書籍詳細
失恋後夜、S系御曹司の猛烈な執愛に捕まりました
あらすじ
「君のすべてを俺に捧げてくれ」
一夜のはずが、情熱的に愛し尽くされて…!?
失恋の痛みでお酒に酔い潰れた由奈。慰めてくれた男性・敦也と一夜を共にしてしまったらしく、翌朝逃げるようにその場を後にした。けれど、何故か職場で彼と再会!?初対面を装うが、彼は由奈に情熱を注いできて…。「俺だけのものにしたい」――痺れるほどの想いを一途に伝え続ける敦也。抗えず身も心も翻弄されるうち、由奈は彼の虜になっていき…。
キャラクター紹介
安積由奈(あづみゆな)
老舗割烹旅館「安積旅館」の娘。好きだった幼馴染みが姉と結婚し、失恋。
国領敦也(こくりょうあつや)
シティホテル「コクリョウパレス」の企画本部長。情に厚い性格。
試し読み
「ここのグランピング施設は、アスレチックやジップスライダー、立体迷路などのアトラクションがあって一日中遊べる。他にはのんびりと森を散策できるオリエンテーリングも実施されていて、かなり充実しているという話だ」
「年齢問わずに楽しめていいですよね。親子三世代で来ても、とてもいい思い出が作れそう」
「そうだな。……俺たちにとってもいい思い出になる」
敦也が楽しげに白い歯を零した。
「思い出になるかどうかは、グランピング施設を楽しめるかどうかですよね」
すると、敦也が豪快に笑った。
「それは予想外の反応だったな」
やにわに、敦也が男の色香を双眸に宿して由奈に顔を寄せる。
「まさか暗に〝由奈を楽しませられるのか?〟と挑発されるとは思わなかった。そこまで言われたら、頑張るしかないな」
挑発!? そんな風には言っていないのに?
由奈はどぎまぎするが、すぐに頬が緩む。最近ではこういうやり取りさえ楽しくて仕方がない。
そのせいか、もっと敦也といろいろな話をしたいという気分になるが、すぐに自分を戒める。敦也の言葉に乗って対応できる能力は、由奈には皆無だからだ。
やはりここはいつもどおりに話題を変えるのがベストだろう。
由奈は敦也から顔を背けて周囲を見回した。
「今からどこへ向かうんですか」
今日は平日のため、さほど子どもたちの声は聞こえてこない。だが、大学生ぐらいの若い男女の声は聞こえている。そのはしゃぎぶりから、かなり楽しんでいるのが伝わってきた。
「まずはアスレチックができるエリアだ。安全確認と、どれぐらい楽しめるかを体験しようと思う」
「楽しみです!」
「身体を動かす場所は好きか?」
窺うような口調に、由奈は敦也を見上げた。
「はい。小学生の頃の遠足で、一回行っただけですけど……」
実は、こういう施設に家族と行った記憶がなかった。旅館経営で忙しいのを見てきたので、加奈も由奈も両親に我が儘を言ったことはない。
もちろん祖父母が休みをくれて家族で毎年数回は出掛けた。でもそれは、進級の節目に新しいものを買いに行くといった感じで、ほぼ娯楽ではなかった。
だから、龍之介が両親の代わりを買って出てくれて、由奈をいろいろなところに連れ出してくれたのだ。
「俺も同じだな……。こういうアクティビティとは無縁の生活を送っていたが、嫌いではなかった。お互いあまり経験していないからこそ、今日は童心に返って思い切り遊ぼう」
由奈は頷いて大賛成だと伝えた。
ちょうどその時、由奈の視界にアスレチックが広がった。木でできたジャングルジムが複雑にまじわり、そこに平衡感覚を養う平均台が合わさっている。
他には、木と木の間にロープで編まれた跳躍器具があり、子どもや大学生たちが跳んでは転び、歓喜の声を上げていた。
「さあ、行くぞ」
敦也が先陣を切り、ロープの梯子を登っていく。
大人が大学生ぐらいの男女にまじる姿にクスッと笑みが漏れるが、由奈も負けじと敦也を追った。
「待ってください!」
揺れるロープのせいで心臓が激しく鼓動を打つが、それを打ち消すほどのわくわく感の方が強い。
由奈は体勢を整えて一つずつ足を掛けて上る。
ようやく一番上のローブに手をかけた時、目の前ににゅっと手が伸びてきた。驚いて顔を上げると、由奈を見下ろす敦也と視線がぶつかる。
「あともう少しだ」
由奈は躊躇なく敦也に手を伸ばして、彼の手を握る。
男らしい手で強く取られて、由奈の胸が高鳴った。強く弾む心音を感じながら敦也を見つめると、目を細めた彼に引っ張り上げられた。
「ありが──」
照れながらお礼を言おうとした由奈の目に、素晴らしい光景が広がったため、言葉を吞み込んでしまった。
なんと素晴らしい壮観な景色だろうか。
アスレチックエリアは高台にあるため、小川の傍にあるキャンプエリア、ドーム型のコテージ、そしてフロントなどがある二階建てのログハウスが見渡せた。
それらの中央には、いろいろな催しができる青々とした芝生の広場がある。
先にあるジップスライダーは、そういう眺めを見渡しながら滑降できるようになっていた。
