書籍詳細
離婚を申し出たら、政略御曹司に二十年越しの執着溺愛を注がれました
あらすじ
「今夜は寝かせないから、覚悟しておいて」愛なき夫婦なのに、最高に甘い独占欲で抱きしめられて!?
社長令嬢の栞は、因縁ある大企業から出向してきた壮吾に熱く見つめられ、戸惑いつつも心が震える。だが、実は壮吾は御曹司で、定められた政略結婚の相手だった。壮吾の本心には愛などない、と栞は傷心のまま新婚生活を始めるが、彼は甘く栞を求めてきて…。さらに、ある事件で彼に迷惑をかけないよう離婚を申し出た栞を、一途な愛で蕩かしてしまい!?
キャラクター紹介
佐藤 栞(さとうしおり)
クールピューティーな社長令嬢。仕事も気遣いも出来るが、純粋すぎて恋には鈍感。
久賀壮吾(くがそうご)
経営手腕も人望もある情熱的な御曹司。初恋の栞と一緒になるために政略結婚を画策。
試し読み
「お帰り、なさい」
壮吾は憔悴し切った栞を見て、愕然としていた。痛ましそうに眉根を寄せ、どういう言葉をかけていいかわからないでいる。
「ありがとう、助けてくれて」
やっとお礼が言えた。
「っ……」
壮吾の姿を見て気が緩んだのか、思わず嗚咽が漏れた。泣くのを我慢できなくなり、栞は両手で顔を覆う。
「うぅ、あぁっ……っく」
「栞っ……」
壮吾が悲愴な声を上げて、栞を抱き締めた。さっき淳に抱きつかれたときとは、天と地ほども違う。彼女を想い大切にしてくれているのが伝わってくるのだ。
「俺がもっと早く、会議室に行っていれば」
後悔の滲む壮吾の言葉に、栞は強く頭を振った。
「そんなこと……すごく、嬉しかった。壮吾が来てくれなかったら、今頃」
栞の肩を抱く壮吾の指先がピクリと動いた。彼はそっと彼女から手を離し、頬を染めてこちらを見ている。
「……初めて、名前で呼んでくれたね」
意識していなかった。心の中では、もう何度も壮吾と呼んでいたからかもしれない。栞は恥ずかしくなってうつむき、彼は照れた様子を見せたあとで項垂れる。
「こんなときに、ごめん。つい、嬉しくて」
「違うの。ずっと、そう呼びたいと思ってたのに、変に気構えてしまって」
今は不思議と力みが消えていた。あまりにも過酷なことがあったから、本当に大切なものがなんなのか、気付けたのかもしれない。
栞は壮吾の胸に顔を埋めた。少し前なら、こんなこととてもできなかったのに。
張り詰めていた気持ちが弛緩して、壮吾にすべてを預けたくなる。いつまでもこうしていたくて腕を伸ばすけれど、彼はそっと彼女から離れてしまった。
「行かないで……」
自分の声とは思えないほど、甘い。壮吾は困惑した瞳で栞を見つめ、その場を動けなくなっている。
「ぁ……、っと大丈夫、だよ。ドライヤーを取ってくるだけだから」
離れがたいようでいて、すぐにでも去りたそうな壮吾の表情。葛藤しているのか、眉間には深いしわが刻まれている。
栞の熱っぽい視線を振り払うように、壮吾が脱衣所に消えた。栞はふらふらとソファに近づき、ポスッと腰掛ける。
「お待たせ」
壮吾は畳まれたバスローブと、ドライヤーを持って戻った。栞の肩に羽織らせ、長い髪を梳きながら、均等に温風をあてていく。
誰かに髪の毛を乾かしてもらうなんて、いつぶりだろう。時間が経ちすぎて、懐かしいというより、新鮮な感じがする。
「上手、なのね」
「そんなこと、ないけど」
栞の髪が十分に乾き、壮吾はスイッチを切った。彼女の動揺は幾分収まり、さっきまでの状況が異常だと感じる余裕も出てきた。
バスタオル一枚巻いただけで、泣きながら壮吾にすがりついていたのだ。彼は受け入れてくれたけれど、心の底では呆れていたかもしれない。
