書籍詳細
塩対応家政婦な私が、ご主人様の不埒な求愛で堕とされました~冷徹ニュースキャスターは危険な愛したがり~
あらすじ
「また触れたくなる」秘密の切愛で蕩けるほど愛されて…!?
依子が派遣された家事代行サービスの依頼主は、イケメンニュースキャスターとして話題の人物・慶一だった。彼のことを知らず、淡々と仕事をこなす依子の態度が慶一の独占欲を煽り…!?真剣に迫られ、依子も心を動かされてしまう。有名人である慶一との関係は誰にも秘密のまま、甘い声で囁く彼との蕩けるような日々が始まり、怒涛の溺愛が加速して…。
キャラクター紹介
掛井依子(かけいよりこ)
家事代行サービスをしながらフラワーショップで働く努力家。
伊尾木慶一(いおぎけいいち)
人気のニュースキャスター。クールでまじめな人柄だが、実は…。
試し読み
「今日も美味そうだな」
今回作ったのは、アスパラの肉巻きと鯖の甘酢あんかけ、ローストポーク、蛸のマリネ、ポテトサラダだ。
彼はそれらを皿にきれいに盛りつけ、トースターで軽く焼いたバゲットやチーズを並べる。そして赤ワインのボトルを出し、依子に言った。
「ワインは平気か?」
「はい。少しなら」
慣れた手つきで栓を抜いた伊尾木が、中身をグラスに注ぐ。彼はそれを持ち上げ、微笑んだ。
「じゃあ、乾杯」
ワインは渋みが少なく、すっきりとした口当たりで美味しかった。グラスを置いた依子に、伊尾木が言う。
「本当は外のデートに誘いたいんだが、俺の周りにはときどき雑誌の記者がうろついてるから。家でごめん」
「そ、そんな。当然です」
改めて彼が注目されている人間なのだと感じつつ、依子は慌てて首を横に振る。
(さっき、マンションの前で待ってなくてよかったな。もしわたしが伊尾木さんと話しながら建物の中に入るのを見られたら、きっとすごく怪しいもの。写真を撮られかねない)
彼がローストポークを口に入れ、眉を上げて言う。
「美味いな、これ。厚みがある切り方なのに、すごく柔らかくて」
「塊肉を室温に戻したあとに全体をフォークで刺して、ハーブ塩と砂糖、オリーブオイルをすり込んでいるんです。さらにしばらく放置して味を染み込ませたあと、グリルでじっくり時間をかけて焼いています」
切り分けてピンクペッパーとクレソン、バルサミコのソースを添えれば、簡単なのにご馳走感が出る。するとそれを聞いた伊尾木が、不思議そうに言った。
「塩はわかるが、砂糖も使うんだな」
「砂糖には保水力があって、お肉から水分が出過ぎてしまうのを防いでくれるんです。塩は普通のものではなく岩塩を使って、豚肉の味に負けないようにしてます」
付け合わせとして一緒に焼いた野菜は、今回は椎茸と蕪、玉ねぎにしたが、林檎を使うとフルーティーで違った味わいになる。
依子がそう言うと、彼が感心した顔でつぶやいた。
「君が料理上手なのは、そういう学校に通ったからか?」
「いえ。わたしの母が中学一年のときに亡くなって、それから四年くらい父と二人暮らしだったんです。そのあいだ家事をしていたので、自然と」
「……そうだったのか」
伊尾木がしんみりした顔になってしまい、責任を感じた依子は、そんな空気を払拭するべく急いで話題を変える。
「そういえばわたし、昨日伊尾木さんが出演されている番組を録画して見ました。今までは『その時間に家にいられないから、見られない』って思っていたんですけど、録画すればいいんだって気づいて」
「わざわざ録画したのか?」
「はい。テレビに出ている伊尾木さんは、いつもと違う顔で驚きました。ニュースを読む口調によどみがないのはもちろん、ゲストに話題を振るときやコメントも、すごくスマートで。ああして振る舞えるようになるまで、きっとすごく努力してきたんだなということが伝わってきましたし、だからこそストレスが溜まるんだろうなとも思いました」
「…………」