怖そうだが、由奈も挑戦したいと思うぐらい好奇心をそそられた。
「全部は回れそうにないですけど、できるだけ体験したいです」
敦也に懇願する。彼は問題ないと笑顔で頷いた。
「バーベキューを始めるまで、時間は充分にある。由奈がしたいものは全て試そう」
由奈の願いならなんでも叶えると言わんばかりだ。
敦也の心配りに由奈が胸を弾ませていると、彼が〝お先にどうぞ〟と手で木の吊り橋を示す。
由奈は敦也に微笑んで、彼の前を通って木の吊り橋に足をかける。歩くたびに揺れるせいで、重心を保つのが難しい。
とはいえ下には転落防止ネットが張られているし、橋板には隙間がないので、足を踏み外すこともないだろう。
ロープでできた手すりは、身長に合わせて持てるように数本掛かっている。小学低学年でも安心して遊べる構造だ。
特に子どもはやんちゃで、大人の想像の上をいく。あらゆる事故が起こると想定しなければならないが、そういう面も熟慮している。
由奈はそういうところもチェックしては、吊り橋を渡り切り、置き石ならぬ置き板に跳び移っていく。
子どもなら上手く跳べるが、大人は体幹が衰えている。そのため、移動してはポールにしがみつかないと、下に落ちてしまう可能性があった。
当然転落防止ネットがあるので危険ではないが、地面までの距離が五メートルほどある。しかも透けて見えているとなれば、やはり恐怖心が湧く。
しかし由奈は妙にハイテンションになっていて、ずっと笑っていた。
本当に楽しくて、これがもっと続けばいいとさえ思ってしまう。
どうして? 相手はあの敦也なのに、気持ちを切り替えてから肩の力が抜け心が安らいでいる。そしてそれを不快にさえ思わない。
この気持ちの変化はいったい……?
「由奈の笑い声……好きだ」
不意に爽やかに言われて、由奈はドキッとする。
由奈はポールに抱きつき、横に飛び移った敦也に目線を向けた。
「その方がいい。とても可愛い」
男性から甘い言葉を囁かれたことは、今まで一度もない。
由奈は恥ずかしさのあまり、たまらずポールに縋りついた。
「そ、そんな風に言わないでください!」
どうすればいいのかわからなくなってしまう。
「何故? もっともっと由奈の可愛いところを見せてほしいのに」
敦也が獲物を狙う肉食動物の如く瞳を輝かせると、急に由奈との距離がより近い場所に飛び移った。
それに驚いた由奈は、次の板に跳んで敦也から離れる。でもそうすると、敦也が再び追いかけた。
「や、やめて、追いかけないで」
由奈は焦りを隠そうとはせず、一歩、一歩前へ跳ぶ。その都度ポールに抱きついては振り返った。
敦也の方が運動神経がいいせいで、二人の距離が縮まっている。
由奈は怖いし焦るしで、次の足場へ跳び移るたびに滑りそうになる。それでも次々に移動し、あともう少しでこの飛び板エリアが終わるというところまできた時だった。
由奈が次に足を踏み出そうとした刹那、急に背後に何かがぶつかってきた。
「……あっ!」
「捕まえた……」
命綱のようにポールを抱きしめる由奈を、敦也が包み込む。
既に嗅ぎ慣れたムスクの香りと、体温、そして耳殻にかかる吐息に身体が震えてしまう。
「あ、敦也さん……」
「うん?」
「あの、これはどういう?」
「逃げるから追いかけたくなった。……男の捕食本能を刺激された」
捕食本能? 私に? ──と戸惑いながら、一層ポールに腕を絡ませる。すると、敦也もぎゅっと由奈を抱きしめた。
いったい何が起こっているのかわからない。敦也はどうしてしまったのか。
離してと言わなければならないのに、敦也の抱擁が嫌ではない自分もいて、どうすればいいのか決められない。
男性からこんな風にされた経験がないため、由奈は息を殺してただじっとする。
十数秒ほど経った頃だろうか。
急に女性のはしゃぎ声と男性の笑い声が響き、敦也が静かに由奈を抱く腕の力を抜いていった。
ホッと胸を撫で下ろすが、そんな由奈の後頭部を敦也が額でこつんと小突く。
愛情が籠もった仕草に心音が速くなる。
「……怖かった?」
耳元の傍で聞こえた低音ボイスに、由奈の尾てい骨あたりがびりびりと痺れて腰が砕けそうになった。
初めての経験に由奈は動揺してしまい、大きく息を吸う。
「い、いいえ……」
それは本音だった。
敦也と出会って以降、彼を怖いと感じたことは一度もない。心から信頼を寄せられる人だと思っている。もしあの一点がなければ、とても素晴らしい人だと尊敬の念を抱いたに違いない。
そういう流れにならなかったのが、本当に残念だ。
「そっか、それなら良かった……」
敦也の声色には、安堵と喜びが入りまじっていた。
由奈は不思議に思いながら背後の敦也に意識を向けると、彼が不意を狙って由奈の髪に何かを押し付けた。直後にチュッという音が響く。
ひょっとして敦也がそこにキスした!?