「……私、あんなことになるとは思ってなかったの。恐怖で頭が真っ白になって、最初は全然動けなくて」
状況を正確に伝えようとしているだけなのに、これでは言い訳みたいだ。自分の無防備さを自覚して、栞は自己嫌悪に陥ってしまう。
「栞は何も悪くないよ。相手の気持ちも考えず急に抱きつくなんて、犯罪に近い行為だ」
「でも私に隙があったから、主任もあんな行動に出たんだと思う」
栞は淳を慕ってなどおらず、好意を示していたつもりもなかったけれど、彼のほうでは違ったのだろう。
可能性があると感じていたようなことを、淳自身が口にしていた。ひどい思い違いだが、誤解をさせたのはきっと栞なのだ。
「そんな風に、自分を責めちゃダメだ」
壮吾が栞の肩を掴み、彼女の瞳を食い入るように見つめた。
「一番傷ついてるのは栞なのに、どうして君が反省する必要がある?」
「私にまったく非がないわけじゃ」
栞の言葉を遮るように、壮吾が唇を奪った。不意打ちだったから、びっくりして身体が固まってしまう。
優しい、キスだった。驚きはしたけれど、少しも嫌ではない。
柔らかい唇から、壮吾の温もりが伝わってきて、気持ちが穏やかになっていく。彼が栞に触れてくれたことが、純粋に嬉しいのだ。
壮吾の息遣いが栞の胸を甘く焦がし、もっと先に進むのかと思ったけれど、彼はキスしたときと同様、唐突に身体を離す。
「……ごめん」
ファーストキスのあとの言葉が、謝罪なのは寂しかった。口づけそのものを否定するみたいで胸が痛む。
「どうして謝るの」
「今は、相応しくなかった」
淳の蛮行により、栞が平静さを失ったのは確かだ。泣きじゃくってしまったから、壮吾は気にしているのだろうけれど、今は落ち着いている。
「私たち、夫婦なんだから。相応しくないときなんて、ないよ」
遠回しに自分は大丈夫だと言ったつもりだったが、壮吾は栞から目をそらし、ドライヤーを持って立ち上がる。
「無理しなくていい。俺もさっとシャワー浴びてこようかな。そのあと、ふたりで晩酌でもしようか」
壮吾が快活に言うのは、話題を変えたいからだろう。このまま何事もなかったみたいに、通常の生活に戻るつもりなのだ。
栞にとってはそれがベストだと、壮吾は思っているのかもしれない。
でもそうしたら最後、壮吾はもう栞に触れはしないだろう。今回のことが脳裏をよぎり躊躇するはずだ。
壮吾に今のキスを後悔させたくなかった。栞は間違いなく満たされ、喜びを感じたのだから――。
栞は自分の気持ちに気付いて、ハッとした。
そう、だ。栞はずっと、壮吾に触れてもらいたかった。同居人ではなく、妻として扱ってほしかったのだ。
壮吾を愛している。彼の胸に抱かれ、その逞しさと熱を感じながら、甘い口づけに陶酔したい。もっと深く繋がりたい。
はしたない欲望に思えるけれど、それが栞の素直な気持ちだった。
政略結婚に囚われていたのは、壮吾ではなく栞のほうだ。愛など生まれるはずはないと、自分の本音から目をそらしてきた。
本当は出会ったときからずっと、壮吾に惹かれていたのに。
「待って、壮吾」
栞はとっさに立ち上がり、壮吾の背中にすがった。
「私、無理なんてしてないから」
立ち止まった壮吾は、ゆっくりと振り返った。眉を八の字にして、すごく困っているのが伝わってくる。
「君はまだ混乱してるんだよ」
「そんなこと、ない」
気持ちは少し昂ぶっているかもしれない。でもそれは淳のせいではなく、壮吾がキスをしてくれたからだ。
「自然な流れを大事にしたいの」
栞はそっと壮吾の身体に腕を回した。大胆な行動だと思うけれど、もう冷静ではいられなかった。彼女の秘められた本能が、彼を求めているのだ。