「つ、つまり何が言いたいかというと、伊尾木さんが有名なアナウンサーになるのも納得だなって感じたんです。普段わたしが知っている姿とはまったく違っていて、社会人として尊敬の念がこみ上げました。でも、いつもの少し愛想のない伊尾木さんのほうが馴染みがあるので、わたしはこっちのほうがホッとしますけど」
そこまで言って口をつぐんだ依子は、ふと彼がじんわりと顔を赤らめているのに気づく。
珍しいその光景に驚き、思わずまじまじと見つめると、伊尾木はきまり悪そうに視線をそらしながら言った。
「君に面と向かってそんなふうに褒められると、照れるな。──どんな顔をしていいかわからない」
「えっ……」
「俺を特別視しない掛井さんのことを気に入っていたはずだけど、いざ褒められてみるとうれしい。君が純粋な目で俺の仕事を見て、評価してくれてるのがわかるから」
自分の発した言葉で彼が照れているのだとわかり、依子の胸がきゅうっとする。
最初はクールでとっつきにくい人だと感じていたが、伊尾木は思いのほか率直に自身の心情を話してくれ、それに気持ちをつかまれていた。
(わたし……この人が好きだ)
アナウンサーとしての彼と、自分の前でだけ素の顔を見せる彼、どちらにも心惹かれている。こちらに告白して以降、言葉や行動で想いを伝えてくれるのもうれしかった。
依子はグラスの中のワインをグイッと飲み干し、息をつく。そして目の前の彼を真っすぐ見つめて言った。
「お世辞でも何でもなく本心ですから、言ってほしかったらいくらでも言いますよ。伊尾木さんのいいところ」
「そうなると、天狗になりそうだ」
伊尾木が面映ゆそうに笑ってワインを注いでくれ、依子はありがたく口をつける。
その後、食事は和やかに進んだ。伊尾木はテレビ局であった珍事や取材で大変だったことを語り、依子はそれを興味深く聞く。お返しに家事代行で受けたクレームについて語ったりと話が盛り上がり、気づけば一時間余りが経過していた。
赤ワインのボトルが空き、新しく開けたスパークリングワインを二杯ほど飲んだ依子は、酒気を帯びたため息をつく。
普段は滅多に酒を飲まず、そう強いほうでもないが、今はふわふわとして気持ちよかった。
(もう九時半になる。……帰らなきゃ)
依子は立ち上がり、テーブルの上の食器を重ねて言った。
「そろそろ片づけますね。わたしは帰らなきゃいけないですし」
「いいよ、あとで俺がやるから。時間外に仕事をしないでくれ」
「これは仕事じゃなく、自分が使った食器を片づけるという当然の行為ですから」
すると伊尾木が笑い、提案した。
「わかった。じゃあ一緒に片づけよう」
テーブルの上の食器をシンクに運び、水でざっと汚れを落としたあと、食器洗浄機に入れる。
専用の洗剤を投入してスイッチを押したあと、依子はシンクを磨いて周囲の水撥ねを拭いた。そのとき酔いのせいか足元がふらついてしまい、隣に立つ伊尾木に軽く身体が触れてしまう。
「あ、すみません」
「いや」
ふいに間近で視線が絡み、依子の心臓がドキリと音を立てる。
彼の顔立ちの端整さや自分より高い身長を意識し、じんわりと頬が熱くなっていくのを感じた。すると伊尾木が、つぶやくように言う。
「駄目だな。このあいだのことを反省してるし、少しずつ信頼を積み重ねていきたい気持ちに嘘はないのに、もう掛井さんに触れたくなってる。酔った君はいつもより隙があって、可愛いから」
その眼差しには押し殺した熱情があり、それを見た依子の鼓動が速まっていく。
ドクドクと鳴る心臓の音を意識していると、しばらくこちらを見下ろしていた伊尾木が、やがてふっと笑った。
彼は依子からさりげなく身体を離しつつ、さらりと言う。
「もう帰ったほうがいい。すぐにタクシーを呼ぶから」
その瞬間、依子は咄嗟に伊尾木のシャツをつかんでいた。
軽く引っ張られる形になった彼が、目を丸くして依子を見る。自分の大胆な行動に驚きながら、依子はしどろもどろに言った。
「あの……わたし、その」
「…………」