そう思うや否や、由奈の頬が熱くなり、手の感覚もなくなっていく。
そんな状態の中、命綱の如くポールを強く抱いた。
「よし、これで充電完了だ。さあ、どうぞ。逃げて」
由奈の背中にかかっていた敦也の体重がなくなる。彼が心持ち離れてくれ、由奈が踊り場に飛び移れるようにしてくれた。
しかし、まだ下肢の力が入らない。由奈はその場にへたり込みそうになっていた。
「由奈? 逃げないのか? だったら遠慮しないけど?」
「ま、待ってください。脚の力が入らなくて……。こうなったのは、全て敦也さんのせいなんですからね!」
由奈は恥ずかしさがあったが、ここから逃げられない以上、正直な気持ちを話すしかなかった。
だからといって、敦也の顔は見られない。ポールにしがみつきながら俯く。
「俺のせい? それは心外だな。俺は由奈の力を抜くような真似をしていないのに」
しました! 私を抱きしめて、頭にキスした! ──と非難できたらいいが、はっきりと言えるはずもなく、ただ口を噤む。
すると、敦也が由奈に顔を近づけてきた。彼の息遣いでそれが伝わってくる。
「今いる場所が高いからだと言えば納得するのに、悪いのは俺って断言するなんて。それって、俺を意識していなければ出てこない──」
そこまで言って、敦也が大きく息を吸って中断する。
男性に対して初心だと、免疫がないとバレてしまった。でも由奈は龍之介一筋だったと話している。その件については敦也も知っているはずだ。
にもかかわらず驚愕するなんて……。
「由奈、それってもしかして、君も俺を?」
「行きますよ!」
体温が上昇していくのを感じつつも、由奈は敦也の言葉を遮った。
これ以上恥ずかしい思いをするのはごめんだ。
由奈は自分を奮い立たせると、思い切り踏み切った。無事に踊り場に着地できたが脚が震えて転げそうになる。しかし、すんでのところで手すりを掴めたので事なきを得た。
「大丈夫か?」
すぐに敦也が由奈の腕を取って支えてくれる。
由奈は大丈夫と笑顔で頷き、先ほど男女の声が聞こえた方角に目を向けた。
交差し合う平均台を渡った向こう側に、網が張られた跳躍器具が見える。
そこで、大学生ぐらいの男女グループと、園児らしい男の子と女の子が跳んでは転がり、楽しそうに声を上げていた。
「敦也さん、あそこに行ってみましょう」
由奈は敦也の顔を見ずに、丸太の平均台を進む。
そうしながらも、敦也に触れられた腕、接触した背中、そしてキスされた頭が熱くて、そのことばかり考えてしまっていた。
ダメダメ! 意識していたら、仕事にならなくなってしまう。
さっさと仕事脳に切り替えなければ……。
由奈は瞼を閉じて自分に言い聞かせたのち、改めて平均台を通っていく。
「由奈、ゆっくりでいい!」
「大丈夫です!」
敦也を振り返らずに大声で答えた由奈は、跳躍器具の入り口で立ち止まった。
網が細かいので、足は抜けない。でも木々の間に張られただけの網を見て、尻込みしてしまう。地面から高い位置に設置してあるのも理由の一つだ。
なのにそこで遊んでいる人たちは、気にせずに転げ回っている。
「ロープが切れたら怖いな……」
「たとえ切れたとしても、その下に防護ネットが張ってある」
敦也の言うとおりだ。
大学生ぐらいのグループがあんなに跳んでも大丈夫なので、ちょっとやそっとで切れるはずがない。
恐怖が先に立って仕方がないが、これも仕事なので頑張らなければ……。
由奈は勇気を出して、足を踏み出した。
突如、柔らかな感触に膝がガクッと曲がってしまう。しかも、そこで遊ぶ人たちのネットの揺れをまともに受けてしまった。
「きゃあ!」
その場に崩れ落ちるが、そうなっても身体が上下に揺れる。