壮吾が身体を硬くしたのがわかった。緊張と狼狽が伝わってくる。
「栞は普通の精神状態じゃない。あんなに怖い思いをしたんだから当然だよ」
これだけ触れ合っているのに、取り乱してもくれないのだろうか。壮吾の思いやりは十二分に感じるけれど、腫れ物に触るような扱いはされたくない。
「怖かったのは本当だけど、怯えてばかりはいられないでしょう? 仕事は明日もあるんだし」
「しばらく出社しなくていいよう、課長に掛け合ってみるよ。テレワークでも可能な仕事はあるはずだ」
思いがけない言葉だった。壮吾がそんな先のことまで考えてくれていたなんて。
「でも皆に迷惑が」
「大丈夫、俺に任せて。セミナーの準備をするなら、どのみち社外打ち合わせは多くなる。課長も特例を認めてくれると思うよ」
気丈に振る舞ってはいたけれど、淳に会いたくないのは純然たる本音だった。また同じことがあったら、さすがの栞も立ち直れないかもしれない。
「壮吾に、負担をかけるんじゃない?」
「全然。栞のためなら、苦にならないよ。何があっても、これからは俺が君を守るから」
「……ありがとう」
栞は壮吾を抱く腕に力を込めた。素直に感謝を表した抱擁だったけれど、彼はにわかに彼女から離れる。
「気持ちだけで、十分だよ」
壮吾が柔らかく微笑み、洗面所に消えた。彼が栞から距離を取ろうとするのが辛くて、思わず彼を追いかける。
ドライヤーを片付けた壮吾は、シャツを脱いでいる最中だった。引き締まった上半身の裸体が目に入り、栞は目をそらして尋ねる。
「じゃあなぜ、さっきはキスしたの?」
壮吾はまごつき、彼もまた栞のほうを見られない。あんなにも心のこもったキスを後ろめたく感じているのか、また詫びの言葉を口にする。
「悪かった」
「謝ってほしいんじゃないの、私は」
壮吾を愛してると言いかけて、彼が内心怒っているのかもしれないと気付いた。新妻が別の男に言い寄られたら、普通はいい気がしないだろう。
栞のために細心の注意を払ってサポートしてくれているから、すぐには思い至らなかったけれど、一番立腹しているのは壮吾のはずだ。
だからキスをしたのだろうか、栞にわからせるために?
壮吾が栞の夫なのだと、彼女の唇に刻みつけたかったのかもしれない。どんな言葉を並べるよりも、それが一番手っ取り早いから。
やはり、愛ではなかった――。
壮吾のキスがあまりにも優しかったから、栞は勝手に盛り上がってしまった。彼も栞を憎からず思っているなんて、どこまで愚かなのだろう。
「……ごめんなさい。これからは軽率な振る舞いは慎みます」
踵を返した栞を、壮吾が後ろから抱き締めた。その腕からは愛おしさが伝わってきて、また勘違いしてしまいそうになる。
「栞」
狂おしく栞を求めるかのような甘い声。ただ名前を呼ばれただけなのに、彼女の身体の奥深くに疼痛が走る。
「違うんだ、軽率なのは俺のほうで」
栞の耳たぶに壮吾の唇が触れている。その部分がじんわり火照って、胸が淫らに掻き乱されてしまう。
「あなたの妻だという自覚が、私には足りなかったわ」
「栞は素晴らしい妻だよ」
壮吾の腕が苦しいほどに力強い。密着するお互いの肉体が、ひどく熱を帯びているのがわかった。栞の首筋に彼の息がかかり、心臓が激しく打つ。
「そんな風に自分を卑下しないでくれ」
懇願する壮吾の言葉を、栞は信じることができなかった。本当の彼は軽はずみな行動を取った彼女を、きっと許していない。
「これは卑下じゃないわ。事実だもの」
腕を解いた壮吾が栞の頤を掴み、素早く口づけをした。今度は蕩けるように激しく、彼女は流されるまま彼の滑らかな舌先を受け入れてしまう。
