書籍詳細
エリート弁護士になった(元)冷徹若頭に再会したら、ひっそり出産した息子ごと愛し尽くされ囲われています
あらすじ
「お前たち以上に大切なものなんてない」【魔法のiらんど コラボ小説コンテスト マーマレード文庫賞受賞作!!】
看護師の莉緒が怪我を手当てした相手は、極道の男・尊だった。二人は抗えないほど惹かれ合うが、莉緒はとある事情により彼の前から去ることに。その後妊娠が発覚し、息子を密かに育てていた莉緒の前に、弁護士になった尊が突然現れ!?「二度とお前を離さない」――惜しげもなく莉緒に愛を注ぎ、息子を慈しむ彼に、封じていた莉緒の熱い想いも溢れ出し…。
※本作品は2022年に魔法のiらんどで実施された「極上の男×身ごもり・シークレットベビー小説コンテスト」でマーマレード文庫賞を受賞した『(元極道)弁護士の溺愛求婚~ひっそり出産したはずが息子ごと愛されてます~』に、大幅に加筆・修正を加え改題したものです。
キャラクター紹介
初音莉緒(はつねりお)
親戚の家を転々として育ち、高校卒業後は看護師に。甘え慣れておらず、サバサバした強い女性に思われがち。
桐生 尊(きりゅう たける)
弁護士。元は龍王組若頭で、ブレーンかつ武闘派でも通っていた。初めての恋心に驚くも、健気な莉緒に惹かれる。
試し読み
「しばらく来られなくなるかもしれない」
なにか大きな問題が発生したと悟り、私は黙って頷く。
「あ……、実は言いそびれていたんですけど、私もようやく就職先が決まりそうなんです」
「寮に住むのか?」
「それが、残念ながら寮つきの求人は見つかりませんでした。なので、このアパートから通います」
「……そうか。まあ、ひとまず再就職が決まりそうでよかったな。おめでとう」
ほんの一瞬だけ、桐生さんの口角がわずかに持ち上がった気がした。
またこのアパートに来られるって喜んでくれているの……?
って、まさかね。
「これ、やるよ」
すると、桐生さんがポケットから取り出したなにかを、私に差し出した。
「ハンドクリーム?」
「昨日、指先が切れて痛いって言ってただろ」
毎年寒くなる時期になると、指先があかぎれで切れてしまう。
ちょうどハンドクリームを切らして騒いでいたのを、桐生さんに聞かれていたようだ。
「来るとき寄ったコンビニで買った。飯とか色々世話になってるからな。本当はもっと違う物の方がいいと思ったんだが、今は忙しくて時間が取れない」
「そんなの気にしないで下さい。ご飯だって大した物作ってませんし」
「そういうわけにはいかない。もし欲しい物があれば言うんだ。いいな?」
「今の私はハンドクリームが一番嬉しかったです。ありがとうございます。大切に使いますね」
だって、これは桐生さんからの初めてのプレゼントだから。
笑顔でお礼を言うと、バチっと至近距離で目が合った。ポーカーフェイスの桐生さんの顔がわずかに綻んだ。
「なんでだか分からないが、お前が喜んでるのを見ると俺も嬉しくなる」
眼鏡の奥の瞳がアーチを描く。
初めて見た穏やかな笑みに、心臓がトクンッと震えた。
桐生さん……こんな優しい顔して笑うんだ。
「兄貴、迎えが来ました」
「――ああ、行くぞ」
桐生さんは、アパートから少し距離のある場所に停まった黒塗りの高級外車に乗り込んだ。
その日からしばらくの間、桐生さんが姿を見せることはなかった。
ぽっかりと胸に穴が開いてしまったみたいな空虚感に襲われる。
あの人は極道で私とは生きている世界の違う人。
連絡先だって知らないし、今この瞬間、桐生さんがどこでなにをやっているのかも分からない。
でも、彼が姿を見せない時間が長くなればなるほど、私は桐生さんへの想いを募らせていった。
「よう、元気だったか?」
二週間ぶりの夜に姿を現した桐生さんはとても疲れているように見えた。
その姿に胸が締め付けられる。私が彼にしてあげられることは、ただ黙って迎え入れることだけだ。
「それなりに元気にしてましたよ」
「それなり? なにかあったのか?」
私の顔を心配そうに覗き込んだ桐生さん。私はフルフルと首を横に振る。
ただ、桐生さんに会えなくて寂しかっただけ……。
そんな言葉をぐっと飲み込む。
「なにもないです。夕食はまだですか? もしまだなら、久しぶりに一緒に食べましょう」
私は笑顔で桐生さんを家に招き入れた。
「ああ、ここのお店のマフィン美味しそう……。食べたいなぁ……」
夕飯を一緒に食べたあと、ベッドに寄りかかりながら地域のフリーペーパーを見つめて呟く。
「マフィンってなんだ」
するとその呟きが気になったのか、ダイニングテーブルの椅子に座った桐生さんがこちらを見た。
「ていうか、マフィン知らない人なんています?」
桐生さんは椅子から立ち上がり、ベッドに寄りかかる私の隣に腰を下ろしてあぐらをかいた。肩が触れ合うぐらい近くにやって来た桐生さんが、私の手元のフリーペーパーを覗き込む。
「そういう物は食べたことがない。マドレーヌと一緒か?」
「いやいや、全く違いますよ。普段一体なに食べて生きてるんですか?」
「肉だ」
「ああ、なんとなくそんな感じですね」
「お前が食いたいっていうマフィンはどれだ? 教えろ」
「ここのお店のです」
言いながら掲載されたお店を指差す。
「チョコチップがたくさんのってて美味しそうなんですよ」