「伊尾木さんに、ちゃんと自分の気持ちを言ってなかったと思って。初めて会ったときは顔を隠しているのを見て、正直かなり引きました。ひょんなことから素顔を見てもピンとこなくて、かなり失礼なことを言ってしまったのを心から反省しています。でも、そのあと少しずつ話をするようになって、就業規則を盾に淡々とした態度を取りながらも、本当は楽しかったんです。そんなとき、不意打ちみたいに突然キスされて──一気に伊尾木さんを意識するようになりました」
伊尾木が「それは……」と口を挟もうとしてきたものの、依子は言葉を続ける。
「マンションに戻って話をしたとき、真摯に謝ってくれたのも誠実な感じがしました。わたしのどこに惹かれているかを言葉を尽くして伝えてくれて、その頃からだと思います。……伊尾木さんに対する気持ちが、恋愛感情だって自覚したのは」
慣れない告白に頬が熱くなるのを感じながら、依子は一旦深呼吸する。
そして彼を見上げ、想いを伝えた。
「わたし──伊尾木さんが好きです。今までちゃんと言えなくて、すみませんでした」
それを聞いた伊尾木は、しばらく信じられないというように無言だった。
やがて少しずつ実感が湧いてきたのか、うれしそうに顔を綻ばせて笑う。
「君がキスの一件を水に流して家事代行を続けると言ってくれたり、そのあと一緒に食事をしてくれて、嫌われてはいないと思っていた。でも恋愛に発展するのにはもっと時間がかかると考えていたから、そう言ってくれてすごくうれしい」
彼は思いのほか素直に自身の心情を言葉にしてくれ、依子の胸がじんとする。
不愛想でつっけんどんな印象ではあるものの、気を許した相手にはガードが緩んでしまうのだろうか。そう思うと心が疼き、依子は彼に問いかける。
「さっきわたしに『触れたくなってる』って言ったのは、またキスしたくなったっていう意味ですか……?」
「ああ」
「わたしも触れてほしいです。このあいだみたいな弾みじゃなく、〝恋人〟として」
すると伊尾木が身を屈め、唇に触れるだけのキスをしてくる。
表面を押しつけてすぐに離れた感触が名残惜しく、間近で見る端整な顔に胸を高鳴らせながら、依子はつぶやいた。
「もっと……」
彼の腕が腰を強く引き寄せ、身体が密着する。
上から覆い被さるように深く唇を塞がれ、依子はそれを受け止めた。
「ん……っ」
押し入ってきた伊尾木が舌を絡めとって、喉奥から声が漏れる。
ざらりとした表面を擦り合わせながら吸いつかれ、弾力のある舌が口腔を埋め尽くす感覚に、眩暈をおぼえた。一度唇を離してもすぐに角度を変えて口づけられ、キスがいつまでも終わらない。
やがてどのくらいの時間が経ったのか、ようやくキスから解放されたとき、依子はすっかり息を乱していた。伊尾木がこちらの身体を抱き寄せ、髪に唇を押し当ててささやく。
「ごめん、ちょっとやりすぎた」
「……大丈夫です」
「今日はもう帰ったほうがいい。タクシーを呼ぶよ」
「えっ? でも……」
てっきりこのままベッドになだれ込むのかと思っていた依子は、肩透かしを食う。
お互いに大人なのだから、そういう流れになっても当然だと思っていた。むしろそうした行為を彷彿とさせるほど官能的なキスに、すっかり蕩かされてしまっている。
するとこちらのそんな心情を察したのか、彼が笑って言った。
「そんな顔をするな。襲いたくなるだろ」
「わ、わたしはそれでもいいんですけど……」
「別にそういう行為だけが目的じゃないし、俺たちはもう少しお互いを知る時間を持ってもいいと思うんだ。一足飛びに関係を進めるんじゃなく、もっと気持ちが高まってからで構わないんじゃないかな」
伊尾木の言葉が意外で、依子は思わずまじまじと彼を見つめる。
すると伊尾木がチラリと笑い、言葉をつけ足した。
「とはいえ俺も聖人君子じゃないし、男だから触れたい欲求はある。こうして気持ちが通じ合えば、余計にだ。だからこれから一緒に過ごす時間を重ねて、徐々に関係を進めていきたいと思うんだが、どうだろう」
彼が自分を大切にしてくれているのが伝わってきて、依子の胸がじんとする。
目の前の伊尾木への信頼が深まるのを感じながら、面映ゆく微笑んだ。
「はい。伊尾木さんさえよければ……どうぞよろしくお願いします」