「……っ、ん……」
壮吾に後頭部を押さえられ、唇を貪られる。さっきのキスとはまるで別物で、ただの罰だとわかっていても、身体が溶けるように疼いた。
「ぁ、んぅ」
自分でも驚くほどの、淫靡な声――。恥ずかしいはずなのに、照れなど感じなかった。静かな部屋に、唾液の絡まるふしだらな音が響く。
ちゅく……ちくっ……
壮吾が栞の舌先を甘やかに吸い上げ、口内を心地よく蹂躙する。
いくら愛のないキスだと、言い聞かせてみても無駄だった。罪を意識すればするほど、これまで感じたことのない背徳的な快感が栞を襲う。
「栞、俺は」
荒い息遣いが、壮吾の余裕のなさを表しているようだ。必死で自分を抑えているらしく、栞の両肩を掴んで勢いよく押しやる。
「ダメ、だ」
何が、ダメなのだろう。キスくらいじゃ、怒りが収まらないのだろうか。
それほど腹を立ているのかと思うと、自分のしでかしたことの重さに押しつぶされそうになる。
「私がダメ、ってこと?」
「違う!」
壮吾は鋭く否定して、堪えがたい様子で栞を見つめる。彼女の両肩を掴む手はひどく震え、喉の奥から絞り出したような声は掠れていた。
「傷ついている君に、なんてことを……」
壮吾が自分を責める必要なんてない。淳にアドバイスを求められたときに、老婆心から断らなかったのは栞自身なのだ。
「壮吾の気持ちは、わかってるから。覚悟はできてる」
栞が壮吾の胸板に手を置くと、彼はギュッと目を閉じて顔を背ける。
「いや、でも」
「悪いのは、私だけだわ」
壮吾は耐え切れなくなったのか、栞の手を握りゆっくりと口元へ運んだ。彼女の反応をうかがいながら、そっと指先を口に含む。
「……栞は、いいのか?」
何を確認されているのか、ちゃんと理解できている。壮吾は唇だけじゃなく、栞の全身に、彼女の夫が誰なのかわからせようとしているのだ。
栞が黙ってうなずくと、身体がふわりと浮いた。壮吾が彼女を抱き上げたのだ。彼の向かう先は寝室しかない。
壮吾は栞をベッドに横たえ、ふたりはしばらく見つめ合う。彼女が意を決して目を閉じると、唇が重ねられた。
「ん……ふっ、ぅ」
壮吾の大きな手が、栞の髪を掻き上げ、額にもキスの雨を降らせる。怒りに任せて強引に扱ってくれればいいのに。大事にされたら余計に切ない。
「壮吾は、優しすぎるわ……」
栞のつぶやきを聞いて、壮吾が耳に口づけしながら言った。
「激しく、されたい?」
されたい、わけじゃない。そうしなければ、壮吾が収まらないのではと、気にしているだけだ。
栞がそっと瞼を開くと、壮吾がこちらを見下ろしている。まだ迷いがあるのか、シーツの上に両手を置いて彼女に確認を取った。
「今ならまだ、引き返せるよ?」
優しさなのか、栞に魅力がないのか。発言の意図がわからず、彼女は身体を起こして尋ねた。
「どうして、そんなこと言うの?」
「……今日の栞は、らしくないから。本当は嫌なんじゃないの?」
嫌なはずなかった。指一本触れてくれない壮吾に、業を煮やしていたくらいなのだから。でもそうとは言えずに、別の言葉を探す。
「あんなことがあった身体には、触りたくない?」
自分で言って泣きそうになってしまい、目尻に指先を添えると、がむしゃらに抱きすくめられた。
「んなわけないだろ、馬鹿……っ」
壮吾は吐き捨てるように言い、荒っぽく続ける。
「あいつに触られたとこ、教えろよ。俺が全部上書きするから」
言葉遣いは乱暴だけど、温かい声音だった。壮吾はその腕でも、言葉でも、傷ついた栞を柔らかく包み込んでくれようとしている。
「み、耳」