私からフリーペーパーを奪い取ると、桐生さんは興味深げに見つめた。
「そういえば、今日は松ちゃん一緒じゃないんですか?」
「アイツにはアイツの仕事があるからな」
「……なるほど。私にはよく分からないけど、極道の世界も大変なんですね」
「どの世界もそうだろうが、極道の世界は弱肉強食だ。食うものと食われるものに分かれる。力がないものは食い殺される運命だ」
「そんな世界にずっといるなんて私には耐えられませんよ」
常に気を張っていて心安らぐ時間もないだろう。
「それが普通の感覚だ。この世界にどっぷりつかっている俺でさえ、時々嫌になるからな」
桐生さんはフリーペーパーをパタンっと閉じると、腕を組んで目をつぶった。
「疲れた。少し寝る」
「えっ、ここで?」
ベッドに寄りかかったまま桐生さんは小さな寝息を立てて、あっという間に眠ってしまった。
それをいいことに、しばらくの間桐生さんの顔を覗き込み、じっくりと拝む。
「……綺麗な顔……」
寝ているときに眼鏡をしているなんて、疲れないのかな……。
そっと眼鏡に手を伸ばしてフレームに触れた瞬間、桐生さんの目がカッと開き、物凄い勢いで手首を掴まれ床に押し倒された。
「……っ!!」
殺気立った目で私を睨み付けた桐生さんがハッとする。
「……悪かった。攻撃されたのかと思った」
「あっ……、寝ているとき、眼鏡が邪魔そうだったので外そうと思ったんです。起こしちゃってすみません」
手首を掴まれて床に押し倒されているのに、恐怖は一切感じない。
それどころか、この状況に心臓がどうかしてしまいそうなほど大きな音で鳴っている。
それを悟られたくなくてできるだけ平静を装う。
「いや、お前のせいじゃない。こんな風に人前で寝ることは普段ないことだ。いつ何時、命を狙われてもおかしくないからな」
桐生さんに腕を引っ張られて、私は体を起こした。
「お前と出会ってからの俺は腑抜けてる。松には、それぐらいが人間味があっていいって言われたけどな」
フッと桐生さんが微笑を浮かべた。
「だが、お前は俺のいる世界とは違う世界で生きている。俺との関係を、桜夜の率いる対立派閥や他の組の奴らに知られたら、厄介事に巻き込まれる可能性がある」
「厄介事……?」
「俺は龍王組の若頭だ。俺の命を狙う人間は大勢いる。だから、ここへ来るときは後をつけられないように細心の注意を払っている」
「それで、車で来ないんですか……?」
桐生さんがアパートに来るときは決まって徒歩だ。帰るときも電話で車を呼び出すことはあるけれど、家の前まで呼びつけたりしない。
「お前はカタギだが、俺との交流を知られれば狙われる可能性は大いにある」
恐ろしい話に思わず表情を硬くすると、桐生さんは私の頭をガシガシ撫でた。
「そう心配するな。いざとなったら必ず俺がお前を助ける。お前には借りがあるからな」
桐生さんの言葉に、私はギュッと膝の上の両手を握り締めた。
『俺がお前を助ける』って、なに?
私に借りがあるから、そんなことを言うの……? 他の女の人にもそういうことを言うの……?
「桐生さんの考えていることが分かりません」
「俺の考えてること?」
「どうして用もないのにうちに来るんですか……?」
「言っただろう。ここだと仕事が捗ると」
「本当にそれだけですか? それだけの為に、わざわざうちに?」
縋りつくように問いただす。
宙ぶらりんな私たちの関係に答えが欲しかった。
いつからか私は桐生さんに心を奪われてしまっていた。
彼が極道だと分かっていても、自分の気持ちに嘘はつけなかった。
あのとき……、良太に捨てられて絶望する私を、桐生さんの存在が救ってくれた。
「俺はお前と出会ってからおかしい。ふとした瞬間にお前の顔を思い出して、無性にこのアパートへ来たくなる」
桐生さんはなぜか苦しげな表情で言葉を続けた。
「今頃なにをやっているんだろうと、お前のことばっかり考えているんだ」
「桐生さん……」
「……本当はここへ来るべきではないと分かっている。俺は極道でお前はカタギだ。でも、そのリスクを冒してでもどうしてもお前にだけは会いたいんだ。すまない、お前に迷惑をかけると分かっているのに……」
「迷惑なんかじゃありません!! 私は……あなたが好きです」
咄嗟に口から出た言葉に、桐生さんは信じられないというように目を見開く。
「桐生さんが極道なのは知ってます。それでも、私はあなたが好きなんです」
「お前が俺を……?」
威勢よく言ったものの急に恥ずかしくなって、小さく頷く。
思えばこうやって誰かに気持ちを伝えたのは初めてかもしれない。
今まで付き合ってきた人たちは相手の方からの好意を感じ、自分も好きになろうと努力した。
今、桐生さんに感じる胸を焦がすような感情が込み上げてきたことは、一度もない。
それほどまでに、私は目の前にいる桐生尊に惹かれてしまったのだ。
「っ……!」
すると、突然肩を掴まれて、私はその場に押し倒された。
至近距離で目が合う。桐生さんの目には欲情の色が浮かび上がっている。
「今なら間に合う。嫌なら今すぐ俺を拒め」
「嫌じゃないって言ったら……?」
「このままお前を抱く」
「言ったでしょ? 私はあなたが好きなんです」
私の言葉と同時に強く唇を押しつけられ、あっという間に閉じていた唇を舌でこじ開けられる。