書籍詳細
失恋の夜、スパダリ御曹司の子を身ごもりました
あらすじ
「君を抱きたくなった」
甘く切ない一夜から始まる旦那様の過保護愛
彼氏の浮気で傷心の彩里。慰められて一夜を共にした相手・亮は、新しく赴任してきた冷徹上司だった。しかも彩里の妊娠が発覚!?それを機に亮から甘く囲い込まれ、想定外の新婚生活が始まる。「ただ君と一緒にいたい。死ぬまで君を大切にする」――責任感で結婚を決めただけだと思っていた、亮の一途な情熱と愛は彩里と子どもに降り注いで…!
キャラクター紹介
田中彩里(たなかさいり)
一流商社勤務の28歳。童顔を気にして会社では伊達眼鏡をかけている。彼氏の浮気で傷心の中、亮と出会い…!?
藤島 亮(ふじしま りょう)
彩里の上司。ニューヨーク帰りで仕事にストイックだが、彩里と子どもは甘やかしたくてたまらない。
試し読み
「なんでもいいから、お酒をください! 強いの、強いお酒をください!」
「ではこちらの、マルガリータやシンガポール・スリングなどのカクテルはいかがでしょうか。女性の方には大変人気で……」
バーテンダーは丁寧な説明をなおも試みたが、彼女は断った。
「こんな、ジュースみたいなカクテルは嫌です」
そのあと藤島の方に視線を向けて、
「すみません、それはウイスキーですか?」
突然聞いた。
「銘柄はなんですか? ウイスキーならなんでも強いですか?」
「ウイスキーの強さは、どれも似たり寄ったりだと思います。これは日本の銘柄で……」
と、返事をしながら彼女の顔をよくよく見ると、なにやら泣き腫らしたような目をしている。
ヤケ酒か……?
藤島が自分の飲んでいたウイスキーを勧めると、女性は「ありがとうございます」と律儀に頭を下げ、同じものを注文する。しかしそれは氷の入ったロックではなく、ストレートだった。
そしてバーテンダーが差し出すと、
「ゴホッ、ゴホッ」
大いにむせたが、一気に飲んでしまう。
「大丈夫ですか?」
「え、あ、はい……すみません。ありがとう、ございます……」
苦く微笑んだが、また空になったグラスをバーテンダーに差し向ける。
「お代わりをください!」
夜景が一望できる高級ホテルのバーへ来て、彼女はそれを楽しむことなく、呷るように酒を飲んでいる。藤島はその理由が気になって仕方ない。
普段は女性の方から一方的に近付かれることが多く、それが面倒で敢えて関わらないようにしているが、今日だけはそんな自分のルールにも縛られることはなかった。
「失礼ですが、なにか嫌なことでもあったんですか?」
思わず尋ねてしまう。
「どうしてそうお思いになりました?」
逆に質問される。
「あなたはお酒が好きなはずなのに、美味しそうに飲んでいないから、でしょうか」
「すごいですね」
予想は的中したようだ。
「実は今日、人生で最悪なことがありまして……」
「最悪なこと?」
「誕生日なのに、長年付き合っていた彼氏の浮気が発覚しました……」
思った以上に話は深刻だ。
「これまであまり、彼女らしいことができてなくて……そろそろ結婚も考えたいし、彼の部屋へ行ったのですが……」
「まさか」
「そう、そのまさかでした。ベッドの上には別の女性がいて……」
彼女は思い出したように深くて苦しい息を吐いた。
ご愁傷様としか言えなかった。だからこんな無茶な飲み方をしていたのだろう。
しかし女性は、酒の席に暗い話を持ち込んだことを申し訳なく感じたのか、
「変な話をして、ごめんなさい。忘れてください」
わざと明るく告げる。
「俺はかまわないので、無理しないでください」
「優しい方ですね」
「なにもできませんが、よかったら、話くらいは聞きますから」
すると苦く微笑み、瞳を潤ませた。
信じていた彼氏に裏切られ、そうとうなショックを受けたに違いない。泣き腫らした顔から、それはすぐに想像ができた。
出会ったばかりだが、女性に同情してしまう。どうして彼女がいるのに二股をかけ、大切な人を傷付けたりするのか。その男が腹立たしく思えてくる。
「彼とは別れた方がいいです。あなたがもったいない」
つい口を挟んでいた。
「結婚しなくてよかったですよ。そういう男はまた、浮気を繰り返しますから」
藤島の語尾から自信が感じ取れたのか、彼女は小さく口角を上げる。
「ですよね」
「はい」
「だったら、よかったです。実はさっき別れてきました」
「そうでしたか」
「少し迷いがありましたが、今いただいたアドバイスで、吹っ切れました。本当にありがとうございます」
初めて微笑んだ彼女は美しい。
「カッコいいです、ものすごく」
本当にそう見えた。
「私が?」
女性は驚いた顔をする。
「世の中、有言実行できない人ばかりですから」
「……」
「お祝いしましょうか」
「破局記念の、ですか?」
「まさか、今日はあなたの誕生日なんでしょう?」
「ええ、まあ」