由奈は慌てるものの、昔、遊園地の跳躍器具で遊んだ時とまったく同じ揺れだとわかると、自然と笑いが込み上げてきた。
「ほら、立って」
敦也は揺れに同調して跳ねるが立ったままだ。体幹がしっかりしているのだろう。だが由奈は立とうにも立てず、だるまのようにあっちこっちに転がってしまう。
もう笑うことしかできなくて、由奈は悲鳴に似た笑い声を上げ続けた。
大学生のグループが大声を出してはしゃいでいたのも頷ける。彼女たちも由奈と同じで立てなかったのだ。
「本当に立てないのか?」
そう言って、わざと敦也がネットを揺らす。由奈に意地悪しているのだ。
「敦也さん!」
声を荒らげた。でも怒りは湧かない。それどころか、逆に由奈も彼にやり返したい衝動に駆られた。
悪戯っ子のように……。
由奈はにやりとして、敦也に片手を伸ばす。
「立てないんです。助けてください」
敦也は笑いながらも身構える。
「何を考えている?」
「何も……。転ばせた責任を取ってください」
由奈が手を伸ばす。すると敦也がふっと口元を緩ませて、由奈の手を取って立たせようとしてくれる。
由奈は敦也の手を握るが、彼を転ばせるために後ろに体重をのせて引き寄せた。
ちょうどその時、敦也の背後を通った女性の揺れが相まって彼が重心を崩す。
「うわっ!」
目を見開いた敦也が倒れてきた。
敦也との距離がどんどん縮まり、彼に覆いかぶさられた。拍子にネットがしなって身体が跳ね上がり、二人の位置が入れ替わる。
由奈はいつの間にか仰向けの敦也を押し倒していたが、悪戯が大成功したことが嬉しくて、くすくすと声を上げた。
しばらくしてからネットに手をついて上体を起こし、横へ移動する。しかし敦也は寝そべったまま笑っていた。
由奈は目を眇めて敦也を見下ろす。
「私に意地悪をした罰です。それに転んでしまったらどうなるか、敦也さんも自分で体験してみないと」
「意地悪をした罰? ……こういう罰なら大歓迎だ」
敦也が由奈を見上げる。
「由奈になら何をされてもいいと思ってる。君だけが、俺を自由にできるんだ」
その言葉に、由奈の心音が大きく弾んだ。
まさか由奈がすること全てに寛容になってくれるとは思わなかった。
あくまで敦也は企画本部長で、友人ではない。けれど彼はお互いの地位などは気にせず、一個人として由奈に接してくれる。
敦也の変わらない優しさに、由奈の胸に喜びが満ちていった。
「お、怒られなくて良かったです」
「怒るわけがない。由奈にはもっと俺に絡んでほしいのに……。今みたいに俺に微笑んで。それが俺を幸せにしてくれる」
敦也が由奈の頬に落ちた髪を指で払い、耳の後ろにかける。
その時に敦也の指が軽く頬に触れて、何かがフラッシュバックした。
前にもこんな風にされた気がする。あれはいったい……?
思い出そうとするが、頭の片隅に靄がかかって何もわからない。
「由奈?」
物思いに耽っていた由奈は、ハッとして我に返る。
「どうした? 何か不思議そうにしていたけど」
由奈はなんでもないと身振りで示すが、敦也がすぐに上体を起こして胡坐をかき、由奈と向き合った。
「何か問題が?」
「いいえ、別に何も──」
と言いかけるが、由奈と敦也の身体が鞠の如く上下に揺れるのを見て口を閉じる。傍にいる園児たちが、由奈たちを興味津々に見つめながらジャンプしていたのだ。
理由がわかると由奈たちは真顔で顔を見合わせ、一緒に噴き出した。
同時に笑うなんて……。
やっぱり敦也と一緒にいると、とても楽しい。他にどんなところが似ているのか、もっと知りたくなる。
そう思えば思うほど敦也から目が離せなくなるが、あまりにもまじまじと見つめるのが恥ずかしくなって自分から視線を剥がした。しかし再び敦也を流し目で見て、相好を崩す。