栞がささやくと、壮吾は耳朶を食んだ。熱い唇が優しく触れて、甘い吐息が耳をくすぐる。
「ぅ、ん……」
くすぐったくて思わず喘ぐと、壮吾は舌を這わせ始めた。外側からゆっくり突き、へこんだ部分に舌先を入れてくる。
「ひゃん」
変な声が出てしまい、栞は恥ずかしくて真っ赤になる。壮吾は唇から耳を離さず、楽しそうにつぶやく。
「耳、弱いの?」
「わから、ない。……ゃ、だって……こんなこと、初めてで……」
「そっか」
壮吾は嬉しそうに言って、さらに激しく耳を吸い始める。水音を立てて執拗に攻められ、身体中が茹だるように熱い。
「も……ゃめ、て」
栞の懇願を受け入れてくれたのか、壮吾が耳から唇を離した。ホッとしたのもつかの間、彼はもう一方の耳を同じように舐め始める。
「っ、ぁ、ダメ」
「ダメじゃない」
壮吾は時間を掛けて、じりじりと舌先を動かし、栞の官能を呼び起こす。耳だけでこんなに感じてしまっては、このあとどうなってしまうのだろう。
「こわ、い」
声が出てしまい、壮吾が尋ねる。
「何が?」
「だっ、て……まだ耳に、キスされてる、だけなのに」
壮吾はクスッと笑って、耳にしっかり唇を押し当てて言った。
「俺は楽しみだよ。もっと、いろんな栞を見たい」
唇が耳から首筋に移動していく。啄むように口づけしながら鎖骨に到達すると、壮吾は栞のバスローブに手をかけて言った。
「全部、俺のものだ」
「ぁ」
すべてが取り去られ、栞の胸元が露になる。彼女は恥じらうあまり、ギュッと目を閉じるが、壮吾は彼女の身体を反転させた。
壮吾に背を向けた状態になると、彼は栞のうなじから背骨を伝い、そっと舌先を這わせていく。時折唇を押しつけ、両の手が背中を優しく撫でた。
心地好い……。壮吾を信頼しているから、身体を預けられる。されるがままになっていても不安は一切ないのだ。
壮吾の大きな手のひらから、彼の熱が伝わってくる。肌と肌が触れていると、包み込まれるような安心感で満たされるのだ。
「気持ちいい?」
栞が言葉を発することもなく、身を委ねているからか、壮吾が甘く尋ねた。彼女はうっとりとしたまま素直に答える。
「……うん」
「よかった」
壮吾は安堵したように言い、栞を背中から強く抱き締める。
「栞は、綺麗だよ」
身体が密着して、壮吾の心臓の音が栞の身体に響いてくる。
壮吾も気持ちを昂ぶらせているのだと感じ、栞は思い切って振り向いた。自分から壮吾の首に腕を回し、彼の頬にキスをする。
「優しくなくて、いいから」
発言が大胆すぎたせいか、壮吾は目をパチパチとさせた。参ったなと言うように、栞から視線を外し、天井を仰ぎ見てから尋ねる。
「……煽ってる?」
「違う、けど」
壮吾からしたら、そう見えることに気付く。身も心も彼の妻になれれば、今日の失態が許されるかもしれないなんて、栞の勝手な事情に過ぎない。
「あっ、ん」
唇が唇で塞がれた。激しく鼓動する栞の胸に壮吾の手が添えられ、指先が柔らかい膨らみに沈み込む。
ほんの少し力を入れられただけで、指先が先端に一瞬触れただけで、身体がビクンと跳ねた。現実は想像通りにはいかず、栞には刺激が強すぎるようだ。
「待、って」
「望んだのは、栞だろ?」
壮吾の手つきが一層淫らになった。栞の感じやすい身体は、彼の指先の下で誘うように踊ってしまう。
「っ、ハァ、ぁ」
「栞、俺、もう……」
あれだけ躊躇していたのが嘘みたいに、壮吾は吐息も荒く、栞の身体を貪り始めた。理性が飛んでしまったのか、キスも触れ方もさっきよりずっと過激だ。
それでも不思議と優しくされるより、心は穏やかだった。このほうが罰に相応しいかりそめの情事だと思えるから――。