彼女ははにかんだ。
「俺に奢らせてください。ウイスキーもいいですが、せっかくなのでシャンパンを開けましょう」
愁いを含んだその瞳に吸い込まれそうになる。なんて可愛(かわい)い人なのだろう。無理して微笑むその姿に、愛(いと)おしささえ覚えてしまう。
アルコールだけでは身体によくないと思い、バースデーケーキだけでなく、生ハムやフルーツも見繕ってオーダーした。
そして互いの名前も聞かないまま、意気投合すること二時間――。
女性は笑顔を作ったかと思えば、ときに涙をこぼし。それを拭ってはまた切なく微笑んだ。
あまり酔ってないように思えたが、化粧室から戻ってきたときの足取りが危うい。
「大丈夫?」
「少し飲み過ぎたかもです。ちょっと気分が悪くて。どうしよう、歩けないかも……」
黒革のハイチェアへと座り直せず、へなへなと御影石の床にしゃがみ込んだ。
「これでお開きにしよう」
女性を抱えるようにして立たせたあとは、ルームチャージで二人分の支払いを済ませた。
「下まで送るよ」
彼女の肩を支えてそう告げたが、
「大丈夫です。今夜は本当にありがとうございました……」
ぺこりと頭を下げたあと、ひとりでバーを出ていこうとする。
「忘れ物、バッグを忘れてる」
残された黒のトートバッグを持ち、彼女を追いかけた。女性はそれを受け取ったが、肩にすらかけられない。藤島の広い胸に顔を埋(うず)めてくる。
参ったな……。
とてもひとりで帰せる状態ではい。これではタクシーに乗せるにも心配だ。
「仕方ない……」
彼女を自分が宿泊する部屋へ連れていき、少し休ませてから帰すことにした。
小柄な女性との身長差は、二十センチ以上はあるだろう。そんな彼女のトートバッグを肩にかけ、よろめく身体を支えながら、エレベーターに乗り込んだ。
降りたあとは廊下を進み、着ていたジャケットの胸ポケットからカードキーを取り出す。部屋のドアを開けた。
「着いたよ」
ゆっくりと女性をベッドに横たわらせる。そのとき捲れたスカートから、細くてきれいな足が見え、不覚にもドキリとしてしまう。
なにを考えてるんだ、俺は……。
自身を窘(たしな)めるように、彼女に毛布をかけた。
ここへは一週間ほど滞在する予定だ。ひとりだが、キングサイズのベッドが入った広めのダブルルームを押さえている。
ニューヨークからはビジネスクラスでのフライトだったが、機内であまり眠ることができなかった。疲れがかなり溜まっている。本来ならすぐ眠りにつきたいところだが、不意の来客を迎え、そうもいかなかった。
藤島は高級ブランドの腕時計に目をやったあと、デスクの上にあったパソコンを開く。溜まっていたメールをチェックした。
四十分、経った頃だろうか。
「え、あ……ど、どこ……?」
ベッドにいた女性が驚いたように目を覚ます。ここへ来たことを覚えていないのか、辺りをきょろきょろ見回した。
「俺の部屋だよ。さっきバーで、いっしょに飲んだのは覚えてる?」
「あ……は、はい」
しかし彼女は藤島のことが信用できないのか、慌てて自身の衣服の乱れをチェックする。小さな失望を感じた。
「なにもしてない。ここで三、四十分、休んでもらっただけだ」
「そういう、意味じゃ……すみま、せん……」
「お水、飲む?」
冷蔵庫の中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、蓋を開けて手渡した。女性はそれを半分くらい飲んだあと、開いたままのパソコンに気付いたのか。
「もしかして、ここへはお仕事で?」
「まあ」
「ニューヨークから戻られたと聞きましたが、お住まいは東京ではないのですか?」
その種の質問には答えるのが面倒で、適当な返事をしていると、女性はベッドからいきなり飛び降りる。酔いはずいぶん醒(さ)めたらしい。
「じゃあ、私はこれで……」
帰ろうとした。
「遅いから、送っていくよ。家はどの辺り?」
「五反田です」
「なら、タクシーでもそんなにかからない」
「大丈夫です、ひとりで……」
そうこうしていると、なぜか女性はクスクスと笑い出す。
「……ん?」
「子供扱いですね」
「え?」
「男と女がホテルのバーで飲んで、こうして二人で部屋にいるのに。帰ると言っても、引き止めもしない。私って本当に、魅力がないんだなって」
「……」
もし彼女が遊びなれているふうな女だったら、藤島とて簡単には帰さなかっただろう。
「だったら、引き止めてもいいの?」
真面目な顔で尋ねた。
「冗談ですよ、冗談。今日はとても楽しかったです。介抱までしていただいて、本当にありがとうございました……」
ごまかすように微笑み、ドアの方へと進もうとする。
「待って」
とっさに女性の腕を掴んでいた。彼女をこれ以上傷付けたくなくて、下世話な気持ちを抑えていたが、藤島も生身の男。
「君を抱きたくなった」