていただけなのだろうか。
こうして彼とくっ付くと安堵に似た感情が込みあげるのは、そういうことなのかもしれない。
そんなファンタジーみたいな考えが浮かぶのは、恋に夢見すぎだろうか。
「もっと、君を感じたい」
犀川さんは、私の目尻にキスを一つ落としてくる。擽ったくて肩を竦めると、今度は鼻の頭に唇が触れた。
ヒャッ、と驚きの声を上げると、「かわいいな」と耳元で囁かれる。
だが、その声が反則的にセクシーで身悶えてしまう。ゾクゾクと背筋に甘い痺れが走った。
そんな私に、彼は蠱惑的な視線を向けてくる。
「君に触れると自分がどうなるのか、わからないな」
「え?」
どういう意味なのかと問いかけたのだが、彼は小さくほほ笑むだけだ。
次に彼の唇が触れたのは、両頬だ。チュッチュッと音を立ててキスをしてくる。
頬がポッと赤くなると、その頬を彼の長い指が撫でてきた。
「きっと何も考えられなくなるだろう」
小首を傾げると、犀川さんは唇に笑みを浮かべる。魅惑的な笑みに、私は囚われた。
「喪失感ややるせない気持ちも……君を前にしたら、跡形もなく消え失せてしまいそうだ」
「え?」
「それだけ君が魅力的で、俺を夢中にさせてしまうという意味だ」
何だかすごいことを言われた気がする。さらに、彼は熱っぽい瞳で懇願してきた。
「何もかも、忘れさせてくれるんだろう?」
「っ!」
羞恥心に煽られて言葉にならない声を出しそうになった私に、彼は「黙って」と甘く命令をしてきた。
首筋に舌を這わせながら、彼の手はパーティードレスのファスナーを下ろしていく。
サイドにあるファスナーをゆっくりと下げていくと、ジジーッと無機質な音が響く。
空調がしっかり利いているベッドルームは寒いぐらいで、肌が外気に触れて震えた。
衣擦れの音をさせながら、彼の手は私からすべてを取り去っていく。
裸になった私を見下ろしながら、犀川さんはスーツのジャケットを脱ぎ捨てた。
心臓が壊れてしまいそう。自分から誘ったくせに、臆病風に吹かれてしまいそうだ。
そんな私の気持ちを知ってか、知らずか。私の腰を跨いだまま、彼はネクタイを片方の手で緩めた。
シュルリと音を立てて抜き取ると、それをベッドの下に放り投げる。
ワイシャツのカフスボタンを外しながら、彼は欲に濡れた目で見つめてきた。
彼の視線は熱く、射貫くようにジッと視線を向けられて身悶えてしまう。
上半身裸になった犀川さんは、鍛えられた身体をしていた。
無駄が全くなく、キレイだと見惚れる。
ジッと見つめる私に、彼は困ったように眉尻を下げた。
「そんなに見つめられると照れるな……」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
小さく笑いながら言うと、彼もほほ笑んでくれた。
その笑みは、カフェで見た柔らかい笑みにとてもよく似ていてときめいてしまう。
彼は、目を惹く人だ。容姿は言うまでもなく素敵だが、不思議と人を惹きつける何かを持っている。カリスマ性なのだろうか。そんな気がする。
どんどん彼に惹かれていく自分がいて、怖いぐらいだ。
――そう、惹かれてしまっているんだ。
犀川さんにこうして情熱的な視線を向けられ、熱を与えられることを求めている。
恋をするのに時間は関係ない。そんな言葉が、先程から脳裏を過って私を応援してくる。
彼に手を伸ばしながら、今の私は強気な女性を演じていたのだったと思い出す。
この男(ひと)を、私が包み込んであげたい。そんな気持ちで、彼の頬に触れる。
すると、私の手は彼の大きな手に掴まれた。
ギュッと力強く握りしめてきた彼は、私の手に頬ずりをする。彼の目は、貪欲に欲しがっているようにも見えた。
何を欲しがっているのか。その答えは、犀川さんの口から明らかになった。
「君が欲しい」
熱情が込められた瞳に見つめられ、拒絶なんてできない。
――ううん、するつもりなんてない。
私は彼の目を見て、コクリと頷いた。